発動カセミカ計画その2 店先編
駄菓子・タバコと書かれた看板が置かれてさびたシャッタ-が閉じられ傾いた招き猫が雨でボロボロになりながらたたずんでいる場所……
そこがハツカとかいうアンドロイドが、俺と千途を連れてきた場所だった
「着きました!ジャジャ-ン」
「何この……さびれた店……」
「いわゆる秘密基地です、ドドン」
本来の仕事である道案内ができて妙にテンションが高くなったのだろうか?ハツカが、効果音をつけて紹介した。〔ハツカいわく〕秘密基地、俺は近づきその建物の気になる部分を探った
「へぇ……こっちの覗き穴が目の網膜スキャンで、インタ-ホンのボタンが指紋解析ができるようになってるのか」
民家のガレージ程度の大きさのシャッターの横に、勝手口くらいの大きさのシャッターが下りている
大きなシャッターは、開ければ店の入り口になるのだろう。そしてこちらの小さなシャッターは、タバコの販売場所といったところか、その小さなシャッターの横には、もう鳴らないのでは?と思えるくらいボロボロなインターホンが据え付けられている
「あっよくわかりますね、あとこの招き猫の首が外れて……あ……あれ……チャイッストー!」
バキッ!
凄い音を立て、ハツカが招き猫の頭をもぎ取った……その下には電卓の様な、数字の書かれたボタンが並んでいた
それを見て猫の頭を抱いた少女が、額の汗をぬぐう仕草のあとヨシッと言った
「ハツカちゃん、それ良しなの?本当に良しなの?」
千途があたふたしている。まぁ、良しではないだろうな
俺の角度からは、招き猫の体の部分にちゃんと鍵穴らしきものがあり、取れた頭には蝶番がくっついているのが、はっきり見える
が、まぁいいか。ただのデザインだろう
「暗証番号か?」
「そんなことより、首をもいじゃったことに動じようよ正月くん。器物破損とかだよ。犯罪だよ」
俺はあえてもぎ取られた、招き猫の首には触れない
「はい、そのとおりです。あとこれあげます」
「いや招き猫の首わたされてもな。はっきり言っていらん」
何が「そのとおり」なのか?犯罪行為を認めたのか?暗証暗号のくだりか?怖いので、それも触れない
さて、ボロボロに錆びた招き猫の頭(器物破損の物的証拠)を俺がスル-(拒絶)したせいか、ソレは千途の手へと渡る
ずっと雨風にさらされていたせいで錆びて一部の塗装がはげ、まるで目から赤い涙が流れてる様になっている招き猫の首を手渡された千途は、とても困った顔で受け取っていた
「さて……それでどうするんだ?」
「えっと、今日の朝から正月さんのデ-タが登録されてると言ってました。どうぞインタ-ホンに人指し指をあててシャッタ-の覗き穴を覗いてください」
「あぁ……これでいいんだな」
俺は言われた通りのポ-ズをとる
「それで?」
「後はそのまま、私が番号をプッシュです」
「暗証番号はわかってるのハツカちゃん?」
愚問といっていい質問をする千途。でも気持ちは分かる
「当然です」
「じゃ押してみろ」
「はい…………」
ボタンの前に立ってしばらく固まるハツカ。うん、もともと嫌な予感はしてたんだ
「おい、どうした?」
「手紙に書いてませんでした?番号とか……数字とか……」
「番号も数字も同じ意味だぞ」
「そんなの書いてなかったよ。まさか番号忘れたの?ハツカちゃん」
「ちょっと待って下さい」
「あぁ、思い出せ」
機械相手に思い出せというのも変かとも思ったが、こいつはアンドロイドであるかどうかさえ謎だ
「……カタカタカタ……ケンサクチュ--……」
当然ながらこの言葉は機械音ではなく、肉声のうえ棒読みだ
首の取れた招き猫の前で数字盤を眺めたまま表情を含め微動だにしない姿は、やや機械っぽいが、そう考えて、数十秒が経過……
さらに15分ほどが経過……
そう嫌な予感はしていた。でももうこの時は予感じゃなく既に確信の域だ
「あっ分かりましたっ!」
「よし!じゃ押せ」
「なんか忘れたって事が分かりましたっ!ハイ!」
「うわっ!嫌なコンピュ-タ-だ」
ちょっと期待した俺がバカだったらしい……千途はというとこれといった反応も見せず、招き猫の頭を椅子にして学校鞄から取り出した本を読んでいる
俺もそうしたかったが、律儀にもずっとインターホンに指をかけ、シャッターの覗き穴を覗いていた
