第3話 1000年後の生活
戦が終わって30分後、兵士達のミーティングが終わりノエルは俺達のもとにやってきた。
「お疲れ、ノエル」
戦士服(といっても布でできていて、動きやすいだけの服)から元の浴衣のような服に着替えていたノエルに向かって軽く声をかけた。
「ありがとうございます。
あ、ステファンさんもご一緒だったのですね」
そう言ってステファンの方を向く。
ステファンは少し頬を赤らめ、
「お、お疲れノエルちゃん。
その…シグマ…じゃなくてレオンのこと大変だよな……」
彼はちらっと俺の方を見る。
というかノエルに顔を向けられていない。
なるほど……こいつはノエルのことが……
「早くお兄様の記憶が戻ってほしいのですが、戻らなくても今まで通りの生活はしてもらおうと思っています。
ですので、明日農家の皆さんに集まってもらって話し合いをしてもらいたいと思っています」
「なるほどね、んじゃノエルちゃんは戦士団の仕事があるだろうから俺が連れていけばいいんだな?」
「そうしていただけると助かります」
ノエルはステファンに頭を下げた。
彼は満更でもないような顔をでニヤっと笑った。
まるで、気が利く兄の友達ってのをアピールしてるようだ。
「それでは、もうそろそろ陽が沈みますのでお兄様を家に連れていきます。
明日もよろしくお願いします」
そうしてステファンと別れ、ノエルは俺の手を握り歩き出した。
3分ほど歩き俺達は家についた。
外見は弥生時代と言ってもおかしくない高床式の住居であったが中は少し違うようだ。
まず、綺麗な花柄のカーペットが敷いてある。
衛生を多少心配していたが思ったよりも綺麗で良かった。
他にも台所らしきところや、居間には木でできたテーブルまである。
もちろん、テーブルクロス付き。
「お兄様、こちらに腰を下ろしてください」
ノエルはそのテーブルの前に座布団のようなものを置き俺に座らせた。
彼女は俺の向かい側に座る。
「まずは……お兄様が無事で本当に良かったです」
眼を潤わせながらノエルが言った。
「あ、ありがとな……。にしても、ノエルは強いんだな。
魔物を圧倒してたじゃないか」
「わ、私なんてまだまだですよ。
レイモン団長や、カイン副団長はもっともっと強いんです。
今回はたまたま遠征に行ってていませんでしたが」
彼女はへりくだって言った。
力に奢れない……素晴らしい。
それにしても、ノエルがそこまで強いという団長や副団長は一体どんなやつなんだ。
「そうなのか、俺も一度彼らに会ってみたいな」
「でしたら、来週団長たちが帰還するとき、私が掛け合ってみます。
ちょうど北区を通ると思われますので」
「お……ありがとう」
ここは北区なのか……まだまだ、分からないことが多すぎる。
この際ノエルには負担をかけるが、訊けるだけ訊いてみよう。
「それにしてもお兄様……」
「ん?」
「バタバタしていて訊けずにいたのですが」
「どうした?」
「そのスッとした黒い服って何なのでしょうか?
