ソロ冒険者と新人冒険者
俺は転生者だ。
気づいたらファンタジーな世界にいた。
自分に前世の記憶があることに気づいた時、
俺は混乱した。
今の生活が、元の世界での生活とまるで違っていたからだ。
俺は次第に家族と距離を取るようになっていた。
前世の価値観が邪魔をするのだ。
いろいろな葛藤の中で、
最終的に俺が縋ったのがゲームの記憶だった。
俺は前世で、とあるゲームに嵌っていた。
その舞台は、剣と魔法の世界。
・・・なんだ、あれと一緒じゃないか。
そう思ったら、何かが楽になった気がした。
せっかく2度目の人生を送れるんだ。
どうせだったら楽しもう。
そう思った俺は、冒険者になることを決めたのだった。
******
「リョージ先輩ーっ」
「あ、えっと、クロル君?」
道の向こうから手を振って走ってくるのは、
新人冒険者のクロル君。
「先輩、こんなところで何してるんですか?」
「ああ、今日の分が終わったから帰ろうとしてたんだ」
今日の分、というのはクエストのことだ。
「え? もう終わったんですか?」
「うん。クロル君はこれから?」
「はい・・・、あ、あの!
この前言ってたことなんですけど・・・」
「え? ああ、パーティーのこと?」
「は、はい。
僕、まだ冒険者になって日が浅いんでいろいろ分からないことが多くて・・・。
だから先輩がやるクエストに連れて行ってもらって勉強したいんです!」
そう、クロル君は向上心を持ったすごい新人なのだ。
「協力したいのは、やまやまなんだけどさ。
俺、実はあんまりパーティーを組んだことがなくてさ」
この前誘われたときは、
ちょうどクエストを受けて出かけるぞってときだったから
詳しく話している暇がなかったんだよね。
俺がソロにこだわってるのなんて、
ここの冒険者なら誰でも知ってると思うけど、
最近入ったクロル君は知らなかったんだろう。
「え、それじゃ、ソロで高ランカーにまでなられたんですか?!」
ほら、な。
そうだよ、俺はどうせぼっちさ。
普通ならドン引きだよな。
「そ。だからさ、パーティーのクエスト自体受けたことないんだ。
だから他の人に頼んだ方がいいと思うよ」
ここの人間は冒険者というだけあって粗暴な感じだが、
あれでいて面倒見が良かったりするのだ。
俺も、ソロでやるなんて危ないと何度も止められた。
慣れるまで一緒にやってやる、と誘ってくる奴もいた。
俺は当時ソロでやることしか頭になかったから、全部断っていたけど。
クエストは複数で受けるのが基本だ。
一人だと危険度も上がるしな。
複数で組むと、難易度が高いものも受けられる。
役割分担したり、弱点を補いあうこともできる。
はっきり言って、ソロでやるのは非効率なのだ。
それを分かっているから、クロル君も驚いているのだろう。
「・・・ソロ・・・、なら、実際の実力はもっと上なのでは・・・」
ぶつぶつと何かを呟いているクロル君。
何を喋っているのかは分からないけど、
俺のあまりの無謀さにショックを受けてしまったのだろうか。
いや、待てよ。
クロル君は新人だ。
俺を見て、
ソロでもやれる、なんて勘違いしてしまう可能性もある。
前途有望な若者の道を曲げるわけには行かない!
「あ、あの、クロル君。
それじゃ、俺は行くから・・・」
これ以上、俺が関わるべきではないだろう。
あとは、遠巻きにこちらの様子を見ている
他の冒険者たちに任せておけば大丈夫。
そう、思ったのだが・・・。
「リョージ先輩!」
「うわっ!」
気づいたら、クロル君が俺の腕を掴んでいた。
「クロル君・・・?」
それまで下を向いていたクロル君。
それが、急に顔を上げてきた。
「ぼ、ぼく、リョージ先輩がいいですっ」
「・・・はい?」
俺の疑問も最もだろう。
だって、何でよりによって俺なんだ。
俺の疑問が顔に出ていたのか、
クロル君は顔を赤らめる。
「そ、それは・・・えっと・・・」
クロル君はなぜかはっきりとしない。
けれど、理由があるのならきちんと聞いておかなくてはならない。
クロル君は、言いにくそうにしながらも口を開いた。
「僕・・・実は人に話しかけるのが苦手で」
「え? でも、今ちゃんと話せてるよね」
「は、はい・・・、それは・・・
あ、たくさん人がいると緊張してしまうんですっ」
そうか、恥ずかしそうにしているのも
本当は人見知りだったからなのか。
クロル君は一対一だと大丈夫なタイプなのかもしれない。
ほら、ソロでいるのって俺ぐらいだからさ。
たまたま一人でいた俺に話しかけたんだろう。
「あの、もしだめなら、せめてソロでもやっていけるコツ、みたいなものを教えてもらえませんか?」
「え?」
俺と組まなかったらパーティーでやるのを
あきらめるレベルで人見知りなのか・・・。
「だめ、ですか?」
俺の腕を掴むクロル君の腕は力強い。
それだけ決意は固いのだろう。
うーん、ここは先輩冒険者として、
他の冒険者に紹介するのが一番なんだろうけど。
俺、ここでの評判あんまり良くないしな・・・。
自分が誘われたの断っておいて、
頼むっていうのも言いづらい。
だったら、ソロでもやっていけるコツを教える・・・?
