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白き昼の夢 Of all the characters in all the stages in all the world, the star falls into me.

 第一幕『白き昼の夢 Of all the characters in all the stages in all the world, the star falls into me.』


 空を浮いている。夕焼けに染まる世界に輪郭や影は無く、色も形も大きさも曖昧だ。思考が定まらず、意志は無い。居場所が解らず、行く当ては無い。己が呆とし、成りたい者はいない。それ等に疑問はない。ただ茫洋と揺蕩う。羊水の海の胎児の様に。

 ああ、またこの夢か。俺は何時も思うんだ。

 今、自分は起きているのだろうか――そんな疑問が何時もした。何時も眠たくて、起きているのに現実感が無かった。恐らく、自分は死ぬまでこうなのだろう。「ああ、今日もが沈む」と、明日には忘れる焦燥感を来る日も来る日も想うのだろう。

 自分が空に浮いていると、世界が回る分だけ置いて行かれる。時速1700kmの速度で、人や街は先に行き、やがて遠くに見えなくなる。自分が居ても居なくても、世界は今日も簡単そうに回る。自分が何をしなくても、ちゃんと回ってくれるのだ。

 その事に、自分は――


「……ん」

 気付くと、俺は自分のベッドの上に居た。何時の間にか眠ってたんだ。

(何時の間に帰ったんだ? まあ、昨日をよく覚えてないのは何時もの事だが。しかし、何か夢を見ていた気がする。確か、廃墟の屋上で……駄目だ、思い出せない)

 自分の部屋だった。というより、家だった。大学のため実家の田舎から飛行機一時間で上京し、マンションの一部屋を借りて一人暮らししていた。住んで三年。築いて三十年。大きさ十畳の1K。家賃六万円。ソレが高いかどうかはアルバイトもせず親の仕送りに頼る俺には解らない。ただ立地条件は悪くなく、住み心地自体に不満は無い。

 実家から送られる米などの入った段ボールが部屋の隅に積まれ、服が散らばり、床はよく見るまでもなく掃除してない。カーペットはアイボリーではなく髪と同じ色にしておけば良かったかとたまに思う。家具は従兄からの古い貰い物や量販店のシンプルな物が一式揃っているが、安物でいいと言ったのに親の買った大きな新しいTVが場違いだ。机には椅子が無く、座布団を敷いたベッドを代わりにしているのでそこだけ凹んでいる。部屋の音は時折に唸る冷蔵庫の音と一定のリズムで時を刻むアナログ時計の音だけだった。

(まあいい。忘れるくらいなら、さして重要ではないのだろう)

 俺は起きようか迷った。最近、とても眠くて、何もない時は昼まで寝ていた。そうすると流石に腹は空いて気分は悪く背骨は痛くて散々だった。それでも無理に寝ようとした。そうすると、酷い疎外感に苛んだ。虚しくなった。世間に置いて行かれる気分で、漠然とした不安に襲われた。「これでいいのか?」と。

(でもそんなもんだ。疑問しつつ、妥協して、何となく生きるんだ。そうだろう?)

 カーテンから光が差す。もう十二時だった。今日の予定を考える。三時限を一つだけだっただろうか。大学へは徒歩十五分。まだ小一時間ある。朝食も昼食も食べる気はない。何時もの事だ。ならもう少しだけ寝ようと布団に潜る。

 ずっと眠っていたかった。安心に浸りたかった。このまま自分の知らない内に、誰かが何もかも終わらせてくれれば――

(けど、そう言う訳にはいかないよな)

 休んだ分を取り返すのに余計に疲れるだけだ。そういう事を俺は知っていた。そして未だに疲れていた。反省する気がないのかもしれない。

 だが、今回は起きよう。眠る気分でもない。だから暖かい場所から寒い場所へ。ああ、目を開ければ此処じゃない何処かであれば……あれば、どうなのだ? 何処かに行きたいけれど、目的地は無く、目的地でする事も無い。

 莫迦な考えは止めて、準備をしてさっさと大学に行こう。部屋に居てもやる事は特にない。昨日の日記、特になし。今日の日記、特になし。明日もきっと、特になし。そうと解ればキリキリ動け。それでいいな? 俺に訊くなよ。俺には何にも解らない。


「笑劇と道化の話をしよう。と言いたい所だが、中には喜劇と笑劇の違いが解らん者も居るだろうので、先ず其処から語ろう。両者はルネサンス、即ち宗教改革などによりもはや今迄の様に無垢に神が信じられなくなり、ニーチェよろしく神は死んでいく時代に流行した劇だ。喜劇は、ギリシア喜劇というように笑劇より古典であるが、笑劇が流行する時分には忘れられた分類であり、それが再び現れるのは16世紀中期だ。一方、笑劇は15世紀前後に流行した世俗劇の一種であり、宗教劇を風刺した劇だ。しかし負の感情は無く、いわゆるハレの関係で、むしろ楽しい祝祭空間を作り小難しい宗教を聴き易くする光に対する影と言える。つまり、神を否定しそこから復活させるというイエスよろしくな――が、これは一般的な演劇史の話だ。私にとって、両者の本質的な違いは笑いに在る。即ち、喜劇はハッピーエンドな大団円・唯一神・社会主義・秩序・合理性・ユートピアの笑い、笑劇はそれ等が崩壊したナンセンスな混沌・不条理・桃源郷の笑いである。笑劇は喜劇の一つでは無く、喜劇の先に在るのだ。そして喜劇を笑劇に昇華するのが道化――喜劇と悲劇が善悪二元論なら、笑劇は相反する二元論を相生し相克する陰陽思想――では、笑いが下品で不道徳なものと忌避された。人は不幸だから神に祈るのであり、ならば笑いは神の威厳を損ない殺すのだ。これは神道の岩戸隠れに描かれる日本最古の道化たる天宇受賣命とは全く異――らば、宗教改革後のルネサンス文学の笑いは、抑圧から解放された生への歓喜と言えよう。かくも笑ってはいけない場面でつい笑ってしまう様に、ナンセンス文学が無意味というより意味の過剰である様に、太陽の塔で有名な岡本太郎の言葉を借りれば、『笑劇は爆発だ』なのだ。常識に抑圧されるほど輝く核融合で、超新星で、パンクで、無頼派なの――神と言えど、所詮は人間の考えた神だ。時と場により幸福の定義が変わる様に、限界が来る。そこで道化が必要なのだ。必要悪という革命が――道化は無法だ。だが時にシェイクスピアの『リア王』や『夏の夜の夢』の様に、混沌の空想さえ風刺し、機械仕掛けの神の如く舞台を秩序の現実へ引き戻す。初めに法が在ってその後に罪が在る様に、何かを正そうとしてズレが生じるなら、いっそ全てを否定し、以て全てを肯定――道化は第四の壁を越え空想と現実を行き来する妖精だ。いやそも、夢と現の区別が道化には無い。其処に在るは、世界劇場の心意気だ。世界劇場とは古典的な概念だが特にルネサンスに流行したもので、即ち舞台と客席の区別なく―に比べ、現代は逆に現実を空想化している。「この世は舞台、誰もが役者」ではなく、「誰もが観客」だ。例えば、戦争映画などシミュラークルだ。TVのドキュメンタリーが不幸を語れば語るほどリアルはフィクション化される。ネタにされ、知ったか振られ、対岸の火事と成――東京でも其処らの駅という一等地にホームレスがゴロゴロしている。しかし観客はあからさまなヤラセに辟易するが、リアルにも――感動させるストーリーに付け込んで説教など吊り橋効果なプロパガンダだ。大体、己の正義を己以外の役者に語らせている時点で可笑しいではないか。その時点で作者の敗北は必死――真の悲劇は無劇だ。お噺に成らな――」

