真夜中の闘い I'm fighting here! I'm fighting here!
第六幕『真夜中の闘い I'm fighting here! I'm fighting here!』
「Awesome! どうだ調子は、スティーブ!? ゴキゲンかい!?」
「さ、さ……!」
「サイコーか!?」
「寒い……ッ!」
フルフェイスのメットの下から、声が風に飛ばされない様に俺達は叫ぶ。
俺とケイは寒い星空の中、首都高速を西に真黒なフルカウルの大型バイクを二人乗りで走っていた。黒い電気を奔らせ、恐竜のように唸りを上げる。名前は解らない。彗星よろしくハーレーだろうか? ケイは性能云々よりそういう言葉遊びを重視する気がする。それとも『AKIRA』よろしくコンセプト・バイクだうか。それくらいこのバイクはSFチックだ。いずれにせよ、乗り手が一流ならバイクも一流に成るものであった。
等間隔で続く照明は羊を数えるのに丁度良く、ぼんやりしていると意識を奪う。バイクは夜に輝くライトを身体に受けて、先行する車を次々に追い抜いて行く。
不思議な事に、静かに感じる。車の音は人混みの雑音よりも大きいくせに、煩いと思わせない。尤も、その車自体も少ない。もう時刻は深夜に近く、あるのは夜行バスや大型トレーラーくらいである。ケイ達が夜の役者である様に、彼等も夜の役者なのだろう。何処にでも舞台は在るのだ。彼等は何処に行くのだろう。
このバイクは勿論、アルマの捕らえられた場所にである。
「場所は解ってるんですか!?」
「無論だ! 優秀な裏部隊が下見済みさ!」
そう言って、ケイは更にアクセルを回す。速度は既に150を上回っている。赤いテールライトが彗星のように軌跡を描き、街灯の星々を星座の様に繋ぐ。俺は明後日の方向に振り落とされない様に、必死にケイの背中にしがみつく。
こんな感じは空を落ちている時も感じたが、バイクはまたそれと違う。身体を貫くエンジンの振動が気持ちを高揚させ、壁の無い空とは違い地上は常に何かとぶつかる危険に満ちている。おまけにケイは高速度のまま曲がるから、地面すれすれまで傾車してかなり怖い。俺は何時も思います、バイクは欠陥品であると。あんな速度で走ってる癖に身体を曝け出して阿保じゃないかと。
しかしこれが意外と遠心力で倒れない。逆に転びそうだからと中途半端に抵抗した方が危険だという事を、ペーパーライダーの俺は知っている。そしてケイの操縦は手慣れたモノで、余計な心配は必要なかった。――と、
「Boy! あんまりお熱くすると焦げちゃうぜ、初恋はほろ苦いビター味」
不意にケイが呟いた。何が、と訊こうとしたが、この展開はアレだろう。人気のない道路。耳に聞こえる排気音。バックミラーには何時の間にか怪しげな影が全部で三。
「WCのお仲間だな。俺は『台詞を付ける役』なんだが、まあ折角だ、俺の芸を魅せ付けてやろう」ケイは右手首を素早く曲げた。すると『タクシードライバー』よろしく袖から拳銃が出る。二回くらい失敗するのがミソ。ともあれ、そして前を走るトレーラーを左から追い抜いた――右から銃声!「おっと」
トレーラーの向こう側に隠れていたライダーが、右手に持つ自動小銃を撃った。ケイは銃弾を防弾仕立てのバイクに弾かせ、速度を上げて離脱する。
「っぶねー、片手で自動小銃とかアメコミかよ。しかも実弾か? これじゃゴム弾の俺が莫迦みたいじゃないか」
そう言って、ケイは撃って来たライダーに無造作にゴム弾を撃った。ゴム弾と侮るなかれ、弾速は鉛弾のソレと変わらず、威力はプロボクサーのパンチ並みである。実際、ゴム弾が相手に当たると、傷付かないものの痛いのだろう、相手は速度を落とす。
「はっは、根性ない奴め」その言葉に反論する様に、左後方から弾丸が飛んで来る。二人目のライダーだ。ケイはハンドルを切ってそれを避ける。代わりに何処ぞのトラックに穴が開く。「格好つけるのは嫌いじゃないぜ。だけど観客に手を出すのは粋じゃないぞ!」
ケイは銃を撃ってきた相手に向かって発砲した。ゴム弾は魔弾のように相手の右ハンドルに前から命中する。結果、ライダーは強制的に右に切らされ、壁に向かって突っ込んだ。勢いを物語る様に壁が凹む。壁がなけりゃアイキャンフライだ。
「Jackpot」ニヤリとするケイの後ろで、俺は思わず肩目を瞑った。速度三桁での衝突事故。きっと無事では済まないだろう。「大丈夫大丈夫。その為に裏部隊が居るのさ。相手さんもそんなヤワじゃないって」呆気なくそう言った。しかしケイも凄腕だ。あんな小さな的に当てるとは。「ありゃマグレだ。俺は撃って当てるタイプだよ」
……凄い人だ。