「この際うろ覚えでもいいですか?とは言っても、うろ覚えてすらいないので私の好きな数字とか適当に乱打しますけど」
「あ-、さらに嫌なコンピュ-タ-だ」
「あー、話してるけどなんか分かったの?」
ここでずっと本を読んでいた千途が顔を上げこちらを見る
残念だが、この数分で分かったことは1つだけ、百歩ゆずってこいつを機械だとした場合、コイツは間違いなくポンコツだということだ
「好きな数字ってやっぱり1と2と0とか?」
「あっ、わかります」
「名前だものねハツカちゃんの」
「はい。だから0120とか、とても好きです」
「フリーダイヤルだね。じゃあ」
「どうでもいい話するなら、俺この体勢やめていいか?」
ずっと続けていたインタ-ホンに指を置きながら覗き窓を見ていた俺がうめく。この姿も長くやってると少しずつなさけなくなってくる
「いけません私にも意地があります」
「そうか」
「はい」
意気込みはいいんだが、期待してみるか
どうやら、もうしばらくこの体勢でいなければならないらしい
「なら、早くなんとかしてくれ」
「はい、私の道案内用アンドロイドとしての誇りにかけても、絶対に二人を博士の元へと送りとどけて見せましょう!」
「大変結構だが、その前に普通にコンピュ-タ-としての誇りで物忘れを無くせよ」
「本当に賢郎博士が作った人工知能なのハツカちゃん?しかも最新?」
「あっ、お疑いですね、お二方。まぁそれも仕方ありません。私はナチュラルに昨日の晩御飯を思い出せない人間のように設計されました。超次世代人工知能なんですから」
メイド服のスカートをひらりとなびかせて一回転、しながら自己紹介をした結果
「……本当に……昨日なに食べたかな?あれ、あのセロテ-プどこに置いたっけ……」
突然わいた疑問に額に指を当て真剣に考え込むハツカ。これがコンピュ-タ-が行き着いた進化の果てなのか……絶対に間違っている気がする
「また無意味な……」
「それでどうするつもりなの?これから」
「えっとですね。こういったスイッチタイプのはよく押されるボタンが僅かですが磨耗するんです。それをスキャンして調べてスイッチを限定します。後は組み合わせを変えてめっちゃ早い速度で押しまくりです!アハッ!なんかコンピュ-タ-らしい事言っちゃった」
どこがコンピュ-タ-らしいか分からないがハツカは自慢げに笑う。俺の言ったコンピュ-タ-としての誇りを彼女は見せたつもりなのだろうか?
「まぁいい、つまりしらみ潰しだな」
「大丈夫?何度も間違えると開かなくなったりしない?」
「大丈夫です。そんな機能、あった気もしますけど無かった気もするのです」
「はぁ、じゃあやってくれ」
あった気がする時点でもうアウトだと思うが言わない。とりあえず進展しない事が問題だ
「それにしてもコンピュ-タ-なのに曖昧だね」
「だから最新機能ですよ。より人間に近いアンドロイドなのです!いいかげんな所は特に!だから私のせいじゃ無いです!最新型はそういった仕様なのです」
「それって自分の短所をただ機能のせいにしてるだけじゃないの?人間って皆が皆いいかげんじゃないよ」
ビクッとしたハツカが千途の方へ振り返り、必死の形相で彼女に言い訳する
「それはアレです。えっと逆噴射という奴を狙ってるんです。逆噴射萌えです。別に勉強嫌いとかじゃないですよ」
「逆噴射?」
「ギャップのことじゃないかな」
「そうです。それですギャップを狙っているんです」
あぁ、となんか納得する
勉強嫌いとか、バカっぽいのとか、全部含めてなんか納得させられた
「分かってもらえたようですね。そう、そこまで計算ずくなのです。何故なら私はハイテク……ハイテク……」
考える、悩む、思いつく
「ハイテク……ハイパワー・テクニシャンなんですから」
「間違ってるぞソコ」
そして自信満々に言って間違える
どこか、旧友である米原と同じにおいを感じた。つまり残念な子のにおいだ
「どうでもいいから、さっさと始めてくれ」
「はい、そうでした」
俺は空いた片手で暗証番号ロック〔首のとれた猫〕を指さして言う。それを見てハツカは頷いてようやくソレの前に戻った
「はい、では検索スタ-トです…………カタカタカタカタカタ……」
少女は動きを止めて1から9までの数字が振られたボタンを凝視したまま固まる
よく見ると瞳孔の奥で光が動き、何かを読みとっているようだ