 講義の教師がアジっていた。場所はマイクを使うほど広い大教室だ。俺は後ろに座り、PCを操作しながら大して身も入れずに聞いていた。別にわざわざ前の席に座り寝ている剛の者よりマシだ。アレはヤなものだ。誰もが頭を垂れて同じポーズ。オセロかよ。頬杖ついて誤魔化そうという気力もないのか。まあ、俺が言える立場じゃないか。

 けど、きちんと聴く人もいる。だからと言ってこの講義にどんな価値があるのかどうかは解らんが。いや価値はあるのだろう。でないと大学なんかにいやしない。なら価値がないのは、その価値を判断できない俺なのだ。

 だからこそ思う。とっくに腐臭という名の加齢臭が始まっていそうなこの教師は何故そこまで熱心なのか。そんなに伝えたい事が在るのか。その労力は報われるのか。

 Boy! あーあー、皆、真面目だよなあ。遊んでるアピールして、裏ではちゃっかりしてるんだから。その点、俺は、外面は取り繕っているものの、内面はグータラだ。けどこんな俺も受験戦争を勝ち抜いた訳で、世間的には相応に真面目なのだろう。

「――さて、日本の道化には二種類ある。太宰治と坂口安吾、即ち、デカダンとパンクである。無論、どちらも気狂い――『人間失格』の何が人を惹き付けるのか。それは主人公の悲劇ではなく、文章の格好良さだ。水も滴る言葉で助けを乞えば、そりゃあ女房の股だって濡――だが太宰治はコメディアンに成り切れなかった。道化は軽やかだが、それは何も持たない茫洋――解釈は人それぞれ? 下らん。『人間失格』は他者を理解できない、他者に理解されない茫洋を描いた作品だ。なのに知ったかで共感されたら、それこそ道化ではないか。文学的敗北ではないか。本氣に議論をしない青年たちめ。どーせ太宰治つっても『人間失格』しか知らん癖に。せめてWikiで作者の経歴くらい調べろ。共感したなら太宰治よろしく死ね――だが、死ねば幸福も不幸も無い。だから坂口安吾は『キリストと不良少年』でかく語る、『それでも生きろ』と。第二次世界大戦の日本の敗戦は、神が信じられなくなったルネサンスと同じだ。故に、坂口安吾は道化る。日本の敗戦を悲劇にし消費される娯楽にするくらいなら、涙を飛躍し笑劇へと昇華――大体、『黄金風景』や『正義と微笑』には生きようとする意志が在る。人の一生を本で語れるか。語れるなら浅すぎる。そも作者が本心を書いているとでも? ノンフィクションがリアルとイコールとでも? 純だな。ま、知らない方が楽しめ――」

 全く世界は解らない。普段使っているPCの仕組みは解らないし、前の生徒は何を熱心に携帯の液晶を覗いているのか解らない。何がそんなに可笑しいのか、自分の莫迦さ加減に辟易しないのか、将来に希望を持っているのか、列車で前の席に座ったお姉さんの豊満な乳が本物リアルなのか偽物パッドなのか、風物詩の様に一発芸を流行させ一月程度で蒸発する芸人はその後どうしているのか、俺には何も解らない。

 ボカァ思うよ、何故、学校は教えてくれなかったのだろうか。何を? この世界の生き抜き方だ。世間のやり方だ。それは何処で教えてくれるんだ? 身の丈に合った熱中できる夢を、茫洋の誤魔化し方を、現実は甘くないという事実を。『地球へ…』よろしく大人になる手術でもするのか? そんなの俺は知らないぞ。

 ――無頼派は阿保だ。己で路を外れ自分を含めて何もかも莫迦にする癖に、そんな莫迦に己を認めて欲しいのだ。自己満足オナニーを見せつけたいのだ。それで喜ぶ読者はスカトロだ。どーせ何処が面白いか語れねー癖に。飽きたら別の物語を読む癖に。現実の結核や肺炎すら見た事ないのに架空の不治の病で感動してんじゃねーよ。全く、お前ら本当に、これでいいのか!? だけどこんな議論を仮に百万年掛けたって世界中の「オマンコシヨウ」は半分も消せやしない。私だって『火垂るの墓』を見ながら食うホールケーキは美味い。ムカつくぜクソッタレー。ああもう疲れた帰って寝る。

 けど本当はそんな事で悩んでいるんじゃないんだよ。感じた事ないか? あのどうしようもない遣る瀬無さを、漠然とした不安を、行き場の無い焦燥を、粘りつく倦怠を、現実感の無い浮遊を、一日中の眠気を、世界の溜息を。こんな考えは脳裏の奥に癌細胞の様に取りついて、死ぬまで消えてくれないのだろう。だがそれでもいい! 上辺の同情なんてまっぴらだし、流行につられた共感なんてゴメンだ。お前等なんかに、俺の気持ちが解ってたまるか。俺はそんな浅い人間では無いのだッ! 