と、感心している場合でもない。三人目のライダーが撃って来る。ケイも敵も撃ち合いながら、更にバイクを加速させる。「HO! HO! HO!」と火薬を光らす。「BANG!」と銃声を鳴らす。他の車両を縫う様にして走るとパフパフと歓声が鳴り響く。そんな観客にはウィンクの代わりに銃弾を。穴が開くのはご愛嬌。パンパン、と突かれたら、頭がクラクラと回っちまうぜ。『ダーティハリー』なら四、五台はオーガズム。
ケイは殆ど減速しない。ドッグ・ファイトなら後ろが有利だろうが、先を急がねばならぬから。故に250を上回る速度のまま、右カーブに突入する。膝が擦れる程に傾いて滑らかに曲がる。そしてケイはその体勢のまま右脇から銃口を出し敵に狙いを
「おぉっと!?」
前方の大型トラックが急に減速をかけて来た。これにはケイも驚いて減速しつつ右斜め移動。教習所の一本橋など生ぬるい道路の壁とトラックの間に割り込んで、耳をゾワゾワさせる風の音を聴きながら強引に九死を抜け切った。
「ってなんでわざわざ狭い方を通るんですか左にも避けられたでしょう!?」
「いやあ驚いて思考が一瞬飛んじまって、無意識にやっちまった。スマン」吐きそうになるほど心臓が暴れる俺に対し、ケイは笑いながら言った。「って、あっ、コイツ何急にフラトロ走り出したと思ったら携帯なんてしてやがる! コイツ正気……ッ!?」
後の台詞は目の前に現れたライダーに奪われた。一人目ライダーだ。スモー・クシールドのせいで顔は見えない。それでもよく見ようとすると、「伏せろ!」とケイに頭を下げられた。それと同時に音と光、銃音が装甲を削ったのだ。
「Boy! やっぱゴム弾ぢゃ締しまらんか。しゃーねー、実弾にしよう」
ケイはニヒルに笑いながら、拳銃の弾倉を抜き、コートの裏に在る別の弾倉に差し替え、遊底を前進させた。全ては片手のみで行われた。
そしてアクセルを一気に回した。ギアを上げて、時速が100から飛んで200へ。減速していた機体が一気にパワーを得る。加速方向は一人目のライダー。相手は逃げようとするが、その前にケイが擦れ違いざまに弾丸を連射した。まるで斬り捨てる様な銃捌き。相手の拳銃を弾き、バイクのアクセルを折り、ヘルメットにも当ててビビらせた。
あれじゃあもう走れないな、と俺は相手を振り返った。その瞬間、クラクションが鳴り響いた。音の主は先程の余所見トラックであり、その原因はフラフラする一人目のライダーに気付いた事だった。トラックは急ブレーキをしてハンドルを切り、壁にぶつかった所でようやく止まった。どうやら両者とも大事には至らなかったらしい。
自業自得だな、とケイはサラリと言った。清々しい胆力だった。これが現実なら普通に犯罪である。しかしこの場は現実の寝静まった暗幕の中。だから俺は思わずこう言った。
「凄い」
「どーめー。ま、装備が良いのも在るがね。しかも敵が三人とか明らかに様子見だな」余裕そうに語る間にも、三人目のライダーが後ろから加速する。「一人じゃ、悪いが俺には役不足、お前にゃ役者不足だぜ。さっさと最後のも倒して本番に……んや?」
ケイが何かに気付いた様に言った。俺も遅れて気付いた。何かの音が鳴っている。俺はこの音を知っている。というか物凄く聞き覚えがある。
隣から見覚えのあるヘリが浮かんできた。光り輝く眼で睨んでくる。マツリが打っ飛ばしていたDAY☆DREAMだ。
だが此度のDAY☆DREAMは一味違う。腹に武骨な機関銃を抱えていた。
「夢で腹が膨れるとか、想像妊娠か?」機関銃がラリった。文句あるのかとでも言う様にBRATATATと曳光弾が流星群よろしく落ちてくる。「Boy! 所構わず出すなのよなあ。『地獄の黙示録』や『フルメタル・ジャケット』にでも出てるつもりか? トリガー・ハッピーはお家で『COD』か『BF』でもやってろと……」ミサイルが飛んできた。「『Say hello to my little friend!』ってか。まあ、アレは男だが」
冗談を言いながら、ケイはアクセル全開にして300kmでドリフト交じりに右カーブに突っ込んだ。後ろでひゅ~と情けない音がブチ切れる。洋画かF/TPSよろしく爆炎を背景に高速道路をカッ飛ばす。
そこを最後の三人目のライダーが全力で後を追いかける。爆炎と弾丸飛び交う中を、である。健気な事だ。もうリタイアすればいいだろうに。きっとあのメットの中は涙目だろうと、俺は心の中で無事を祈った。しかしこのままでは此方も防戦一方だ。
「拳銃じゃあ歯が立ちませんよ!?」
「ふっ、御覧じろ」そう、ケイは拳銃をヘリに向けて何発か撃った。倍返しされた。そもそも距離がありすぎて着弾したかも解らない。「『だめだこりゃ』」
