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G・ガール!  作者: りき
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G・ガール! 26

十二

 すぐ足下まで水の押し寄せている川辺から、もつれる足を支えながら、爽汰は岸に少し上ったところへ理沙子を座らせた。

 理沙子は、やっと話ができるくらいにまで息が追いついてきていた。

「青山……くん。私……私……」

 まるでぜんまいで動く古い人形のように、角々しい動きで爽汰に向いた。

「石崎さん、落ち着いて。ゆっくりでいいから」

 震えるように頷いてから、理沙子は人差し指で右目の涙を拭った。

「私……ずっと、あの球場で倒れてからずっと、自分の姿を、自分じゃないみたいに見てたの……まるで、私がもう私でないみたいに……」

 また涙がこぼれ落ちていく。

「いつ、石崎さんに戻ったの?」

 苦しそうに、息と息の間を縫って答える。

「今、大きな……花火があがった……瞬間」

「そう」

 爽汰は黙って聞いていた。理沙子が理沙子のペースで話せるように、と。

 理沙子は大きく息を吸う。

「あの球場の医務室で寝かされていた時、私意識を失っていたんだと思うんだけど、驚いた。私、天井から、自分の寝ている姿を見てたんだもの。咄嗟に感じたの、このままじゃいけないって、直感的に思った。早くあの体にもどらなきゃって。でも、どうしたらいいかわからないの。何度やっても体を通り抜けていってしまって」

 理沙子はまた一粒流れ出た涙を、今度は手のひらでこすった。

「そのときよ、青山君のおじいちゃんが居たのが見えた。私と同じだって、すぐにわかったわ。この人も戻れない人だって。そしたら、私に言うの。ワシの孫だって。すぐ下で、私の事を心配そうな顔して見ていてくれている青山君を指して、そう言うの」

 爽汰はその光景を想像して、口角を僅かに上げた。目に浮かぶ、祖父のその姿。

「おじいちゃん、体に戻る方法、教えてくれたの。強く強く願うんだって。絶対にこの体に戻るんだっていう強い想いだけが、元に戻れる方法だって」

 祖父は本当にそれを知っていたのだろうか。そうだとしたら、どうやって知り得たのだろう。いや、きっと知らなかったに違いない。ただ、困っている理沙子を元気づける為に、でまかせを言ったのではないだろうか。祖父らしい、爽汰はそう思った。

「とっても優しかった。不安で一杯の私に、大丈夫だから、って。だから、爽汰によろしく伝えてくれって、ちょっと寂しそうなおじいちゃんの顔を見てたら、どうしてもこのままお別れじゃ、忍びない気がして……。きっと、青山君も会いたがってるだろうって思って」

「それで、石崎さんの体を貸すって、じいちゃんに言い出てくれたんだね?」

 理沙子はこくんと頷いた。

「すっごく喜んで、数年ぶりだって。少し話したらすぐ戻るからって。でも、その途端、とても強いバリアみたいなものが、私の体を包んでしまったようだった。いくら私が意識を集中させても、跳ね返されるような何かが」

 ずっとどこかに引っかかっていた、この出来事は実は夢なのではないかと言う気持ちを、理沙子の話す言葉の一つ一つが覆していく。やはり、容易には信じられなかった事は、本当にあったことっだったのだ。

「それなのに、どうやって戻れたの……さっき」

 静かに爽汰は聞いた。理沙子は自分にも説明しづらいと言った様子で答える。

「突然、そのバリアが無くなったような気がしたの。目に見えない何かが薄れていったような……」

「何かが薄れていった……?」

 理沙子は一瞬言いよどんだ。そして、思い切るように話しだす。

「たぶん満足したんだと思う」

「満足?」

 爽汰は聞き返す。理沙子も、わからないけれど、と付け加えて一度口をつぐむ。

「おじいちゃんは、とても青山君に会いたかった。とっても強い気持ちでそれを望んでた。だから、体に戻りたいと思う私の意思でさえ敵わない程、傍にいようと思った」

「じいちゃんの気持ちが……邪魔してたって事?」

「わからない。でも、おじいちゃんの願いを叶えて上げる事、その思いを満たしてあげることが、体を返してもらう為には必要なんだって感じたの。だからきっと、おじいちゃんは、青山君と過ごせて満足できたんじゃないかって……思う」

「そうだったのか……」

 思ったとおりだった。どんなに爽汰が、徳二郎へ酷い事を言い並べても、それは理沙子の体を明け渡すきっかけにはならなかったのだ。問題はそこじゃなかった。

「それと……多分、青山君が苦しんでいる姿を見て、これ以上そんな思いをさせちゃいけないって思ったのもあったんじゃないかな」

 この騒動の発端も、終わりも、全ては徳二郎の孫への想いがつよかったから、ということだったのだ。その気持ちを思うと爽汰の胸は、強く締め付けられた。

「一つ聞いていい?」

 本当は聞きたい事は一つなんかではないのだが、とにかく爽汰はそう言った。

「うん?」

「石崎さんには、じいちゃんの思ってる事がわかったの? それとも、話ができるの?」

 理沙子は左手で右のこめかみにかかる髪の毛を、後ろへとなでた。

「ううん。わかる訳じゃない、話す訳でも。そうだなあ。感じるっていうのが一番合ってるのかな」

「感じる?」

 理沙子はまだ濡れている頬を両手で包み込んで、すっと顔を滑らせる。

「たまに自分の体に戻れた時に、僅かだけど記憶の中におじいちゃんの気持ちも残ってた。何を考えてたか、少しだけわかるの」

「記憶に気持ちが……残る?」

「言葉でいうのは難しいのだけど、感情のかけらだけが体に残ってるって感じ。それで、私が感じたのは、おじいちゃんが青山君と楽しい思い出を作りたいっていう気持ちだった。もっと青山君と、色んな事がしたいっていう気持ち。そして、その気持ちが強すぎて、私を遠ざけているんだって事も」

「それで、あのメモに、仲良くしてって残したんだね。じいちゃんと一杯楽しい思い出を作れば、じいちゃんの願望も弱まるって」

 まだポケットに仕舞われているあのメモには、そういう意味があったのだ。やはり、理沙子は爽汰の考えたようなひどい事を、書いてはいなかった。

「さっき、涙が止まらなかったのもそう。あんなに悲しい気持ちで、どうやったら涙を流さずに話をする事ができたのかって思うと、信じられないわ。はち切れそうに胸が苦しくなったの。とても耐えきれなかった」

「じいちゃんの、涙……」

 ならば、今見た理沙子の涙は、本当は徳二郎が心で流した涙。爽汰を思うが故に溢れた涙。  理沙子は、爽汰の顔を優しい目でじっと見つめる。

「おじいちゃん、青山君の事を、とても愛していた。それだけは、私にもとてもわかったわ」

 知らない間に、爽汰の頬にひとつ、またひとつと涙の粒が流れていった。

 爽汰の手に優しく自分の手をおいた理沙子の瞳にも、また溢れるものが光っている。

 花火の音のしなくなった夜の空に、静かな川と、静かな涙の流れる音が聞こえるようだった。


 その同じ頃、見舞いから帰った拓治と幸恵は東北の徳二郎の家で、夕食をとっているところだった。

 チリリリ。

 未だ現役の黒電話が、小気味いい呼び出し音を鳴らしている。

「いい、私が出ます」

 箸を置こうとする拓治を制するように言ってから幸恵は席を立つ。食卓のある部屋を出て、広い板張りの廊下にある電話台の前に歩みより、受話器をとった。

「もしもし。高橋でございます。……ええ、娘ですが……え!?」



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