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リアンの隠れ家


 リアンが逃げ込んだ空間は四本もの論理の塔の交差点にあり、干渉自体は容易だった。

 それは空間に四方向から攻撃を加えることができるという意味であり、簡単に少年を閉じ込められたのもその点が大きい。

 双曲空間上では近傍点、三次元空間で表現するとざっと星三つ分は離れた論理空間で、メーガンとマティアス、それからシェリルはじっと息を潜めていた。


 三人が身を寄せているのは何の空間も位置していない、未開空間であった。これから論理的な証明が為されて見たこともない空間が出現するのか、それとも事物は存在し得ないと反証されて立ち入ることが理論上できない死の間隙となるのか、未知数の空間。


 リーパーと呼ばれる論理駆動自動車は、いかなる空間にも侵入できると定義された特殊理論の塊であり、それに乗り込むことで未開空間に留まることができる。

 しかし論理世界に記述されているわけではないので、リーパーに乗っている間、存在は極めて不安定となる。


 三人は無色の海に囲まれ、車内で窮屈な思いをしていた。リーパーは一般的な自動車とフォルムは同じだったが、巨大な演算装置で助手席が潰れているので、何とも狭い。運転席と後部座席二つの三席しかなかった。

 窓の向こうは無色の空間が延々と広がっている。無色とはいかなる色とも認められない色のことで、人間の限られた能力では、そこにある色が人間のどのクオリアを刺激するのかさえ推測することができない。


 運転席のシェリルがずっと押し黙っていた。メーガンやマティアスが話しかけても、


「いえ」


「そう」


「知りません」


 しか言わなかった。あまりに無愛想なので、彼女がくしゃみをして可愛い声を出したとき、メーガンとマティアスは顔を見合わせ、奇跡の瞬間に立ち会えた喜びを分かち合ったほどだった。


「口の軽い、元後輩がいてね」


 マティアスはさっきから万能端末を握り締めて、連絡を待っている。彼のような脚の長い男は、狭い車内では膝を抱えるしかなく、些か滑稽な姿勢だった。


「サプレスの突入が開始されたら、連絡をくれることになっている。リアンが捕まる前に掠め取れたら最高だが、護送の際の隙を突くのが現実的だろう。それもできなければ彼が殺されないよう監視を強化する方策が必要となる」


 メーガンの肩まで伸ばした桃色の頭髪はややくたびれ、いつものようにベルトを全身の関節に巻きつけていた。足首のベルトが緩んでいたので、きつく締め直す。


「その、口の軽い後輩とやらは、信用できるのか」


「元、後輩だ。口の軽い奴を信用する、なんて矛盾した話だが、おおむね信頼している。軽薄な分、裏表がない。隠し事をしても透けて見える」


「なるほど」


 メーガンは納得していなかったが、とりあえずマティアスの感覚を信じるしかなかった。待ち時間の暇潰しに、質問を投げかける。


「ところで、お二人は懲役を何年くらい覚悟しているんだ。リアンを尋問してアゼルを首尾良く捕まえたとしても、サプレスは犯罪者強奪の刑罰を軽くなんかしてくれないぜ」


 マティアスは小さく笑った。栗色の短髪をやや乱暴に掻き、


「アゼルの行動に少しでも制限がつくのなら、死刑になろうと、後悔はない。私は奴を追い詰める為に人生を捧げる覚悟だ」


 これと同じだけの覚悟が、以前の自分にはあった。メーガンは数日前までの自分を思い出して、そのあまりに遼遠な隔たりに絶望にも似た寂しさを覚えた。


「シェリルは、さすがに死刑は嫌か」


 マティアスが訊ねると、彼女は運転席の計器に目を奪われていた。いや、奪われているフリをしていた。短く答える。


「いえ」


「死刑でもいいのか」


「いえ」


「やっぱり死刑は嫌なのか」


「いえ」


「どっちだ?」


「知りません。未来の自分の価値観など、知る術がありません」


 シェリルは言った。彼女の素っ気なさは芸術的だった。彼女との会話に慣れているはずのマティアスも、肩を竦めた。


「まあ、あれでなかなか可愛いところもあるんだが……。今は仕事モードのようだな」


「可愛い?」


 とてもじゃないが、今のシェリルを見ていても全く想像がつかなかった。くしゃみは声と洟を啜る仕草が幼児的だったが、それだけだ。青フレームの眼鏡と言い、吊り上がった銀色の双眸と言い、にべもない口調と言い、真っ直ぐ過ぎる金髪と言い、可愛げなんてない。


「たとえば、彼女は猫舌で、熱いものを食べるときは必ず息を七度以上吹きかける。他にも、本を読む前には表紙を愛おしそうに撫でたり、栞には自作の押し花を使っていたりする。極めつけは、眼鏡をかけていないとよく転ぶ。普段運動神経が良いのに」


