G・ガール! 27
十三
理沙子を駅まで送りながら、二人はこの三日間に起きた色々な事を話した。
理沙子は、その殆ど全てを見ていたという。もう一人の石崎理沙子の行動に、おかしくもあり、恥ずかしくもあり、時に腹立たしい事もあったが、嬉しかった事もあったと言った。
「嬉しい事? そんな事あったっけ……? なんか、怪我させたり、大変な思いしかさせてないような」
街頭に照らされる住宅街を通る道は、とても静かだった。
電気のまったく付いていない家が多いのを見れば、それぞれの故郷へと家族で帰省していて、誰もいないのかもしれなかった。
その道のまっすぐ先には、大通りが見えていて、車のヘッドライトが右から、左からと通り過ぎていく。あそこまで出れば、駅はもうすぐだ。
「ほんと。青山くんのおじいちゃん、見てて飽きなかったもの。次は何するつもりだろうって、ハラハラしっぱなし」
ふふふ、と理沙子は笑った。
久しぶりに理沙子の笑顔を見た。これまでも、何度となく徳二郎の笑う顔は見ていたが、どことは言えないが、何かが違って見えた。
「ずっと守ってくれてたでしょう、私の事」
「え?」
爽汰は足を止めた。気にせず、理沙子はそのままゆっくり歩いている。
「病院でも、駅でも、スキー場でも、私が危ないときは、ずっと側に居てくれて、一生懸命守ってくれた」
「そんな。守ってあげたかったけど、だめなことばっかりで……」
「そんな事ない……嬉しかった。とっても」
理沙子は離れた爽汰を待つように、くるりと振り返って笑った。
「石崎さん……」
爽汰は、顔が真っ赤になるのを自分でも感じた。それを隠したくて、わざと下を向いて歩いていた。
「それに……」
いたずらっぽい目を爽汰に向けて、続ける。
「青山君の、泣いた顔、見ちゃったもんね!」
ポカンとした爽汰は、さすがに声を出す。
「ちょ! それはないよお」
あはは、と笑いながら口を両手で押さえている。
「石崎さん、ひっどいなああ」
「うそ! ごめん、もう言わない!」
爽汰は鼻で息を吐き、興奮した呼吸をもとに戻す。
「ほんとに?」
「ホント!」
「ならいいけどさ」
ふと爽汰は不思議に思った。
「じゃ、お詫びにいっこ質問に答えて」
「うん、なに?」
「スキー場の林の中で、石崎さん、一瞬からだに戻ったでしょ?」
「うん」
「……その直前にも、一度戻らなかった? ほんの一瞬だけ。リフトから落ちる前に」
実は、あのスキー場のリフトから落ちる直前、爽汰が暴挙に出たとき、聞こえた理沙子の言葉がどうしても気になっていたのだ。
だがそれは、徳二郎の言ったことなのか。それとも、理沙子本人の言葉なのか、分からなかった。
理沙子は、爽汰に背中を向け一言で答える。
「戻った」
ああああ。
爽汰は正直がっかりした。
爽汰が聞いたのは、唇を近づけたときに理沙子の言った、『いやあ! 止めて!』という言葉だったのだ。
理沙子はそのまま少し先へと進んでいった。
状況が状況とはいえ、好きな人にキスを拒まれたという事実は、なかなかに悲しい思い出だ。散々痛い思いをさせた理沙子に、そんな事まで期待するほうが愚かだったと思うことにした。
とき。
頬に、何か柔らかいものが触った。
「ん、ん!?」
理沙子の顔が爽汰の頬から離れていく。
「いやって言ったのは……私じゃない私と、先にキスされるなんて、いや! って言ったの」
「え……」
恥ずかしいのか、理沙子はまた数歩先を歩き出す。
爽汰は、しばらくその場から動けなかった。
今のは、もしかして……。
「青山君! いつまでそこにいるつもり?」
そう叫んだ理沙子は、もう笑顔だ。
「あ……えと……」
タタタと、理沙子の駆け寄る音がして、ふわっと何かが爽汰の手に触れる。
驚いてその手を見ると、理沙子の白く、擦り傷の残る手のひらが、優しく掴まっていた。
爽汰は慌てて理沙子の顔を見る。その顔は微笑んでいた。
「いや?」
「いやなわけ……ないよ」
「よかった……」
そう言って、二人はすごすごとまた歩き出す。
「色々あったけど、私にとっては、結構発見が多くて楽しかったかも知れないな」
「発見?」
理沙子は繋ぐ手を前後に小さく振って遊ぶ。
「青山君のいいところ、たくさん見れたから」
「や……やめてよ……からかうの」
「からかってなんかいないわ! 本当よ」
爽汰はどうしていいかわからなかった。
さっきまでの不思議な体験より、大好きな理沙子と、手を繋ぎ、仲良く話ができている事の方が、何かの間違いであるかのように感じてきてしまった。
「そうだ」
何かを思い出したように理沙子が跳ねる。
「ん……なに?」
「球場で言いそびれたこと、まだ言ってなかった」
もう何日も前に感じる、あの球場での出来事。
「何?」
「言っていい?」
ちょうど、駅前の大通りに出たところだった。
爽汰の手をパっと離し、走り出して一度止まって振り返る。
「私、青山君のこと、す……」
そこに大型トラックのクラクションが耳を劈くような大きさで、鳴り響く。
「なに? 聞こえな……」
「おやすみ! またね!」
笑いながら、手を振り走り去る理沙子。
その姿を呆然と見送る爽汰は、また一人呟く。
「すっぽんに似てると思う、って言いたいだけかもしれないしな……」
自分を甘やかしても、いいことはないのだ。
そう言って、また自分の家へと今来た道を戻りだす。
今の理沙子とのやり取りを思い出すと、少々照れるが、とにかく、無事に理沙子が戻って来てくれたことに肩を撫で下ろした。。
しかし、何かを忘れているような気もする。
「あああ!」
その後、徳二郎は一体どうなったのだろう。
「電話!」
言うなりポケットをまさぐるが、水没して使えなかった事をすぐ思い出す。
「ああ、そうじゃん。使えねー!」
すぐさま、周囲を見回して公衆電話を探そうとしたが、電話番号がわからない。
「携帯のメモリ」
携帯電話が使えないから、公衆電話でかける為に電話番号が知りたいのに、その番号は携帯電話でしか見られない!
「本末転倒!?」
焦っているときに、よくなるパニック状態になり、一人身悶えた爽汰は、やっと家にさっさと帰るのが一番の早道だと気づき、ダッシュで住宅街を抜けていった。