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G・ガール!  作者: りき
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G・ガール! 23

「とんだお盆になっちゃったわね。あなた」

 徳二郎の病院に見舞いに行った帰り、拓治と幸恵は病院からバス停への道をゆっくり歩いていた。

 病院がある以外にこの近辺には、数件のお店がポツポツとあるだけで、日の暮れたこの時間になると、殆どが店じまいをしている。

 唯一開いているのは、コンビニエンスストアという名の個人商店だけで、それもあと三十分したら閉店時間だ。

 これでもここは市街地と呼ばれ、この地域では栄えている場所だった。町の人たちにはなくてはならないメインストリートなのだ。

「お陰で多めに休みをもらえたんだ。お義父さんさえ良くなってくれたら、最高のお盆さ」

 幸恵は静かに笑った。

「……そうね」

 道路の所々で灯る街灯が、力なく町を照らすが、夜空の月と星の輝きのほうがよっぽど明るいのだから、それで十分なのだろう。

 すれ違う人も、走りさる車も一切ない、耳の痛くなるような静けさに、自分たち二人の足音が、小気味よく繰り返す。

「ねえ、あれ見て」

 幸恵が立ち止まって指差したのは、商店街の先に見えて来たバス停の向かい。この町の唯一の神社の明かりだった。

「お祭りだったのかしら」

「ああ、そうみたいだな」

 近くに行くにつれ、塀や柱にぶら下がる提灯が、夏の夜を飾り立てているのが見えて来た。

「ほら、やっぱりお祭りね?」

 幸恵の顔が楽しげに笑う。

「ねえ、行ってみましょう?」

「やってるのか?」

「わからないけど、バスが来るまで、ね?」

 そう言うが早いか、幸恵は走って行ってしまう。

 お祭りならば、お囃子や人の賑わいが聞こえて来てもいいと思うが、拓治の居る場所には、その雰囲気は伝わって来ていない。

 しかし、妻のその走る姿は、はやる気持ちを抑えられない少女の様で、つい拓治は微笑んだ。

「お義父さん、そっくりだな」

 それは決して悪い意味ではなかった。


 神社の前まで来てみると、やはりお祭りはやっていなかった。

 追いついた拓治は、妻の姿を探しながら一歩ずつ奥へ進む。

 幸恵は、正方形の石畳を進んでいった先にどっしりと建つ、赤い大きな鳥居の下で立っていた。

「幸恵」

 拓治は静かに呼びかける。

 社をぼんやり見ていた幸恵は、その声に振り返る。

「終わっちゃったみたい。昨日までだったのかしら、全然気がつかなかったわ」

 境内は、まだその名残のあるものの、あとは片付けを待つだけのように見えた。

「仕方が無いさ。ずっとお義父さんの看病しっぱなしだったんだから」

「……ええ」

 幸恵は、社の方に向き直り、賽銭箱の後ろの階段に腰をおろした。

 ゆっくりと拓治も隣に座る。

「ここのお祭り、よく父さんと小さいころ来たの」

 肘をたて、手に顎をのせて幸恵は思い出しながら話した。

「父さんがね、お祭り大好きで。あ、知ってるわよね。ここのお祭りは、大体お盆あたりに二日間あるんだけど、仕事も休みだから、必ず二日とも連れて来てくれたのよ。でも、本当は自分が来たいだけなの」

 くすくす、と幸恵は笑う。

「爽汰がまだ幼稚園の頃だったっけな。連れて来てもらったよ、俺も、お義父さんに。爽汰連れて」

「ああ、そうだったわね。そう、そうだった。喜んでたわ、父さん」

 拓治も笑う。

「大はしゃぎでさ。あんず飴の屋台の前で突然立ち止まって、ワシはどれが一番好きだと思うかって、真剣に聞くんだよ。そのお店にはあんず飴とみかん飴が売ってたんだけどさ、俺はなんて言っていいかわかんなくて、あんず飴でしょうか、って言ったんだ。そしたら、お義父さん、怒りだしちゃってさ」

 話しながら、拓治は笑いがこみ上げてくる。それを見て、幸恵もつられて増々笑う。

「なんで?」

「リンゴ飴にきまってんべ! ってさ。地元の名産が一番に決まってる、こんなもんは邪道だべ、って。あんず飴売ってる屋台の前で、だぜ? 俺、もうどうしていいかわかんなくって……」

 拓治は笑ってしまって先が話せなかった。

 幸恵の方は、ついにはお腹を抱えて笑い出し、目頭を抑えて肩を上下させていた。

「可笑しいよな、本当。でも、そういうの、俺はすごく見てて気持ちいいんだよ。なんでかな。お義父さんの、なんか、まっすぐで、ねじれてないとこ、大好きなんだ」

 ようやく笑いの収まった幸恵は、深呼吸をしてから付け加える。

「ただ、田舎の人なのよ、父さんは」

「そうなんだろうな、きっと。でも……」

 拓治は小さい頃に父を亡くしていた。

 それを寂しいと感じた事が無かった訳ではないが、大人になるにつれてそれは母への感謝に代わって消えていった。

 しかし、幸恵と結婚し、父と呼べる存在が出来、それが徳二郎のような人間であったことに、素直に感謝していたのだ。

 空を仰ぎ見て、大きく息を吸って拓治は言う。

「俺にしてみれば、男として尊敬できる人だ」

 幸恵は、自分の父親を好きだと言ってくれる夫を、暖かく、嬉しく思った。

「ねえ、そう言えば」

 思い出は、またその続きを思い出させる。

「お父さん、また爽汰とお祭り行きたいって、言ってたわよね」

 拓治も、覚えがあった。

「ああ、そう言えば。あれ? 爽汰は、あれからここのお祭り来てないんだっけ」

 幸恵は頷いた。

「そうなの。爽汰が小さい頃は、夜になるまで待ってられなくて。ほら、昼間は山で散々遊んじゃうから、疲れてねちゃうのよ。それで、今年は絶対行こうって言ってた時には、あなたの仕事がなかなかお休み取れなくて、帰省がお祭りに間に合わなくて」

 あー、と拓治も思い出す。

「それで、じゃあ来年こそは、って言った次の年から、爽汰が田舎来るの嫌だって言い出して、それっきりに」

「……そうか。そうだったな」

 小さなすれ違い。

 素朴な祖父の願いと、思春期を迎えた孫息子の気持ち。

 夫婦はそのどちらにも共感できる立場だからこそ、胸がわずかに痛む。

 目に残る祖父の寝込む姿が、更に切ない気持ちに拍車をかける。

 拓治は誓うように手を顔の前で組む。

「お義父さん、元気になったら……みんなで一緒に行こう」

 夫を改めて見ながら、幸恵は一度大きく頷く。

「……そうね」

 夏の暖かい空気を纏いながら、遠くから最終バスの走ってくる音が聞こえるまで、二人はその場でただ黙って座っていた。  


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