 シェリルは僅かに振り返り、マティアスを睨みつけた。羞恥心は多少あるらしい。


「中途半端にモノが見えてしまうので少し躓くことが多くなるだけです。駄弁はもう止してください」


「分かった、分かった」


 マティアスはいつになく饒舌だった。笑いながら大袈裟に頷く。作戦を前に緊張しているのだろうか。

 メーガンは自分でも驚くほど冷静だった。単身戦場に繰り出した先日の蛮勇と比べれば、今回の作戦は大したことがないと思えるのか。あるいはアゼルとの絶対的な隔絶を知ってしまったが為に、客観的でいられるのか。

 メーガンは腕を組んで唸った。


「じゃあ、駄弁ではない、有意義な話題をぶち上げるが――リアンを奪取したとして、口を割らせる得策はあるのか。アゼルに相当心酔しているから、そう簡単に屈することはないと思うぜ」


「躰に聞くのが一番だろうな」


 マティアスは平然と言う。冗談を言っている雰囲気ではなかった。

 シェリルは無反応だが、きっと心の中で同意しているに決まっている。

 メーガンは少年の太腿の白さを思い出し、あそこに無数の傷を刻みつけることになるのかと思うと、暗鬱な気分になった。


「もっと温和な方法は? いや、そうでなくとも、拷問で駄目だったらどうする。リアンを抱えながら逃げるのは難しい。本当に成功するのか」


 マティアスが意外そうに身を引く。そしてやや語調を強める。


「本当に……、とは野暮な質問だな。いつだって予測を事実に変換するのは人の意志だ。意志なき行動に未来はない。そうじゃないか」


「そんな生臭い理想論に付き合えるほど、オレは成熟した人間じゃないからな」


 メーガンは薄く笑みを浮かべながら言った。マティアスも希薄な笑みを顔面に張り付けた。


「私も臆病風に吹かれた人間の意見を聞き入れられるほど、器が大きくなくてね……。手段を選んではいられない。アゼルが引き起こした戦争が原因で、何万という人間が命を落とし、何億という人間が戦後の貧困に喘いでいる。手段など選んでいられるか」


「オレだって綺麗ごとだけで済ませるつもりはない。理屈は所詮、理屈にしか対抗できない」


「分かっているのならその大きな口を噤んで手を穢す覚悟をしたらどうだ」


 メーガンは手を穢すことができなかった先日の出来事を思い出した。涙で見えなかったアゼルの表情が脳裏で揺らめく。自分勝手で醜悪な想像に過ぎないと言い聞かせる。


「覚悟なんてとっくに出来上がってる。だが完成品イコール不良品でないなんて保証はない」


「ふふ……、極度に発達した現代の競争市場が教える通り、それじゃあ生き残れないな」


「オレたちは生き残る為にここにいるのか? そうじゃないだろう」


「ある意味ではそうさ。アゼルを追わない人生など死んだも同然」


「お前、それこそ屁理屈――」


「お前のだって抽象的に過ぎる――」


「黙って」


 シェリルがゲームめいた口論の仲裁に入った。


 もちろん道徳心の為せる業ではなかった。計器の異常を発見したらしく、演算装置の無骨なフォルムを撫でながら、眼鏡の奥で瞳を小刻みに動かしている。

 マティアスの端末が音を高らかに鳴らす。即座に彼が出た。メーガンは耳を寄せて会話を漏れ聞こうとした。


「私だ。来たか?」


《サプレスが結界を緩和しました。突入の前触れですね。真理値表を送付するので、安定したら行ってください》


 軽薄とは程遠い男の渋い声が聞こえてきた。緊張している所為か、早口である。


「分かってる。脱出される心配はないのか」


《内部から緩和した座標を特定するのは難しいでしょう。もちろん、相手も必死に探知を行っているでしょうが》


「了解。先行が成功したら拍手を惜しまずにな」


《先輩も無茶なことをしますよね》


 心底同情する声を発した元後輩とやらは、早々に通話を切った。マティアスとシェリルが視線を絡ませる。


 シェリルが運転席のコンソールに操作を加えた。界層飛躍。論理世界は論理式の記述により構築される。その証明を新たな証明への材料、公理として採用することによって、更なる論理世界を構築、巨大な塔を為していく。

 その界層をジャンプする為には無数の数学的証明を成立させなければならず、強力な演算装置の助けを借りなければ実用に堪えなかった。


 マティアスが持って来たリーパーは、高速演繹はもちろん、界層と界層の橋を見つけ、ショートカットを試みる頭脳をも持ち合わせていた。新たな数学的証明を成立させる能力を有していると言って良い。


 サプレスの密通者から送られてきた座標を得たリーパーは、すぐさま界層飛躍を試みる。

 一瞬で数万もの数理証明を読み込み、公理系として確立、記述し、貪欲に探究を続け、目標とした論理世界、それ自体一個の論理的命題として聳立する空間へとダイブする。

 自由落下にも似た感覚が襲い、窓の向こうの不可視の世界が俄かに色味を帯び、激しく揺れる。


 乾いた地面にリーパーが着地したとき、メーガンは完全に気を失っていた。頬を叩かれて正気を取り戻した後に、慌てて外の状況を確認する。

 そこは岩肌が露出した丘陵地であった。灌木が細々と生え、水気の全くない灰色の藪がちらほらと見られる。罅割れた大地からは生命の気配が消失し、逃避行の終着点としては悪くないと思えた。


