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崇拝者


 論理式とは命題を表現するものである。

 命題とは判断を言語化したものである。

 判断とは状況の認識とその思惟である。


 状況を厳密に表現すれば、その最小単位たる言語は、世界に充満するオペランドと論理記号及び演算子、これによって構成される。

 オペランドがなければ論理式は効力を発揮しない。意味を為さない、とまでは言えないが、現実の状況に対応できない。


 リアンが要塞と為した小さな地下空間は、死んだオペランドに囲まれていた。論理式に当て嵌めても機能しない被演算子は、人間を含むあらゆる存在にとって無意味なものである。

 必然、このささやかな居住空間は生命の気配が皆無だった。乾いた岩が壁を為し、暗褐色の天井に粗末な照明器具がぶら下がり、空気は淀んでいる。手を伸ばして自分の爪の先がやっと見えるかといった程度の暗がりだった。眼が慣れるまで時間がかかりそうだった。


 地下空間に降り立ったメーガン、マティアス、シェリルの三人は、互いの無事を目視してから、おそるおそる先へ進んだ。無数の岩が多くの死角を生み、油断ならなかった。

 シェリルが眼鏡型の万能端末を操作し、論理光学系を構築した。なけなしのオペランドを利用したので強度は低かったが、地下空間全体を見渡せる程度には視野を得ることができた。


 空間は三人一家で一年間暮らし続け、モノが増え始めたら多少窮屈に感じるかな、といった程度の広さだった。奥には安楽椅子があり、一人揺られる影がある。


 リアンだった。


 メーガンにはすぐ分かった。あの僅かにカーヴした栗色の頭髪、白皙の小生意気な外貌、剥き出しの太腿に穿たれた傷跡。


 マティアスが視線を寄越してきて、確認を取った。あれはリアンなのかと。

 メーガンは頷いた。そして隣を進んでいたシェリルが突然走り出したのを見て喫驚する。

 猫のようにしなやかなステップで走り寄ったシェリルは、有無を言わさずリアンの喉を掴んだ。呻き声を漏らした少年は為されるがまま安楽椅子から引き摺り倒される。


 縄を取り出したシェリルに、メーガンはぽかんと口を開けた。マティアスは困ったように肩を竦める。


「問答無用で確保というわけだ。ぼさっとしていたらサプレスが追ってくるからな。じっくり話をするのは脱出した後」


「それは分かるが……」


 シェリルにとってリアンはアゼルの行方を追う為の手掛かり、それ以上の意義はないのだろう。私怨が絡んで無用な暴力を働くわけでもなし、複雑な気分だったが見過ごすべきか。

