ある魔眼持ち薬剤師の日常 その二
「ナミル殿はいらっしゃるか?」
「あら、アーヴェン様ではありませんか」
立派な赤いマントに白銀の甲冑を着た好青年、アーヴェン=リルリ=フォン=フィスティス。
ここフィスティス帝国の王族の一人で、このリルリの町の領主です。
このリルリは私が生まれ育ったザクティル王国との国境付近に位置していて、帝国軍が駐留している重要な町の一つです。ぐるっと囲むように城壁が建てられており、常時、軍が巡回していて治安もすこぶる良く、税金は高いものの住むには最高です。
アーヴェン様はその駐留軍の総指揮官でもあります。
もちろん軍ですから、たまに行われる演習や訓練での生傷は絶えません。もちろん軍には回復魔法の使い手も何名かはいらっしゃいますが、多少の怪我では治癒しません。
万一この町に敵軍がきて戦争が始まったとき、魔力が足りなくて回復できません、なんて事態になる可能性もありますから、よほどの重症でないと魔法は使いません。
そこで薬剤師として私が回復薬を卸しています。つまりアーヴェン様はお得意様です。軍への卸だけで食べていけるくらいの割合です。
安定バンザイですね。
ちなみに私がこの町に来てから一度も戦争はありませんけど、だからといって油断は禁物です。帝国から攻めていく場合もあるでしょうしね。
しかしそれにしてもアーヴェン様は気さくな方です。町の領主でありここの駐屯軍のトップであり、そして王族で十何番目かの皇位継承権まで持っているの人が、タダの薬剤師を単独で訪れるなんて普通はしません。
「久方ぶりだな」
「またお供も連れずにお一人でいらっしゃったのですか。イリザネール様にまた怒られますよ?」
「ふっふっふっ、今日はちゃんとイリザネールから許可を取ってきたから問題は無い」
ものすごくドヤ顔していますが、それだけ許可を取ったのが嬉しいのでしょう。確か二十五歳ですよね、アーヴェン様って。正直子供です……。
「……よくあの方が許可致しましたね」
イリザネール様は、アーヴェン様が幼少の頃から仕えている筆頭執事です。その為か、イリザネール様にだけは未だに頭が上がらないそうで。
しかも頑固一徹、シキタリとマナーには特にうるさく、今回のように王族を単独で行動させるようなことは絶対に許可しない人なのですけど。
「ところで本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、回復軟膏の在庫が切れそうなんだ。千ほど用意して欲しい」
千ですか……確か店には三百ほど在庫があります。
そして回復軟膏の材料であるフィン草、エネモル草、サージ草の在庫は殆どありません。千ですからかなり大量に必要となりますし、まずは材料収集から行かなければならないですね。冒険者ギルドに頼みつつ、自分でも採りに行かなければなりません。
そして軟膏を作るのに一日二百個が限界です。だって飽きちゃいますしね。
最低材料収集に三日、製作に四日くらい見ておく必要がありますね。余裕を持たせて十日といったところでしょう。
「千ですか。二百個なら店内に在庫がありますのですぐご用意できますが、残りは十日ほどかかりますけど、よろしいでしょうか?」
在庫三百個全部売ってしまうと品切れになってしまいます。回復軟膏は一番の売れ筋商品ですしね。一日三個程度は売れますし。
百個くらいは持っておかないと困るでしょう。
「それで構わない」
「ではすぐご用意いたしますので、暫く店内でお待ちください」
回復軟膏は一個一銀貨(日本円だと一万円くらいですね)になります。それが千個と言う事は、それだけで一千万の儲けになります。
そして大体年二回程度、これくらいの大量発注が来ます。
ね、これだけで食べていけますよね?