 車外の寒風が三人を容赦なく包み込み、思わず外套を躰にきつく巻きつける。人の気配はなかった。

 リーパーを岩陰に隠し、論理偽装を施すと、すっかり風景に同化して見えなくなった。シェリルが腕時計で時刻を確認する。


「絶対時間から計算すると――突入に二八万マイクロ秒かかっています。論理世界上では時間の流れが稀釈されるので、体感で言うと、三分程度です」


「三分か。大層な荒波だったらしい」


 マティアスは応じ、周囲を見回した。メーガンも目を皿のようにして周辺を警戒する。曇天の下には荒漠とした景色が拡がり、隠れる場所は少ないように思われる。この空間のどこにリアンが隠れているのか。


「サプレスに先行できたのか」


 マティアスが訊ねると、即座にシェリルが否定した。


「サプレスは突入に十秒以上かけないでしょう。それ以上もたつくと、リアンから逆襲に遭います」


「そうだよな。やはり。一応聞いてみたまでのこと」


 二人の表情が曇った。やはり現実は計画通りにはいかないらしい。

 メーガンは個人端末の熱探知ソフトウェアを起動し、生命の反応を探していたが、全く怪しい影はなかった。法律に束縛された整備地ではないから、空間内の物理法則が湾曲している可能性があり、汎用ツールは役に立ちそうになかった。


 全ての論理空間で有効な道具となると、真如剣のような、命題論理のみで構成される素朴な論理兵器に限定される。高階述語論理を含む兵器の場合、付け入る隙が多くなり過ぎる。演繹を取り扱う範囲を広げれば広げるほど、対抗武器に使用できる数理的道具が増えていく。

 まして、犯罪者が退避先に選んでいる空間は、論理要塞として機能させる為に複雑な公理を定めていることだろう。使用する公理が複雑で、機械の演繹で理解するのに時間を要するものであるなら、それに兵器が馴化するまでは無防備となる。リアンの側に立って考えるなら、大軍相手でも十分に勝機はあるということだ。


 メーガンは空間に戦闘の気配が皆無であることを僥倖だと感じた。数分の内に戦闘が収束してしまうほどリアンはやわな相手ではない。


「行くぞ」


 メーガンが呼びかけると、二人は頷いた。事前に取り決めていた手順に則って、探索を開始する。

 三人は散開し、三方向へと歩を進めた。戦闘が始まっていたら、この空間に対し夥しい記述の書き換えがあるはずだ。天空には補遺の塊が、地上には破棄された記述の断片が、地震や嵐を伴う矛盾律の応酬が散見されるはず。それがない。

 サプレスもまだリアンを探している。リアンは巧妙に隠れているのか。それとも既にこの空間から脱出しているのか。


 いや、サプレスは外延で結界を強化している。もはや電子より小さなオペランド一つ、結界の隙間から抜け出ることはできない。

 リアンは隠れている。尋常の検索や解析には引っ掛からない方法で、身を隠している。


 端末を仕舞った。熱探知など無意味だろう。他にも無料の汎用ツールは各種揃えていたが、無力であることは分かっていた。


 岩肌が風に嬲られて抉れている。仮死した草花が砂よりも乾いて揺れている。足を一歩踏み出す度に、細かな起伏のある大地の意地悪さに舌打ちしたくなる。まさしく死の空間であり、こんな場所を避難先に選んだリアンの気持ちを理解できなかった。

 何かが見つかったわけではないが、しゃがみ込んで砂に触れてみる。オペランドが不活性状態に陥り、容易には反応しなくなっている。これでは論理式を構築しても効力は薄い。


 サラサラと指の隙間から砂が零れ落ちる。何の手ごたえもなかった。


 立ち上がり、腰のベルトを締め直しながら、空の彼方を見た。真っ当な青い空。しかし濃過ぎるように思う。少なくとも、目を細くして顔面を引き攣らせなければならない地上の颶風と比較して、あまりに健全な空だった。

 疑似太陽の熱が躰の凍えを宥めようとする。この空間を捻くり出した論理学者は基本というものを弁えている。酷い奴になると、まともな環境の論理式を知らず、永劫氷河期を演出してしまうことがある。


 基本を弁えているのなら、この荒野は何だ。界層の中には、奇抜な公理の鎖に繋がれている為に、人間の生存に適さない環境を作らざるを得ない場合がある。だが、あれほど健全な空を作れるのならば、大地一面を緑の園にすることも可能だったはず。