 ……だが、本当は誰もが気付いているはずだ。何に? アレだよアレ! けど気付かないフリをしてるんだ。本気に成るのは疲れるから。だから曖昧に笑って道化を気取る。夢がどうしてぼやけているか知ってるか? 素面で見たくないからさ! そういうもんだろう? それともお前ら素面なのか? ネットで不幸だ何だと書き散らしてるのは嘘なのか? そんな訳あるもんか。俺はごく普通の一般人なはずだ。こんな考えありきたりなはずだ。俺だけが悩んでるなんて嘘っぱちだ! でないと皆、自殺か何かで絶滅だよ!

 誰か助け――


「もし、起きてください。……もし」

「……ん」

 眼が覚めると既に講義は終わっており、辺りは生徒達の雑談に満たされていた。

 ――何食べる? またブギーマンが出たって。今日もバイトだわー疲れるわー。『ポップ』じゃなくて? 今時、オカルトかよ。あの正義の味方? 寝てて何も聞いてなかったわ。俺は化物って聞いたけど。俺は『日本ひきこもり協会』。最近は物騒だな。社会が情報化しただけさ。今日七時限まであるんだよなあ。そういや、最近、野良犬や鳩が殺されてるらしいぜ。あー、何か玩具を使った組織犯罪が世界中で流行ってるとか。世界って何処の世界だよ。大熊像も落書されたとか。それは許せんな。あらゆる気狂いも我等は許すが、それだけは駄目、絶対。でも犯罪者は幸せな夢を見てたように呆けて犯罪の記憶が無いらしい。何その『攻殻』染みた笑い男、新聞のネタにして良い? お前等のサークル、そろそろ税務署に眼ぇ付けられるぞ。そんな事よりご飯じゃーッ! うるせえ。

「すみません、お時間よろしいですか?」

 こういう時、独り身は困る。起こしてくれる奴がいないので、起きたら次の講義が始まっている時があれば、一人眠りこけている時もあり、教師に起こされた時など最悪だ。

 大抵はどんな不幸自慢な物語でも悪友の一人はいるもんだ。その方が青春だ。けど俺は本当にソロプレイヤーだった。せめて『ノルウェイの森』よろしく自殺した友人の一人や百人いれば……阿保か。演出の為に悲劇の役者を望むなよ、携帯小説じゃあるまいし。

「もし、すいません。少しお話しても宜しいでしょうか?」

 しかし、こういう事も何度も経験すれば、講義の終わる空気を感じ取れる様になっていた。地下鉄で寝ていても降りる駅に着いたら何故か起きるアレである。……いや、アレは他人と眼を合わせたくないから寝たフリをしているだけなのかも。

「もし……」

 服を引っ張られた。いや、声には気付いていたが、俺に対してと思わなかったのだ。

 兎に角、引っ張る手の主を見ると、そこには、夜のように深い海色の膝より長いドレスを着て、ドレスを衒わぬよう雪色のコートとタイトな布の手袋をし、ドレスに似合わない赤いハンチング帽を野球選手よろしくひさしを後ろにして被った、少女がいた。

 人形かと思った。無論、人形ではなく人間だ。だが人形ど思わせるほど玄妙な外見と、幻妙な雰囲気を持っていた。大学生、にしては幼いな。モグリの高校生か? そしてこんな所でこんなお嬢様な格好とは、趣味なのかコスプレなのか何処ぞの制服なのか。

「ああ、ゴメン。俺に用?」

 しかし俺はそんな疑問を押し隠し、余所行きの笑みを浮かべ、気さくな口調で応えた。友達はいないが、見た目を取り繕った世間をやるのは得意である。無頼派なのだ。ニュースで「まさかあの子が~」と言われるサイコパスとか、『人間失格』なお道化のサーヴィスと同じである。……尤も、俺はあんな気狂いと違って正気だが。正気なはずだ。

「肯。『俺に用』です。少し付き合ってくれませんか?」

 対する少女は、無表情で淡々とそう言った。意図が解らない。俺は相手の思惑を把握しようと、相手をよく見た。しかし、見れば見る程、正体が解らなくなる。

 何せその姿は白の太陽にて虹の万華鏡。星座の神話、イデア。色即是空。「ただ名前ばかりがシャボン玉のように膨らんだ夢幻の恋人」。ミロのヴィーナスが両腕の喪失により特殊から普遍への巧まざる跳躍を成した様に、その美しさは見られる相手の姿ではなく見る自分の思想により、無限に変化し増幅し収束すると思われたからだ。

 素晴らしい女性だった。

 幼くも整った顔、長く豊かな黒髪、象牙の塔よろしくスラリとした背丈、透き通った無垢な肌、眩しい太腿、滑らかにS字を描く腰の括れ、ゆったりした服で解り難いが淫らではなく健全に膨らんだ胸、柔らかそうにもしなやかに引き締まった筋肉など、肉感的グラマーなスーパー・モデルの様だった。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。人が自然の幾何学な黄金比に絶対の神を見出し、親に抱かれた子の様に安堵する様な、幸福な恍惚が在った。

 而して同時に、利発そうな深い夜色の双眸と落ち着いた神秘的雰囲気はそれ等を決して主張せず、育ちの良さが見える礼節な動作はその場に溶け込む。まるで貞淑に主人に付き添う嫋やかな大和撫子か、夜の湖畔で静謐にだが確かに輝く月か、悲劇にも微笑んで撓み戯れる妖精の様。それも笑劇の道化のように、空想と現実の境で、「最も微妙に、この人間の「観念」の中に踊りを踊る妖精」の様だった。

 いや女とか男とか、そんな俗的な分類はどうでもいい。芸術や星や神の美に性別が無いように。於戯、彼女こそは、「完全無欠」。「命を捨てようという美しさ」。「花咲く森を行くディアーヌも、パリの街を駕籠で行く、ただ歩む、あの人の姿には遠く――

「……って、あれ?」

「どうしました?」

「いや、君、何処かで会った事……」

 そこまで言って口を噤んだ。何だそのありきたりな口説き文句。らしくない。もっと言葉を選んでから喋れ。もしくは喋るな。一方、相手は何て事なしに応う。

「肯。会っています。覚えていて何よりです。私を屋上で飛び降り心中させた……」

「えぇっ。いや、アレは心中じゃなくて君を助け、いや確かに失敗……」と、そこまで言って思い出した。あの夜の屋上の闘いを。「そうか、君は太刀を持ってた……」

 しかし思い出したものの、現実感がまるでなかった。夢心地であった。ていうか、え、何、心中? そうだ、確か俺は、屋上から、落、ち、た、よ、う、な……?