そして、しばらくして指を動かしはじめた……わきわきと……
「ピピピピピ……ケンサクシュ-リョ-……コレヨリ番号入力ニウツリマス……」
そう機械音ではないただの棒読みで言ったあと、少女の指が凄い速度で動きボタンを弾きはじめる
「凄い早い」
「さすがはコンピュ-タ-だな……ってアレ?」
「……キュ---ン」
二人の目の前で高速で動いていた少女の手がピタリと止まる
「なに?なに?」
「システムニ付加ガ……ショウジタタメ……システム強制終了……ゴ……再起動シマス……ウィィン」
じわじわと、その瞳から光が消えていく。そして完全に光が消え頭がガクンと下を向いた
「まさかこいつ、フリ-ズおこしやがったのか……」
「うそっ!たった8桁の数字を打ち込むだけで?う、動かなくなちゃったけど大丈夫なのかな」
「とんだヘボ人工知能だな」
これも人間らしいコンピュ-タ-の仕様なのだろうか?たった8桁の数字を一分間計算しただけでこのアンドロイドは、ヒ-トアップして止まった
「……再起動プログラム実行チュ-……エラ-確認……終了……再起動可能……再起動シマス……ピ--……はっ!ここは!」
意識が戻ったのかキョロキョロ回りを確認するハツカ。そしてコクコクと一人うなずき
「次の手を考えましょうッ!」
グッとコブシを握りしめ、そう言って全て処理した
「諦めんのかよ!」
「だって……だって……私は人間らしく数字に弱いんです」
「その言葉は聞き飽きた。これは、ただお前がバカなだけだ!」
「はー無事でよかったよ」
「ご心配おかけしました。十二月二十日、恥ずかしながら戻ってきました」
本当に恥ずかしいやつだ。ちょっとしたプログラムさえ組めば出来るだろう計算でフリーズするとは……
だが逆に、興味も出てきた
壁に立てかけておいた鞄を手に取ると、俺は彼女に近づき鞄からノ-トパソコンを取り出した
「情報をこっちへ回せ。計算と処理は俺のパソコンでする……パソコンくらい繋げられるだろ」
さっきの動きを見るにアンドロイドであることは、ある程度信じられた。パソコンと繋ぐ、これはダメ押しだ
本当にアンドロイドなら、その内部データには興味がある
「はい、できます」
「じゃプラグだしてお前は、ただボタンに手をかけて立ってろ」
「はいパソコン用接続プラグですね。ちょっと待って下さい……よっと」
「じゃあ私は、また本読んでるねー」
「帰ってもいいんだぞ千途」
「ここまで待ったんだもん。最後までいるよ」
そう言って所定の位置(招き猫の頭)へ行き腰を下ろす千途。
まぁいいかと思い視線を戻すと……視線の先には、おもむろに自分のスカ-トの中に手を突っ込んでいるハツカがいた
彼女はやや前かがみで、スカートをひざ上までたくし上げ……ゴソゴソと中をいじって……ようやくコ-ドを一本引っ張りだした
「お……お前……今……どこからコ-ドを……」
「えっ?このコ-ドですか?このコ-ドはですね私の〔ピ-〕から生えていて〔ピ-〕を強く〔ピ-〕すれ伸びる仕組みで、あっ決して今〔ピ-〕を弄って〔ピ-〕していた訳では」
「やめろお前、なんでピ-の音だけは機械音なんだ。ひくぞ」
「えー、これに関しては完全に仕様なんですから、仕方ないじゃないですか」
彼女が言う仕様とは、どの部分につかったのか?コードがはえてる場所か?それともピーという音だけが機械音になるという意味か?
どちらでもいい、聞くのはよそう。
「さてデ-タ読ませてもらうぞ。プロテクトをといておけよ」
「えっ、そっちから来るんですか?情報こちらから流しますよ」
「いいんだよ、お前の頭の中を見てみたいんだ」
「見ちゃうんですね。わかりましたプロテクトを解除します。あっ、あと」
「なんだ?」
「有線で話そう」
そう言ったハツカが、決め顔で俺にコードを差し出してきた
どこの「一人」だよと思いながら俺は、無言でコ-ドを受け取って自分のノートパソコンに繋ぐ
パソコンへハツカのデ-タにアクセスする
「おっ……」
「どしたの正月くん?」
「いや……」
(こいつの人工知能の許容量はとてつもなくでかい。なのにさっきのようにフリ-ズを起こしたり、デ-タが飛んだりする。その原因はこれなわけか、許容量の7割を占めるデ-タしかも……これだけに個別のプロテクトがかっかってる一体これは何のデ-タだ?)