 未熟だったのか。いや、リアンだ。アゼルの弟子だ。未熟ということはあるまい……。


 端末が鳴った。メーガンは素早く出て周囲の様子を窺った。既にマティアスやシェリルの姿は見えなかった。


「手掛かりが見つかったのか」


《サプレスの一団を見つけた。無人機を飛ばして索敵させている。ざっと数えてみたら、四〇名はいる。大所帯だな》


 マティアスの声だった。緊張してはいない。幾つもの修羅場を駆け抜けてきたサプレスの元捜査官として、こういう場は慣れているのだろう。


「無人機か……」


 メーガンは改めて周囲を見回した。論理駆動の無人機――ものの数秒で星一個分の範囲を索敵するという脅威のエンジンである。もうこちらを感知しているのではないか。


 マティアスがメーガンの思考を読んだかのように、


《それと、シェリルがちょっと空間を解析してみたんだが、緻密な命題論理上のギミックが働いている。この空間を形成している論理式とオペランドの九割以上が『死んで』いる。走査させようにも障壁が全ての生データにモザイクをかけるそうだ。業界じゃあオブスキュアと呼ばれている技法だそうだが》


「それならよく知っている。原始的だが効果的な手法だ」


《連中より早くリアンを見つけるにはどうすればいい? シェリルと突破口を話し合っていたが、どうも堅物同士だと良いアイデアが湧かない》


 メーガンは沈思した。僅かな可能性に賭けてみるべきかどうか、ほんの少し逡巡があった。


「……何も方法がないなら、軟物から提案がある。リアンは地下にいる可能性が高い。地下と言うと、地上を探査するより何百倍もの手間がかかる。サプレスが虱潰しにリアンを追い詰めるつもりなら、こちらにもチャンスがある」


《ああ。……提案とは?》


「死んだオペランドだけで居住空間を造っても、強度が足りない。地下ならなおさら強度が必要になる。せめて骨格だけでも、生きたオペランドを使いたいはずだ。……建築の話をしているんだよ」


《分かっている。分布を調べるんだな? オペランドの》


「地質からして、ある程度使用されるオペランドの種類は特定できる。可能な限りありふれた被演算子を使いたがるだろうが、まさか単一のオペランドの単純な連結はしないだろうから、組み合わせは更に搾れる」


《シェリルがさっき調べた。最大で五七〇〇種類の被演算子を配合して作れる建築材があるらしい。強度はギリギリだが、不可能ではない。これらのオペランドの分布が偏っているところにリアンの城があるということだな》


「……さっき調べた? 議論の俎上には載せたわけか」


《第一に考えることだからな。しかし、それ以外に方法がないなら、それでいくしかない》


「なるほど、堅物にはそれが限界らしい。サプレスも同様と考えていいわけか」


《……まだあるのか、メーガン? A級ライセンシーの意見を賜りたいが》


「リアンも阿呆じゃない。恐らく地中に無数のダミーを撒いているだろう。その全部に付き合ってたら、時間が幾らあっても足りない。だがオレたちには真贋を見分けられる方法がある」


《何だ……、それは? もったいぶってないでさっさと言え》


「マーカーだよ、マティアス。電磁気における有限要素法に関する第二公理群を学会のデータベースから引っ張り出せ。要約じゃ駄目だぞ」


《何を言っている? マーカーだと?》


「公理罨法だ。死んだオペランドの中に、今言った公理の要素の断片が紛れているはず。オレの公理罨法はちょっとやそっとじゃ外れないからな……、言ってる意味分かるか?」


《正直に言えば全く分からん。だが、リアンがその『公理としてはあまりに実践的な理論』を抱えているのだな? それがマーカーになっているのだな?》


「そうだ。検索の条件に付け加えろ。サプレスより早くリアンの居場所を特定できるはず」


 間髪入れず、


《……シェリルが今、見つけた。見つけたぞ……!》


 マティアスの声が静かな興奮に満ちている。メーガンは一人で頷いていた。


「当然だ。で、すぐに突入できそうか」



《待て。今、ルートを探している。……あった。いつでも行けるぞ》


 メーガンは自分の論理世界上の位置を端末で送った。これで論理世界の記述の書き換えにより、リアンの元へと突入できる。


《メーガン、お前を誘って良かった。心からそう思う》


 電話越しのマティアスの声が緊張を帯びた。ただし作戦を遂行するのに適した量の緊張だ。


《書き換えを開始したらサプレスに私たちの存在が察知される。ルートを探知されて、数分後には追いついてくるかもしれん。覚悟はいいか?》


「何の覚悟だ?」


 メーガンは薄く笑みを浮かべ、首元の鮮紅のベルトを締め直した。


「何度も言うが、オレの覚悟はとっくに定まっているんだよ」







        *     *







 リスターは落ち着かなかった。部下を解析に当たらせ、周囲への警戒を怠らず、特務部隊との連携にも留意しながらも、神経が一番集中しているのは、やはりファネルに対してだった。


