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G・ガール!  作者: りき
7/28

G・ガール! 7

 二人は、球場内にある医務室に通されていた。そこは、通常は関係者しか入れない地下のスペースにあり、日常的に怪我の伴うスポーツ選手のいる場所だけあって、数台のベッドと小さな診療所くらいの設備は整っているようだ。

 バウンドしたボールは、その勢いこそ失っていたものの、理沙子の後頭部を直撃した。

 自分の胸に倒れ込んで来た理沙子に、爽汰はパニックになる事しかできなかったが、係員が飛んで来てここに運んでくれ、すぐに脳波やら心電図やらの検査をしてくれた。

 理沙子は頭を打って一旦は気を失ったが、幸い、大きな異常は見つからず、暫くここで安静にしてから、目が覚めて時気分が悪くなければ帰れるだろう言う事だった。

 試合もとっくに終わっており、さきほどまで部屋の外で聞こえていた人の気配もだいぶ減ってきた。医師達もドア一つを隔てた向こうにいるので、ここにはいま二人だけだった。

 爽汰は心配そうな顔で、ベッドに横たわっている理沙子の顔を覗き込んでいた。小さな寝息を聞いていると、いつか止まってしまわないかと、妙に怖くなる。

 早く目を醒まして欲しいと願いながら、爽汰はただただ待つしかなかった。

 すると、ベッドの上に軽く置いていた爽汰の手に、小さな振動が伝わって来たのに気づいた。

 爽汰は、安堵して理沙子に優しく話しかける。

「石崎さん、わかる?」

 理沙子はゆっくりと瞼を動かし、目を開いた。

「ここ、球場の医務室だよ。ファールボールが当たっちゃって、石崎さん、気を失っちゃったんだよ。覚えてる?」

 爽汰は、きっと理沙子は今の状況が理解できないだろうと思い、安心させようとした。

 理沙子はぼんやりとした瞳を、徐々に天井から爽汰に移し、じっと見つめた。

 その瞳が、何か今までと違うような気がした爽汰は、理沙子の容態が良くないのだと感じた。

「ああ、気分が悪いんだね? 待って、今先生呼んで……」

 爽汰が立ち上がり、ベッドの側を離れようとした時、理沙子は言った。

「……爽汰」

「え?」

 今、理沙子が「爽汰」と呼んだように聞こえた。

 鼻からそんなはずはないと思う爽汰は、なんと言ったのかもう一度聞き直さなければと思った。

「何? どうした、石崎さん? 大丈夫?」

 ベッドに乗り出し、自分の耳を理沙子の顔の前に近づけて聞いた。

 すると、理沙子はさっきよりももっとはっきりとした口調で、もう一度言った。

「大丈夫だ、爽汰」

 数秒、爽汰は理沙子を見つめてしまった。

 なんだ? この状況で冗談を言っているのか? 

 と考えている爽汰に、理沙子は弱々しく笑った。そして、ゆっくり体を起こそうとする。頭が混乱していた爽汰も、すぐにその背中を支え、ベッドの上に理沙子を座らせた。

 目で見る限りは、理沙子に異常は見当たらない。しかし、何かがおかしい様子に、爽汰は急に心配になってきた。

「……石崎さん? だいじょう……ぶ?」

 爽汰は恐々聞いてみた。

 理沙子は、ぷっと吹いてから答えた。

「まだわかんねーが。まあ、この格好だったら、仕方ねーがもしれねーな。ワシだよ、爽汰」

 この話し方、どこかで聞いた事がある。誰だかはすぐに思い出せない。が、理沙子のものではないことは明らかだ。

「え……? わからないって、何が? わからないよ」

 ネタ明かしでもするように、得意げな顔で理沙子は言った。

「鈍いなあ。おまえのじいちゃんでねが」

 爽汰は口を開けたまま、固まった。目で見ているものと、耳から聞こえる言葉が、脳で噛み合ないエラーが発生している。

 声は確かに理沙子だ。話しているのももちろん理沙子。でも、その口から発せられる東北訛りの台詞は、間違いない。爽汰の祖父にそっくりだ。

「どうして……。いや、そんなの、あり得ないよ……冗談でしょ?」

 パニック寸前の爽汰は、立ったまま頭を抱えた。

 祖父だと名乗る理沙子は腕を組み、落ち着いた声で続けた。

「おまえに会いたくて、ちょっとだけこのお嬢ちゃんの体を借りただけだ。すぐに元に戻っから、そんなに驚くでねえ」

「そんな……本当に、じいちゃんなの? でも、どうやって?」

 眉間にしわを寄せ、疑る目で見返す孫に、祖父の徳二郎は優しく言った。

「なんだべ、じいちゃんな、脳梗塞ってので倒れてしまって、今意識がねんだ。んでな、じいちゃんも初めて知ったんだけど、意識が無い間、人間ってのは自由に好きなとこ行けんだわー。これ、多分あれだべ、ユウタイリダツっての。魂だけがふわーっと、な」