回復軟膏が百個入っている箱を二つ奥の倉庫から持ってきて、ドンっとアーヴェン様の前に置きました。
意外と重いんですよね。魔力で力をアップさせないと私では持ち上げることが難しいくらいです。木の箱ですし仕方ありませんけど。ダンボールを開発したいところですね。発泡スチロールでも構いませんけど。
「ふむ、確かに。では二百個分の代金金貨二枚だ。残りの八百個については、十日後にまた取りに来る」
「いえ、私の方からお伺い致します」
「俺もたまには外に出たいのだよ。それにナミル殿にも直接会えるしな」
そう言った彼はいかにも好青年で、きらっと歯を光らせました。昭和臭ハンパありません。確かに私が直接向こうへ行けば、資材担当の人しか会いません。まあそれが普通ですしね。以前アーヴェン様から求婚された事がありましたけど、まだ私を狙っているのでしょうか。
私も貴族出身です。一般的に見れば十分可愛い部類に入ると自負していますけど……美人ぞろいの貴族からすれば、並程度とも認識しています。
アーヴェン様は王族なんですから、私みたいな一般人ではなくもっとちゃんとした貴族の人を迎えたほうが良いに決まってますよね。
「では本日はありがとうございました。また十日後にお願い致します」
「ああ、またよろしく頼む。それでその時に模擬戦をお願いしたい」
「……あ、はい。分かりました」
彼はそう告げると軽々と箱を二つ担いでお店を出て行きました。
王族なのに体力ありますね。この町の軍のトップですけどお飾りでない証拠です。
まあそれは良いとして、早速ギルドへいって材料の調達依頼してこなきゃいけませんね。
ギルドといえばふと思い出しました。この町に来るとき、途中でアーヴェン様と出会ったのでしたっけ。
あれから四年ですか。早いものです。
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ようやく国境越えました。これで追っ手はもうこないでしょう。
私は深い山の中を人目を憚るように歩いていました。
町を出てから既に十時間。足に魔力を籠めて全力で走ってきましたので、馬でもない限り追いつくことは不可能でしょう。
私の名はナミル=エレノクト=リューザル、リューザル男爵家の次女で十二歳です。
三才くらいの頃に前世の記憶が蘇り、それと共に自身に魔眼というものが備わっているのに気がつきました。
だって両親を見ると、頭の上に変な数値が見えるのですからね。スカウターで見たときのようです。
最初はこの世界だとそれが当たり前かと思っていたのですが、それとなく両親に聞いてみるとそんな事は無いとのことでした。
それから色々自分で本などを読んで調べたところ、魔眼がそれに該当する事に気がつきました。更に滅多に魔眼持ちは居ないと言う事も分かりました。
これは両親に打ち明けたら、そのまま実験動物扱いになる事請け合いです。それは非常に困るので、魔眼の事は自分の心の中に仕舞っておいたのです。
そして数年をかけて魔眼の使い方を勉強し、こっそり町を抜け出して山に入って獣などとお話したり、時には彼らのお願いで魔物を追い払ったりしながら過ごしていました。
私の持つ魔眼の一つに念話というものがあります。これは生き物と頭の中で会話できる能力で、これで動物たちと会話してました。
それから私が十二歳になった時、婚約者というものが決められました。お相手は子爵家の長男で現在三十七歳だそうです。えっと、さすがに二十五歳差は無いですよ。
更に私は第二夫人だそうで……。
そりゃ相手は長男で近い将来子爵家当主になるでしょうし、その第二夫人なら男爵家の次女としては十分満足できる待遇でしょう。
私としてもお相手がダンディなおじさまなら、不満はありますけど受けても良いかなって思っていましたが、初めてその人とお会いしたとき、腹回りが一メートル以上は確実にありそうな豚さんでした。ボディプレスで私などぷちっと潰れそうです。
あれがファンタジーな世界では超有名なオークという生き物なのでしょうか、と最初思ってしまいましたよ……。
すぐさま両親に、絶対嫌です、とお断りを申し立てましたが、却下されました。
なので最終手段として「五十年ほど旅に出ます、探さないでください」と書き置きを残して家出してきたのです。
一応前世ではOLしていたアラサーでしたし、一人でも何とか生きていけるでしょう。それにチート的な能力である魔眼もありますしね。
そんなこんなでザクティル王国と隣接するフィスティス帝国へと逃げているのです。
十年くらい前までは互いに戦争をしていましたが、数年前に和平条約を結んでからはそれなりに平和になっているみたいです。
互いに交易はしていないものの、流れの商人や冒険者、旅人は行き来しています。だからこそ、私もそれに乗じて帝国に生活基盤を築こうとしていたりします。
さて、事前に地図を見ておいたのですけど、国境から一番近い町はリルリというところだそうです。家にあった宝石を三個ほど拝借してきましたので、これを売れば多少の路銀にはなるでしょうけど、まずは安定できる生活基盤を揃えるのが第一です。
一番手っ取り早いのは冒険者と呼ばれる、いわゆる何でも屋になる事です。
魔物の討伐はもちろんの事、資源資材の収集、食物、護衛、家の解体や掃除と本当に何でもやるという噂です。何となくバイト斡旋のようなですね。
一応この世界では十二歳から大人の仲間入りですので、私でも大丈夫です。それと家出娘の私に身分証明書はありませんけど、冒険者なら特に身分も不要です。
問題は十年前まで敵国だった相手の貴族と言うところです。
でも……ばれなきゃ問題ありません。
ちゃんと一般的な市民が着る服を着ていますし、設定も祖父と二人で山の奥に住んでいたけど、亡くなったので町に来た、と決めています。更に毎日、獣を倒していたので戦闘もお手の物ということなのです。
完璧ですね!