 ファネルは岩場に腰掛け、奔走する捜査官や、頭上を滑空する無人解析機〈セントリ〉の不規則な機動を眺め、ぼうっとしていた。

 解析官としてリアンの潜伏先に急行したというのに、職務に邁進する気配は全くない。

 特務部隊の精鋭として送り込まれていながら、日向ぼっこに興じようとは、それはそれで大した度胸だと言わざるを得ない。


「室長、特務部隊の解析チームが、リアンが潜伏する地下空間を見つけたと報告を上げてきましたが」


 ファネルを睨んでいたリスターは我に返り、部下と共に、特務部隊が集まる地点へと走り寄った。やる気のない女など放っておけばいい。

 特務部隊の隊長、マーチャントが解析結果を簡単に説明していた。


「地下空間を形成する複合材を特定し、五七〇〇種のオペランドの分布状況を索敵した。幸運なことに、地中の一部分を探査したところ、居住空間とおぼしき空洞を発見するに至った。戦闘員を送り込みリアンを確保したいと思うが、対策室の意見は?」


 リスターは、鋭利な殺気を帯びる特務部隊の面々の視線を浴び、やや気後れした。気圧されたわけではなく、まるで仇を見るような目で注目してくるのは、不可解に思えた。


「ここはリアンの築き上げた論理要塞だ。慎重に行くべきだと考える。とはいえ、荒事に慣れた特務部隊の意見を尊重したい」


 特務部隊を束ねるマーチャントはぴくりとも表情を動かさなかった。彼の部下たちも顔面の筋肉を動かす術を知らないかのようだ。


「我々の経験から言って、送り込む戦闘員は三名が妥当。それ以上多くなると、むしろ速やかな征圧に支障が出る。もちろん、周辺の論理障壁の透過整備が完了すれば一斉に突入するが、秘密裡にそれを行うのは不可能だろう。したがって、解析チームがルートを確保次第、我々の部隊から――」


 説明が進む中、慌ただしく割り込んでくる者がいた。解析官の必需品である巨大な演算盤を首からぶら下げている。ファネルはそんなもの抱えていないが。


「隊長! 見つけた地下空間はダミーです! それどころか、観測子の接触を感知して爆弾に変異し、その抑止に演繹能力を大きく制限されます! 試算したところ、この空間全体を走査するのに二〇〇年はかかる見通しです!」


 普段無口な特務部隊の中から呻き声が聞こえてきた。リスターも動揺したが、態度には出さなかった。それほど未熟ではない。

 硬直して動きが止まったマーチャントに、リスターは素早く声をかける。


「打開策を考える必要があるようだ。ダミーは一つではなかろう。その二〇〇年という見通しも信用ならない」


 本当に二〇〇年なら、演算能力を一〇〇万倍に増強すれば二時間足らずで突き止められる。そしてそれは不可能ではない。だが、増強するのにどれだけの金がかかるか。


 リスターは踵を返し、部下を引き連れてその場を離れた。マーチャントの冷厳たる眼差しを背中に感じつつ、打開策などあるのだろうかと考える。

 現代の演算装置では、演繹の手順が限られており、精緻に要素が配置された乱数問題には原理上時間をかけて挑むしかなくなる。人間の思考に酷似した帰納推論を混合させた準演算装置を採用すべきかもしれない。論理犯罪者に対抗し得るものではないが、索敵や判定にはこちらのほうが優れている。


 サプレスは自らの演算能力を過信していたのだ。一介の犯罪者が仕掛ける罠など、一秒未満に対処できる。そんなケースが圧倒的に多かった。


「組織の問題はそこだ。熱湯に浸る者が多くなればなるほど、湯は冷め、ぬるくなる」


 どれほど激烈な現場に当たろうと、組織の巨大な力が個人を助け、全能感を齎し、効用逓減などという経済学の欺瞞が罷り通るようになる。

 もちろん、正規分布から外れるような異分子はいつだって存在するものだが、組織の限界を超えた事態に対応できるのは、そういったイレギュラーな者だけかもしれない。


 自分はイレギュラーか……。リスターは自問し、そうではない、と即座に結論を出す。どんな人間にも少しは異常な部分がある。それが普通なのだ。異常であることが普通の世の中だから、ファネルが信じられないほど異常な解析官なのは、むしろ僥倖か。

 とりとめのない思考を重ねながら、リスターは部下に指示を出していた。と言っても、周囲への警戒を強めること、本部に応援要請を出すこと、解析方法の見直し、といった尋常の対応しか思いつかなかった。


 リアンが潜伏先に選び、封鎖された論理空間。死んだオペランドの巧妙な堆積があらゆる解析を跳ね除ける。

 特務部隊が手柄顔で繰り出した無人解析機も、ほとんど効力を発揮せず、かまびすしい駆動音を虚空に響かせるのみ。

 朗色を失った特務部隊を眺めるのは、それはそれで有意義なものだった。犯人を検挙するという一点で、対策室と特務部隊はライバル関係にある。だが、手も足も出ないのは対策室も同じだ。


「リスターさん、そう『カリカリ!』しないで」


 重苦しい空気に似つかわしくない、軽快な声がした。怪訝に思いながら見やると、岩場に腰掛けたファネルが小石を蹴飛ばしながら暇そうにしていた。どこから調達したのか、缶ジュースを飲んでいる。

