002
視界が開けるように目覚める。
俺だけ起きるのが遅ったのか、他のみんなは既に目覚めていたようだ。
「みんな無事か?」
「あぁ、オレは無事だけど」
「大丈夫だよ。直くんこそ平気?」
「無事かって聞いてるんだから、俺は大丈夫だよ。それより紗綾と遥さんは?」
「あたしも大丈夫だけど」
「心身ともに変化無しってところかな」
他のみんなも平気なようだ。
遥さんはほんわかとした雰囲気があるので、心が少し癒された気がする。
北側の窓からはカーテン越しではあるが、夕陽が差し込んでいる。
時計を確認する。時刻は4時35分といった所だ。
と、なるとーーおよそ、一時間近く寝ていたようだ。
全員揃って眠りに就くなんて些か不思議ではあるのだが。
居眠りなんて、高校生にとっては日常茶飯事だし気に止めることはないのだろう。
その後、もう一度ゲームを仕切り直しませんか?
と、遥さんが提案してくれたために命拾いしたのだが……。
再び俺は大貧民となり、三階の部室から一階にある購買に優奈と一緒に向かっている。
誰もいない階段を二人で降りていく。
下に行くたびに、BGMのように運動の声や吹奏楽部の楽器の音が目まぐるしく変わっていく。
雅哉はコーラ、紗綾はレモンティー、遥さんは緑茶とのことで、みんなからお金を貰うことに成功した。
優奈とはたわいのない会話をしながら、長い中央廊下を抜けて右側にある一室に入る。
購買は昼時になると生徒達と一部の先生によって溢れ返る。
だからなのか、購買の営業が終わった後は右奥側にあるゴミ箱と色の違う2台の自販機以外に特徴的な物は何1つとしてない。
強いて挙げるとするならば、ドア1つ抜けた中庭には用務員が使う危険な道具が無造作に置かれている程度だ。
肝心の自販機の種類としては、右側に赤い自販機があり、左側には青い自販機がある。
コーラとレモンティーは赤い自販機、青い自販機には緑茶が用意されている。
俺は二人からから預かった300円で、赤い自販機から指定された飲み物を購入する。
随分と軽くなった財布をズボンの右ポケットに、少し荒く突っ込む。
負けた奴は奢りだみたいな男子特有の悪ノリがなくて助かったと、財布の中を見て痛感したのは言うまでもない。
「直くん、私が飲み物奢ろうか?」
「いや、水筒に水道水があるし大丈夫だよ。それより優奈、いつも心配してくれてありがとな」
顔を真っ赤にする優奈。
熱でもあるのだろうか。
「寒いなら、制服の上着貸そうか?」
「えっ、いいよいいよ。私、げっ元気だし」
「遠慮するなって、ほら」
俺は左側の青い自販機で緑茶を購入しようとする優奈の背中から、制服を被せるように着せた。
その後、ピッという音を立てて緑茶ではないーー俺の好きな飲み物が落ちてきた。
「あっ!……買い間違えちゃった。500円入れちゃったし、直くんにコレあげるよ」
「優奈が買ったんだし、申し訳ないからいいって」
「私、少食だから大丈夫だよ」
「けど、ケーキバイキングで出入り禁止になったって噂で聞いたぞ」
「風邪っぽいからだよ。って、それ誰が言ってた!?」
指先まで染まるように赤面していた。本当に風邪っぽいのだろう。
これ以上無下に断るのも失礼かと思い、仕方なく受け取ることにした。
「おっ、優奈ちゃんじゃん!! わざわざ返事しに来てくれたの?」
俺が優奈の手提げに飲み物を入れている間に、優奈は誰かに話しかけられているようだ。
優奈は俺を見るなり、助けを求めるような表情をしていたので駆けつけることにした。
「優奈、大丈夫か!?」
「直くん!!」
安堵の表情を見せた。どうやら、絡まれているらしい。
「何コイツ。君の何なの?」
問いかけてきた男は、長身金髪で銀のチェーンを腰周りにつけている見るからに不良のような容姿をしていた。
上履きの色からして、上級生なのだろう。
「別に言う必要ないと思いますが。行こう、優奈」
