G・ガール! 21
七
「大丈夫? 石崎さん。どっか痛くない?」
「……ええ」
爽汰は心からほっとした。
「かすり傷が結構あるみたいだから、これからお風呂とか入るとき、ちょっとしみるかもしれないけど」
理沙子は軽く笑って答えた。
「大丈夫」
爽汰も笑い返してから前の席へと注意を移し、丸刈りに話しかけた。
「あの、さっきは、ありがとうございます」
丸刈りは、顔色を変えるでも無く、運転しながらさらりと答えた。
「いえ、別になにも」
「でも、越智さんにあんな事しちゃって、あの、大丈夫なんですか? 俺が言うのは変ですけど、めちゃくちゃにしちゃったし……怒らせちゃったし。しかも、置いて来ちゃったし……コレからのお仕事とか……」
鼻から大きな息を一つ吐いてから、丸刈りはいつものトーンで言った。
「いいんです。元々自分も、いつか辞めてやろうと思ってたんで、ちょうど良かったです」
「え? 本当ですか?」
丸刈りは、口を歪ませてわざと意地悪そうな顔で笑った。
「あんな男、自分も大っ嫌いですから」
それを聞いて、爽汰は驚いたが、いい人だな、としみじみ感じて笑ってみせた。
「あ、すいません。今までお名前も聞いてなくて。俺、青山爽汰です」
さっきまでの嫌な雰囲気を捨て、一気に楽しい気持ちになれた爽汰は、明るく聞いた。
高速に乗り、まっすぐの道を軽快に進みながら、仮名、丸刈りは名乗った。
「マルカリです。丸バツの丸に、稲刈りの刈りで、丸刈」
爽汰は意表を突かれ、一瞬返事に困った。
「……珍しい、お名前ですね」
帰りの道中も、渋滞に遭う事もなくスムーズに帰って来られたので、二時間程で自宅前に送り届けてもらえた。
「ありがとうございました、丸刈さん。本当に感謝してます」
爽汰は、理沙子が車から降りるのを手伝いながら言った。
「いえ。彼女と仲良くね」
お互いを笑って挨拶しながら、爽汰は車の後ろのドアを閉めた。
エンジンをかける音して、黒いワンボックスはまっすぐ先に消えていった。
ふう、と息を吐いて爽汰は理沙子に向き直る。
「気をつけて」
ゆっくりと、倒れないように気をつけながら、爽汰は理沙子を家に連れ入れた。
玄関の鍵を開け、ドアを開けようとした時に、理沙子は言った。
「すまねえな、爽汰」
「……え?」
爽汰は目が点になった。
「ええええ!」
「そんなにがっかりすんでねーよ」
爽汰は家のソファーで、うつ伏せになってふて寝していた。
「しょうがねっぺ? 言うタイミングさ、無かったんだから」
爽汰は顔だけ横に向けて反論する。
「だってさあ、帰りの車に乗るときにも、女の子みたいな喋り方したじゃない。あれは何よ」
「あれは、あの丸刈り君に聞かれてると思ったからよ、わざとだ。どうだ、爽汰も騙されたか」
「俺まで騙してどうすんだよ!」
思わずソファーから乗り出してしまった爽汰は、肩を落としてまま座り直す。
「とにかく。石崎さんがまた一瞬だけ出て来たんだ。やっぱり、衝撃を体に受けたのがきっかけだった」
ふん、と徳二郎はその時の事を思い返す。
「んで、お嬢ちゃんはなんて言ってたんだ?」
「うんとね……うぐっ!」
思わず言われたままを口にしてしまうそうになり、寸でで詰まる。
泣かないでと言われたと話せば、泣いていた事もバレてしまう。
それは、困る。と言うより、嫌だ。
「うぐ、ってなんだべ?」
「え、ええ? ああ、えっと、大したことは……」
慌てて違う事を言おうとしたが、思いつかずにはぐらかしてしまった。
「大したことなくはねえっぺ。きっと何か……」
「あああ、そうだあ!」
いきなり大声を出すので、徳二郎も驚いて話を止めてしまった。
「そう言えば、これ、これ何よ」
爽汰はズボンのポケットから、林の中で見つけたあのメモを取り出した。
「これ、さっきじいちゃんが倒れてたとき、胸ポケットから落ちて来たんだ。これって、俺が昨日渡した奴でしょ?」
徳二郎は、そのメモを覗き込んで何度か頷く。
「んだんだ。爽汰に言われた通りに、風呂場さこれ持ってってよ。前の日と同じように、記憶がなくなったと思ったら、目の前にこれがあってよ」
「書いてあったのは、これだけ? なんかさ、これ文の途中みたいじゃない」
徳二郎は横に首を振った。
「なかった。切り取られたその紙だけだ。余白の部分は、側のゴミ箱に入ってはいたんだけんども、なーんも書いてなかったで」
「うーん。『私は大丈夫』ってのはわかるんだけど、『仲良くし』って方がね。どういう意味だろうって」
「さあなあ……」
「だよねえ……」
うーん、と二人はそれぞれに考えてみる。
元にもどる為のヒントを。
二人とも必死に考える。
故に、自然と沈黙が流れる。
………………。
………………。
………………ぐうう。
「寝るな、じいちゃん!」
徳二郎は、ちょっとお疲れだった。
「むにゃ、ちょっとだけ……」
「……まったくもう」
そう言いながら爽汰は笑ってしまっていた。
今日は朝から結構動いたし、怪我もして、大変な一日だった。
まだ夕日も沈んでいない時間だが、少しくらい休ませてあげよう。
何も言う前に、もう寝息をたてている徳二郎を見ていると、なんとなく爽汰もあくびがでてくる。
「俺もちょっと寝よっと」
爽汰と徳二郎は、束の間の休息をとることにした。