もう少しで山を抜けて林へと入る頃、何やらどこからか戦闘の音が聞こえてきました。
誰か戦っているのでしょうか。
そちらへと足を慎重に運び、そして木の後ろからその光景を見つめました。
戦っていたのは六人構成の騎士でした。その騎士の相手は、トロール一匹、ゴブリン十匹、オーク三体です。
私の鑑定の魔眼が発動し、彼らの強さを読み取っていきます。
騎士の中に一人だけ突出した数値の人がいますが、残りはそこまで高くはないですね。どうやらその高い人がリーダーっぽいです。
そして騎士リーダー(仮)が一人でトロールとオークを引き受けていて、残りの五人がゴブリンと戦っています。
四匹を相手しても一歩も引いていません。かなり強い人です。
でも残りの騎士は一人頭ゴブリン二匹を相手すればいいだけなのですが、どうも新人っぽい雰囲気を持っていて苦戦しています。
新人研修でやってきたはいいけど思わぬ強敵に遭遇した、と言うところでしょう。
助けるべきか、助けないべきか、迷います。でも「義を見て為ざるは勇なきなり」ですよね。と、歴女っぽい事を考えてみました。
おそらくあの人たちは帝国の正規騎士でしょう。ここで恩を売れば、きっと見返りがあるはずです。生活基盤のない私にとって渡りに船。
よし、いっちょ助けてあげますか。
トロールは初めて会いましたが、オークやゴブリンはしょっちゅう倒していたので慣れたものです。
一気にトロールの背後へと周り頭を蹴って沈め、次にオークを二匹まとめて蹴り上げて落ちてきたところをサッカーボールのように木に向かってシュート!
木をへし折って遠くへ跳んで行きました。
その後は体勢を立て直した騎士たちが、残ったゴブリン、オークを掃討して終了となりました。
そして、私はなぜか騎士たちに捕まって尋問されております。
どうして?
「一体キミは何なのだ? トロールを蹴り一発で倒すなど、とても人間とは思えん。もしや魔法生物か、或いは精霊が人間の姿を取っているのか?」
よく刑事ドラマなどで見る取調室っぽい雰囲気の部屋に、私とあの時いた新人っぽい騎士Aの二人だけが居ました。
あとでカツ丼でも出してくれるのでしょうか?
「…………ただの人間です」
「そのただの人間が何の目的があってあの山を歩いていたのだ?」
「先ほども申しあげたとおり、祖父と一緒に山に住んでいたのですが、祖父が亡くなりましたのでこうして町に来る途中、あなたたちと会ったのです」
と同じ事をぐるぐると言い続けて早三時間。いい加減飽きてきました。
「山に住んでいたのに、なぜそんな服装をしているのだ? それに汚れ、染み一つないぞ? どう見ても買ったばかりの新品ではないか」
確かにこの人の突っ込みは的確です。
山を歩いていたといっても魔力でシールドを張っていたので、汚れることも破けることも無いのですから新品同様です。
服については、たまに町へ行った時に買っておいたものであり、卸したての新品と言えばいいのですけど、山を歩いたのに汚れがないのは不自然ですよね。
「そしてあの異様な強さ。我々もそれなりに訓練しるし、それに隊長殿が苦戦していた相手を意図も容易く倒すのは人間技ではない。一体キミは何なのだ? 我が国に害を及ぼしにきたのか?」
むー。
いい加減うざく感じてきました。助けてあげたのに恩を仇で返すとはこのことでしょうか?