「駄目ですか!?」
「だが細工は流々さ」そう言うと、ケイは身を屈んで何やらごそごそと取り出した。「じゃーん。みんな大好き、RPG」RPG、つまりロール・プレイング・ゲーム……ではなく対戦車擲弾兵器。爆弾をロケットの様に飛ばす武器。どっから出したんだこんなの。「もうすぐトンネルがある。そこで仕掛けるぞ」
気が付くとケイの仲間かWCが交通規制をかけたのか、一般の車が見当たらない。ケイはそれを利用して道路を一杯使いヘリの猛攻を回避する。
ケイはS字を減速せず走り、ジャンクションを潜り、ミサイルの爆炎を尻目に月に吹っ飛ぶ大砲宜しく坂道を大ジャンプ。ソレを怪物の眼が舞台照明よろしく照らし、拍手喝采弾霰。せめて硬貨なら良いんだが、って良くねーよ。
やがてトンネルが見えてくる。少しのあいだ幕間を、とケイは隠れる様にオレンジ色の袖幕へ。如何に熱狂的なファンと言えどこの中に入るのは分が悪いと見え、ヘリは声援を止め上昇した。出口で待ち構える算段だろう。アルマとビルの間を落ちた様に。
「だがそこを狙い撃つ。というわけで、はい(ケイが俺にRPGを渡す」
「って、え、これはつまり、俺が撃てと?」
「ああ、正面交差だから運転に専念したい」でも、と俺が言う前に車体がいきなりバンクした。何事かと思うと、ヘリが居ないなら俺の出番だとでもいう様に、三人目のライダーが撃ってくる。「それともアッチの相手をしてくれるか?」
「解った、解りました、俺がヤります。クリームパイを撃ち込んでやります」
「あっはっは、HENTAIだなァ。因みに『サイコガン』的な思念誘導式噴進弾もあるぞ。慣れない奴は頭がショートしてSAN値0るが」
「あーあー結構ですこれで『こんなもんはな、撃てて当たりゃいいんだよ』。日本人は竹やりでBー29を落として『ランボー』は弓矢でヘリを落とすんだ」
「その粋だ。女の武器が涙なら、男の武器はヤケクソさ」ケイはバンクして後方の銃弾を避けた。「『タイミングは俺に。トリガーは其方に』。さあ、トンネルを抜けるぞ!」
オレンジの光の終着点。内と外の狭間にて上から光が落ちてくる。天から来るそれは星の王子さまかはたまた第三種接近遭遇か。どのみち天の世界に御招待される前に叩き落とす。俺は膝で身体を固定し、両手でグレネードを構え相手に向ける。
そして敵が現れた。怪獣が火を噴くのと、「撃て!」とケイが合図するのは同時だった。俺は無反動砲なのに反動で僅かに仰け反る。花火の中をロケットが飛んでいく。それがヘリの頭をコツンとノックすると、「伏せろ!」
5mあるかないかの頭上で爆発が起こった。ソレが盛り上がる前にケイはその下を滑り込みで通過する。三人目のライダーは間に合わず呑み込まれ、よく見えないが盛大に転倒したようだ。その爆発は見事なもので、真っ赤な液体がトマトの様に噴出し――
「血……ッ!?」
「じゃなくてペンキ。嫌がらせ。爆発も音と光だけの演出さ。スプラッターは趣味じゃない。もう飛ぶのがやっとだろうけど」そう、ケイは両のハンドルを離し、大きく伸びをした。「さーて、敵がこれだけという事はナイだろ。ボス戦前の敵ラッシュといきますか」
ケイはニヤリと笑った。俺も釣られて笑った。今なら何とでも闘える気がした。
「闘うのですか?」マツリがアルマに向かってそう言った。エクスとレドナー、そこから少し後にマツリとアルマが、月明かりの差し込む通路を歩いていた。彼ら彼女らの他には誰もおらず、廊下は映画館の様に静かだった。「レドナーに勝てるのですか?」
「それらは私の決める事ではありません」
アルマはそう応い、エクスの言葉を思い出す。「出ていくのは構わない。ただその前にレドナーと闘ってくれないか。誰にも邪魔されず、二人っきりで。もしそれでレドナーが負けたなら、俺も抵抗せず敗れよう」、と。
アルマは腕輪の取れた手首をさすりながらぼんやり思う。マイスターの居ない場所で闘う事は今迄ない……少なくとも、記憶では。
「ぺたぺたぺたぺた」
「? ? マツリさん、どうしてそう抱き付くのですか?」
「誰かに触るのって何か良くないですか?」
「はあ、嫌いではないです。赤子が反射で手を握るのと似ていますね。『鏡像段階論』よろしく他と己の違いを認識し、自己を創るのです。ですから、赤子を笑わすには先ず自分が笑わなくてはならなりません。赤子は笑い方を知らず、他者の笑いを真似……」
「んや、そんな難しい噺じゃなくなくて、温かいと言うか、安心できると言うか……まあいいやなのです。アルマさん、お父さんも敵として倒すのですか?」
「肯(Yes)。そう言われていますので」