 慌ただしく行き交う部下を一瞥してから、リスターはファネルの傍に歩み寄った。こんなときに泰然としていられる彼女の暢気さは才能だろう。


「カリカリなどしていない。ファネル、お前は特務部隊の解析チームに在籍しているはずだ。連中、お手上げ状態のようだぞ。手を貸さないでいいのか」


 ファネルはふて腐れたように唇をひん曲げた。


「いーんだよっ。いっつもいつも、このファネルちゃん大先生を仲間外れにしくさって。それに誰がやったって近道なんてないよ。パズルじゃあるまいし。解析が終わる頃には人類が滅亡してるっつーの!」


 カリカリしているのはお前のほうだったか。リスターは思わず笑みを浮かべそうになったが寸前で堪えた。


「ファネル、お前はリアンがどこにいると思う」


 荒漠とした荒野、存在意義と言えばまさに犯罪者の隠れ蓑になることくらい。こんな空間に愛着心など持てるはずもないが、ファネルは自分の腰掛けている小さな岩を気に入ったようだった。ぽんぽんと掌で岩を撫でる。


「リアンがどこにいるのか――って、地下に『決まってる!』じゃん。リスターさん、まだ若いのにもう惚け始めた?」


 とんでもない侮辱だったが、怒る気が起きなかった。リスターの部下が機械類と睨み合い、必死に作業している中、ファネルだけは優雅に寛いでいる。

 その余裕を頼もしく感じている自分は、彼女に既に毒されているのだろうか――リスターが少し不安に思ったとき、彼女がサングラスを外して視線を向けてきた。


「リスターさん、ところでさ、この空間、変だと思わない?」


「変?」


 死んだオペランドで形作られた、死の論理空間――それくらいの印象しかない。軍事演習上でも、ここまで親しみの薄い空間には形成されない。風変わりと言えば風変わりだが。

 わざわざファネルが口に出すということは、特別な何かがあるというのか。


「……特に変だとは思わないが。何か、気付いたのか」


「要するにさあ、健康診断の話だけど……」


「健康診断?」


 まさかの単語にリスターは眉を顰めた。


「何の話だ? 暇潰しに人体を解析している内に、癌患者でも発見したのか」


「あっ、それ良いユーモア。脅し文句に『使える!』かも」


 ファネルはケラケラと笑っていた。遠くで部下が自分を呼ぶ声がする。いつもだったらすぐに応じるところだが、この女解析官の言葉を最後まで聞いておきたかった。


「笑ってないで、何を言いたいのか話せ。健康診断がどうした?」


「だっておかしいんだもん。リスターさん、無断で他人の生体論理式を解析したら『刑法!』で罰せられるって知らないの? 罰金刑だよ、アハンハハハ……」


 それくらい平気で違反しそうな女だが。リスターはげんなりしながら先を促す。


「それで? 何が言いたい?」


「つまり。健康診断で体重を計るでしょ。データを厚生部で管理するでしょ。ファネルちゃんは探究心が豊富だから、それを借用して眺めるでしょ。面白くないから『ぽいっ!』って捨てるでしょ。で、そういうのに限って記憶に残るでしょ」


「どうだか」


「計算が合わないんだよなあ。この空間に乗り込んだサプレス全員の体重と、装備や機材の質量と、この空間の質量を足し合わせても、実測値に届かない」


「……うん? どういうことだ」


 実測値というのは、この空間全体の質量を実際に計ったということか。仮想バネを利用すれば、どれほど巨大なものでも精確な質量を知ることができる。

 いつの間にそんな計算を。暇人の為せる業か。


「リアンって子供でしょ、一二歳くらいの。仮に体重を一〇〇㎏としてもだよ、やっぱり実測値より少ない。誰か、体重を誤魔化してるんじゃないのかなあ。女の子ってほら、体重を少なめに申告するものでしょ。医務官に袖の下で、数値をゴニョ『ゴニョ!』ゴニョ」


 現場に乗り込んだ捜査官で女性はファネルだけだ。リスターはその事実を淡々と確認しながらも、静かな興奮を覚えていた。

 ファネルが言っていることは、つまり、サプレス以外の人間がこの空間に降り立っていることを意味している。無人解析機が無力化している現状、地表の状況を完璧にモニターできているわけではない。

 まして、相手が論理式に熟達しているのなら、姿を隠すことも容易であろう。


「アゼルの仲間である可能性が高い。リアンを助けに来たか」


 そう口にしたリスターだったが、別の可能性も閃いていた。そちらは口に出せない。

 リスターの脳裏にこびりつく幻像。アゼルへの執念を燃やすあまり、対策室から左遷され、結果サプレスを退局した辣腕の論理学者、マティアス……。

 あの男ならば、サプレスがリアンを捕縛したとしても手掛かりを揉み消されると考え、強硬手段に訴えるかもしれない。あの男は組織の腐敗を嘆いていた。


 かつての後輩の幻影に惑わされるべきときではない。あの男は秩序を重んじる。こんな場所に出向いている可能性は極めて低い。分かっていても、彼の生真面目な顔が浮かんでいた。