私が本気を出せばここから逃げることくらいは楽に出来ますね。ただ逃げた場合は、もう帝国に居ることは不可能になるのが問題ですけど……
……別に町に拘る必要性はありません。山奥でひっそり暮らすのも手です。獣たちと会話も出来ますし、一人ではありません。
それに鑑定を使えば食べられる草や木の実も分かりますし、可哀相ですけど小動物を狩ればお肉も問題ありません。
それにこう見えても初級ですが、火の魔法も使えます。
何だか段々とそちらの方が良く思えてきました。
いつ暴れましょうか? いまで……。
そんな事を思っていましたら扉が開き、あの時いた騎士リーダー(仮)が部屋に入ってきました。
慌てて敬礼する騎士A。
「た、隊長殿! こんなところにお越しいただかなくても……」
「変われ」
「はっ? 隊長殿にこのような仕事は……」
「いいから変われ」
「分かりました!」
騎士Aは騎士リーダーに問答無用で部屋からたたき出されました。
そして私の前に座ると「助けて頂き感謝する」と一言言うと、頭を下げてきました。
あら、この人は礼儀を分かっているみたいですね。二十を超えたくらいのまだ若い人で何となく貴族っぽい雰囲気で、なかなかのイケメンさんです。
二十歳くらいで隊長ですから、よほどの事が無い限りまず間違いなく貴族ですね。どこの国でも上に付くのは貴族関係者でしょうしね。
「あ、いえ」
「ところで、あなたは何の目的で我が国へ訪れたのでしょうか?」
「先ほどの騎士様にもお伝えいたしましたが、この町に住もうと思い来ました」
「我が国でなくとも、王国でも良いかと思いますが?」
「リルリのほうが近かったからです」
「ふむ……。この町に住んだとして何をするおつもりですか?」
「冒険者になりお金を稼いだあと、お店でも開こうかと思っております」
「ほほう、冒険者ですか。確かにあなたほどの強さがあれば楽に稼げますね。ちなみにその後開く予定の店は何か決まっていますか?」
「はい、薬剤師になりたいと思います」
鑑定を持つ私にとって、世の中の調合は全てまるっとお見通しなのです。
どこかのRPGゲームのように武具の鑑定をしても良いのですけど、それより薬を作って皆様のお役に立てれば良いですよね。
それに薬の材料は自分で採りにいけば元手かかりません。原価は人件費だけです。
「……調合などの知識は?」
「祖父から教えていただきました」
祖父便利すぎですね。
「回復薬を持っていたりします?」
「使いかけであればありますけど」
動物たちに使う用途で作ったものがあります。あの子たち、無茶するから生傷が絶えないのですよね。
「ではそれを少し見せてもらえないでしょうか? あ、もちろん盗るつもりはありませんし、使う場合は適正価格で買い取ります」
「どうぞ」
リュックの中に仕舞ってあった回復薬を手渡しました。それをじろじろと見る騎士リーダー。そして蓋を開けて(もちろん蓋はネジ形式ではなく、コルクのようなものです)中の匂いを嗅いだりしています。
その後、少しだけ手に取り、それを腕にある痣へ塗りこみました。
多分つい先ほどの戦闘で負った怪我でしょうね。鎧を着ていたから痣で済んだというところでしょう。
「む、疼く? これは……」
回復魔法やポーションのように瞬時に回復、とまではいかないものの、目に見える速度でゆっくりと痣が治っていきます。
その薬は私の祝福がかかっていますので、通常の回復薬より遥かに効果が高いのです。でもあまり祝福を強くしすぎると、強力すぎて細胞の劣化速度が速くなります。
その辺りのバランスが難しく、言い方は悪いですが何度も動物たちに実験して試行錯誤しました。
ふふふ、どやっ!