 縄で縛り上げられ、地面に転がされたリアンは、布を口に押し込められて何か言いたげにしていた。耳を貸そうとしたメーガンに、シェリルの鋭い制止の腕が伸びる。


「時間の無駄。脱出ルートを確保して」


「……分かったよ。そう怖い顔をするな」


 無駄がない、というより余裕がない。シェリルもまだまだ若いな。同い年くらいだろうが、場数が違うということかね。


 脱出ルートの演算は、追尾してくるサプレスの触手を避けるように決定する。端末の画面を確認すると、思ったよりも包囲網が甘く、簡単に突破できそうだった。

 ふと、端末から視線を逸らし、脚元に転がるリアンの、昏い眼差しを一瞥した。


 ぎょっとした。少年の瞳に映る自分自身の像が濡れている。

 少年の瞳にあるのは絶望ではない。諦観でもない。憤激でもない。虚勢でもない。

 同情の眼差し。メーガンの背筋をそっと撫でる危殆の断片。


「おい、シェリル、やっぱりコイツ、言いたいことがあるみたいだ」


「だから、脱出するのが先――」


「お前が何と言おうと、オレはこのガキを喋らせるからな」


 メーガンはリアンの口から布を取り去った。シェリルは眼鏡型の万能端末の操作で忙しく、今度は制止しなかった。

 マティアスが拳銃を取り出して警戒している。彼もリアンが何か言いたげにしているのを気にしているようだった。

 メーガンがしゃがみ込んでリアンを座らせると、少年はぎこちなく笑った。


「やあ、やってくれたね、メーガン」


「乱暴な同道者が失礼したな」


「そうじゃなくてさ、公理罨法だよ。誰があんなにギッチリ論理積を組めって言った?」


「途中で剥がれちゃ困ると思って」


「そりゃ、サプレスからしたら、困るだろうね。もしかして警察の差し金だったりする?」


 メーガンは失笑した。


「オレが? 冗談はよせよ。いつも追われる側だ」


 昔も、今も。メーガンは自分の目的が社会の秩序を乱すことを自覚していた。治安維持という名目の下に排斥されるのは、憂鬱なことだが、理解はできる。

 リアンは目の下に浮いた隈を際立たせるように、俯きながら呟く。


「僕に味方はいないんだ。でも、メーガン、もしわざと僕を困らせたのではなかったというのなら――」


「何だ?」


 先日、リアンはメーガンに「殺す」と言った。最大級の敵意を抱いていた相手に、そんな弱々しい声を発するなんて。


「脱出ルートを確認した。いつでも行けます」


 シェリルが報告する。メーガンは縛られたリアンを持ち上げた。驚くほど軽い躰だった。


「脱出しながら話せるな? 話したいことがあるなら話せ」


「メーガン。きみ、優しいんだね……、僕はアゼルを恨むきみを敵視してるのに」


 リアンは力なく笑む。筋肉が弛緩し、ほぼ寝顔に等しい笑みだった。


「でも、脱出しながらなんて無理だよ。サプレスだって、そんな馬鹿じゃない」


 背筋がぞくりとした。この感覚。


 リアンは静かに眠りに入った。相当衰弱していたらしい。シェリルにほとんど抵抗しなかったのもその所為だろう。太腿の銃創は完治しておらず、しかも公理罨法を引き剥がすときに大量に失血したらしい。顔色が病的に悪い。

 しかし、話したいことを結局話せなかったようだ。


(もしわざと僕を困らせたのではなかったというのなら――)


 その先は何だ。味方をしろというニュアンスなのは分かる。だが、もっと具体的なことを聞きたかった。お前は何だってそんなに弱気なんだ。怪我をしたくらいでメソメソするようなタマじゃないだろう……。


 空間に小さな歪みを生み出し、指一本で収縮を止めているシェリルを、メーガンは険しい顔で睨んだ。その論理空間を抉る通路は、ものの数秒で人間を地表に引き上げるエスカレーターのようなものだった。

 シェリルがメーガンの視線に気付き、怪訝そうに睨み返してくる。


「何か?」


「いや、別に……」


「おい、さっさとしろ」


 マティアスがメーガンに先に入るように促した。

 さっさと入るべきだ、速やかに脱出を果たすべきだと理性は訴えかけている。

 しかし、何だ、この違和感は?

 リアンの言動もそうだが、さっきからメーガンは、この空間自体に違和感を覚えている。


 サプレスを本当に完全に出し抜けたのか、不安なだけか?

 アゼルへの執念が完全に断ち切れていないのか?

 あるいは、リアンへの同情が妙な部分を鋭敏にさせているのか。


 そう、同情だ。リアンはこちらに同情している。

 いったいどんな理由で? サプレスに叛旗を翻した運命の過酷さに?


 メーガンは光を見た。

 それは格段にか細く、一瞬であったにも関わらず、あまりに印象的な色彩を帯びていた。

 赤。

 鮮血の赤。

 衝撃と渦動。

 論理銃弾。


「危ない!」


 シェリルが叫んだときにはもう、肉が破け骨が砕ける音がメーガンの鼓膜に届いていた。遅れて、雷鳴のような機関銃の唸りが地下空間に響き渡る。

 メーガンはリアンを庇って伏せた。シェリルはマティアスの肩を掴むようにして、やはりその場に這う。シェリルによって支えられていた脱出口が音もなく縮んで消滅する。


 マティアスの肩の肉が抉れていた。骨と筋肉が露出し、あっという間に血溜まりが出来る。腕は半分砕けた骨と焦げた腱でかろうじて繋がっている状態だった。

 シェリルが悲鳴にも似た声で、


「マティアスさん――マティアスさん!」


 マティアスは意識を失っている。論理銃弾の衝撃は人間の脳にけして小さくないダメージを加える。きっと脳震盪を起こしているのだろう。

 銃弾の嵐が襲いかかり、会話できる状態ではない。ほぼ無防備にマティアスに縋りつくシェリルを見て危険だと判断したメーガンは、二人を岩陰に誘導すべきだと直感した。しかしリアンの身の安全も確保しなければならない。


 まさかサプレスがリアンを殺すとは思えない。放っておいても平気だろうか?


