発動カセミカ計画その3 地下通路編
「ごまかしたな……」
俺の言葉を無視するようにハツカは階段を降りていった
そこからは、長い地下道を歩く行程が続くのだった
ピッコピョン ピッコピョン ピッコピョン ピッコピョン
階段をおりた地下は電気がつき明るく、壁もコンクリ-トでかためられ窓は当然ないが、まるで学校の廊下のような広さと作りでずっと続いていた
俺たちはそこを歩く。何度目かの曲がり角を曲がり、それでも果ては見えない
ルリリン ルリリン ルリリン ルリリン ルリリン ルリリン
「やめろ、その変な足音」
先程から地下の道で響いてるのは、前を行くハツカの足音だけだ
ルリリン ルリリン ペペペポン ペペペポン ペペペポン
「変えるな。やめろと言ってるんだ」
「いやです」
「あっ、もしかしてハツカちゃん軽く怒ってる?」
「私は怒ってません!この足音はアルファ波が出てて、さらにマイナスイオン的な緑茶効果でアロマテラピ-ぽく怒りをしずめてくれるんです!ぷんぷん」
「怒ってるじゃねぇか」
ハツカは地下に入ってから妙な足音で歩くようになった。ここに来て既にいくつものバリエ-ションを聞かされている
ペペペポン ダッターン ダッターン ダッターン ダッターン
原因は地上で俺が言った「消しちまえそんなデ-タ」発言のせいで、今もややご立腹といったところだ
ダッターン バイヨエーン バイヨエーン バイヨエーン バイヨエーン
足音は響く。彼女はこの足音機能を、素晴らしいものだと認めさせたいらしい
だが俺には逆効果だ。彼女には悪いが今の俺は、この進展しない状況に既に少しイラついている
ミッシェル ミッシェル ミッシェル ミッシェル
「あっ、またかわった」
「だな」
「こんどの足音は人の名前みたいだね」
「あたりまえです!」
なにが当たり前なのか?もうわからない。俺はため息が出た
「私の足音機能は最高のポプションです、それを分かって貰うまで後81兆2476億8通りくらい聞かせなければなりません」
「くらいって、覚えてないの?」
「はいはい、凄いよ凄い。だからもうやめろ」
「そんなんじゃ許しません」
実際、進展しないのは彼女の足音とは関係ないし、足音を止めても何の進展もえられないのだが俺は、またため息を吐いた
パプルポッカ パプルポッカ パプルポッカ パプルポッカ
「あっ、今度のはちょっと可愛いかな」
「かわいいか?」
俺には、どこかのモンスターの姿しか連想できないが
「さすがはお目が高いです千途さん」
「そう?」
「はい、これは私が日夜ヒマな時に行っている。私内足音コンテストの可愛いかもしれない部門において、77回連続で77位を記録した。とても可愛いかもしれない足音なのです」
「すごーい」
なにが、凄いんだ?
「ちなみにさっきの店先でも行い。その時も堂々の77位でした」
ちょっと待て、ヒマな時にやると言ってたよな?
コイツ、扉を開けず暇をもてあまし、そんなことしてたのか?あと77位は、どう考えてもお前のさじ加減ひとつだろ。
「どうかしましたか正月さん?」
「どうかしたの正月くん?」
「いや」
いつの間にか機嫌をなおしているハツカ。いや上機嫌と言っていいだろう
これを狙って話を合わせていたのだとするなら、千途のことをちょっとだけ見直す
「次は、どんな足音かなー」
が、コイツはただ気の向くままに、状況を楽しんでる気がする
「そうだ、後こういうのもあります」
ハジメマシテハツカデス ハジメマシテハツカデス ハジメマシテハツカデス
「どうですこの斬新な足音」
「どうと言われてもな」
「私は口を動かしていないのに足音が自己紹介をする。さながら腹話術師の技のようです」
「へー、腹話術師さんって足音で声を出してたんだ知らなかった。道理で口動かさないわけだね」
「違うぞ千途。それが出来たら売れっ子だろうが、腹話術師ではない」
「えー私ってば売れっ子になっちゃいますかー」
「お前はアンドロイドである時点で論外だと知れ」
そんな話をしている中で、俺たちはまた道を曲がった
ずっとずっと一本道。たまにこうした直角のカーブがあるだけ、曲がった先も変わりなく長い道が続き、奥のほうに小さく曲がり角が見えるだけだ
「襲撃でも警戒してたのか、ここの作り主は?」
「まぁ、秘密基地ですから」
理由になってるようで、理由になってないようで、理由になってるようで
「それにしても町の下によくこんなの作れたよね。田舎だからいいのかな」
「田舎だからいい、という理由はないと思うが」
田舎だから放置されたと言う理由なら、まぁ……あるのか?
