事の終わりに
ファイは、色々と心配するところはあったものの、
それが杞憂であったことを知った。
だが、それと感情とはまた別の問題なのである。
「リョージさん」
ファイの言葉に、リョージはその手を止めた。
リョージは、剣の露を払うとそれを鞘へと納める。
「少し汚れてしまいましたか…」
ファイは、どこからかハンカチを取り出すと、
リョージについた汚れをそっと拭う。
その慈愛に満ちた表情は、とても絵になるものである。
そして、リョージはその視線をファイへと移す。
それまで、表情がなく、戦闘の興奮で瞳孔が開いていたリョージ。
しかし、ファイを見てそれは柔らかなものへと変わる。
「ありがとうございます…」
少し照れたように笑うリョージは、もういつものリョージである。
もし、この光景を目撃していたものが他にいたとするならば、
その異様さに戦慄していたかもしれない。
けれど、ここには二人の他にはドルーナが一匹いるのみである。
二人の世界は完結していた。
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「今回のことは、秘密にしておきましょう」
そう言って、辺りをきれいにするファイ。
これをしておかないと、他の魔物が寄って来る恐れがあるのだ。
「はい、あの、ファイさん…」
「はい?」
「いえ…」
リョージが言葉を濁すのには、理由があった。
それは、リョージが初めて他の人に戦闘を見られたということである。
戦っているときの自分は、何だか自分ではないようで、
それを人に見られるという経験が初めてだったリョージは、
今になって思うところが出てきたのである。
そういった煩悶を、ファイは知ってか知らずか話を逸らした。
「ダッダラビットの素材を持ち帰ることができればいいんですが…、
すみません、これがあると出所を聞かれる恐れがあるので」
「あ、そうですね」
リョージは、はっきり言って素材の回収など意識になかった。
だから、そういう部分を残そうという気などなかったし、
それに気遣えるほどの余裕がなかったとも言えるのだが、
どうせ拾える部分は少なかったことをファイは言うことは無い。
この会話の目的は他にあって、それはうまくいっていたのだから。
ファイは、あえてそこに触れずに普通に接することで、
リョージの負担を軽くしようとしたのかもしれない。
だが、それはファイにしか分からない。
というのも、ファイはそもそもリョージの戦闘シーンに対して
感動こそすれ、マイナスなことは思わなかったからである。
むしろ逆。
そのことを、たとえばファイの旧友であるギルドマスターの男などは
見抜いていただろうが、彼はここにいないのだから
確かめる術はない。
リョージの心の機微をしっかりと把握しているとしても、
ファイならばおかしくはないので、
本人の感情とリョージへの共感はまた別だということもまたあり得る話だったからだ。
あくまで普通の態度を取ることで、ファイはリョージに余計な気苦労をかけることを防ぐ。
これは、ファイの思惑か否かは不明だが、
リョージには効力を示していた。
「ファイさん…ありがとうございます」
「こちらこそ。大いに助かりましたよ」
そう言って笑う二人を見ているのは、ドルーナのみである。