「ご無事で何よりです。けれども、『一応、無事かどうか自分の眼で確認したいから』、と私のマイスターが言っていますので、暫しお時間を下さればこれ幸いです」

 少女は丁寧に頼んでお辞儀した。が、俺の方は戸惑っていた。何をされてしまうのだろう。『メン・イン・ブラック』よろしく記憶を消されたら――しかし、付いて行かねば話が続かなくてどのみち終わりか。

 なら付いて行こう。長い物には巻かれろ、だ。


 あの方です、と教室から出てすぐ彼女は指差した。

 教室の下はカフェテリアとなっており、上から其処が見渡せる。遅い昼食を食べていたり、ただ友人と駄弁ったり、休憩したりする人が見えた。そんな憩いの場の一席に、此方に手を振る男がいた。俺と少女は其処まで行き、少女は男の隣に、俺は訝しげに慎重にかつ何気ないように男の向かいに座った。

「や、暇を割いてくれてありがとう。少し世間話したくてさ」

「いえ、別に良いです。もう予定ないですし……」

 俺は愛想笑いを浮かべ、気さくを演じた。相手の得体が知れないからである。

 男は、若そうに見えるが、恐らくそこそこ大人と思われた。何故かというと、何と言うか、サマに成っていた。物事をよく知り、まだ何も知らない事を知っている、実績に裏打ちされた自負と余裕が在った。後、煙草を吸っていた。煙草は大人の証だった。

「煙草じゃないよ、ロリポップ。禁煙だしね」男は人当たりの良い朗らかな笑みでそう言った。尤も、悪い奴というのは往々に、外面は良いものだが。「あ、君も要る?」

 俺は不意に言われた台詞に対し、頭を振って応える。

「残念。レアなのになあ」と言って、男は少女の目の前に棒付き飴を持っていく。すると少女はそれを咥えた。「じゃ、コレを返しておくよ。ちゃんと直ってるから」

 そう言って、彼はカッターナイフを渡してきた。どうやらあの屋上で少女にあげたカッターらしい。俺は、今度は「え、ああ、ありがとうございます」と曖昧に声で返事して、カッターをジャケットのポケットに捻じ込んだ。その動作を彼が見ていた。

「……うん、特に異常はなさそうだね。まあ、彼女なら異常無しにするけど。眼はいわゆる死んだ魚のような目をしてるけどね。いや、死にかけの蝉かな?」ハハハ、と軽く笑った。悪気はないのだろう。というより、彼なら悪口も笑えるジョークにしてしまいそうだった。「じゃ、次に何するかな。お前さん、昨日の事は覚えてるかね?」

「まあ、大体」

「それは上々でござい。なら、自己紹介でもしようかね。俺ァ――」

「(少女が唐突に)お腹が空きました」

「ん? そうか。君、自己紹介は後で良いかね?」男はわざわざ俺に訊いてくる。俺は頷いて応える。「ありがと。じゃ、何か買ってきなさい。お金は是で」

 お金を貰うと、少女は学食へ歩いて行った。大学の生徒に交じって物色する。

 不思議な事に、あれほどの美貌と恰好なのに、少女に反応する者は特に居なかった。勿体ない。非日常に会う最後の機会かもしれないのに。まあ、大学となれば色んな奴がいるものだが。緑の髪や、赤の眼や、世紀末や、ていうかパンクや。

 尤も、反応しないのも仕方ないかもしれない。少女の振る舞いは自然だった。月の様に綺麗なのに静かだった。非日常とは、己の異常さを衒わないものである。

「さっき学食を覗いたけど、色んなデザートが在るんだね」少女が入っていくのを見届けて、軽く男が話してくる。「パン屋もあるし、中々お洒落だね。食べた事ある?」

「あー、外食はしません。学食は高い割に微妙ですよ。ここらは店も多いのでソッチの方が良いです。無駄にカロリー高いですが。まあ、夕食しか食べないタイプなんです」

「何だそれ、省エネなのかい? それとも外食はお金かかる?」

「さあ……俺はアルバイトした事ないので、お金の価値は何とも」

 それを聴いて「成程」と彼は笑った。その笑いが俺に共感したものか、俺を莫迦にしたものかは解らない。ただ気取らない、気持ちの良い笑い方だった。男の喋り方はハキハキとして緩急があり、手や目線の動きも組み合わさり、何て事ない会話も楽しかった。きっと、こういうのが上手な喋り方なのだろう、と思った。

 そんな取り留めのない会話をしていると、程なく少女が帰ってきた。両手に一つずつ持った皿には、御握りや唐揚げやハンバーグやカレーやフライドポテトやパスタやサラダやパンやデザートやで面白い事になっていた。器用に山盛りされていた。

「盛ったなあ」

「盛りました」

 男の言葉に応う少女は、少し嬉しそうだった。尤も、無表情なのでそう思うだけだが。

 兎に角、少女はひさしを後ろにしたハンチング帽を前に正し、「いただきます」と日本風の挨拶をし、モクモクと食べ始めた。皿に盛られた料理は子供の様に奇天烈なのに、食事作法は貴族の大人の様に礼儀正しく、何だかチグハグな光景だった。

「何かケーキ一つくれないか」

「(口の中の食べ物をよく咀嚼してから呑み込んで)それは命令ですか?」

「応、命令」

「むう……仕方ありませんね」

「ありがとう、アルマ」その言葉に、少女は嬉しそうにした。無表情だが、雰囲気がそうだった。「さて、では噺を戻し……改めて紹介しよう。先の通り、彼女はアルマ」

「(深々とお辞儀して)アルマです、宜しければお見知り置きを」

「(釣られて礼をして)はあ、どうも御丁寧に。アルマ、ちゃん」

「『ちゃん』ってキャラじゃないさ」男は少女の帽子のひさしをまた後ろにやる。しかし少女はそれを戻す。それに男はクスクス笑う。「見た通り『セーラームーン』よろしくな戦闘美少女でござい。何でも言う事を聴く健気な子だよ。『私ぃは~トッペぇマぁ 貴方のシモベ~♪』ってな。アンパンだって買って来る」

「(口の中の食べ物をよく咀嚼してから呑み込んで)買ってきます」

 無表情のまま少し自慢げにサムズアップ。それパシリじゃないの?

