行方不明
「お母さん、大丈夫ですか?」
そう言い、若い警察官の男は私の視界に入ろうと、下から覗き込んで来る。
その目はただ私を心配しているだけではない事は、いくら気が動転しているとはいえ、容易に察しがついていた。
「..大丈夫です」
そう声を絞り出すのがやっとで、数分経つと定まり掛けていた焦点はまた、ぼやけて滲んだ。
何故..?
朝から何度もこの言葉が脳内にこだましている。
昨日はいつも通り、"虫図鑑"を読んだ後十時には眠りに就いていた。
眠ったゆうまを眺め、柔らかく小さな頰にキスをしてから自分も眠ったのを憶えているから間違いは無い。
筈だが..
ー朝目を覚ますと隣のゆうまは忽然と姿を消していた
家の中、近所の思いつく限りの場所を家族総出で探したが、ゆうまを見つける事は出来ず..
警察に通報し、一度家に来てもらってから捜索願を届け出ようとの事で家族と一致したのだった。
「現在警官60人体制で付近を捜索しています。
家の鍵が開いていて、ゆうま君の靴が無いとなると...自分から家を出たとしか考えられませんね。
6歳の足ですのでそう遠くへは行っていないと思いますが..
一人で外に出たゆうま君が事件や事故に巻き込まれている可能性もあります..」
"事件や事故.."その可能性を思うと、身体全体が強張り、嫌な汗が噴き出すのを感じた
「ゆうまは一人で家の外に出た事はありませんでした。
ご覧の様に狭い住宅街だが車通りが多く危険なのでね..
事件に巻き込まれた可能性が高いでしょう。
もっと捜索の人数を増やしていただけませんか?」
隣に座る父は冷静にそう述べると、泣き崩れている母の背に手を当てた。
「..何か心当たりはありますか?」
その問いに、今まで言葉を発していなかった母が弾かれた様に顔を上げた
「怪しいのはあの男よ!」
「あの男..と言いますと?」
「娘の..離婚した夫です!」
その場を包む暫しの沈黙。
若い警察官の男がメモを取り始めると、誰も手を付けていない冷めた珈琲が
小さく波打った。