きっと記憶を無くされてわからないとは思いますが……」
そういえばそうだ。気づいてはいたがこれは1000年前のものだ。
考えてみると女性は浴衣、男性は袴を着ているようだ。
まるで日本の文化が根づいていると言っていい。
そりゃ、スーツが浮いてしまうよな。
「ごめん……わからない」
「そうですか……あ、でもちょっと見せてください」
ノエルが言うので上着を脱ぎ渡す。中は防弾ジョッキにワイシャツだ。
ノエルはスーツをまじまじと見つめ、何度も手触りを確かめる。
そして、何か納得した顔をして俺に返す。
「今夜このカッコいい服を作ってみます。私縫い物が趣味なんです」
そしてニコッと笑って、
「これで戦ったらカッコいいですよね」
と何か想像しているのか上を見ながら呟いていた。
その後、俺とノエルは夜遅くまで語り合った。
といっても、俺が一方的に質問してノエルが答えていたんだが。
俺はこの世界のこと、魔物のこと、戦士団のこと等色々聞いた。
聞いた話を簡単にまとめる。
まず現在地は1000年前でいう、イタリア・ヴェローナ辺りだ。
これはノエルが見せてくれた地図と比較して分かった。
次にルイビアス村について。
この村は南北を長軸に4キロ、東西を短軸に3キロとした楕円形らしい。
その村を5分割にして、北区、西区、南区、東区、中央区がある。
俺たちが住んでいるのは北区で、区の境界はアディジェ川を主に用いている。
戦士団は中央区に本部があり、戦士たちは皆他4つの区に配置される。
魔物は大体北からやってくるので、北区に一番の戦力を置いているらしい。
それから、何気なく使っていたが、ここに住む人たちはイタリア語を使っている。
俺は、アイスランド生まれ、イタリア育ちだからまったくもって不自由ない。
仮にここが中国や朝鮮だったら、言葉すら通じなかったろう。
あと、俺の日本の知識は、純垢の支部が日本にあったので遠征ついでにつけていたものだ。
勘違いされていそうだが俺は日本人ではない。黒髪だが。
簡単に言うと、周辺についてはイタリアの大地に古き日本の世界が広がっていると考えると分かりやすい。
このようなことを教えてもらい、俺たちは寝床に入った。
布団もノエルが編んでくれたタオルケットらしい。
そんなこんなで1000年後の生活1日目が終わった。
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翌日。
起きた時、陽はとっくに昇っていた。
ノエルの姿はない。きっと朝から鍛練しているのだろう。
居間に行くとテーブルに和紙が置いてあった。
『お兄様へ。
私は中央区の戦士団本部に赴いています。
ご飯は台所に置いてあるので食べてください。
お昼にはステファンさんが迎えに来るので一緒に農家の方々に挨拶に行ってください。
着替えは布団の横においておきました。
それから、昨日のカッコいい服、私なりに作ってみました。
農作業には向きませんがお出掛けの際に着てください。
よい一日を。
ノエルより』
俺は手紙を置き横にあるスーツを見た。完璧な肌触りのものがそこにあった。
あいつ……凄い器用なんだな。
それに比べて……
ボタッ
箸から米が落ちる。
俺は不器用なんだよな……
石でできたこの箸が上手く使えない。
戦闘は出来るんだけどな。
と一番のコンプレックスを嘆く。
「おーい、シグマー! 迎えに来たぞー」
ステファンが来たようだ。
俺はノエルに言われた通り袴のような服に着替え外に出る。
「おはよう、ステファン」
「おうよ、さっ行くぞ」
彼に連れられて北区の南側にある水田地帯に行く。
川沿いに広がるそれは、1000年前のように整った形はしていない。
用水路もないところを見ると、川から直接水を入れているらしい。
なんとも原始的な……。
ちょうど真ん中辺りの田んぼに3人の女性がいた。
「おーい! シグマ連れてきたぞ!」
彼女らに向かってステファンが声をかける。
彼女たちは田んぼから出て、俺らと合流する。
「おはようレオン。聞いたよ、記憶ないんだってね。
あたしはハープモラ・ニッカ。普通にニッカって呼んでね」
一番背の高いブロンドショートの女性が言った。
それにしても、この世界は1000年前と名字と名前が逆なんだな。
日本人と同じ順序だ。
因みに俺のシグマは称号であり、レイエが名字だった。
「ニッカか、よろしく」
っと握手をしようと手を伸ばしたら、彼女の手が泥だらけだったので引いた。
それを見てニッカは、
「あんた今汚い手と握手できないとか思ったでしょ」
突っかかってくるのか。
結構気が強い子なのかな。
こういうのには、屈せずに立ち向かうのがいいと俺の狭いコミュニティでの経験が言った。
「まあ、そうだが」
ちょっとぶっきら棒に言ってみた。するとニッカはフンと鼻を鳴らして、
「あんた、記憶を無くしてずいぶんハッキリ言うようになったのね」