「んで、俺はケイ。アルマのマイスター、剣の鞘、作家の編集者、ホームズのワトスンです。因みに、アルマもケイもコードネームさ。『The name is Key. James Key』ってね」

「貴方がウォットスン? ホームズじゃなくて?」

「はは、ボカァ狂言回しの脇役さ。それもベンチで子供を見守る大人の役でござい。笑劇の道化た影法師なのさ。『俺の人生は、台詞を付ける役だった』とね。解る?」

「はあ、まあ……」俺も大学生だ、『シラノ』くらいの衒学は在る。「じゃあ、俺も自己紹介をしましょうか。俺は……」と、不意に本名を言うか迷った。漫画っぽい名前の方がらしいと思ったからだ。だから俺はこう名乗った。「えーと、慧一です」

「マイスター、この人は偽を付いてます」何故バレたし。「それは私の天多あるギフトの一つ、〈食うパルプ・フィクション〉の力です。効果は『嘘を見破る』。ただし稀に何の嘘だったか忘れます。『黒サギさんたら読まずに食べた~♪』」

 無表情で歌う少女。で、さっきの嘘は覚えてるのだろうか。

「……はて?」

 この子、落ち着いてるように見えて実は何も考えてないだけでは。

(大体、「ギフト」って何なんだ。少年漫画の特殊能力か? そも人間なのか?)

「人間ですよ。『うる星やつら』でも『E.T.』でも『遊星からの物体X』でもありません。違うとしても白人や黒人や黄人の違い程度です。生物学的には解りませんが。まあ、私みたいなのが普通に成れば私も人間でしょう」独り言ちたつもりだったが、少女がそう応えた。それにしてもこの娘、無表情の癖に飯を美味そうに食べる。「そして『ギフト』とは、私達の組織の使う、超能力や魔法などを総称した、何かアレな力の分類の一つ、です。何か凄い能力で、何か凄い事が出来て、とにかく何か凄いん、です?」

 キーワード:何か。

「(ケイが笑って)今この子は重傷から回復したばかりで、ちと頭が弱いんだ。君も見たろうが彼女の力は少年漫画よろしくだ。だが現実に『フリー・ランチ』が無いように彼女の力もちゃんとエネルギーが必要で、そのエネルギー源の一つが記憶でね。記憶はその者の世界の結晶、いわば世界エネルギーなのだが、使えば無論、忘れるのだよ」

 え、何か今、凄い事をサラッと言った様な……。

「気にするでない。俺なんて三日前に食った朝飯さえ忘れるし、人生の九割は無意識だ」

 それは歳だからでは。或いは認知症では。

「とまれ、この前のは強敵だった。だから君には感謝している。君の意図がどうであれ、助かった。ありがとう」男は感謝した。しかし、当の俺はジッと黙った。「何だ、土手でエロ本見つけた様な顔して。確かに、今時は電子媒体だから紙は貴重だが……」

「どんな顔ですか。いや、感謝なんて久しぶりで、照れてました。こちらこそ、どうも」

「ハハ、何だそれは。中々に詩人だな」

「(アルマがくつくつ笑うケイを見て)? 何か笑う所ですか?」

「ああ、ここは笑う所だぞアルマ。笑え笑え」

「はあ……アーッハッハッハッハッハッ!」「ガッハッハッハッハッハッ!」

「あの、恥ずかしいんで止めてもらえませんか」

 凄い周りの人がコッチ見てる。しかもケイという男は笑顔で笑うのに、アルマという少女は無表情で笑うのが何だか不気味であった。

「クールだね、ステキだね。熱くなれなきゃ星は光らんぜ? ま、星じゃなくて、太陽に近付く蝋の羽根を持つ男も良いものだがね」

 ケイはやはり笑う。そんな彼を見ていると、つい和やかな気分に成って来る。

「けど私が死んだのは貴方の所為でもありますけどね。私には空を飛べるギフトもありますが、貴方が抱きしめたせいで身動きが取れず落ちました」

 そんな所に、不意に、しかし飽くまで淡々と、彼女は言った。しかしあまりにいきなりで、俺は「はあ。そうなんだ、すごいね」と曖昧にしか応じられなかった。なんて脈絡のない反応。まるでテンパった就職面接だ。

「けどご安心を。私には死を回避するギフトがありますから。例えば、〈我、埋葬にあたわず(ガングレイブ)〉。効果は『死んでも復活する』。既死快生です。また例えば、〈玩具修理者クオリア・ザ・パープル〉。効果は『身体を直す』。そこら辺の鉄パイプを骨に出来ます。例えば、〈BTTFリプレイ〉。効果は『任意の事柄を1ターン目に戻す』。必ずしもやり直す前より良い結果になるとは限りませんが」

「何そのチート。設定が意味解らん。初めてする一人暮らしのやり方くらいサッパリだ」

「貴方も死んでいません。〈片足は墓穴にありてわれは立つ(ダイ・ハード)〉。効果は『死に難くなる』。どういう原理かと言うと、つまり、あー、気合です」

「スゲーふわっとした設定。それ『ゾンビ』じゃない?」

 てか能力の数が凄いな。『甲賀忍法帖』や『ジョジョ』や『HUNTER×HUNTER』などのフィクションだと、大抵は「能力は一人に一つ」なのに。

「ああいうのは近代以降の分類の呪いに『グリグリモグモグ』された結果です。悪い訳ではないですがね。器用貧乏に成るくらいなら。しかし私はルネサンスの万能人。手札の多さは一等星。無法の道化のように多様な仮面を被り笑劇の世界劇場を演じます。