ってか、ぶっちゃけそんなのないよな?
ただ、死なないように気を付ける、くらいだ。
っていうか、俺、よくここまで生き残ってこられたよな。
なんでだ?
ああ、ファイさんのおかげだ。
ファイさんがいろいろ助けてくれたからだ。
「あのな、クロル君。
俺がソロでもやって来られたのって、協力してくれる人がいたからなんだ」
「そう、なんですか…?」
「うん、俺がソロしか受けないって知って、いろいろと相談に乗ってくれた人がいたんだ。
そうじゃなかったら、俺は今ここにいないと思う。だから…」
俺は、クロル君にソロでやるのを諦めさせようとして、そんなことを言ったのだが。
「じゃあ、その人を紹介してくれませんか?」
「え?」
クロル君の言葉は、俺の予想外のものだった。
ファイさんを、クロル君に紹介する…?
親身にいろいろと相談に乗ってくれたファイさん。
そうだ、ファイさんをクロル君に紹介するのが一番かもしれない。
あの人なら、きっと優しい笑顔を浮かべて対応してくれるだろう。
俺のときみたいに。
なぜか、胸が苦しくなる。
ファイさんが、クロル君に笑顔を向けているところを想像しただけで。
・・・ファイさんは、忙しい。
俺のときは、仕方なくそんな流れになっただけだ。
だから、これ以上迷惑をかけるのも悪いよな。
「・・・先輩?」
クロル君の声で我にかえる。
「あ、えっと、俺も人に助けてもらってここにいるわけだからさ…」
「え?」
「えっと、俺でいいなら少しは付き合うよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
クロル君をファイさんに紹介するよりは、こっちの方がいい。
・・・もう、俺も大丈夫なはずだから。
それに、クロル君に言った理由も嘘というわけでもないし。
俺は、自分の子供っぽい感情に気づかないふりをした。
******
クロル君とパーティーを組む約束をしてから、数日後。
「リョージ先輩、おはようございます!」
「あ、クロル君。
おはよう」
俺は、クエストを受けようと掲示板を覗いていた。
クエストは掲示板に張り出される。
受けたいクエストがあったら、それを受付に申告するのだ。
「あの、リョージ先輩はどれを受けるか決めてますか?」
「ああ、これにしようと思ってたけど・・・」
俺が受けようとしていたのは、以前ファイさんに勧められたクエストだった。
「え、それですか?」
俺が指した紙を見て、クロル君は驚いている。
「あ、もしかしてそれ受けたかった?
そしたら俺別のでもいいけど」
このクエストは、俺くらいしか受ける人はいなかった。
ソロでもできる数少ないクエストの一つなのだ。
「いえ! そうじゃなくて!
どうしてそんなに低いランクの受けるんですか?
リョージ先輩ならもっと上の物もあるんじゃないですか?」
クロル君が大声を出すから、周りの注目を浴びてしまった。
「クロル君、落ち着いて」
「あ、すいません・・・」
クロル君が言うように、俺が受けようとしていたクエストはランクは低い。
パーティーで挑んだら簡単すぎて、ほとんど受ける人のいない仕事。
それが俺にはちょうどよかったんだけど・・・。
「あの、もしよかったらこれ一緒に受けませんか?」
クロル君が手にしているのは、高ランクのパーティー用クエストだった。
そうだ、パーティーを組むって約束してたんだよな。
確かにそれを受けても問題ないかもしれない。
でもなあ・・・。
最初に受けるクエストは、ファイさんに任せてるからなあ。
それに・・・。
これ、クロル君が受けるにはちょっとランクが高すぎるんじゃないかな・・・。
クロル君の実力は分からないけど、俺じゃあ、もしものときに守り切れないかもしれない。
でも、そんなクロル君の実力を疑うようなこと言うのもなあ。
俺がどう言えばいいか迷っている間に、クロル君はなぜか俺の手をとっていた。
「クロル君…?」
「・・・先輩、俺・・・」
クロル君が何かを言おうとした瞬間、
俺たちの方に何かが飛んできた。
「うわっ」
俺は咄嗟にクロル君を突き飛ばす。
「すみませんっ」
「ファ、ファイさん・・・?」
声がした方を見ると、そこにはファイさんがいた。
クエストの掲示板には、何かがぶつかったような跡がついている。
「今のは、ファイさんが…?」
たぶん、何かの魔法だろう。
ファイさんが魔法を使えるのは、以前相談に乗ってもらったから知っている。
でも、なぜここで…?
