逃げて
俺は、クロル君に何度も呼びかける。
「クロル君!」
すると、だんだんとクロル君の虚ろな目に光が戻ってきた。
そして、俺を見て、クロル君は言った。
「…リョージ、先輩?」
俺はそれを聞いて、ほっと胸をなで下ろす。
「クロル君、助けに来たよ」
俺がそう言うと、クロル君はぽかんと口を開けて固まった。
そして、次の瞬間、俺の腕をぎゅっと掴んだ。
「クロル君…?」
ずっと一人で暗闇の中にいたんだ。
さぞ恐ろしかったのだと思って俺は慰めようと思ったのだけど…。
「あ、あなたは…馬鹿ですかっ!」
なぜか怒った様子のクロル君は、俺の顔を見てそう言ったんだ。
******
「クロル君?」
俺は、どうしてクロル君がそんなことを言うのか分からない。
だから、聞いたのだけど、クロル君はさらに言葉を重ねる。
「どうして、来ちゃうんですかっ。
先輩は、自分を忘れてくれればよかったのにっ」
「クロル君? 落ち着いて…」
クロル君は、覚束ない足取りで俺から離れていく。
「クロル君…」
「来ないでくださいっ」
俺が近づこうとすると、クロル君は声を上げて拒絶する。
きっと、一人で置き去りにされたショックで心が乱れているんだろう。
俺は、こんな時にどうしたらいいか分からない。
「クロル君…大丈夫だから…」
俺の気休めにしかならないであろう言葉にも、
クロル君は耳を貸そうとしない。
いや、余計に心を閉ざしている気がする。
「僕は、先輩が…」
クロル君は、こちらを向いたまま立ち止まる。
俺はどうしたものかと、様子を伺っていたのだけど。
ふいに、視界の影に何かが映りこんだ気がした。
「…っ」
俺は、考える前に足が動いていた。
「え…?」
目を丸くしているクロル君の姿が見える。
事態を把握していないのだろう、驚いた顔のまま固まっている。
俺は、そんなクロル君を見ていたが、
それと同時に別の物も視界に捉えていた。
俺は、クロル君を突き飛ばす。
「うわっ…」
クロル君は、派手に転んだ。
俺が近づいたことで、辺りが照らされる。
しかし、その全貌が露わになる前に、俺は吹っ飛んでいた。
「ぐっ!」
「リョージ先輩っ!」
俺は、それに岩壁へと叩きつけられる。
暗闇から、第2、第3の攻撃が繰り出される。
俺は、何とかそれらをかわした。
「リョージ先輩っ! ……何で…向こうから攻撃してくることはなかったのに…」
どういうわけか、あちらさんが攻撃してくるのは俺にだけのようだ。
「くっ、クロル君…。俺が引き付けてる間に逃げて…」
俺は、暗闇から攻撃してくる蔓のようなものをかわしながら、
何とかクロル君にそう言ったのだけど…。
「…だめです…。出口の上にあれの本体がいるみたいで…。
出て行こうとすると、邪魔をするんです…」
そう言うクロル君は、何度も逃げようとしたんだろう。
憔悴しきった様子でそう言った。
俺が何度か交わしていると、だんだんと攻撃の間隔は開いていった。
俺は、その隙にとクロル君の方に行き、その腕を取った。
「先輩っ…?」
「俺に続いて。隙があったら逃げて」
俺は、襲ってくる蔓を切り捨てながら道を開いていく。
出口に近づいてくるうちに、
攻撃の間隔は短くなっていく。
そうして、もう少しで出口というところで、それは現れた。
「っ…」
入ってくるときには、気づかなかった。
入り口の上部に、大きく巣くっている植物。
そこから伸びた蔓が、だらりと入り口をふさぐ。
何本もある簾のようなそれは、出口に近づけさせないように
こちらの動きを警戒しているように見える。
「くそっ」
俺は、そのうちの一本に斬りかかろうとした。
すると、どこからか別の蔓が俺目がけて鞭をふるってきた。
俺はすぐさま避けようとしたが、後ろにクロル君がいることを思い出して、
一瞬判断が遅れた。
「ぐっ…!」
蔓が、俺の腹に食い込む。
「リョージ先輩っ!」
俺は、弾き飛ばされてまた空間の奥へと追いやられてしまった。