「凄い。回復軟膏とはとても思えぬ」
「怪我の具合にもよりますけど、その痣くらいであれば一日ほどで完全に治るかと思います」
「なるほど。これは……ちなみにこの回復軟膏一本ならいくらで売るつもりですか?」
「銀貨一枚くらい……でしょうか」
確か私の住んでいた町だとその辺りの金額で売られていました。町によって物価は違うでしょうけど、的外れな価格でもないと思います。
「一本作るのに、どの程度時間かかります?」
「普段はまとめて十本分作りますが、大体三十分くらいでしょうか」
「材料さえあれば、一日二百本は作れる……と」
休まずいけば十時間で二百本ですけど、それだとちょっと働きすぎな気がします。せいぜいその半分というところでしょう。
そこまで馬鹿売れするようなものでもないでしょうし。
「お嬢さん、一つ相談なのですが」
「はい? 何でしょうか」
「こちらで大通りに面した場所に店をご用意しますので、そこで働いていただくことは可能ですか? もちろんある程度の家賃は頂きますし、売り上げに対する税金も払っていただきますが」
中々良い条件ですよね。
「ちなみに家賃はいかほどでしょうか?」
「月銀貨五枚。そして純利益の一割が税金となります」
「やすっ?! って、あ、失礼しました」
思わず言葉が砕けてしまいました。
いやしかし、大通りに面している店舗が月銀貨五枚って、日本円ですとおおよそ五万円ですよ? 普通に考えればその五十倍は必要だと思うのですけど。
怪しいくらいに安いですね。
「その代わりといっては何ですが、この回復軟膏を我が軍に仕入れていただきたいのです。一本銀貨一枚で、年間千個から二千個ほど」
それだけで年収一千万から二千万です。しかも大通りに面しているという事は、店舗でもそれなりの売り上げが見込めます。
家賃や税金を支払ったとしても十分暮らしていけますね。
「それは願ったり適ったりですけど、私をそこまで信用していただけるのでしょうか?」
助けてもらった、更に回復軟膏の効果を見たとはいえ、一介の小娘に店まで用意するなんて事、普通はやりませんよね。
「実はつい先ほど連絡が入りまして」
「……どのような?」
「隣国の男爵家の次女が行方不明となったので探してほしい、と。偶然にも年恰好があなたとそっくりなのですよ」
「へ、へぇ……そ、そ、そうなのですか。そ、それは偶然極まりないですね」
「行方不明の理由などはどうでもいいですし、所詮は隣国ですので当方としては関係の無いことですが……私的ですけどあなたの身元はしっかりしていると思っております」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「そして我が軍は常日頃から魔物の討伐や訓練で怪我を負う事が非常に多い。回復魔法の使い手はもちろんいますが、彼らの負担を大きくしたくないのですよ。しかし治さない訳には行きません。そこでこの回復軟膏があれば大幅に効率よく治せるかと思います。しかも安価に。あなたに店の一軒程度貸しても、我が軍にとって非常に大きなメリットでしょう」
「分かりました。お願い致します」
「おお、有難い。言い忘れていましたが、俺はこのリルリの町と軍を預かっている、アーヴェン=リルリ=フォン=フィスティスと申します」
な、何ですって?!
フィスティスは帝国の国名です。そしてその国名が名前に付くという事は、この人は王族ということです。
ひ、ひえぇぇぇぇ。
「まさか皇子様、ですか?」
「世間一般ではそのように呼ばれていますね」
「ご、ご無礼をっ! 申し訳ありませんっ!!」
「いえいえ、俺などよりあなたの方がよっぽど軍に貢献できる。ここは一つ、俺の嫁になって貰えないか?」
「ご、ご冗談を」
いきなりイケメンに口説かれました。思わず赤面してしまいまいましたよ。
「冗談ではないよ。あなたのその薬学の腕は驚嘆に値する。我が国にとっても大きな貢献になると思う」
あ、そっちですか。そりゃ皇子様ですし、国が一番という考えは当たり前でしょうけど。それで一気に醒めました。
やはり乙女としては、私を愛している、一目ぼれした、などと口説いて欲しいところです。
「実は、私は強い人が好きでして。もしアーヴェン様が私に模擬戦で勝てたら、嫁がせてください」
「……俺もまだ命は惜しい。勝てると自信が持てるようになればお願いしたい」
オークのでかい図体を空へ軽々と蹴りあげてますからね。人間サイズなら、何メートル跳ぶか分かりません。
そんな私を恐れるのは仕方ないことですけど、それでもいつかチャレンジするぞ、という意気込みは向上心があって良いですね。
もちろん負ける気は毛頭ありませんが。
「ではこれから店の用意をしてきます。おそらく一月程度はかかると思いますが、その間宿舎を一部屋開けておきますので、そちらでお過ごしください」
「何から何までありがとうございます」
こうして私はお店とお仕事を手に入れる事ができました。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
あれから十日後、私は無事八百個の回復軟膏を作り上げ、そして八個の箱を軽々と持って軍の倉庫へと運びました。
その後、アーヴェン様のご要望通り、彼と模擬戦を行いました。
「アーヴェン様、まだやりますか?」
結果は圧倒的に私の勝ちです。
踵でアーヴェン様の顎をぐりぐりと踏み潰しながら、私は薄ら笑みを浮かべていました。
「ま、まいった! 降参……い、いや、もっとしてくれ!」
「……本当にアーヴェン様ってば懲りないお方ですね」
この四年、幾度となく彼と模擬戦を繰り返した結果、アーヴェン様に一つの性癖が生まれました。
多くは語りませんが……。まあ王族ですしストレス発散も必要なのでしょう。
「も、もうちょっと、強めに!」
「……変態」
「おおぅ、その言葉をまっていたぞ! もっと、もっと言ってくれ!!」