「リアンの居場所を特定できなくとも、一定の成果は確保しておくべきかもな。地表の索敵を優先させ、リアンの仲間、すなわちアゼルの協力者を見つけ出す……」


 特務部隊にリアンを任せ、対策室はリアン救出に動いた謎の人物に照準を合わせる。それが最善のように思われたのだが。

 ファネルが立ち上がった。小柄な彼女はサングラスを再びかけて、蒼穹に向かって腕を広げていた。


「リスターさん、やっぱり、この空間、変だよ」


 部下に指示を出しかけていたリスターは、彼女と話をするのも面倒になっていたが、念の為に尋ねた。


「変というのは、どういう意味だ。単刀直入に言え、先に結論を言うんだ」


 妙な言い回しに翻弄されるのはもう御免だ。リスターの要求に、ファネルは頷いた。そして彼女が言ったのは、


「死相が見えるぜ、三人くらい」


 リスターは頭を抱えた。部下に地表の索敵を優先するようにと指示を下してから、ゆっくりと彼女に向き直る。


「……悪い。最初から、分かるように説明してくれるか」


「死相が見えるんだよ、死相だよ、死相。『死にそう!』な顔って意味だよ」


「それは分かる。だが、妙な占星術にかぶれたんじゃない限り、お前の言うことには論拠があるはずだろう。それを話せ」


 ファネルは胸を張った。


「そうだね。まさしくそう。そうだよ、論拠はあるんだ。論拠のない勘なんてただの世迷言だよね、そう、分かってるじゃないか、リスターさん。惚れてもいい?」


 リスターは思わず溜め息をついた。


「……勘なのか? 死相云々は勘なのか」


「そうだよ。ファネルちゃんは勘だけで生きているよ」


 自慢のつもりか知らないが、更に胸を張った。その薄い胸は自慢にはならない。


「……相手しきれん」


 ファネルが解析官として多くの実績を誇りながらも、特務部隊のチームからなぜ相手にされないのか、漸く理解できた。

 この女は言動が異様で、冗談なのか本気なのか見極めが難しい。どんな犯罪にも柔軟に対応すべき警察機構において、ファネルは一方向にしか射撃できない固定砲台みたいなものだ。威力はなくとも全方位をカバーできる軽機関銃を抱えた歩兵が、結局は一番頼りになる。


 リスターはその場を離れようとした。しかし服の袖をファネルが引っ張る。行かせてくれない。


「……ファネル、まだ何か用か?」


「誰に死相が出ているか、知りたくないの? 論拠だってまだ何も話していないのに」


「単なる勘なら無用だ。この手を離せ」


「でも論拠はあるんだよ。論拠の意味、分かる?」


「分かる。論証において、可証命題を導き出す真なる前提のことだろう」


「真なる『前提!』だって! あはん、良い響きだよぅ」


 何を言いたいんだ、この小娘は。


「つまりさ、もし絶対に嘘をつかないモノがあるとしたら、どんなモノだと思う?」


 リスターは首を横に振る。何が「つまり」なのか分からない。


「……モノは嘘をつかない。嘘をつくのは動物だけ、特に人間だろう。仮にモノが嘘をついたと感じたとしても、それは人間の認識の問題か、あるいは人間がそのモノに嘘をつかせたということになる」


「クソつまらない下痢ピーな答えありがと。質問の意図はつまりね、ソレが嘘をついたと判断するような状況に直面する蓋然性が『有!』か『無!』か、ということだよ」


 リスターが何か言う前に、ファネルは続けて、


「嘘を絶対につかないのは、剥き出しの生データ……、オペランドだよ。それも今すぐ演算されたがってるような、血気盛んな奴」


「演算されるからオペランドなのであって、オペランドがあるから演算が行われるわけではない」


「そう! 基本はね。でも現代論理学が実物のモノを取り扱うようになって、論理式に組み込まれる論理記号の数が飛躍的に増え、概念も拡充されていった。仮想的な素粒子であるオペランドは物質を構成する最小要素として、記述の際に積み上げられる。原子構造が無観客試合みたいにスッカスカである以上に、ときに論理式で表現されるあらゆる事物は、驚くほど少ない記述で成立してしまう。神は『存在!』を『演算されるモノ!』と定義した。だからこそ人類は論理学で全ての思考と行為を賄える」