 いや、マティアスが懸念した通り、これがアゼルに心酔するあまり、リアンを殺そうと動いている輩だったらどうする。リアンは真っ先に狙われる。

 こうやって無差別に殺戮せんとする銃弾の雨を浴びせてきたのがその証拠になるか?


「シェリル、岩陰まで這って、演繹強化して盾にしろ! おい、聞こえているか、おおい!」


 メーガンが叫んでもシェリルはマティアスを揺り動かすのみ。完全に動揺している。冷静沈着なイメージがあったのに、頼りにならない。


「これだから口先だけの小娘はよぉ……、分の悪い賭けに大金ブチ込むのは馬鹿だけだと思ってたが!」


 メーガンはリアンを後方に転がり、立ち上がった。銃火がメーガンに集中する。全身の関節に巻きつけたベルトの裏には、論理式が記述されている。論理銃弾に磁性を発揮し、反発、弾道を捻じ曲げ、威力を相殺する。


 アゼルのフィルター防御と比べれば、野蛮な手法だったものの、メーガンにはこれくらいの論理式しか制御できなかった。複雑なシステムを使えば論理銃弾を完璧に無力化できなくもないのだが、それは後援部隊の援護を前提とした、贅沢な戦闘技法だ。


「こっちだ、来い!」


 闇の中から放たれる機関銃の颶風、頬を切り、磁性を介しても殺し切れない衝撃でよろけながらも、メーガンは立ち向かった。

 サプレスは予測よりも早く地下空間に辿り着いた。追尾技術がマティアスとシェリルがサプレスに在籍していた頃より格段に向上しているのか知らないが、ここで抑えなければ脱出できない。


 あるいは、マティアスの命を救う為に、即刻降伏すべきなのかもしれない。その場合、リアンを引き渡すことになるだろう。引き渡す前に、アゼルの居場所を聞き出すべきか――だがその場合、リアンを危険に晒すことになる。


 目を瞑ればそれで済むのか? サプレスがリアンを殺すなんて、決まった話ではない。国際警察機構が、そんな一構成員の蛮行を許すか。


「自分の選択で人の生き死にが決まるってんなら、オレもムキになる価値があるか」


 ちらりと後ろを見る。ちょっとした賭けだったが、リアンが流れ弾に当たった様子は見られない。

 最初の賭けには勝った。次の賭け。

 腰のベルトに挟んであった真如剣を引き抜く。

 一か八か突っ込み、接近戦に持ち込む。

 相手は複数いると見るのが自然、勝てるかどうか分からない。

 それでも注意を引きつけなければ、マティアスもシェリルもリアンも死んでしまう。


 いざ、踏み込む。

 装填不要の機関銃が途絶える。

 怯んだのか。

 違う。

 闇の中で蠢く三つの影。いずれもサプレスの戦闘員だろう。

 それなのに、一人が腹を撃たれて蹲り、二人は取っ組み合って地面を転がっている。

 瞬時に状況を理解した。


「仲間割れか。警察も色々あるんだろうな――」


 マティアスの見通しでは、サプレス内部にアゼルの信奉者がいる。リアンを捕縛してから事を起こすと思っていたが、まさか捕縛する前にリアンを殺そうとしたってことか?

 無差別銃撃の理由はそれしか考えられない。サプレスの方針として、リアンは是非とも確保したいはずだ。

 メーガンが真如剣に論理の脈動を与える。黄金色の刃が周辺のオペランドを取り込み、灰褐色の吐息が漂う。


 取っ組み合っていた二人の戦闘員がこちらに気付いた。

 メーガンは彼らを足元に見ながらにやりとする。


「で、どっちが『アゼル命』だ? 首を差し出せ」


「メーガン……、A級ライセンシー、アゼル対策部では一級の要注意人物に指定されている」


 一方の戦闘員が、他方を殴りつけて立ち上がろうとする。

 殴られた男は笑っている。


「どっちが『アゼル命』か……、ね?」


 その陰湿な声に、メーガンは直感した。

 一歩、退く。

 腹を押さえていた三人目の戦闘員が突然立ち上がり、凶悪な論理銃弾を撃ち込んでくる。

 シールドの磁性には隙間が無数にある。接近すればするほどそれが露骨になる。

 地面を転がって躱す。掌で地面の冷たさを感じる。


 今の銃弾は弾道が目に見えるほど遅かった。恐らく、着弾すると同時に生体論理式をスクラッチするPRS銃弾。容量が大きく、論理空間上を横切るだけでも、更新に時間がかかる。実用化されたのはごく最近のことだ。