 攻撃系だけで言っても、例えば、相手を月世界旅行させる〈月が綺麗ですね(フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン)〉や、隕石を落とす〈ばいばい、アース(アルマゲドン)〉や、狂気を伝染する〈偏執症候群クトゥルフ〉や、他人の感覚を無理やり感じさせる〈鏡感覚ミラーエッジ〉や、相手の身体に寄生し生物的特異点を強制的に越えさせる〈二十億のパラサイト〉や、実無限的に如何なる存在量も1とし相手と対消滅する〈たったひとつの冴えたやりかた(スペル)〉や、敵味方識別(IFF)無しで皆やっつける〈そして誰もいなくなった(ファイナル・デスティネーション)〉など……」

 や、やめろー。

「正確には、歴代の一人に一つの能力を受け継いで足し算していってるだけだがね。遺伝子操作的な、『カードキャプターさくら』的な……っていう設定どう思う? 可哀想?」

 し、しるかー。

「けど私は特別な存在ではありません。地球に生命が誕生した確率は山の川にTVの部品を流して海で勝手に完成する確率と言われます。それに比べればどうって事無いです」

「そんな事言い出したら大抵のインフレ漫画がどうって事無くなるんだが。いや、そりゃ少年漫画よろしく派手な風の刃をやるくらいなら、地味な無酸素の方が強いだろうけど」

「逆に言えば彼女レベルでさえ非日常では日常という事だな」

「週末レベルな終末論ですね。『ある日……』プツンと人類が滅んでも可笑しくない」

「ガッハッハッハッハッハッ!」「アーッハッハッハッハッハッ!」

「あの、だから恥ずかしいんで止めてもらえませんか」

 凄い周りの人がコッチ見て……あ、見てない! もう関わらない様にしてるっ!

「さて、俺達がどういう奴らなのかはもう解ってもらえたと思う」

「ぢゃあ、大道芸人で良いですか? 本当は何者なんです?」

「国際連合NGO」

「嘘くさいっ」

「そういや、組織の名前って特に決まってないなあ。紀元前から在るらしいのに」

「怪しい新興宗教とかSCP財団的な組織ですか?」

「他にも仲間が世界各地に居ますぜ。『スタートレック』や『スター・ウォーズ』よろしく宇宙にも居ますぜ。実は君の大学の隣の席のあの子もごにょごにょ……」

「『妖精作戦』や『イリアの空』的な青春の香りがしますね。エリア51的な。いや、『トワイライト・ゾーン』や『ゴーストバスターズ』や『Xーファイル』の類か」

「いや、むしろ軍縮や銃規制や核廃絶の跡に残る……おっと、これは秘密だった。まあ、実行部隊は組織の三割も居ないけどな。半年も他のコンビに会ってないし。

 けどま、ハーレム漫画よろしく一人の男を奪い合う多数のヒロインより、逆ハーレムよろしく多数の男が奪い合う一人のヒロインの方が説得力も在って可愛いよな。因みに、こういう一部を見て他部も同様と思う認知バイアスをハロー効果という。そして俺の一番好きな妹キャラは『ライ麦』のフィービーです。帰る場所が在るから、冒険は映えるのさ」

「何の話ですか……。で、結局、貴方達は何をしている組織なんですか?」

「色々だな。民間軍事会社として戦争で壊れた街を五年で修復する大規模な事をやれば、探偵よろしく痴情の縺れを解決する個人的な事もやる。けどまあ、主に【敵】と闘っていますかね。『戦わなければ生き残れない!』、的な?」

「そのフラグは危険すぎるッ。一体何と闘ってるんだ……」

「まあ、社会の闇や巨大ロボやマヤの予言やノストラダムスの終末論や新興宗教や秘密結社や隕石やUMAや宇宙人や宇宙怪獣や外なる神や世の中のインチキや色々と。一番強かったのは、『はてしない物語』よろしくな透明と似て非なる『 』だったな。彼奴等は忘却。黒洞たる虚無。パラパラ漫画の空隙にて、概念ごと無かった事にする敗北者。負ける事こそ彼奴の力の源なれば、さて、これをどう倒したか……君、解る?」

「えー? あー、何処ぞの言葉遊びで言えば、NowhereをNow Hereにするとか、ですかね。後は、引き分けとか、もう考えるのを止めるとか……」

「おー、良いね。大きくかつ柔らかいな頭だ。素質あるよ、チミ」

(何の素質なんだろ……)

「後、旧約聖書のバベルの塔よろしく愚かな人間どもに試練を与える事もあるぜ?」

「わー、チープ。生真面目な人ってすぐ世界滅ぼすとか言っちゃうのよね」

「因みに今闘っている相手はおもちゃ会社『ウィッチ・クラフト』、略してWC。表向きには日常の会社だが、裏では非日常な事をやっている。因みに、玩具を造ってたのは初期の話で、今や食料、医療、ゲーム、アプリ、アパレル、出版編集、広告、芸能、芸術、不動産、貿易、金融、派遣、観光などなど、かなり手広くやっている超々総合企業だ」

「トイレ会社かと思いきや、人海戦術ローラーめいた見境の無さですね」

「まあ、製薬会社だってバイオ兵器を作るんだし、そう珍しい事じゃないよね」

「いやまあそりゃ永世中立国だって武装して兵器輸出しますが……」

「信じられないのも無理はない。だが『お前たち人間には信じられない光景を俺は見てきた。オリオン座の肩の近くで炎を上げる戦闘艦。暗闇に沈むタンホイザーゲート――』」

「その台詞、死にますよ。けどそんな組織、聞いた事ありません」

「まあ、自主的に宣伝する事はないし、ネットや辞書にも載ってないしね。けど、別に隠してる訳じゃないぜ?」そう、ケイは少し真面目な眼で俺を見た。「目の前で交通事故や火事が起きてもソレを見るのは携帯の画面越し。近所の学校で自死が起きてもTVで見るのは外国で起こる大事件。政治家の仕事をよく知らずにメディアを信じて文句を言い、現実じゃ1秒に1人餓死してるのに作り物の悲劇を見て感動し、それ等も明日には別のニュースに上書きされる。湾岸戦争は一般市民でもお茶の間のTVで楽しく安全に観戦できるクリーンな戦争だったというが、今じゃそんなのありきたりだ。『他人事フィールド』なんて目じゃないね。『ハリーポッター』や『トワイライト』よろしくわざわざ神秘の秘匿をせずとも、相手の方が見ようとしないのさ。さっき俺達が笑っていたようにね」