ファイさんは、申し訳なさそうな顔をして言った。
「すみません…、
リョージさんにハエがたかっているのが見えたものですから…」
「え。そ、それは気付かなかったです・・・。
追い払ってくださって、ありがとうございます」
うわぁ、めっちゃ恥ずかしい!
ハエがたかってるとか、そんなに俺臭かった?
帰ったら速攻風呂入んなきゃっ。
「気づいたら発動してしまっていて…。
もし、リョージさんに怪我でもさせていたかと思うと、私は…」
拳を握りしめて震えるファイさん。
目に見えて落ち込んでいるファイさんにこちらが申し訳なくなる。
ファイさん、綺麗好きそうだしな。
ハエを見たくらいで、無意識に魔法ぶっぱなすくらいだ。
そうさせてしまった俺も悪いよな。
「ファイさん、すみません。
俺が身綺麗にしておかなかったのが悪いんです。
今度から気をつけますから」
帰ったら服も洗おう。
ファイさんに気にしないで欲しいと思って言った言葉だったが。
俺の言葉を聞いたファイさんは、ぶんぶんと首を横に振る。
「いえ! リョージさんは何も悪くありません。
ハエを野放しにしていた私が悪いんです。
二度と発生しないように、早急に対処しますからっ」
ファイさんは、目に炎を宿して燃えている。
ああ、ファイさんの掃除熱に火を着けてしまったらしい。
「ところでリョージさん。
ちょうど今リョージさん向けのソロのクエストが入ったところなんですが、どうですか?」
「え? はい、受けます!」
よかった。
ファイさんの選んでくれるクエストって、程よい難易度っていうのかな。
その辺のチョイスが絶妙なんだよね。
「じゃあ、受け付けますから、こちらにどうぞ」
「はい」
あ、忘れるところだった。
「あ。クロル君、ごめん。今日はこれで」
「あっ…」
慌ててファイさんを追いかけていた俺は、
顔面が蒼白になっていたクロル君の様子に気付いていなかった。
******
「あの、リョージさん…」
「はい?」
クエストの受付の手続きをしていると、
ファイさんが書類を書く手を止めて言う。
「前に言ってましたよね。パーティーの件」
「あ、もしかして良さそうなクエストありましたか?」
俺の言葉にファイさんは黙る。
「ファイさん…?」
「…リョージさんはいいんですか?」
「え?」
「クエスト。これまでソロでやってきたのは、リョージさんが…」
そうなのだ。
俺がこれまでクエストをソロでやってきたのは、一応理由があったからなのだ。
「正直言うと、ちょっと迷ってるんです」
「だったら、無理しないでもいいんですよ。
なんなら、他の冒険者に任せてもいいわけですし」
ああ、ファイさんは優しいなあ。
「ファイさんのおかげで、だいぶ慣れてきましたし。
たぶん大丈夫です。
ずっとこのままってわけにもいかないでしょうし」
正直少し怖い。
でも、それでも先には進まないと。
「・・・分かりました。
実は、よさそうなクエストはもう見繕ってあるんです」
「本当ですか?」
「ええ。
なにぶん急な話でしたから。
リョージさんに意思を確認しておきたかったんです」
「ファイさん…」
「リョージさん。
初めてのパーティーということで大変でしょうけど、
きっと大丈夫です。
私もサポートしますからね」
ああ、ファイさん!
「ありがとうございます…っ」
正直、ソロじゃなくなったら、
もうファイさんに助けてもらえないんじゃないかって、
心のどこかで思ってたんだ。
でも、それは杞憂だったみたいだ。
「では、今度はクロルさんと一緒に来てくださいね」
「はい、よろしくお願いしますっ」
俺は意気揚々とギルドを後にした。
ああそうだ、今日は風呂に入っておかないと。
******
リョージは気付いていなかった。
ファイが、ハエと呼んだのがクロルだったことを。
ファイがクロルに放った魔法が、無詠唱だったことを。
無詠唱魔法を使うのが、どれだけ難易度の高いことかということを。
リョージはまだ気づいていない。
ファイに対してリョージが抱き始めている思いが何なのかということを。
いかがだったでしょうか。
感想などいただけると嬉しいです。
読んでくださってありがとうございました!