バババイン バババイン バババイン バババイン バババイン
「あっ!足音が変わった200回目くらい?これで1キロは進んだんだよね。長いよねこの地下通路一体どこまで続いてるんだろ」
「さぁな……」
既になれたもので、足音の変化で進んだ距離が分かるという事に気づいた千途が、その時から逆算などして大まかに数えだしていた
暇なんだなと思って見ていたその行為だが、たった今めでたく200が過ぎたらしい。そして、ここにきて当然の疑問を口にしている
だがその質問、俺にふるのは間違いだぞ千途
「おいハツカ後どれくらい行くんだ」
千途の質問をそのまま前を歩く、怪音発生ロボに聞いた。彼女は振り返り答える
「えっと計算しますか?」
「計算?」
「どういうことハツカちゃん?」
フッフッフと笑うハツカ。こういうときは馬鹿なことしか言わないと、何となく分かってきていた
「なにかな。どうしたのかな」
そんなリアクションしてやらなくていいぞ千途
「実は私にはとんでもない機能が内蔵されているのです」
「ほう。言ってみろ」
「なんと、この左手人差し指には、メジャーが仕込まれているんです。その長さ10メートルジャスト」
そう言ってハツカが、自分の左手人差し指の先端を引っ張ると「きゅぽん」といい音がして中ほどから指が二つに分かれると、中からミリメモリがついたメジャーが出てきていた。
10メートルのメジャーを格納するスペースなら、絶対もっと有効に使えただろうにと考える。すると、俺はちょっとこいつが可愛そうに思えた
「よかったな。メジャーなんて十徳ナイフにすら入っていない機能をつけてもらって、本当によかったな」
「何です。その生暖かい優しげな顔は、逆に怖いです」
だ、そうだ。いつもどうり行こう。そう思った
「で、それで何をどう計算しろと?」
「10メートルって、微妙に短いね」
「なんと言う的確なご意見でしょう。そうです、それです。私もこの機能に関しては、どう使えばいいのか分からなかったので言い返せません。野菜の大きさをこっそり測って、やや大きめの野菜を買ってほくそ笑む程度の能力ですから」
「ただしい「程度」の使い方だな」
なんとも無駄な機能のせいで、無駄なやり取りをし、無駄な時間を消費してしまった。疲れた
そんなことを考えて続く道の先を見ると、千途が道の先へと一人歩いて行っていた。やっぱマイペースな奴だよなと思う
「ハツカなんか、アンドロイドらしい機能は無いのか?」
「そうですね。メジャーが使えないなら、元々のこの施設のデータから、私たちが踏破した距離を引いた残りの道のりを算出する程度でしょうか?」
「そうだな、じゃ頼む」
振り返り「最初からそれが出来るならしろ!」と言いたかったが、頭に浮かんだ。うずうずとツッコミを待ってるハツカの顔(実際にそんな顔をしていたか、定かではない)が、むかついたのでスルーした
「では進行状況から残りの距離を割り出しますね」
「あぁ」
答えてハツカのほうへ向き直る。彼女は店先でも見た姿で立っていた。瞳孔の奥で光が動き、何かを読みとっている。今回は読み込んでいると言うべきか
「チ-ン、はい出ました。残り距離は後45万8千キログラムです」
「明らかな間違いをするな。ほら再計算だ」
「はい再計算します……出ました。およそ1億5000万キロメートルです」
「それは地球と太陽との距離だ。次」
「はい再計算します……出ました後30センチとちょっとです」
「バグッてるな。ほれ再計算だ」
「はい再計算します」
こいつに機械らしいことをさせた時点で、いやな予感はしてた