 ここでがっはっはと、理沙子ならぬ祖父は笑った。こんな笑い方、決して理沙子はしない。

 憑依。

 爽汰には、そんな言葉が浮かんだ。信じ難い事だが、今話している相手が、爽汰の知る理沙子とは別の人格である事は、否定はできない。

「ほんで、死ぬかもしれねーんだば、最後に爽汰の顔さ見てえと思ってよ。東京さ来てみたんだ」

 いつもと何ら変わらないように見える理沙子の口元から、立派な東北弁がここまで流暢に出てくると、今聞いたとんでもない内容の話も、信じざるを得ない気がしてきた。

 爽汰は、そう考えながら、黙って聞いていた。

「やっとの事で、爽汰を見つけたと思って近づいてみたら、おまえと一緒に居たこのお嬢ちゃんが突然、体からぴょーんと飛び出してくんだもん、びーっくりだよ」

 爽汰はどきっとした。一気に汗が体中から出てくる。

「石崎さんは、大丈夫なの? 死んだりしないよね? ねえ!?」

 理沙子の中の徳二郎は、目を瞑って首を縦に数回振った。

「大丈夫だ。この体をちょっと貸してくれるって言ったのは、このお嬢ちゃんの方なんだで」

 その言葉で少し安心しつつも、すぐに爽汰は不思議に思った。

「じゃあ、じいちゃんは石崎さんと、魂同士で話したってこと? 意識がない同士で?」

「んだ。今さっきまでここでな。心配そうにしてるお嬢ちゃんに声かけて、ワシが爽汰のじいちゃんだって言ったら、喜んでくれてな。話さ聞いてもらったら、爽汰と話してやってくれってな。いい子だなやー、この子は。なあ、爽汰。さすがおまえのガールフレンドだ」

「ガ、ガール、フレンドじゃ……、ないって!」

 爽汰は言ってから、つい大声を出してしまった事に気づいて回りを見回した。

 どうやら、誰にも聞かれていないようだ。

 頬が赤いのを自分でも感じながら、必死に恥ずかしさを抑える。

「じゃあ、石崎さんは戻って来れるんだね?」

「んだ。そっだら長々と借りるのも悪いし、そろそろ戻んねばなんねーけど、いやー、死ぬ前に爽汰に会えたし、話も出来て、来て良かった」

 あ、っと爽汰は思った。

 久しぶりの会話なのに、一言も祖父への言葉をかけていない。

「ちょっと待ってよ。じいちゃんは? じいちゃんはどうなの? 死んだりしないよね? 俺、来年こそ、本当に田舎行くからさ。だから、死んだりしないでよ?」

 祖父だという理沙子の顔は優しく笑う。

「それは、自分ではどうにもなんねんだ。体が頑張れるかどうかは、無意識だもんで」

 爽汰は何かを言おうとしたが、言葉が見つからなかった。そして目を伏せた。

「じいちゃん……」

 徳二郎である理沙子は、にっこりと笑い最後に言った。

「元気でな、爽汰。父さんと母さんと仲良くすること。このお嬢ちゃんの事も、優しくしてあげねばだめだよ? いいな?」

 爽汰は静かに頷いた。

「……最後じゃないんだから、そんなに湿っぽい言い方、止めてよ」

 はっはっは、と豪快に笑い、徳二郎は手を振った。

「じゃあな。ワシは戻るぞ、爽汰」

「……うん。またね、じいちゃん」

 爽汰も手を振り返した。そして、爽汰の見る前で、徳二郎は体を横たえ、目をつぶり、寝入ったように力が抜けて行った。

 爽汰はなぜか涙がでてきて、困惑していた。

 不思議な時間だった。

 本当に、今のは祖父だったのだろうか。

 にわかに信用できないが、でも話した内容は、祖父とそのものだった。ずっと会えなくて、心にしこりを持っていた爽汰にとっては、少しではあるが慰めになったような気がする。

 きっともう、自分の体に戻って、病気と戦っているのだろうと思うと、今度こそ本当に田舎に行かないと、と爽汰は思っていた。

 すると、暫く動かなかった理沙子の体が、またぴくっと動いた。

「……! 石崎さん!?」

 やっと、理沙子に戻ったのだ、と爽汰は瞬間に思った。

 じいちゃんの事、お礼言わなきゃ。でも覚えているのかな。そんな事言って、頭おかしいとか思われないよな?

 常識では考えられないような事だっただけに、なんて言い出して良いかわからないが、今は理沙子の体の方が心配だ。

「石崎さん、具合どう?」

 先ほどと同じく、ぼんやりとした目で爽汰を見ている。理沙子もまた、混乱しているのだろう、と爽汰は思った。

「ああ、急がなくていいよ。ゆっくりで」

 体を起こそうとする理沙子に、爽汰は徳二郎だった時と同じように手を差し伸べた。

 不思議そうな顔の理沙子は、困惑した様子で、一言発した。

「あれ?」

 爽汰は優しく聞き返した。

「ん? どうしたの?」

 理沙子は自分の頭に右手を当て、困ったような顔で言った。

「どうやったら、戻れるか、わかっか? 爽汰」

 爽汰は、顎が外れて、膝まで伸びるくらい、驚いた。


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