 かすっただけでも致命傷だろう。暗殺道具を持ち込むとは、最初からリアンを殺すつもりだったのか。


「まさか三人ともアゼルの信奉者とはな……、サプレスってもしかして、末期状態?」


「絶頂期だ。これまでも、これからも」


「盛者必衰――この言葉は単なる歴史家の感傷ってだけじゃないんだぜ」


「分かった風な口を」


「虚栄に浸ってるのはてめえだろうが、クソが!」


 アゼルのカリスマに魅せられて勝手な行動に出る貴様らは、信じていれば、想っていれば、尽くしていれば、あの男に近付けると思い込んでいる。

 オレもそんな人間の一人だったかもしれない。微かな繋がりに期待を寄せて、復讐という目的に突き進んでいれば、自分が楽だった。


 だが、アゼルが何をしようとしているのか、本当に知っている者は少ない。

 恐らく、本人を除けば弟子くらいのものではないか。

 そしてオレは弟子ではない……。

 メーガンはサプレスからの刺客と対峙して思う。

 リアンから本当に聞き出したかったのは、アゼルの居場所なんかではない。

 彼が何を見つめ、何を目指しているのか、知りたかった。

 そして血に染まった彼の手に添えられるものがあるとするなら――


「三人とも斬るぜ。この期に及んで文句はねえな?」


 銃を構えた三人の戦闘員はにやにや笑っている。勝利を確信している、その認識は間違っていない。こちらの分が悪い。

 だが勝算を弾き出すことと油断することは、似ても似つかない。


「お前、人を殺したことはあるのか?」


 銃弾を撃ち込みながら戦闘員は問う。メーガンは笑う。


「育ちが頗る良かったもんでね。箱じゃなく檻に入れられてたが」


「下種が」


「人を殺したことはないが、腕を一本切り飛ばしたことは何度かある。手癖の悪い酔っ払いには良い薬だろ? 魅力的な躰に産んでくれた母さんには感謝だが、良いことばかりでもなかった」


 メーガンは真如剣を振り上げた。銃弾が激烈さを増して襲い来る。


 しかし思ったよりも迫力がない。こいつら、サプレスの後方部隊の援護を受けていない。きっと地上の部隊とはとっくに通信を切っているのだろうが、不審に思われて戦闘援護も終了したのだ。


 独立した演算装置で論理兵器を使えば、速度や精度は格段に落ちる。互角に戦えるか? 


 至近距離から銃撃を受ければ、磁性で曲げられる角度が狭まり、隙が多くなる。特に真正面から銃撃を受けるのはやばい。メーガンもその弾道を予測しにくい。

 絶えず躰を捩じり、磁性の分布を悟らせないようにしながら接近する。銃弾を浴びても浴びても突き進むメーガンに、三人は歯を剥き出しにした。


「機関銃を使ったらどうだ? そんなちゃっちい短銃に頼ってないでよお」


 機関銃のような複雑な火器の使用には、後方援護が必要不可欠。三人の戦闘員は埒が明かないと悟り、二人がサーベルを手に取った。


 サプレスが独自開発した準論理兵器、媒介項の曖昧さを利用した詭弁兵器で、そのサーベルに斬られた者は存在否定される。喰らっただけで死ぬことはないが、論理世界上での活動は事実上不可能になる。


「オレを油断させようと、取っ組み合いのケンカの演技までして。腹を血糊で染めてよぉ、やってることがちゃっちいんだよ。こういうのを姑息ってんだ、知ってるか」


 メーガンは真如剣を振り上げたまま接近する。いかにも自信ありげな顔つき。しかし、彼女は別段剣術が得意なわけではない。ただ扱い易い武器、相手を慄かせる原始的な武器として、真如剣を採用しただけのこと。


 サプレスの三人がサーベルを扱う手つきは、明らかに高度な訓練を受けている。銃を撃ちまくってくるほうがまだマシか?