「あまりイジメないであげてね」
「了(Understood)」
「『I'm pistol』。冗談が通じねえですぜ。あ、もしかしてワッチも倒されますか?」
「貴方の所存に関する命令は承っておりませんので、今の所は予定ありません」
「アルマさんって、クールだねステキだね。私にもこんなお姉ちゃんが居れば良かったぜ。長女なんて貧乏クジじゃ。だってパパ、じゃねえです、お父さんもお母さんもロクに子育ての仕方を知らないのに、役損ですぜ。お姉ちゃんが居れば色々と甘えられたのに」
「貴方は十分、ステキだと思いますが」
アルマは無為にマツリの頭を撫でて言った。マツリは嬉しそうに目を細める。
「けどあんなの小手先です。子供時代の栄光など大人社会じゃ酒場の看板の蛍光灯です」
「はあ、そうですか」
「ぺたぺたぺたぺた」
「はい、はい、何ですか、マツリさん?」
「はいな、何でもないでござい。頑張って下しあ。勝者も敗者も、頑張れば観客は並べて愛するものやからの。後、『さん』は要らんです。けど、敬語は可愛いから要るです」
「了(Understood)、マツリ」
「はぅあーッ! うぅん、アルマさんは可愛いなあ。ずっと抱き締めていたい! 因みにこういう物静かな社会的弱者の人形系戦闘美少女は『妖精作戦』の和紗結希に始まり『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイや『涼宮ハルヒの憂鬱』の長門有希や『GUNSLINGER GIRL』の諸々などのピグマリオニアという呑み込む太母ならぬ娘の……」
「何だ、女の子二人でラブコメして。パパも仲間に入れてくれよ」
娘と女友達の会話に父が割り込んできた。娘は友達の背中に回り込み、べー、とする。
「いい年して若い女を追い回すなんてみっともない『ロリータ』は知りません」
「安心しなさい。パパは一番に家族を愛している。獣のように世界の中心で愛を叫ぼう」
「そ、そういう恥ずかしいセリフは禁止! てか『パパ』とかキャラ付けすなっ」
「アルマ君はアレだ、ただの遊び(セフレ)だ」
「そういうのはもっと禁止――ッ!(幾ら家族だからって下ネタる父親ってどう思う?」
「初心だなあ。舞台の役者たる者、B級染みた恥ずかしい科白でも堂々と言えないでどうする? AV女優を莫迦にする奴は、それが淘汰されないか理由を知らん駄呆だ」
「それが様に成るのは舞台の役者だからだよ」
「おや、これは手痛い。やれやれ、最近の女は柔らかく強かだね。なあ、レドナー?」
「……そうだな」
「所で、レドナー君。家のマツリはお買い得だぜ? 将来はきっと美人に……」
「お父さんそういう話は冗談でも止めて下さいキモいです氏ぬじゃなくて死にます」
「そんな事言わずに、レドナーを応援でもしてやれよ」
「レドニャーのような無頼派に応援は駄目だよ。彼の集中は綱渡りなのだから、声を掛けると落ちちゃう。大学受験に臨む子を見守る親の気持ちじゃなきゃあ」
「いやあ、けど、『立て、立つんだジョー!』的な事言ったりさあ」
「早くも終盤っ。ぢゃ、アニメの力石戦の最後のクロスで汗が飛び散るシーンを一つ」
「……そんな「『そんなものではない』」…………」
「私のレドニャーの真似すんなこの腐臭という名の加齢臭が始まってるおっさんが」
「娘の容赦ない呪文っ。神話の武器より強いぜこりゃ。どう思う、アルマ君?」
「マツリ、親は大事です」
「You are shock!(訳:私は衝撃です」
「……素晴らしい発音だが、アレは『Youはショック』だ」
「あれー? 於戯、私の世界がまた一つ壊れた。世界とは何と曖昧なのか。てか、レドナーそういうのも知ってるのね。今度、一緒に『シティーハンター』でも見ないかい?」
「……偶然だ。『サイボーグ009』や『ゴルゴ13』の様に、有名なら誰でも知ろう」
「くそぅ。遠回しの告白が通じないぜ、ヒャッハー。しかし加速装置、アレ程に魅力的かつ単純な設定を私は知らない。『ガオガオ!』ですな。後、『巌窟王』のペッポさんが可愛すぎる件。於戯、『虹の彼方に』。サーン、デーイ……」
「やれやれ、道化ばかりだな」エクスはニヒルに笑った。と、其処で階段に付く。「さて、御足労。舞台はこの上だ。とは言え、何の小道具も無い舞台だが……その分広いし、何とかは高い所が好きという。なら此処も、そう悪い所ではあるまい」
階段を上っていく。一番上には扉がある。長い階段を抜けると星空であった。
星々の観客。平らな黒い舞台。月の照明。風の拍手。五十階はあろうかという超高層ビルの屋上は、星明かりが不気味に明るく、地上の光を一望でき、喧騒は遠かった。