「……ガガ……システム付加ノタメ……システム強制終了後……再起動シマス……ウィィン……ガ……ガ……ガ……自動再起動プログラム実行チュ-……エラ-確認チュ-ピ--……あっ何の話でしたっけ?」
「もういい、お前は二度ともう何も考えるな。残りの人生、そ-っと生きてろ」
ダメだ歩こう。何も考えずに歩いたほうが、進展する。そう悟った
するとその時
「あれ?あれって扉だよね!ほらっ」
俺たちが話ている内に、前へ出ていた千途が大きな声で知らせてきた
その声の場所まで駆けていくと、進行方向に壁と小さく扉が見えた
「あっ見えました。そうです目標地点です」
「やっと着いたか」
足を進めやっと見えた扉の前に立つ三人、だがその扉は……
「何だよ例によって開かねぇじゃねぇか」
「うん、あからさまにロックされてるよロック方法は、上にあった扉と一緒だね」
「どうすんだ?ハツ……」
「強制ロック解除ッッ---!ギャラクティカファンタパ---ンチ!!!!」
扉を調べていた俺が、後ろに立つハツカにたずねるため振り返ろうとした瞬間、俺のこめかみを凄まじい勢いの拳が通りすぎた。
まさに鉄拳。何気にコークスクリューだった。ふざけた技の名前を叫んだのはハツカ。扉をぶち破るパンチを放ったのも、もちろんハツカだ
ズガ-----ンッッッ!
俺の後ろで分厚い扉がひしゃげていく。こめかみがチリチリと熱い。あと数ミリ振り返る時に体を動かしていたら、俺もひしゃげていただろう
モミアゲがあと少し短ければやられていた。そんな気分だ
「よいしょっと」
「……おい、今のパンチ」
「あっ、ちなみに今のはジャット・リ-のワイヤ-キックの5万倍の力です」
どうでもいい事を言いながらひしゃげた扉を端へかたす。シレッとしたものだ。
たった今、俺が死の恐怖に震えた事など知らぬようだ
まぁいいか。進展しない事が一番の問題だ。そういう意味では、今の即決の破壊行為は好感すらもてる
「あ-あ、今回は始めから力任せなんだね」
「さぁ行きましょう博士が待ってますよ」
普通に話を進める千途とハツカ。俺も気を取り直し壊れた扉の先を見た
その壊れた扉の先には、まるで絵に描いたようなザ・研究室と呼べる部屋があった。
何も入ってない巨大なカプセルと暗いモニタ-に、巨大コンピュ-タ-らしき機械。あと大きな机の手前に椅子が1つ、そんな明るく静かで人が見当たらない綺麗に清掃された部屋だった
「お待たせしました賢郎博士!正月さんとそのご友人を、このハツカがお連れしました」
ハツカが部屋に向けて大きな声で言う。すると手前の角度的に背もたれしか見えていない椅子が、ゆっくり揺れ誰かが座ってる事がわかった
「えっ!賢郎博士がいるの?どこっどこっ?」
「イテッ!押すなっ!千途」
急にテンションの上がった千途が俺とハツカを押し退けて研究所に飛び込むと、誰かの座る椅子の正面へ回り込んだ。そして
「あれ?」
千途は口を開けて目を点にして立っていた
「なんだどうした?」
「サルがいるの」
「はぁ?」
「目の大きな猿がいるの」
「はぁ?」
「性格にはオナガシロメガネザルですよ、長くて白いシッポが特徴です」
「はぁ?」
話が見えない俺は、目の前で話す二人を退けて椅子の正面を覗き込む
そこには椅子の上に乗った体長50センチ位の白いメガネザルがいた。何の変哲もないサルだった
「キキキ、ウキ」
「で、俺のジジィは?」
「はい、ですから博士です」
つかつかと歩いてきて白いサルを指さしたハツカは、当然の事だという感じでシレッと言った
紹介されたサルの方は、ハツカのさす指に興味を持ったのか?ぺしぺしと叩いたあと飛び移りチョコチョコと駆け上がるとハツカの頭の上で落ちついた
