発動カセミカ計画その1
〔 渡したき物あり 来たる○月×日に会いたいと思ふ 島津賢郎 〕
届いた手紙の文面はそれだけだった。調べてみれば賢郎と言うのはずっと行方をくらませていた自分の曾祖父の名前らしい
生きている事さえ知らなかった曾祖父、100歳近い老人からまさか手紙が届くとは……
そして、今日がその日、あの手紙にあった日だったりする
そんでもってここは俺の通っている高校の、俺がさっきまで授業を受けていた教室だ
「お--い島津 正月起きろ-授業終わったぞ-」
「うい----」
隣に立つ学友の言葉に、体を机に突っ伏したまま答える
「また正月くん寝てるの?」
「こんなのが学年トップの成績とは世も末ね……」
後ろからはもう二人、女性の声が加わった。いつものメンバ-だ
「そろそろ本気で起きろって正月」
俺は顔を上げずに、突っ伏したままの姿勢でたずねる
「うい-……なぁ今日って何日?」
「えっと……○月×日だ」
「そうかぁ……俺宛に何かとどいてないかぁ-」
「何、まっだ寝ぼけてんの正月?学校に貴方宛の物なんて届かないわよ」
「そっか……じゃ帰ろかな」
のびをして回りを見る。体格のいいスポ-ツ刈りの男と、それと並んでも遜色の無いくらい背の高いショ-トカットの女性、あとやや背の低いロングのストレートヘア-の女性が立っている
皆この国では標準的な黒髪で、背の高い二人はやや日焼けしており健康的な引き締まった体。後の背の低い女性はメガネおかけており、俺と同じで色白だ
予想通りのメンバーを確認し、俺は立ち上がった
「今日何かあるの?正月くん」
「ちょっとな……」
「ちょっとって何よ。正月?」
「……これ」
はぐらかしてもひつこく聞いてくるだろう事は長い付き合いでわかっている
そんな相手に説明するのも面倒くさく、3日前に届いた例の手紙をショ-トカットの女性に渡す……訝しげな顔で彼女はそれを受け取り無言で開いた
「ふ--ん……なんか的を射ない手紙ね」
「だろ」
「この名前の人物は?」
「俺の曾祖父だ」
「へぇ……」
長身の女性が、やや考え込むそぶりを見せた
「あーあれだ。曽祖父って言うのは、親の親の親だぞ。分かるか?」
「分かってるわよ。あれでしょ英語で言うミラクルマザーとかスーパーファザーそんなのでしょ」
「なぜ英語で言い。なおかつ間違える?」
相変わらず派手に転ぶ(自滅する)タイプだなと思う。思っていると、その横でロングヘア-の女性が一人で見ている手紙を彼女も見たいのだろう。眼鏡の女性が背が低いせいで手紙が見えず足掻いていた
「お-い千途の奴がモガモガしてるぞ」
「えッ」
「ちょっと見せてよ-私にも-私にも-」(モガモガ)
「あっごめん、ごめん」
背の高い女性から手紙を渡されて、その手紙を穴が開くほどに見ているのは、先程名前を呼ばれていた市野千途。数秒して納得したのか彼女が再び口を開く
「ねぇっ!」
「なんだよ……」
「本当に島津賢郎って正月くんのひいおじいちゃん?」
「あぁ……まさか知ってるとか?」
「うん当然だよ!だって島津賢郎って言えば、世界を動かせる科学者とまで噂された大天才だよ。これを知らなきゃモグリだねチミってな感じの」
「なにそれ……全然知らないけど」
背の高い女性が呆れて言う横で、スポ-ツ刈りの男も頷いて俺に聞いた
「そうなのか?正月」
「う-ん一応調べたが変人だとしかわからなかった。科学者だったという情報源のわからない情報はいくつか見つけたが……大学卒業後の研究などの公のデ-タは抹消されたようになかった。ネットの中でも幽霊のような存在だったよ」
「お前でも探れなかったのかよ」
「まぁな」
紹介が遅れた二人組。ショ-トカットで背の高い女性は舞原で、スポ-ツ刈りの男は古都瀬だ。二人は付き合ってたりする
さて話を戻そう俺は今も手紙を眺める千途に視線を向けた
「それで千途は賢郎って人物の事どれだけ知ってるんだ?」
「学生時代から賢郎博士は人工知能とか作ってたって聞いてる……そこからアンドロイド研究にはまっていったんだって、でも……大学卒業とともに姿をくらまして一部で変な噂が飛び交って……そして」
「そのまま行方不明か」
「うん……でも捜索は一部の人達の意思でかなり長い間続けられたんだよ。だって賢郎さんが今も健在で、ちゃんとした研究する場所を与えられてたらアンドロイドは50年は早く完成しただろうって今でもそこまで言われる人物だから」
