G・ガール! 16
二
車に乗り込むと、意外に広い車内には運転してきた男性と越智だけしかいなかった。
運転席に座っている、丸刈りで、越智よりは大分若そうな男性が言った。
「越智さん寝ちゃったんで、勝手に現地向かいますね」
「はい……お願いします」
そう言うと、丸刈りの男はエンジンをかけて車を走らせた。
一番近くにある入り口から、首都高速に乗った。そこからいくつかの出口を通り超して、分岐で群馬方面に向かう道路に入った。県境を超えて少し走っていたところだった。
徳二郎は、出発してすぐに寝入ってしまったが、爽汰は窓から見える景色がいくら変わって行こうとも、まったく目に映らなかった。
時間にしては、家を出てまだ一時間程度だが、その間、寝ている越智はもちろん、一言も誰も言葉を発しない空間に、爽汰は耐えられなかった。
思わず爽汰は、口火を切ってしまう。
「あのお……」
ほんの僅か間があって、運転席の男は答えた。
「はい?」
「山に行くって、聞いてるんですけど、どこに行くんですか? まだ結構ありますか?」
男は、まっすぐ前だけに目を向け、あまり感情を現さずに言った。
「群馬のスキー場の、武尊っていう所です。混んでなければあと一時間くらいだと思いますけど」
そうですか、と爽汰は一旦話しを止めた。
しかし、またすぐに爽汰は落ち着かなくなる。
武尊という場所は、爽汰は知らなかったし、それが本当に必要な情報でもなかった。聞いてもいいものか、と思いながらも、それは口を割って出て来てしまう。
「あの……」
「はい?」
さっきとまるで同じ返事を、男はした。
この男が、どういう人物かわからないが、黙っているよりはマシだと、聞いてみた。
「もし、知ってるなら教えて欲しいんですけど。これから撮りに行くDVDって……どんな、DVDですか? あの、どんなって、あの、そう言う意味じゃないんですけど……」
できるだけ気を悪くさせないように、と言葉を選んでいるつもりの爽汰だが、それが逆に話をややこしくさせてしまっているようだった。
「……」
丸刈りは、聞いてはいるのだろうが、その質問に答えはしなかった。
その沈黙が、ますます爽汰の不安を煽る。
言えないような事って事か?
爽汰は変な汗が出て来た。
このまま、どこかに連れて行かれたまま帰してもらえなかったらどうしよう。もしも理沙子の身に、万が一の事をされたらどうしよう。
俺が阻止する、だなんて大見栄きったのは良いが、高校生としては標準、いやそれよりちょっと劣るくらいの爽汰の体格と体力で、この大人二人に敵うのだろうか。
いや、自信があろうとなかろうと、守るしかない。万が一なんて、起こさせない。
ジェットコースターのように、上下する意気に自分でも疲れてくる。おもわずため息も出てしまう。
「……はああ」
黙っていた丸刈りは、バックミラーに映る爽汰の挙動を見て、容易にその不安を読み取った。そして、前置きなく話し始めた。
「今日くるはずだった女優さんが、突然キャンセルになったんですよ」
相手にされていないと思っていた爽汰は、突然話かけられた事に驚いた。
「え?」
「彼氏にフラれたとかで、もう仕事辞めたいって。それも昨日の夜遅くになって言ってきて。それで今日の朝方まで、他の女優さん探してたんですけど、誰もつかまらなくて。自分もずっと手伝ってたんですけど、もう朝になっちゃって。仕方が無いから今日の予定の撮影は諦めようって事で、家に帰ってた途中に、越智さんからいい娘が見つかった、って電話が来て」
丸刈りは、相変わらず無感情ではあるが、寝ている二人を起こす事のないような落ち着いた声で淡々と話した。
「それが、僕たちの事だった……ってことですか?」
丸刈りは、まっすぐ前を見たまま頷いた。
「そうみたいです。本当は、男優さんの方はまだキャンセルの連絡してなかったんで、連れて来ようと思えば出来たんですけど、朝一で断りも入れておきました」
「ん?」
待てよ、と爽汰は思った。
「共演者の方、断っちゃったんですか? ……なんでです?」
「越智さんが男優も見つかったからって事だったんで」
ほお、と爽汰は考えながら聞き返した。
「あのお……それって、誰の事ですか?」
丸刈りが答える。
「あなた、じゃないんですか?」
久しぶりに車酔いしたのだろうか。なぜこんなに胃液が出てくるのだろう。昨日の後遺症だろうか。
ぜひ、今の話は丸刈りの勘違いであってくれと、爽汰は願った。
かえって聞かない方が良かったかもしれない情報を仕入れた爽汰を乗せた、そのワンボックスカーは順調に走り、予定通り一時間後には、とあるスキー場の前に停まっていた。
爽汰は夏のスキー場に来た事がなかった。見渡す限りに広がる緑の景色。冬であれば、真白に敷き詰められる雪の代わりに、今は芝生が夏の暑さを栄養に変えている。
この時期は、グラススキーもできるが、山の頂上付近までリフトで上って、この景色を楽しむこともできるらしい。
しかしこんな爽やかな風景でさえも、暗雲立ちこめる爽汰の気持ちをはらしてはくれない。
すっきりした表情になった越智は、ここを管理している事務所に行ってくると言って、消えて行った。
丸刈りは、車のバックドアを開けて、機材を取り出して組み立てたりしている。
同じくすっきりした様子の徳二郎は、両手を上に存分に伸ばしながら気持ち良さそうに言う。
「んんんん、はあ。東京とは、空気が違うな」
「そうだね……」
具合の悪そうな爽汰に気づいた徳二郎は、爽汰の顔を覗き込む。
「なんだべ。車にでも酔ったか? それとも、ああ、わかった、腹が減ったんだべ? ワシもだ。腹ぺこだなや」
ここまで来ても、一体なにをさせられるのか聞かされていない事で、不安が膨らみ続けている爽汰には、祖父の無神経な話に相づちすら打てなかった。
「……よっぽど腹が減ったんだか、顔色が良くないで」
「少し、黙ってよ、じいちゃん」
徳二郎は、つまらなそうに口を尖らせた。
そこに、越智が戻ってきた。睡眠を取り元気がでたのか、走っている。
「おおい。コレ食ったら、早速行こうか」
そう言って差し出したのは、あんぱんと飲み物が人数分入ったビニール袋。きっと事務所の近くに売店でもあったのだろう。
楽しく歓談するような面子でもないので、その場に立ったまま、とりあえず食事を終え、四人はスキー場の中へ入って行った。