 いや、連中が妙な演技までして油断させようとしたのは、メーガンが銃弾の雨をモノともせずに接近したことに焦ったからだ。向こうも接近戦に自信があるわけではない。


 そもそも、メーガンは真如剣の遣い手として、サプレスに知れ渡っているはずだ。ならば彼女には剣術の心得があると警戒するのが自然。

 ハッタリだ。ハッタリを武器にしろ。

 銃弾がシールドの隙間に入りそうだった。

 躰を捩じり磁性の鞭で跳ね除ける。

 弾丸が天井に突き刺さった。

 死んだ論理式とオペランドが粒子となって降りかかる。

 瞬き二回。

 二人の戦闘員が接近戦を挑んでくる。

 真如剣と詭弁サーベルでは格が違う。まともにはぶつからないだろう。

 武器の利がある。メーガンも踏み込んだ。

 予想に反して一人がまともに剣を叩きつけてきた。

 あっさりと真如剣が両断する。サーベルが瓦解した。

 その演算速度に驚いた戦闘員は腰を引いて慌てて拳銃を構えた。


「高水準論理式で処理してる貴様らじゃあ、理解し難い速度かもな」


 至近距離からの弾丸。

 その脇から伸びてくるサーベルの燐光。

 後方からも弾丸。

 三方向からの攻撃。磁性のシールドでも全て捌くのは無理。

 咄嗟に避けられるほどメーガンは運動神経が良くない。

 考えるまでもなく、一撃は覚悟しなければならない。

「うおお!」

 遠方からの弾丸を無視する。サーベルを斬られた戦闘員に突進する。

 磁性が至近距離の弾丸を容易く弾き飛ばす。

 サーベルを構えた戦闘員がその軌道に巻き込まれて飛び退く。

 メーガンに狙いをつけられた戦闘員は逃げようとステップを踏む。

 メーガンは全く歩調を合わせた。

 銃声に彩られたダンス。

 パートナーは焦っている。メーガンは猟犬の眼差し。

 衝撃。右足に異常。視線を落とす。

 弾丸がメーガンの脛を貫いている。

 感覚を遮断する。生体論理式に麻酔式を打ち込む。

 一瞬で浮かび上がった脂汗が熱を発する。

 相手のペースが乱れた。メーガンが撃たれてもなお突き進むことに戦慄している。

 恐怖したほうが負けだ。ハッタリにしか過ぎないのに。

 膝に巻かれたベルトがメーガンの肢を円滑に運ばせる。

 振り上げた真如剣を漸く振り下ろす。

 その男の銃ごと、顔を庇った両腕をスッパリ切り落とす。

 悲鳴を上げた男は卒倒した。

 死ぬだろうか。

 大丈夫だろう。サプレスの戦闘員なら生体論理式に干渉して生存率を高めているはず。

 その証拠にほとんど血が出ない。瞬時に仮死状態に陥り、もがくこともない。

 論理の躰。

 メーガンは無数のベルトと論理式に縛られた自らを想った。

 憐れ、ではない。

 自慢でもない。

 しかし必要だった。

 この躰であることを運命づけたのはアゼル。あの男がメーガンを巻き込んだ。

 そしてこの躰であるがゆえに近づける。


 残った敵は二人。

 脛を撃ち抜かれ、そう長く動けるわけではない。普通ならPRS銃弾に筋肉を食い破られ、痛みでショック死してもおかしくない。早く処置しなければ命に関わる。

 だがメーガンはそれほど心配していなかった。自分は耐性があるだろうと楽観的な態度だった。

 そうでなければ死への恐怖で泣き出していたかもしれない。


「死ね!」


 月並みな言葉で戦闘員が銃弾をぶち込んでくる。


「一発当たっただけで嬉しそうだな。そういうのを何て言うのか知ってる?」


「軽率、か?」


「不憫、だよ!」


 メーガンは躰を一回転させながら接近する。ダンスのステップのよう。

 磁場に巻き込まれた戦闘員二人はよろめき、その不可視の力に首を傾げる。

 まだ気付いていないか。支援部隊がいないと、こんなものか。

 しかし真如剣の射程に入るのは難しいかもしれない。二人は距離を取りながら銃弾を撃ち込んでくる。


 やはり、一撃まともに食らったのが失敗だったか。やむを得なかったとは言え、こっちは剣しか持っていない。銃撃戦はマティアスたちに任せていたのに。

 さすがにやばいか……。


「その二人が犯人?」


 声がした。凛とした、しかし仄かに湿る涙声。

 二人の戦闘員が振り返る。

 次の瞬間、二人の躰は宙に浮いていた。地面に叩きつけられ、白目を剥く。

 天井スレスレまで跳躍し、見事な体術を披露したシェリルが、音もなく着地する。