「へぇ……それにしてもアンドロイドの人工知能の研究なんて、正月と同じね」
長い付き合いの舞原が俺に言う。嬉しい評価ではあるが否定する
「いや違うさ……曾祖父の研究していた時は70年は前だ、その時は今の様にアンドロイドは夢の産物だったその時の研究と今の研究とじゃ回りの理解力が違う」
「今じゃアンドロイドも数千万の世界だが、金さえあれば普通に買えるものな」
そうそれが今の世の中だ
ある時ネット上に公表されたアンドロイドの設計図が引き金となって、一定水準の技術力を持つ国であれば、人工知能を搭載した自立型機械人形つまりアンドロイドの開発が現実的に可能となった
「そう当時はちょっと風当たりが悪くて一部で変人扱いもあったってそれが行方不明の理由とかも言われてる……悲しい事に賢郎さんが行方不明になってからなんだよ、国家の……世界でのアンドロイド開発が始まったのは」
「それにしも、千途って変な事に詳しいよね」
「えっ?変かな」
千途が俺に聞いてくるので素直な意見を返す。
「あぁ、変だな。どこでそんな情報を見つけるんだ?」
「どこって情報の基本は足で稼ぐだよ、そして信じるは書きかえのできる電子媒体ではなくて紙媒体の情報だね」
言い切る千途は俺とは正反対のこの時代では珍しいアナログ人間だ
「足で稼ぐもなにも調べる必要があんのかよ」
「だって私、マイナ-科学者マニアだから」
「公然と言っちゃったよ、この子」
目の前で話す三人。いつの間にかこれが自然な風景になったなと思う
舞原と古都瀬と俺は小学校からの付き合いだ。世間では腐れ縁とでも言うのだろうか、そんな奴等だ
その上で変な趣味を持っていたりするこの女性、千途。自称「歴史の立会人」とか言っているこの女生徒は、この高校に入ってからの付き合いになる
それでももう一年半か
「これから有名になる科学者の卵とか有名にならなかったけど才能を持ってた科学者とか……いいよね本当に……彼等の一つの発明が世界を動かすの、何かを作って有名になってしまう前の原石的な存在……それを眺める……それの過去を洗う……もしあの時、彼の実験が成功してたら……あぁ……あは……いい」
「……また千途の奴トリップしたぞ」
「あ-あ」
そっ、こうゆう変な奴だ千途は、そして彼女は……
「あっ今の私の一番注目の原石科学者は正月くんだから安心して」
出合った時から今も、俺のスト-カ-だ。俺が中学生の時にネットにアップしたアンドロイドの小型化という、それほど出来のよくないと思える論文が彼女の心に火をつけたらしい
「別にどっちでもいい」
「えー」
彼女の熱い視線を、俺はそっけない返事で返した
ガラガラガラ
その時、近づく者の足音もなく教室の扉が開かれ一人の少女が入ってきた
皆が帰り四人しかいない教室で、その四人は注目する。現れた少女は見知らぬ存在で学校の制服は着ておらず何故か俗に言うメイド服で長いおさげの髪を前に垂らしていた。かなり異質な存在だ。何故なら髪の色がピンクとか普通ではない
「な……何だ?」
「さぁな」
「外人さんかな?転校生かな?」
「あれは、かつらでしょ」
「ピッ……ピッ……ピッ……ケンサクチュ--」
呆気に取られる四人の前で、現れた少女はそんな一言を発してから教室を見回す……そして俺たちに視線を合わせてしばらく見つめて歩きだすと
「ジンブツショ-ゴ-……カタカタカタ……」
少女は奇妙な棒読みの台詞を喋りながらスタスタと歩き続けて、俺たちの前で足を止めるとビシッと俺を指さして言った
「ズドンあなたです」
「はぁ?」
四人はツッコミ所の多いこの状況に戸惑い……ただひたすら言葉に迷っていた
「……で、お前は誰だ。俺に何の用だ?」
「あっ申し遅れてしまいました私、十二月二十日と申します」
「ジュウニガツ……ハツカ?」
「はい、ハツカちゃんとか呼んで下さい、道案内兼警護用アンドロイドやってます」
静寂が教室を支配する。先に口を開いたのは俺だった
「それで用は?」
「驚かないんですね……私は最新型のアンドロイドですよ。未発表の人工知能でなめらかなト-クを可能とした夢の……夢の……」
何故か俺の問いへの返答も自分の仕事も忘れて、ただひたすら落ち込んでいるハツカとかいう自称アンドロイド