優奈の手を引っ張って、部室に戻ろうとする。
だけど、行き先を塞ぐように別の上級生が現れーー俺達は道を塞がれることになる。
「ねぇ、お前じゃなくてオレは優奈ちゃんに聞いてんの? そんなのも理解できないバカなんかほっといてさ、オレ達と遊ぼうよ。優奈ちゃん」
「答えることなんかない。行くぞ優奈」
何かを言いたげな部分はあるが、今は関係ない。
「そこ、どいてくれませんか?」
「嫌だって言ったら、どうすんのかなぁ?」
別の男は小馬鹿にするような表情をして、こちらを見下している。
この状況を打破するためには仕方ないと決断し、俺は雅哉に頼まれたコーラを取り出して、蓋を開けた。
噴水のように飲み口からは噴射されたそれは、一時的であるが時間稼ぎの作になったようだ。
そうして駆け足で部室に戻り、急いで引き戸の鍵を閉めた。
俺と優奈は引き戸に体重を任せ、沈むように床に座り込む。
急いで走ったせいか息切れをしており、呼吸は粗くなっている。
「ちょっと、何があったのよ!?」
「優奈が上級生に絡まれててな。コーラぶっかけて逃げてきた」
「あんたも大胆なことすんのね」
「当たり前だろ。優奈を守るためなら、なんだってするつもりだからな」
変な空気になった。
何か変なことでも言っただろうか。
「直くん、ありがとう……」
「礼なんていいって。それより、上着を被せたせいで暑くなかったか?」
幼馴染の方を向く。
上着はそこにはなく、申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめん……」
「あれは優奈のお兄さんから貰ったものだし、この学校に入れたのもお父さんのおかげだから気にしなくていいって。俺は問題ないからさ」
「でも、でも……」
落ち込んでいる顔なんて見たくなかったので、頭を撫でることにした。
また顔が真っ赤になる。
今の優奈は、そんなにも風邪を引きやすいのだろうか。
ため息を吐いて呆れている他の一同。
遥さんに至っては空想上にしか存在しない思ってよ、とか言っている始末である。
そんなに変なことをしてるか、俺にはどうしてもわからない。
「紗綾、俺変なことでもしてるか?」
「あぁー、ハイハイ。優奈、あんたもいろいろ大変だと思うけど頑張ってねー」
「そんな言い方はないだろ。雅哉、俺はおかしいことでもしてるか?」
「自覚がねー時点で、薬のつけようがねーってホント」
少し間に触る部分もあるが、優奈がいつもの表情に戻っているので良いとするか。
「あぁーあっ!! なんだが、そいつをぶん殴ってやりたくなってきたー」
指はパキポキと嫌な音を鳴らしている。
そういえば、紗綾は昔格闘技をしてたとかで腕っ節が強かったと、優奈が言っていた気がする。
ふと気づくと、雅哉が引き戸に対し指差していた。
俺達はもう指定の席に座っており、優奈から借りた制汗スプレーを使ったばかりだった。
「それって、もしかしてアイツか?」
「あぁ、多分あいつだと思う」
引き戸の曇りガラスからは金髪の姿が伺える。
ご丁寧に跡をつけてきたようだ。
「曇っててよくわかんねーけど、紅いカラコンしてんのに注意されてねーみたいだぜ。校則違反なのに」
「そうね。100発殴って二度と起き上がられない体にしてやらないとね」
「まぁ、やり過ぎは気をつけろよなー」
ーーあれ、カラコンなんてしてたか?
自分の記憶が確かなら、していなかった気がする。
だが、不良とかの間で流行ってる何かだと思い、言うのをやめた。
そして、憂さ晴らしができる相手が見つかったと思ったのか。
殺る気満々な紗綾は椅子から勢いよく立ち上げると扉の鍵を開けて、引き戸を開けた。
ニタニタと不敵な笑みを浮かべる紗綾。
俺達は同情の目線を向けながらも、扉が開くのを今か今かと待っていた。
けれど、そこにいたのはーー人の形をした化物だった。