「じゃ、後はごゆっくり」とエクスはマツリの手を取った。
「え、え、私は此処にいるよ? 見ているよ?」とマツリはその手を振る。
「ダメダメ。観客は舞台から降りなさい。見るだけなら下でも見られるから」
「ヤダ!」
「素晴らしい感情論だ。女だな。論破以前の問題だ。こんな子は、無理矢理に限る」
「わわっ、ちょ」マツリは容易くエクスの肩に担がれた。背中を叩くも効果ない。「エッチ! 変態! HA・NA・SE! チクショー、私じゃダメなのかよーっ!」
「女はワイン、その思い出は古くなる程に香り立つ」
「単に女々しいだけの癖して何格好つけてんだこの堕落したド阿保、略して駄呆!」
「偉い人は言いました。『男は別名保存。女は上書き保存』」
「ウッセー! どーせ後から使うかもしれないとエロ画像を溜め込んでるだけだろが一回使えばもう見ないくせに容量圧迫してるんだよはよ捨てろ、このACッ!」
「ぶっごふぁ……ちょ、おま、本気でコックを蹴るな…………」
「あーもーレドナー勝つんでしゅよ!? バカー! 噛んだー! ロリコー……」
後の言葉は本を閉じる様に、扉が切った。それを見てアルマが言う。
「彼、良い子ですね。己を磨き、衒わず、得た力を他に使う事を喜びとする」無表情だが、言葉なら微笑んでそうだ。「何より、元気な事は良い事です」
「……褒めてもらいだけの子供だ」扉を見つめ、レドナーが静かに応える。「何処にでもいる子役だ。この世界には百億の役者がいる、その内の一役に過ぎん」
「けれど、褒めても良いと思いますよ? 貴方は褒めました?」
「腹が減れば何でも美味いと思うものだ。オー・ヘンリーの『緑の扉』のように」
「誰が、ではなく、貴方を問うているのです。それとも、黙っていても伝わると?」
「強い想いなら伝わるはずだ。それで伝わらないなら、その程度だ」
「だから無口なのですね。ロマンチストです。此方の舞台に立つ前もそうでしたね。自我もなく戦争を繰り返すゲリラの傭兵という役に疲れた茫洋を、此処しか生きる場所がないと思い込んでいた常識を、戦場という舞台ごと敵も味方も呆気なく薙ぎ払った、私の先代の【黒聖母】や【止揚詩篇】と呼ばれていた『アルマ・セラ・アウフヘーベン』に憧れたのでしたね。彼はまさに、止まっている様で太陽の重力さえ叩き切る、彗星の様でした」
「アレは呪いだ。戦場こそ俺の現実だった。善も悪もない、無垢な痛みこそ……」
「よくある戦争屋の台詞ですね。闘いに懐かしさを見出すような。だから夢である『アルマ』を倒せば現実に帰れると? 夢と現実は表裏一体なのに」
「……お前、俺の事を思い出したのか?」
「否。これは日記から推測した貴方に対する『私』です」
「……成程。アイツらしい皮肉だ」その表情には少し懐かしいものが在ったが、アルマには解らない。「あの子に俺は必要ない。あの子は強い子だ。俺とは違う。昔ばかり見て、白昼夢を歩く俺とは」レドナーは扉から眼を逸らし、アルマを見た。「そしてそれ故に、俺は撃鉄を降ろす。この夢に幕を降ろす。それが、俺の証明だ」
「しかし、マイスターの居ない所で闘うのは……」
「保護者が居なければ踊れない訳ではあるまい。況や、舞台に上がれば誰もがプロだ。俺は俺の意志でお前と闘う。お前もお前の意志で俺と闘え。俺だけを見て闘え」
「それは命令ですか?」
「違う、これは」
レドナーが口ごもった。一瞬で、長かった。超光速の思考は物理的な距離と時間を越えて何十年も過去に行き、一瞬で現在まで老いた。
命令ではない。命令では決してない。これは、これは、これは……
「……何度も言った事だ。お前が忘れただけで」
「……そうですか」アルマはしばし、思案する様に眼を閉じた。相手の言葉を、ゆっくりと咀嚼する様に。「ならば結構。私はアルマ。相対するのなら、臨む、までです」
「それでいい」そう言って男は撃鉄を起こした。ガチリ、という重たい金属音とともに弾丸が装填される。「呆気なく斬って魅せろ、俺という【敵】を」
その言葉に対する少女の答えは一つだった。何時も、誰に対しても、同じ様に。
「了(Understood)」
その言葉に対する男の応いは一つだった。
「お前の心意気を魅せて見ろ」
二人はしばし見つめ合った。月が隠れ、夜の舞台が一層暗くなる。風の音が徐々に静まる。その瞬間が近づくにつれて、まるで劇場か映画の様に、張り詰めていく。次の一瞬を最大限に輝かすために、全てが収束していく。星の様に。そして、そして、そして、
そして――
――四月の気層のひかりの底を
――唾し はぎしりゆききする
――おれはひとりの修羅なのだ
READER IS HERE.