 ぽかんとするしかないメーガンを、冷たい双眸が迎える。


「何だ、三人とも先輩じゃないか……、久しぶり」


 シェリルが気絶した戦闘員を蹴飛ばしながら、微かに親しみを込めて言う。

 確かシェリルは、元サプレスの特務部隊とか。こいつらと知り合いだったのか。


「ほんと、不憫だな……」


 メーガンは力が抜け、その場に座り込んだ。気付けば、足元に血溜まりが出来ていた。出血が酷い。

 脛の傷を処置しないと命に関わる。麻酔論理式が切れ、じわりと痛みが広がりつつある。

 銃創を確認するとPRS銃弾は不完全な形であり、弾速を優先したばかりに空間横断の更新が上手くいかなかったらしい。


「テンソル成分に無駄多数――特殊な訓練を受けていても、こんなものか」


 数理を含む論理学の実践にかけては、メーガンのほうが何枚も上手だった。A級ライセンシーはサプレス内部でも数えるほどしかいないだろうから、当然と言えば当然だが。

 治療は可能だ。設備がないと完治は難しいが、応急処置すればしばらくもつ。

 シェリルが周辺を見回している。


「予想通り、三人か……。しかし不可解な人選……、マーチャントめ、出世したか?」


「おい、シェリル、マティアスは大丈夫なのか?」


 メーガンがドロドロに融けた論理銃弾を取り出しながら尋ねると、シェリルはそっぽを向いた。


「命に別状はない、と思う。片腕は早く処置しないと、永久に失うことになる」


「そうか……」


 メーガンは何とも言えなかった。たった今、他人の両腕を切断してしまったところである。切れ口は無比に綺麗だから、繋ぎ直せる可能性は高いが。

 シェリルは眼鏡の端末から状況を確認していた。


「――脱出ルートを完全に塞がれている。戦わずに逃げるのは不可能。どうする?」


「どうするも何も、向こうは何十人もいるんだろ? その背後には星一つ分はある巨大な演算装置が控えてる」


「星二つ分」


「訂正ありがと。ところでその『星』って小惑星とかじゃねえよな。オレたちが今立ってるこの星って意味だよな」


「さあ。そこの解釈は自由。詳しくは知らない」


 メーガンは嘆息する。


「とにかく、降参するしかない。オレたちの負けだ。リアンからアゼルの居場所を聞き出してから引き渡すべきかな……」


 シェリルの顔色を窺いながら言うと、彼女は、


「もうどうでもいい」


 と素っ気なかった。


 調子が狂うとはこのことで、手元が狂って傷口の論理式が乱れてしまった。


「あん? お前、アゼルに執念燃やしてたろ。どうでもいいはないだろ、少しくらい躓いたってな、できることからコツコツとやれば、いつか必ず――」


「……どうせ、サプレスに拘束されてしばらく身動きは取れなくなる。その間にリアンからの情報なんて腐る。それに」


「それに?」


「マティアスさんが回復するまで時間がかかる」


「それがどうした。お前はピンピンしてる」


 言ってから、メーガンは気付いた。何度も考え直してみるが、考えれば考えるほどその可能性が高いように思われる。シェリルの本当の目的についてだ。

 メーガンはわざとらしく咳払いした。シェリルは顔を顰める。


「……なあ、お前、どうしてサプレスを抜けたんだ?」


「貴様には関係ない」


「まあ、そうなんだけど、……もしかしてよお、マティアスが抜けたから、か?」


 シェリルの身が強張った。眼鏡が汗でずり落ちる。顔も真っ赤になる。


 図星かよ。シェリルは慌てて背を向けたが、バレバレだった。


「別にからかわねえよ……。そうか、だからマティアスが撃たれたとき、あんなに動揺して」


「貴様には……、関係ない」


「いやはや、凄い執念だと思ってね。感心してるわけだ、同じ不器用な女として、オレもよ。マティアスの傍にいたいってだけで、アゼル追跡なんて危険な行為に邁進してるわけだろ。ほんと、他の男で満足すればいいものを。執着してるのな」


「執着……。せめて健気、いや一途と言え」


「一途ぅう? 全然キャラじゃない。お前、そんな風に言われて嬉しいのかよ」


 シェリルは髪に手櫛を入れて俯いた。


「まあ、少しは……」


「あ、そうなの」


 メーガンは急に馬鹿馬鹿しくなって肩を竦めた。乙女かよコイツ。




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