「いや、あれはただの迷惑な変な人でしたよ?」

「あっはっは。そうか……」自分でも解っていたらしく、少し凹んだ様だ。「でもま、今じゃ鉄の塊が月まで飛び、光る板が喋り、電波で世界が繋がり、昔でも白亜紀に恐竜を絶滅させた隕石は冷戦時代に米ソの持ってた核エネルギーの一万倍の威力が在るんだ。俺達だけがそう凄いもんでもないさ。てかあんな隕石受けて未だ二億年も生きてるとか地球様は本当に凄いよな。環境問題を叫ぶ人間は一杯いるけど、そりゃ地球様を舐めてるね。所詮、その問題とは人間にとっての問題なのだ。人にとって有害なバイキンやカビが、ただ無為に生を遂行しているに過ぎないように。ソレを悪とする内は、誰もが宗教家だな」

「解った、貴方達は環境保護団体だ。そういうのは間に合ってるので結構です」

「ははは、意外と痴れた奴だなァ。ま、大した事無いよ。隣の芝生は青く見えるものだがね。アレだ、ロクな青春を送らなかった中年が女子学生に過度な期待を抱くような」

「過ぎ去った日々は何でも美しく見えるモノですよ」

「最近の若者は擦れてるなあ。もっと衝動的に行動しようぜ。思い出作ろう」

「俺は若者代表じゃありませんし、もう成人ですから衝動的じゃ済みません」

「はは、成程。勉強したよ」

 その台詞は、肯定でも否定でもなく、単に感想として言っていた。達観していた。

 方や、俺は冷静に素面を気取り、愛想笑いで冗談を言うものの、内心は色々な事を訊きたくてたまらなかった。何故なら、あんな非日常的な舞台を見たのである。自分は現実主義だ。アレをトリックだのCGだのと現実逃避するつもりは無い。ましてや、安っぽい小説なヤレヤレ系や、漫画な巻き込まれ系でもない。普通は気に成る所である。

「じゃあ、どうして俺にわざわざ説明を?」

 だが俺は、興奮する事が恥ずかしいのか、冷静に務めた。

「援助に対する報酬かな。ほら、レドナー、あー、この前の闘いの夜、凄い大声で走って助けてくれたからさ、君の様なタイプなら、こういう噺が好きと思ってね」

 一方、彼は大人の余裕で微笑みそう言った。俺の心を読んでいる様な笑みだった。

「死にましたけどね」

 そしてまた一方、食事が終わったようで、少女は口をナプキンで拭きながらそう言った。この子、俺と心中されたこと根に持ってる?

「呆とした無表情で冗談や豊かなアクションするのが可愛くてさー。クーデレ、って奴? 尤も、彼女は最初から最後までデレない素直クールだがね。解る?」

「あー、スイマセン。よく解りません」

 本当はオタク知識くらい知っているが、恥ずかしかったのだ。一方、格好良い人がオタクな事を言っても嫌に聴こえないからズルいものだ。

 てかこれ命令でやってるのか。何処まで道化なのかよう解らん。

 しかし、それは俺も同じだ。あの時はただのノリだった。俺はそんな熱血じゃない。決して不感症ではないが、良くて巻き込まれ系だ。自分から何かをするなど……。

(もう少し、少年漫画よろしくハシャいだ方がらしいのだろうか。しかし、俺はもう大学三年生で、就活もそろそろ本番だ。世界を救ったり魔王を倒したりするより、目の前の生活が先決では? 今まで観客ですらなかったのに)俺は自分に言い聞かせた、「マジに成るなよ」と。――けど、(けど、この少女は闘っていた。彼達が何者か、何の為に闘っているかは解らない。けど、あの冬夜の闘いを、美しく、格好良く思ったのは事実だ)

 そうだ、これは最後のチャンスかもしれない。相手が何を企んでいるか解らないが、このままサヨナラよりは、何か関わりを持ちたいと思った。

 だから俺は言う。手伝いたいと。言うぞ。絶対言うぞ。言ってやるぞ。言ってやれ。

「……まあ、教えてくれてありがとうございました」

 駄目だった。勇気がなかった。是がノベルゲームなら、間違った選択肢を選んだ結果、そのまま何も無く終わるだろう。

「君、俺達を手伝ってみないか?」

 だが突然、ケイがそう言った。まるで俺の台詞の裏を読み取るように。

 まさか相手から言ってくれるとは思わなかった。だが、いざ言われると――

「否。素人は邪魔です。天多の物語が語る様に、『貴方は貴方のまま』でいいでしょう」

 しかし、スコーンとアルマが言った。落ち着いた、というより食事が一息つき眠た気な瞳で淡々と言われた。少し悲しかった。否定された事より興味の無さそうな事が悲しかった。けれどもそれは本当の事で、俺は何も言い返せなかった。

結構いいじゃないか」ケイがSnapと指を鳴らす。「『夜は短し歩けよ少年』。これも何かのコネ。一緒にヤってみようじゃないか」

「だそうです、手伝っても良いみたいですよ」

「君は犬のように従順だね」この子のキャラが良く解らん。真面目なようで、何処か抜けている。だが、おかげで俺も落ち着いた。「でも、そもそもやると決めた訳ではないよ。大体、説明が曖昧過ぎて、君達が何やってるのか良く解んないし……」

「設定だけが膨らんで実態は意味不明、なのに受け手が勝手に大袈裟に解釈する……インターナショナル・タイプだな」

「って、セカイ系? ともあれ、仕事内容も解んないのに関わる訳には……」

「そんなもんさ。よく知らんが一緒にいて楽しけりゃ何となく友達だし、況や完璧に理解できるなんて思い上がりだろう? 恋愛や神様がそうであるようにね」

「いや、でも、それにいきなり過ぎて……」

「『ラブストーリーは突然に』、さ。言い訳はヤった後で考えれば良い……おっと、これは下ネタだな。ま、『アルケミスト 夢を旅した少年』も人は何時だって旅に出られると言っているんだ。特別な理由がなきゃ少年漫画の主人公に成れない訳じゃないさ。ま、敢えて言えば、星降る夜の出会いな『BOY MEETS GIRL』よろしく落ちものという理由は在るがね。『ウルトラマン』よろしく死にかけたが」