成就あり。
遂に雲が晴れた。幕が上がった。月が出た。二人を照らす。風が成る。星が瞬く。
闘いが始まる。
「〈ブレイズ・アルター〉」
Jingle、とアルマはドレスを閃かせ、夜空に銀色の軌跡を描き、レドナーに向かって突き進む。レドナーは銃を構えて向かい撃つ。心臓を握りつぶす様な音と共に、灰色の魔弾がアルマに向かう。全部で十。その全てが必死であり、全て当たれば十度死ぬ。
「〈シエル・シェル〉」
Ding-Dongと十の弾丸が空気の壁により、ある弾は空や床に飛び、ある弾は砕ける。アルマは止まらない。距離を詰めて小さくだが鋭く太刀を振り降ろす。
「〈A・B・A・Q〉」
レドナーがそう言った瞬間、Crackという何かの割れる音がする。そして何の変哲もなさそうな腕で、鉱物のように太刀を防ぐ。
アルマは何度も斬りつける。いや、正確に言えば一振りだ。上段、下段、突きからの返し、回転、また上段……それらは流水の如く、一筆描きの如く連続し、加速する。
更に〈シエル・シェル〉、宙に氷の塊が生まれる。既に空気の盾がそうである様に、このギフトは手の内だけに留まらず己から離れた物質を圧縮できる。さながら自分の手札以外の場所から好きな札を選ぶ様に。この空間を自己領域と言い、現在の基本範囲は己を中心とした直径903cmの球体だ。体積を越えねば中心の外れた楕円体や三角錐も可能である。尤も、空間ごと圧縮すれば限界体積など誤差だが。
此処に対象を弾丸の様に放つ〈銃謳無尽の鋼進曲〉が加わればどうなるか。
「必殺――『天の光はすべて星』」
こうなる。まるで宇宙を光速で飛ぶと同心円状に見えるとされる、SFの星虹。全の流星群と共に、一の彗星が突き進む。剣戟は激流、弾丸は雨。まさに神話の大洪水。一瞬も眼を逸らせない。光が目に焼き付く。
が、それは能力を最大限に行使出来ればの話である。今のアルマは色々と忘れていた。
しかし、それでも大丈夫。雨の中でもベンチで見ててくれている人がいるから。
けれども、今は、今は、今は――
不意にレドナーが後退した。だが体勢が崩れている。その隙を逃さずアルマが斬る。
だが死に体はフェイクだった。左腕で太刀を受け止められた。
ここぞと振り下ろした動作はアルマから柔軟性を奪っていた。その硬直状態を逃がす事なく、逆にレドナーが銃弾をアルマの腹に叩き込む。だが〈シエル・シェル〉で防御する。結果、弾丸はアルマを傷付けず、吹き飛ばされるだけに留まった。
――吹き飛ばされる? 先は軽く防げたのに。
「徐々に弾丸に込める敵意を強くする。早く本気に成れ。今の腑抜けたお前に勝っても、意味は無い」そう言って、レドナーは魔法の呪文を唱えた。「〈A・B・AQ〉」
それがスキル名。Crackと割れる音と共に、レドナーの右手に灰赫の星が燃える。
同時に銃声が響いた。アルマは弾丸を予期する。だが弾丸は無い。代わりにレドナー自身が跳んで来た。加速無しに、まるで弾丸の様に超音速で。
アルマは迎撃を試みる。太刀を居合に構える。一秒を更に分解、0.1、0.01、0.00000――レドナーとアルマの距離に比例して、アルマの時間が限りなく0に近づいて行く。集中、集中、集中……今ッ!
紫電一閃、アルマの太刀が閃いた。だがレドナーはそこに居なかった。必死の斬撃は外れたのだ。しかしアルマは間違えてなかった。ただ与えられた問いに間違いがあった。
レドナーは超音速で直進し、アルマが太刀を振る一瞬前、減速せず超音速で後退したのだ。それも直線の反転で。ありえない。まるでトンボである。
無論、そのありえないは日常の感想。その程度で驚き、この舞台では御噺に成らない。
事実、驚いている暇はない。アルマが太刀を振り終わる前に、レドナーは其処から更に反転。アルマは太刀を戻そうとするが勢いに乗った動きは止められない。死に体だ。解っていても動けない。無防備な胸にレドナーの脚が突き出される。
が、〈シエル・シェル〉で防いでいた。しかも飛ばされる事も無なかった。振り抜いた太刀を地面に突き刺し支えにしたのだ。
更に、アルマは右手で拳を作り、レドナーに捻じ込んだ。ギフトはない。だが彼女は素手で戦車に穴を開ける。その攻撃で、レドナーは防御したが吹っ飛んだ。今度こそに本当の隙が出来た。いや隙でなくとも構わない。相手のフェイクごと叩き斬る。
「〈A・B・A・Q〉」
銃声がした。だが放たれた弾丸は見当たらない。代わりにレドナーの姿がまた消えた。しかも今度は360度何処にも居ない。
(けど、消えた訳ではない。是は、そう、高速移動……)
それが、レドナーが口にする〈A・B・A・Q〉というスキルの効果なのだろう。恐るべきはその初速度。戦闘において速度は重要だが、それは必ずしも最高速度の事ではない。殊に近接戦闘において間合いは一瞬。ならば大切なのは最高速度ではなく、初速と加速速度である。そしてレドナーの初速と加速は弾丸のソレだった。それに加えてあの曲線を描かない直線軌道、まさに電光石火、雷の如し。
だが、移動だけのスキルではない様だ。少年漫画に置いて高速戦闘は常だが、現実に置いては様々な問題が付き纏う。慣性や重力加速度が内臓を潰し、空気抵抗や反作用が身体を殴り、砂埃など目に入っただけで致命傷だ。戦闘機がトンボのように飛べば、パイロットがハンバーグかバターに成る。如何に速かろうと操作性が無ければ意味がない。そしてそれを問題にしない効果が、〈A・B・A・Q〉には在るのだ。
