安らぎ
俺はここに来てからの日々を思い返してみる。
今でもこれが夢なんじゃないかと思うことはある。
だが、そうではないと俺は知っている。
******
隣からスースーと規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「…ファイさん?」
声を潜めてそう呼ぶが、返事は帰ってこない。
どうやら眠ったようだ。
本当は野営地の方まで戻って休んで欲しいけど、気持ちよさそうに寝ているし起こすのもしのびない。
そう思った俺は、ファイさんに毛布を掛けなおす。
今の季節はそこまで気温が低くないとはいえ、夜になると肌寒いのだ。
肩までかかるように毛布を引き上げる。
すると、ファイさんはもぞもぞと動いて毛布に埋もれた。
起こしてしまったかと思ったが、それは違ったようでまた寝息が聞こえてきた。
思えば、ファイさんと出会ってからしばらく経つが、ここまで長く一緒にいたことはなかったかもしれない。
いつもは、窓口越しに話をするくらいなのだ。
この世界に転生してから、俺は人と接することを極力避けてきた。
それでもなんとかなっていたし、その理由も自分で分かっている。
それがいいとか悪いとか、そんなことはどうでも良かった。
いや、そんなことを考えていられる余裕もなかったのである。
ただ、冒険者になって行動していくうちに自分は変わったとは思う。
今の俺は、確かに安らぎみたいなものを感じているのだ。
それも目の前の人のおかげだと思う。
「ありがとうございます、ファイさん」
*****
リョージの中で、少しずつファイの存在が大きなものになっていくのだった。