俺は気になってそのデ-タを調べてみる。だがプロテクトは固くノ-トパソコンの処理能力では到底解除できそうもない
(ん……これは?ナイト・ヘッド?これまた懐かしい名前をつけたもんだ)
「あんまり、人の頭を覗かないでくださ-い」
別のことをされている事に気づいたのか、ハツカが振り返って言ってきた。仕方なく俺は本題に戻る事にする
「悪い、じゃ始める」
作業はそれほど時間はかからなかったが、失敗に終わった
結局8桁の数字のパスワ-ドを、00000001から99999999まで全て入れてしまった
ちなみに99999998まで入力した時、ハツカが手を止めて「奥が深いですねぇ」などと言っていたが無視し、作業を続けた
「さて、どうするか」
「どう開いてた?ハツカちゃん」
「いいえ駄目です」
当然のごとくシャッターは開かないわけだが、予想通りだな
「おかしいですね」
「やっぱり、何度も間違えちゃ開閉しなくなるんじゃ」
「そうなんでしょうか?」
「それよりもあれだろ、網膜と指紋のチェックが間違える度にリセットされるんだろ」
「あっ、だとしたら数字だけを連続で入力してもダメだね。そう思ってたならなんで言わなかったの正月くん」
「そうじゃない可能性もあったしな。あと間違えることで何かしらのリアクションが返ってくることも期待してたんだ」
まだ何も始まってないのに立ち往生。とりあえず進展しない事が問題だ
「仕方ありません開けちゃいましょう」
「開けちゃうってなー。それができないから俺たちは……」
ガズン
凄まじい音。振り返るとひしゃげたシャッタ-をハツカは片手で持ち上げ、それを道端に放り捨てていた
「まったく、世話が焼けちゃいますよ」
なんて、しれっとした顔で言っている
「さて行きましょうか」
「おいおい、それでいいのかよ」
「できるなら、もっと速くしてよ-」
壊れたシャッタ-の向こうは外観どおり駄菓子屋の店内と言った感じだった。とは言え棚があるだけで駄菓子は置いてはいない
「これからどうすんだ?」
「ちょっと待ってください……え-と……あっ、これだ」
しゃがんだハツカが床の隅に指をめり込ませて、その姿勢のまま床を持ち上げる。ホコリと砂をまき散らして分厚いコンクリ-トの固まりが持ち上がった。
(なるほどこれは人の手では無理だな。これもセキュリティーか)
床の下には地下への階段が見えた
「こりゃ……また」
「それにしても凄いパワ-だねハツカちゃん」
「はい、これでも警護用でもありますから。普段はアントニオ猪木がちょっとけだるい気分の中で、仕方なくするビンタの2分の1にセットしてますが、その気になれば小指を机の角にぶつけたボブサップが、力任せに机を叩く力の200億倍まで出せるんです」
「ほんと曖昧だね。基準が……」
いまいちピンとこない。千途もきっと俺も、そんな顔だ
「お前はバグだらけで怖いから、一番弱く設定しておけ」
「はい了解です。Mステ-ションのタモさんのノリの10分の1にセットします」
「もはや基準が、力とかじゃなくノリになってるよ」
「あと力の例えに、時代的な古臭さを感じるんだが」
「それは仕様です」
さっき見た限りコイツのボディの性能は、最新機種さえ凌駕するスペックを持ってる。バカみたいなキャラも仕様なのだとすれば、あのプログラムはなんだ?
「ところで十二月」
「ハツカって呼んでください」
「どっちでもいい。他に無駄な……もとい親切機能はついてるか?」
「えっ?」
「あっ、それ私も気になる」
千途はどうか知らないが、俺はハツカの人工知能の中にあった許容量の8割を独占するデ-タの事が気になっていた……これは、そこから出た質問だ
「ふっふっふっ-どうやら私の底知れない力に気がついて興味津々みたいですね」
「どうとでも言ってろ」
「それで何か機能はあるの?四次元的衣類付き小袋とかさ、時空超越扉とか」
「いえ私は、疑似猫二足歩行未来形機械タヌキではないので」
「やめろ、やめておけ。ドラ焼き先輩の話はそこまでにしておけ」
話が脱線しそうだったので戻す
俺たちの目の前でゆっくりと立ち上がったハツカが、スカートについたホコリおをたいてから、にやりと笑っていった
「お二人さん。今まで隠してましたが私には、道案内アンドロイドのみが持つ最高の超親切機能がありますよ」
「ほう、世界中の完璧な地図か?人工衛星とでも繋がってるのか?」
「好きな足音が81兆2476億32通りから自由に選べます」
「消しちまえそんなデ-タ」
なにを考えて設計者は、そんなもの作ったんだ
「何て事を……遠くからおこしのお客様を、一緒に歩く事で退屈させない超親切機能ですよ!」
「お前はどんな時も徒歩で案内するのか?ただ足音を聞かせるために」
「さぁ地下の階段が呼んでます。行きましょう」
「ごまかしたな……」
俺の言葉を無視するようにハツカは階段を降りていった
そこからは、長い地下道を歩く行程が続くのだった