見れば見るほどまったくもって何の変哲もないザ・猿だった
「これは何の冗談なんだポンコツ?またバグッてるのか?」
「はい?なにがですか?」
猿を頭に乗せたまま首をかしげるハツカ、猿も一緒に傾いていた
「あ--せめてバグるにしても人類を紹介しろ、これは猿だ」
言って俺が猿を指さすと今度はその指をかじろうとする。本当に憎たらしい猿だ
「キキキッ」
「はぁ、もう一度聞く俺の曾祖父、島津 賢郎はどこだ」
進展しない
「はい博士です」
進展しない事が問題だ
また頭の上の白いサルを指さしてハツカは当然のように言う。俺は深いため息を吐いた
「だから俺はだなっ!」
大声を出そうとした瞬間、目の前のハツカがゆっくりと首を振って真剣な顔と眼差しで俺を見すえて、そして頭の上の猿を両手でつかまえそれを俺のほうへ差し出した
「ほら、よく見てくださいよ……なにも感じませんか?」
改めて言われて俺はマジマジとそれを見なおした
……この猿から感じるもの……感じるもの……
……この猿から感じるもの……フォースか?
「いったい何を感じろっていうんだ?」
「えっ?とってもかわいいな-って感じません?目がクリクリしてるあたりとか」
「ぶっ殺すぞ!テメェ」
「……再起動シマス……ウィィン……自動再起動プログラム実行チュ-……エラ-確認チュ-……ピ--……えっ何の話でしたっけ?」
「お前、わざとやってるだろ」
目の前で首を傾げるハツカその手の中では猿も一緒に首を傾げる。憎たらしさは二倍に跳ね上がっていた
もう既に俺は気が遠く目眩までおぼえていた。そこに千途があらあれ、悲しげな顔で横から袖を引っ張ってきた
「どうするの-?せっかく私サイン色紙まで持ってきたのに-」
「知るか。こいつの事だ本気でバグッてんだよ」
こちらとしても進展しないこの状況は、望ましくない
あえて言えばここに爆弾でも仕掛けられていたほうが100倍ましだ
「……帰ろかなぁ」
千途がそう言う。俺も同感だったが、またあの道を引き返さなければならないのかと考えるとドッと気が重くなる
「あっ奥にもう一つ扉があるよ」
「なにっ」
それはまさに俺にとって救いだった……そして
千途がその扉に気づくのを待っていた様にその扉は開かれた
「騒がしいわよ、誰かいるの?」
現れたのは背が高く目の細い女性、髪は黒く肩あたりで綺麗に切りそろえられている。とても見知った人物だ。何故なら
「げっ、母さん」
「えっ?ええっ!正月くんのお母さん!」
派手に驚いてくれたのは千途でハツカは俺たちの後ろで猿と遊んでいる。母親も驚く素振りはなく呆気に取られる俺をただ見て
「あらお帰り正月、お祖父さんに会えた?」
普通に返してきた。まったく話が見えない、と言うより理解できない
「何で、ここに母さんがいるんだ?」
「あら、なんでって、ここ家の地下室よ」
「嘘だろっ!」
俺は母親を押し退け、その後ろの扉の向こうの階段を駆け登った。そして外へと頭を出した
その場所はいつも通ってる玄関からリビングへ通じる廊下、まさかこんな場所に隠し階段の入口があったとは
「まったく、せわしない子ね」
後ろでは困った顔の母親に引き連れられ、千途と頭にサルを乗せたハツカが立っていた
「うちの家はどんな作りになってるんだ!」
それは学校帰りに無駄に長い通路を歩かされた俺の、心の叫びだった
「さぁ……地下はお祖父さんが勝手に作った場所だから、ちゃんとした設計図も地図もないのよ」
とんでもない事をこの母親はケロッと言う
「マジかよ……」
「それがマジなのよ」
マジって母さん……
俺は思考を巡らせる。何故こんな事になったのか、この元凶はと探った