むぐむぐ
まどろみの中で、誰かが俺を呼んでいる気がする。
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「…リョージさん、リョージさん」
肩を揺すられて目を覚ます。
何だよ、せっかく気持ちよく寝てたのに…。
ぼんやりとする意識の中で俺は薄く目を開ける。
「んー…」
ゆっくりと瞬きをすると、次第にぼやけた視界がはっきりとしてくる。
その人は、俺と目が合うとふわりと笑う。
「おはようございます」
「…ん? ふぁい、さん…?」
口に出した途端に、俺の脳は状況を理解する。
「はい、ファイです」
「す、すみません…っ」
一気に熱くなる頬。
慌ててファイさんから距離を取る。
ドキドキとうるさい心臓。
あー、何やってんだろ、俺。
「すみません、なんか俺寝ちゃってたみたいで」
ていうか、なんで俺こんな状況になってるんだ?
「リョージさんもお疲れだったんでしょう。さあ、今日はこのくらいにして
早く休めるようにしませんか?」
ファイさんに言われて、空を見れば陽が低くなってきていた。
「っ、でも、早く魚を捕らないと、ピッチちゃんが…」
そうだよ。そもそも釣りしてたのって、はぐれドルーナのピッチちゃんを保護するためじゃん。
俺がひとり焦っていると、ファイさんは言う。
「夜は視界も悪いですし、明日にしましょう?」
「…はい」
そうだ、ここに来て焦っても仕方がない。
困ったように言うファイさんを見て、俺も冷静さを取り戻す。
「では、ご飯にしましょうか」
「あ、あの…、ファイさん」
ごそごそと荷物を漁るファイさんに、俺は声を掛ける。
「どうしました?」
「あの、いいんですか?」
「? 何がです?」
きょとんとしているファイさん。
「あ、えっと…、野宿になっちゃいますけど」
ファイさんが俺を手伝いに来てくれたのは分かった。
だけど、野宿をさせるというのもどうだろうか。
「今ならまだ街まで戻れますけど…」
ここは、街の外だけど今から出発すれば間に合うだろう。
そう思って言ったのだが。
「リョージさんは戻りますか?」
「はい?」
「リョージさんが戻らないなら、私も戻りません」
ファイさんが言っている意味が分らなくて俺は固まる。
もしかして、これは俺のことを心配してくれているんだろうか。
体のことを考えて一度街に戻れと言うことなのか?
俺はそう思ったが、どうやらそういうわけではないようで。
「まだ魚も捕れていませんし。一度戻ったら時間がもったいないです」
「はあ…」
俺が野宿しているのと同じ理由なだけだったようだ。
「お手伝いに来ると決めたときから、こういうことも想定してましたから大丈夫ですよ」
まだ煮え切らない様子の俺に、ファイさんはそう言った。
俺が感じている罪悪感をファイさんは気付いて軽くしようとしてくれているのだろうか。
「それとも、ご迷惑でしょうか」
眉根を下げてそんなことを言い出すファイさんに俺は慌てる。
「いえ、迷惑だなんて。
ファイさんがいいならお願いします」
魚の捕り方もまだ教わってないし、ファイさんがそうしてくれるなら俺も言うことは無いのだ。
「よかった。でしたら、そろそろ夕食にしましょうか」
「はいっ」
連日の野宿で、携帯食料が続いていたのだ。
罠用に採った果実を齧ったりもしたが、温かいご飯というのは久しぶりだった。
「いかがですか?」
「美味しいですっ」
「それはよかったです」
俺の食いつきぶりにファイさんが苦笑している気がするが、仕方がないだろう。
だって、ファイさんの作るご飯はそれはもう美味しいのだ。
「デザートもありますから」
「はひ、はひはほうほはいまふ」
「ふふ、ゆっくり食べてくださいね」
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リョージは気付いていなかった。
自身の胃袋がすでにファイによってがっちりと掴まれつつあったということを。