慧一が遭遇したあの夜の闘いもそうだった。彼のスキルは一つというのに、様々な効果を持っていた。確認しただけでも十と三。アルマには彼のスキルの正体が解らなかった。何時も見守ってくれるあの人が居れば、何かを教えてくれたかもしれないが。
いや、どのみち、教えを乞う事は無い。あまり頼っては駄目だ。何時か、自分もまた独り立ちせねばならぬのだから――
「上だ」思考に没頭し過ぎた。言われた方向に眼を向けず、横転するように同時に太刀を振るう。しかし、其処にレドナーは居なかった。代わりにまた銃声がしたかと思うと、衝撃が横から来た。地上にいたレドナーに蹴飛ばされた。「本当の事を言うものか」
外傷は空気の壁が防いだが、衝撃までは防げない。アルマは吹き飛ばされた勢いで距離を取り、更に空に向かって飛びあがった。それを追撃する様にレドナーが撃つ。対してアルマは左手を突き出してL字に構える。身体言語が意味を成して具現化する。
「〈以身伝心〉」
指先から魔を貫く銀の弾丸が放たれる。全部で四十二。さながら夜を斬り裂く流星群。レドナーの弾丸を撃ち落とし、更にレドナーに向かって突き進む。
「〈A・B・A・Q〉」
レドナーは腕を胸の前で交差した。盾のように。弾丸はレドナーに当たるが、粒子となって霧散した。効果なし。アルマは着地すると同時に別のギフトを行使する。
「〈祝詞宣言〉!『言霊は我に味方せりッ! さすれば私は雷と成りて空を駆ける!』」
アルマが強く鋭く叫んだ。地面を踏み砕き電光石火、一歩でレドナーとの距離を詰める。だがレドナーはそれを見越した様にアルマの額に銃口を向ける。しかし引き金を引くのと同時に、アルマの姿は掻き消えた。
「上です」レドナーは言われた方向に弾丸を放った。事実アルマは其処にいた。だが弾丸は斬り裂かれた。アルマは落下する力を乗せて太刀をレドナーに叩きつけた。しかし、レドナーは銃声と共にそれを避けた。「本当の事を言いました」
「その様だ」
応答は平坦。感情を込めず確認を報告したという体だった。
戦闘は、終始この様に静かに行われた。BGMなどは無い。在るのは剣戟と銃声だけ。ただ淡々と、タンタンと、踊る様に軽やかに二人は交差する。光を散らす。両者の力は星の様に凄まじく、同時に星の様に静かだった。
「〈A・B・A・Q〉。『言霊は俺が支配した。故に俺の脚は相手を砕く』」
「あ……」
その「あ」は合点がいったときの「あ」であった。
レドナーは飛び上がってアルマに向かって蹴りを入れた。アルマは太刀で防ごうとしたが硝子の様に砕け散り、ボールの様に蹴飛ばされた。
「〈シエル・シェル〉」周囲に氷の塊が出現する。全部で百。「〈銃謳無尽の鋼進曲〉」
銃も火薬も無く、宙に浮いた塊が超音速で放たれた。
「〈A・B・A・Q〉」その言葉と共に周囲に鋼塊が出現する。全部で一。しかしその大きさは百の弾丸をもってもまだ足りない。「〈A・B・A・Q〉」
更にその塊は、銃も火薬も音も無く、その言葉通りに放たれた。圧倒的な質量を持った武骨で巨大な力の塊。百の弾丸を全て食らい、大気を押し潰して進撃する。
「〈我が道を往く〉」
アルマは塊に働く力のベクトルを操作した。しかし押し返すには相手の質量がデカすぎる。なら軌道を逸らす事に徹底する。弾丸は見事に砕け散った。
砕け散った? そんな事は望んでいない。ならば何故。答えは明白。レドナーが自分で砕いたからだ。鋼塊の陰に潜み、アルマに近付いたのだ。
「〈A・B・A・Q〉」
そして四散した塊は意思がある様に方向を変え、なおもアルマを狙っている。それら砕けた鋼を先行させて、その後ろにレドナーが弾丸の様に突っ込んでくる。どうする。目の前の塊をクリアしても、後ろにレドナーが控えている。様々な選択肢が並ぶが、今はそれを選んでくれる人はいない。ならば、もう選ぶまい。問題ごと引っ繰り返す。
突然、アルマを中心に爆発した。熱も光もない、風だけの爆発。〈シエル・シェル〉の奥の手だ。空気を圧縮した状態を防性防御とするのなら、これは空気を解放する攻性防御。鋼のように圧縮された大気が暴風と成り、迫りくる弾丸を吹き飛ばす。
だが、それはあまりに大雑把で、一時的な処置だった。
「〈A・B・A・Q〉」だが、レドナーは止まらない。風がレドナーを避けている。そこにアルマは違和を感じた。しかし感じて当然と思った。何故かは解らない。ただ、その風は意図的に風向きを変えられているのが解った。まるでベクトルを変えられた様に。「使ったな。〈シエル・シェル〉は一度攻性にすると、再び防性にするのにラグが在る」
考えても意味は無い。己は考える役ではない。それは彼だ。己は闘うのみ。
アルマは太刀を槍の様に構えた。相手は生身の突撃。銃を撃つ気配はない。ならば己に分がある激突。そう確信し、アルマは太刀を突き出した。
が、そうは行かなかった。レドナーが突き出された太刀に左手を出した。その途端、太刀にヒビが入ったかと思うと、硝子の様に砕け散った。何が起こった。いや解る。これはベクトル操作だ。分子結合を操作したのだ。もはやアルマに太刀はない。