「宗教色の強い意見だが、概ね同意できる。……それで?」


「オペランドは嘘をつかない。そしてそれを読み取る者は、常に真実を得ることができる。解析官の間じゃ有名な、金言だよ」


「金言にしては冗漫だな」


「ごめんね。今思いついた言葉だった。それはさておき、オペランドには尋常の物理法則は当てはまらないんだ。光より速くなったり、質量がゼロだったり」


「そうなのか? 初耳だが」


「ときに、光より速いと、時間は逆行してしまうよね。そのオペランドは未来からやってきたことになる」


「お前の話がどこに行き着くのか、少しだけ読めたが……」


「そう? じゃ、言ってごらん、ファネルちゃんが答え合わせしたぁげよ」


「死相が見える――というのは、未来からやってきた超光速オペランドを解析して得られた結果だということだな」


「そう! オペランドは嘘をつかない!」


「時間の無駄だったか」


 リスターは溜め息を連発しながらその場を去ろうとした。ファネル以外の人間は、一秒たりとも無駄にはできないとばかりに働いているというのに、この能天気女は荒唐無稽な与太話を長々と……。

 未来からやってくるオペランド。そんなものが実在するのなら、確かに未来を突き止めることは可能かもしれない。超光速のオペランドを解析するのは、光の速度で演算する現代技術では至難の業だが、天才ファネルなら何とかする可能性がなくはない。


 そもそも超光速で移動するオペランドなど存在し得るのか。実世界では到底無理な話だが、光の定義を、この論理空間上で捻じ曲げれば解決できるか。秒速一メートルの光線なら、人間は軽く走るだけで過去の世界へ突き進めそうだ。速度というのは相対的なものであるから、さぞかし混沌とした世界が出来上がるのだろうが……。


 そう、質量が無限大になるとか、長さが縮むとか、解決し難い問題が立ち塞がるものの、仮想的な質量ゼロの物質であるオペランドに限って言えば、不可能な話ではない。だが、リアンがそんな奇妙な世界を要塞として築く可能性はほとんどないだろう。よりによって自分の退避先として選ぶ空間を……。


 はっとした。リスターは振り返り、空を仰ぎ見るファネルを凝視した。

 その瞳は光速の動体視力を備えているのか? 

 その腕は極小の粒子を捉えられるのか?

 その頭脳は光速を超えるのか?

 目の前のファネルは。……リアンはどうだ?


「死相ってのは、誰に浮かんでいるんだ、ファネル」


「ん? リスターさん、ファネルちゃんの言葉を信じてくれるの。それってつまり求愛?」


「いいから教えろ。どこのどいつだ」


「ん」


 ファネルは近くで殺気を放ちながら待機している三人の男を指差した。いずれも特務部隊の面々だ。


 死ぬのは三人。地下空間に強行突入することになるのも三人。

 このささやかな符合は何だ?

 私は今、何を考えている?

 未来を見通すなどというデタラメを、厳粛なる論理世界に持ち込むというのか?


 リスターが奇妙な考えに囚われているとき、突然、荒野に散らばっていたほとんどの捜査官が大声を上げた。空を不安定に浮遊していた無人機も一斉に音を鳴らす。

 何が起こったのかリスターが把握する前に、空の彼方に控えるサプレスの巨大演繹艦が姿を現した。この空間に界層飛躍してきたのだ。それは全速力で演算を進めるべき事態にサプレスが直面したことを意味している。


「何があった?」


 近くに立っていた捜査官に尋ねたが、一挙に喧騒の坩堝に突入し、全く耳に届いていないようだった。

 ファネルが鼻をほじりながら首を捻った。


「リスターさん、つまりさ、アゼルの仲間か敵か知らないけど、サプレス以外の人間がこの空間に潜伏しているらしいってことだよ」


「……何」


 推測は当たっていたのか。しかし皆が慌てふためいているのはいったいどういうことだ。

 ファネルはくすりと笑う。


「しかもその連中、リアンの居場所を『先に!』突き止めちゃったみたい。あはん、サプレス負けてやんのダセェ」


 お前もサプレスの人間だろう。その指摘はしかし、無意味だった。


「その連中は先にリアンと接触するのか? 阻止は?

「てゆーか多分もう、接触しちゃってると思う。追尾にさえ数分かかっちゃうからなあ、奪取されても文句は言えないかも」


「しかし、POCシールが……」


「入ってこれたってことは、出れるってことじゃないかなあ。わざわざ引っ掛かり易い形状のリーパーなんて、どこのメーカーも製造してないから。あの『買い物下手!』で有名なファネルちゃんも手を出さないと思うよ」


 リスターは目の前が真っ暗になった。リアンを目の前にしてみすみす奪取されるだと? アゼルへの大きな手掛かりとなるはずだった少年を、このまま横取りされるわけにはいかない。

 それに、リアンがこの空間を構築したのなら、未来予知を可能にしているかもしれない。未来を読むということが現実の世界にどのような影響を齎すのか未知数だが、ファネルを信用するなら用心すべきだ。


 リスターは特務部隊が数人、集まって何やら相談しているのを見かけ、近づいて行った。突入の算段をしているようだった。

 特務部隊々長マーチャントが突入する三名を指名していた。恐ろしいことに、そのいずれもが「死相」を指摘された男だった。


「差し出がましいようだが……」


 この三人を地下空間に突入させたら死ぬ。半信半疑だったものの、口を挟まずにはいられなかった。


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