……話が進まない……俺は一応感想を述べる事にした
「そうだな実際、少なからずどうじてる。手足や表情の動き、会話の処理速度など素晴らしい人工知能を使ってシステムを組んでいるのだろう。実に称賛に値するできだ……そういう意味ではかなり驚いている」
「うん私も驚いてるよ。最初は人だと思ったし」
「へぇそうなんですか?」
千途のフォロ-でようやく顔を上げたハツカ、意味が分からんが手のかかる奴だ
「それでハツカちゃんは正月くんに御用で、アンドロイドって事は島津賢郎博士の使いって事でいいのかな?」
「はいそうです!話が早いですねお姉さん」
お姉さんと呼ばれた千途は、ハツカの手をとって暑い瞳で語る
「私、賢郎博士のファンなんです。才能ありながら時代に恵まれなかった科学者……そんな彼には世間は冷たく……きっと憤りと苦悩の中で行方をくらましたのでしょう……それを考えると私……ご飯10杯は軽くいけます!もうよだれがとまりません!」
「それでは早速、案内しますね博士がお待ちですから」
優秀な自称アンドロイドは、おかしな女の悪癖をさらりとかわした
「納得いかないよ-。なんでこの熱意が分からないのかなー」
「お--い、そこ二人勝手に話を進めるなっ」
話から置いていかれそうになった俺が叫んだ時、もうすでに充分なくらい話から置いていかれた二人組が久々に口を開いた
「う-んそれじゃ私達は帰ろっか古都瀬」
「あぁそうだな。それじゃな正月、千途ちゃん」
「おい二人帰るのかよ」
自称アンドロイドが来て早々に帰宅を宣言する腐れ縁二人
二人が俺を見ていう
「あぁ、俺たちはロボットとかアンドロイドとか、そういうのは分からないからな」
「うんうん、ボタンが4つ以上ある機械はノーサンキューかな」
舞原よ。それだと携帯電話なんて完全にアウトだがそれでいいのか?
「じゃ行こっか」
「あぁ」
そう返事をして鞄を持ち直し舞原の後について教室を去る古都瀬、最後に古都瀬が振り返って言う
「お前の問題に付き合うと痛い目を見るからな話は明日きくよ、じゃな」
早々に立ち去った我が学友二人……後の事を思えば彼らの行動は実に賢明で、彼が別れ際に言ったそのセリフは的を射たものだった
「あ-あ帰っちゃいましたね、どうします?来てくれますよね……来てくれないと私ショックで、アナタをひいおじいさんの所といわず先祖一同が待つ川原の向こうへお連れしますよ」
二人が出て行ったのを見送って、自称アンドロイドが恐ろしいことを口にしだした
「アンドロイドが宗教の理想論をヒニクって言ってんじゃねぇよ」
「嫌ですね、今のは脅しですよ。ザックバランに言って来なきゃ殺すよって意味ですよ」
「お前のどこが警護用アンドロイドだ」
アンドロイドのくせに拳をコキコキと音をたてて鳴らしている。はりついた満面の笑顔はさらに不気味だ。そのやり取りを不思議そうに見ていた千途が、口を挟んできた
「ねぇ正月くんは、ひいおじいちゃんに会いたくないの?普通に身内としても」
「そうです!ずっと草葉の陰からアナタを見守ってくれてた人です。会ってお礼を言うべきです。人としてその冥福を祈るべきです。線香の一本も」
「生きてんのか死んでんのかハッキリしろ!とりあえず行く……興味も出てきたしな」
実際に興味はあった。千途から聞いた大天才がどんなものか見てみたい。こいつが本当にアンドロイドで、それを作った存在がいるなら会ってみたい。そう本気で思った
「興味でたって生きてるか死んでるかって事にですか?最終的に皆の心の中に今も生きてるってオチじゃ駄目ですか?」
「おい待てマジで死んでるのか?」
出発前から出鼻を挫かれた。まぁいいか
「それじゃっ!出発っ!まいりましょ---!」
「おいそこ!はぐらかすなよ」
微妙な状況の中、俺の中でこりゃ死んでるなとゆう答えに辿り着きながらハツカを名乗るアンドロイドの導きに応じた
このやや壊れたアンドロイドは、断れば本気で俺を殺しかねないからだ
そして、場所は変わる
駄菓子・タバコと書かれた看板が置かれてさびたシャッタ-が閉じられ傾いた招き猫が雨でボロボロになりながらたたずんでいる場所……
そこがハツカとかいうアンドロイドが、俺と千途を連れてきた場所だった
。がない?
気にするな