一瞬、ベクトル操作により辺りの重力を掻き集めレドナーに向かって放とうとする。しかしそれは無駄だと解っていた。故にその重力を自分に当てた。離脱ではない。己等に離脱は無い。向かい打つだけ。アルマに強引な重力が掛かり、その分だけ加速する。此方に向かってくるレドナーを向かい打つ。拳を固め、振り被り、相手に向か
「何を非効率な事をしている」また銃声の音とともにレドナーが消えていた。しかし先にアルマの上を取ったのと同じ様に、撃たれた弾丸は何処にもない。「上だ」
咄嗟に声のした方向に眼を向ける。今度は、事実、レドナーが上に居た。弾丸が来る。アルマはその銃口から眼を逸らさない。
「〈シエル・シェル〉」
Ding-Dong、とアルマの右手が光り輝き、見えない壁が形成される。
「違う」
しかしその殻は呆気なくレドナーの凶弾に撃ち抜かれた。アルマは貫通した弾丸を何とかかわす。回避している間にもレドナーが間合いを詰める。
「〈ブレイズ・アルター〉」
Jingle、とアルマの右手が光り輝き、一瞬で太刀が現れる。この刃は、何度折られようと甦る。相手に向かって振り被る。
「違う」
しかし、その太刀はレドナーに当たると同時に砕け散った。
「あ……」
その「あ」は意味の無い「あ」だった。何かした方が良いけれども何をすべきか解らない時の、無意識なお茶濁しの「あ」であった。
アルマには色々と忘れている今でも天多の手札があり、適当にブッ放しても大抵効く。だがその適当が出来なかった。剣は自分で歩かぬ故に。
銃声がする。また銃弾は無い。代わりにレドナーが超加速。
その音と速度はまさに春雷。アルマは成す術も無く、巨大な脚に圧し潰される。地面に蹴られる。背中から落ちる。大きなクレーターが出来上がり、同心円状に亀裂が入る。コンクリートの破片が粉塵に舞う。煙が演出効果の様に辺りを漂う。
「……もう解っただろう」
レドナーはアルマの腹を腹を踏み、言った。アルマは手足を広げ仰向けになったまま、押し潰された様に動けなかった。抵抗しようとするベクトル操作も、同種の力に打ち消される感じがした。そう、「同種」。なら、やはり――
「肯(Yes)、解りました。貴方のスキル〈A・B・A・Q〉……いえ〈勝利への影光〉は、相手の能力を使う能力ですか」
それ故の高速移動。それ故の高速移動に対する問題の対処。先程からの瞬間移動は、アルマのギフト〈銃謳無尽の鋼進曲〉を用いて己を撃ち込んでいたのだ。そして高速移動に対する問題の対処は、〈空の殻〉か〈我が道を往く〉という所だろう。
それだけではない。その他にもアルマが忘れているギフトも使えるとしたら、手札の数によるデメリットが一挙にメリットに成る。アルマにとって、まるで何処に置いたかも忘れた武器で攻撃されている様な気分だろうか。
「そうだ。『能力模倣』、少年漫画のありきたりだ。彗星から零れた流星であり、束の間の蝋燭に踊る影法師だ。
だがお前は違う。お前は星だ。誰かに照らされる脇役ではなく、陽のあたる居場所を自ら外れ光そのものになれる花形だ。如何なる神話の剣もお前を殺す事は叶わず、如何なる想像の盾もお前を防ぐ事は叶わない」
「私も敗れる事はあります。絶対などありません」
「絶対だ。先代の【魔法の箒星】はもっと強かった。この俺では到底叶わない……」
そこまで言って、レドナーは不意に口をつぐんだ。喋りすぎた。しかしそこで口を閉ざすのは更に悪く、中途半端は止すべきだった。だから、アルマは淡々と言った。
「貴方は私に倒されたがっている様に見えます」
ヒロインに引っ張り回されるには、男のプライドは強すぎた。
アルマの胸元で血が弾けた。レドナーの弾丸が撃ち込まれていた。続いて左腕、右太股、腹と撃たれる。骨まで食われ、身体を穢される。
しかしアルマの表情は変わらない。まるで人形。眉は痛がらず、無意識の反射も無い。
「俺をサリエルというか、運命に祝福された『アマデウス』に嫉妬する」レドナーは独白する。「だが然りか。もう、俺は自分が何をしているのか解らない。雨にも感じず風にも感じず、今が何時か解らず、如何なる欲もなく、決して眠れず、感情も忘れ、木偶の坊のように、茫洋と生きている」青い冬に灰の銃声が響く。「ただ、冷えついた銃の身体に、お前を倒すという意志だけが火薬と成って心を撃つ。放たれた後の事は、考えていない。餓鬼の様に」黒い舞台に赤い血が流れる。「それを敵意だというのなら、それを上回る正義で俺の蝋の羽根を溶かしてみろ。呆気なく爽やかに、問答無用の正義で叩き斬って魅せろ」
ガチリ、と逃げ出したくなる叫びがする。影の様に何処までも追う死刑宣告がする。巨大な銃身は圧倒的で、真っ暗な銃口は絶望的で、撃ち込まれる弾丸は致命的だ。
「撃ちたければ撃てばいいです。殺したければ殺せばいいです。それが貴方の望む事なら。そして何度撃たれ、何度死のうと、私は貴方を倒します」
しかしアルマはその暴力をしかと見つめた。眼を逸らさず、落ち着いた双眸で相手を見た。レドナーの顔に表情はなかった。ただそんなアルマを見つめていた。
「そうか……」男は小さくそう言った。冷たい表情をした口元から、白い息が僅かに出る。冷え切った銃身を右手に握り、夜を照らさない灰色の光をゆらし、地獄の門の様な銃口をアルマに向ける。「ならば倒して魅せよう。お前が倒れるまで、何度でも」
男は静かに、引き金を引いた。
……第六幕・終
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