「悪いな、上手い言い訳のつき方も忘れてしまったようだ」
すると、ニッカはクスっと笑って、
「こんなレオンも悪くないわね」
と言って再び田んぼのなかに入っていった。
「ねえねえレオン、この虫食べる?」
ふと横を見ると、顔を泥だらけにしたクリーム色の髪の少女がいた。
手にムカデを持って……
「遠慮する……ところで君は?」
「………あ、ごめんね。私はシベリウス=ミシェレ。よろしくね」
彼女は満面の笑みを向けてくれた。愛嬌がある子だと覚えておこう。
「よろしく」
ミシェレと挨拶をした後、もう一人の少女が俺をじっと見ていることに気づいて、その少女の方を見る。
彼女は視線を外さない。
長い黒髪を束ねている少女と見つめ合う
3秒ほどその体勢のままいると彼女が口を開いた。
「ムーアヘッド・トリシア、よろしく」
「お、おう」
「レオンも入田するよ」
「え……」
そっけない口調。
断りたかった、こんな泥だらけなんて経験したことない。
トリシアはそれを見透かしているかのように一言。
「断れないよ、弱いうちらはこれしかできないんだから」
彼女はそのまま田んぼに入っていった。
「弱い……か。」
俺はぼそっと呟き、決心して泥の中に脚を入れた。
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日が沈みかける時間帯になり今日の作業は終わった。
ハッキリ言おう……すごく苦しかった。
一日ずっと害虫駆除をしていたのだ。気持ち悪い。
ときどき不要な稲を刈ったりもしたのだが、不器用な俺はばっさりと大事な部分まで刈ってしまった。
これにステファンとミシェルは爆笑し、ニッカとトリシアには呆れられた。
ものすごい屈辱だったが、親交が深まったとして良しとしよう。
帰り道俺たちは川沿いを歩いていた。
トリシアと俺以外は昨日の戦いの話で盛り上がっている。
ふと、川を覗くとアイガモがたくさん泳いでいた。
よたよた泳ぐその姿を眺める。
その時、なにやら思い出すものがあった。
「なあ、ステファン」
「おう、どした?」
「あの、アイガモ田んぼに入れないか?」
すると、彼は「は?」とでもいうような顔をし、
「なんだよいきなり、意味わからん」
「あの鳥害虫だけ食べてくれるんだ。彼らに任せれば俺たちが仕事しなくて済むだろ?」
これを聞いて、彼は何やら難しい顔をした。
「てか、なんでそんなこと知っているんだ?」
しまった1000年前の知識を使ってしまった。
まあ、うまくごまかせばいいか。
「なんだか、そんな記憶がちょっと残ってたんだ」
「そうか……だがなレオンそれはできねえよ」
「なんでだ?」
「だってさ、戦士団が遠征行ったり鍛錬してるのに、出来損ないの俺らがその間何もしないでのんびりしているわけにはいかないだろ」
それを聞いて思い返した。この村に根付く戦士と農民の区分。
彼らは、俺が思っている以上にその区別を気にしているのだ。
「そうか……ごめんな変なこと言って」
「いや、いいさ。俺も参考なったよその知識。
あ、ミシェレというわけだからあのアイガモ捕って食べるなよ!」
いきなり、彼はミシェレに振った。彼女って……こういうキャラなんだな。
「えー……あれすごく美味しいのに!」
こんな形で盛り上がりながら家に着いた。
「おかえりなさいお兄様。夕飯の準備できてますので食べましょう」
「お、おう……にしてもその格好……」
俺はノエルの格好に驚いた。なんとあのスーツを着ているのだ。
ちゃっかりネクタイまでして。
だが結構似合っている。
「あ、これですね。私も作ってみたんです。どうですか?」
「あ、ああ凄くカッコいいよ」
言うと彼女はニコッとして、
「ありがとうございます、さあ食べましょう」
夕飯を取りながらノエルと今日一日の話をした。
彼女は時折笑いながら……特に、稲をぶった切った話について大爆笑していた。
そうして時間は過ぎ就寝時刻となる。
俺は寝床に着き、今日一日平和で何より……と思っていた。
「……ん? なんかおかしくないか?
殺し屋として俺が求める生活って……」
そう自問した時だった。
カーン! カーン! カーン! カーン!
大きな鐘の音が鳴った。
するとノエルが俺の部屋に入ってきて、
「敵集ですお兄様! 早く高台へ!」
とても慌ただしい声だった。
「敵って、魔物か?」
俺は静かに尋ねる。
「いえ、この鐘の音は人です。隣の村の者たちでしょう」
そう言って彼女は剣をとり、外に出た。しかし……。
「嘘っ! なんで……」
俺もノエルの後ろに着く、すると既に俺たちの行く手を敵6人が塞いでいた。
「おっと、もう敵が……でもたった6人じゃないか、ノエルなら楽勝に……」
「できません!!」
俺の言葉を彼女が遮った。
そして、長い沈黙の後、彼女は絞るように声を出した。
「私は……人を斬れないんです……」
嘘だろ……俺は驚嘆した。
――
第3話 1000年後の生活 (完)