G・ガール! 5
五
夏の遅い日没を終え暗くなった頃、爽汰の父、拓治は義理の父の運ばれた病院にようやくたどり着いた。
拓治は、タクシーを降り、病院の裏側にある夜間受付に行くまでに、一度大きくぶるっと震えた。
「寒いな」
昼に東京を出てから、半日以上かけて来たとはいえ、ここ東北の夜の涼しさは、同じ日本とは思えないくらいだ。
急いで仕事を終え、用意もそこそこに来てしまったせいで、軽装を悔いた。
必要最低限の明かり以外は電気も落とされ、人気もなく薄暗い病院内を、案内された病室を探しながら進んだ。
目的の番号の部屋を見つけ、ネームプレートに書かれた名前を見る。
高橋 徳二郎、ここだ。
拓治は義父の名を心の中で確認してから、そっとドアを開け静かに中を覗く。
先に来ていた妻、幸恵がベッドに寄り添っている背中を見た。
「幸恵」
拓治は小さく驚かさないように声をかけた。
「あなた」
振り返った幸恵は、少し疲れたような顔で立ち上がった。
その後ろに見えるのは、ベッドに横たわる幸恵の父の姿だった。
「どうだ、お父さんの様子は」
拓治は、音をたてないように鞄を床に置き、幸恵の方へ近づいて言った。
幸恵は胸の下で腕を重ね、静かに寝ている自分の父を見やった。
「手術は成功したって。今の所落ち着いてはいるけど、お医者様も、意識が戻らないとなんとも言えないそうよ」
「そうか……」
拓治はゆっくりベッドの脇に歩み寄る。
鼻には細いチューブが差し込まれ、腕には痛々しくも見える点滴が繋がっている。拓治は、その光景に胸が詰まった。
「何か、話かけてやって。きっと、聞こえると思うの」
拓治はうん、と頷いてから、白い布団の上に置かれた徳二郎の手を優しく握った。
「お義父さん。ご無沙汰してます、拓治です。心配しましたよ」
「お父さん、ほら、拓治さん、来てくれたわよ。良かったわね」
意識がないままでは、聞こえているはずがないだろう。それでも、伝わって欲しいという気持ちだった。
拓治は、ごく軽くだが、思いを込めて握った手に力を入れて、ゆっくりベッドに置いた。
ふと、拓治は幸恵の顔を見る。
部屋が暗くてよく見えなかったが、疲労がにじんでいる。昨日の夜も、心配であまり眠れなかったのだから、当然だろう。
崩れるように椅子に座る幸恵に、拓治は肩に手を置き言った。
「きっと大丈夫さ。こんな事でどうにかなるお父さんじゃないだろう?」
幸恵は力なく、でも笑って答えた。
「……そうね。そうよね」
静まりかえった病棟で、声が漏れて迷惑にならないようしながら、拓治は妻の気持ちを少しでも和ませようとして聞かせる。
「だって、ほら。雪の積もった真冬でも、ランニング着て乾布摩擦する人だぞ、なあ?」
以前、家族で正月に帰郷したとき、酔っぱらった義父が一緒にやるぞ、と驚く拓治を誘って外で乾布摩擦を始めた事があった。拓治はその無謀で元気な義父の人柄が好きだった。
幸恵も吹き出した。
「……本当に。元気だけが取り柄だもの。庭に植えてある大根やら人参やらを、ひっこぬいてはそのまま食べちゃうような人なのに。まったく似合わないったらないわ。こんなとこで寝込んでるなんて」
まったくだ、と拓治も笑ってしまう。
「大丈夫さ、お父さんなら、すぐ元気になるさ」
「ええ、そうね」
そう言って、微笑みながら父の顔を覗き込んだとき、夫婦が聞いたのは、寝言なのか、うわ言なのかわからないものだった。
「爽汰、やっと見つけ……」
意識が戻ったのでは、と驚く夫婦の呼びかける声に、そのまま何事もなかったように、徳二郎はまたまったく反応を示さなくなった。