 ははは、とケイは朗らかに笑った。それは、俺を緊張させない為の道化だと解った。そんなお膳立てに、俺はどう応えるべきか。それは――

「……まあ、手伝えたら、格好良いかもしれませんね」

 肯定的では在るモノの、「はい」でも「いいえ」でもない返事だった。

「クールだね、ステキだね。ま、今はそれで良い。なら、それで事を進めよう」

「いや、けど、あんな闘いをする貴方達に、俺が役に立ちますかね」

「そりゃ解らん。ポーカーと同じだ。『Que Sera, Sera』。やらなきゃ解らん、今の手札で勝てるかどうか。そしてやらねば、自分抜きでゲームが始まるだけさ」

「ギャンブルは客が負ける様にしか出来ませんよ」

「ふふ、言うね。とまれ、誰だって最初は初心者だ。失敗は気にするな。軽い人生体験インターンと思えば良い。難しい事は『星のお姫さま』に任せなさい」ケイはポンポンとアルマの頭を叩いた。それに合わせて上下に揺れる頭が無抵抗な犬みたいで可愛い。可愛いとか思うな気持ち悪い。「あ、でもイヤーンな事はお父さん許さんぞ。そりゃ、一冬のアバンチュールは学生の華だがね。けど、親心としては『B』までだなあ」

「そんなので騒ぐのは未経験までですよ。俺は騒ぎません。てかそれ死語ですよ」

「相応の力が認められれば本採用だってアリですぜ?『吸血鬼ドラキュラ』を倒す一番の武器は超人の特殊能力ではなく常人の英知と勇気なように、我々が使う武器は鋼や火薬ではなく見た事のない神を信じる莫迦らしさだ。我々はありえない夢物語に『これでいいのだ!』と笑える、頭の螺子の外れやすい選ばれし賢明なる愚者を求めているのだ」

「それ褒め言葉なんスか……?」

「さー、レアいんじゃない? とまれ、部屋を貸すだけでもありがたい。――個人的イベントがあってね。解りやすい場所に居たくないのよ。野宿は寒いしね」

 其処で初めてケイが暗い気持ちを醸し出した。俺にはその「個人的イベント」とやらが何であるか予想が付いた。きっと、あの夜に闘っていた、灰色の――

(無粋だ。それは彼等の世界の物語だ)

 だが、ケイは俺の尋ねたい事に気付いているらしく、「気にするな」と笑う。

「あの『ターミネーター』や『コマンドー』や『沈黙の戦艦』に出て来そうな灰色の大男は、そうだな、まあ、アルマの一ファンと言った所かな」

「そりゃあ、冷たく見えて中々にホットですね。てかストーカーですね。女の敵です」

「ははは、アイツはストーカーか、成程納得」ケイはアルマのこめかみをぐしぐしとやりながら笑った。アルマは片目を閉じて成すがままにされる。「あの夜もWCを調べている最中だったんだが、彼奴が乱入してきてね。今度はWCの下で動いているとは、確かにホットだ。何時か暴発しても知らんぞ、全く」

 それは莫迦な悪戯を仕出かした親友に対する様な笑いだった。だから俺も釣られて笑いながら、ついこんな差し出がましい事を言ってしまう。

「けど、あの人も凄かったですね。どうせなら、俺もあんなのをしてみたいものです」

「(ケイがニヤリと笑って)ふっ、『力が欲しいか!!』」

「(俺は反射的に)え? あー、くれるのなら貰います?」

「いいだろう、ならばくれてやる! ぢゃ、アルマ」

「肯(Yes)」と、アルマがずいっと近づいてきた。その人形のように端整な顔に俺は焦る。「では、私のギフト〈相棒探し(スタンド・バイ・ミー)〉を使います。効果は『仲間の間、対象を強化させる』。少し痛いですが構いませんか? 傷を成して絆とします」

「え? あー、『クロスロード伝説』や『超人ハルク』はゴメンだぜ?」

「そんな事ないさ。だが怖いなら止めていい。別に無理強いするわけじゃないし」

 それは……いや、折角だ。痛いのは覚悟の上だ。それくらいやれなきゃ嘘だろう。

「解った。一思いにやってくれ」

「了(Understood)」不意にアルマが右手で俺の顔を鷲掴んだ。え、なにこれ。「では」

 や、だから何を――と俺は言おうとしたが、その前にQuonとアルマの右手が燃え、

「あばばばばばばばっ!?」

 俺の身体に電流が走った。思考はスノーノイズの様にザリザリで視界は目ま狂しく切り替えられ意識はブツンと切れそうだった。というか、もう、切れ……。

 そう思うが早いかどうか、俺は抗う事無く机の上に突っ伏した。

「おや? 申し訳ありません。寝起きで加減が出来なかった様で……」

「大丈夫だろう、多分。とまれ、家に運んでやろう」ケイの笑う声が聴こえた。「思い出すな。難儀なものだ。『この世は舞台、誰もが役者』。物語る事は止められない。殊に、男ってのは仕事をしてナンボだしな」

「彼は何かの役に立つのですか?」

「さてね。『さあ、受け取れ。この偽りを、真実に変えるのは君だ』。初めから空虚なれば、彼がどの役を演じるか、英雄か、竜か、それとも道化か、幕を切ってみんと解らんよ。

 けどそうだな。とりあえず、助けてくれた相手には感謝するべきだぞ、アルマ君」

「感謝ですか……」

 言葉を探す様な間があった。その後、静かな声がこう聞こえた。

「貴方の協力に感謝します(Thank you for your cooperation)」

 その台詞、何か列車の中で見た気がする。

 ――駅構内または車内等で不審なものを発見した場合は、直ちにお近くの

 そんな思考がよぎったのを最後に、俺は完全に沈黙した。何か俺、気絶してばかり……。



 ……第一幕・終

 ―――――――――――――――

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