第2話 魔物
「魔物が来たぞ!!!!」
ノエルは「え!」っと言って顔を上げるとすぐに、
「お兄様! 早く村の高台に逃げましょう! 詳しい話はまた後で!」
言って俺の手を引っ張る。
俺はノエルに連れられて村があるとされる方角に向かって走る。
走りながらふと、気づいたことがあった。
俺の服装だ。
俺は純垢の制服である黒いスーツを着ていた。
やはり、身体はシグマ=レイエのままだった。
そう考えていると内ポケットに何やら固い感触がした。
手を入れて確認してみる。
「……おお!」
その感触に少し興奮してしまい声を上げてしまった。
「どうしました、お兄様?」
走りながらノエルが尋ねる。
「い、いやなんでもない」
そこにあったのは、紛れもない愛銃ベレッタだった。
俺はその拳銃の存在を伏せておくことにした。
文明が衰退したこの時代に拳銃などないだろうと考え大切にするべきだと思ったからだ。
だがやはり、ベレッタの存在は大きい。こいつがあるだけで、戦闘に対する頼もしさが違ってくる。
気づくと村が見えてきた。
想像通り弥生時代の集落そのものだった。
「お兄様は危ないですからあの高台の上に行ってください!多くの農家がいると思うので」
っとここで少し気分が冷めてしまった。
そっか、シグマ=レオンは兵士じゃないから戦わないのか。
ったく殺し屋の本能で戦闘となれば飛んで行きたいくらいなんだが。
「そうか、ノエルはどうするんだ? 君も高台に?」
するとノエルは首を振って、
「いいえ、私は兵士ですのであやつらと戦って参ります」
えっ……ノエル兵士だったの?
そう心の中で呟いてしまった。
そもそも兄が農家で妹が兵士って普通逆だろ・・・・少々シグマ=レオンの不甲斐なさに悲しくなってしまった。
「大丈夫です。私がお兄様を必ず守ってみせます!」
強い意志を感じる言葉だった。
けれど、俺には一つ気になることがあった。
彼女はいつも兄に向って敬語を使っているが、兵士になれなかった兄を見くびったりしないのだろうか?
兄妹の関係がいかんなるものなのか気になった。
「ごめんな、一緒に戦えないみたいで……ところで君はこんな兄を軽蔑したりしないのか? いつも敬語だけど白い目で見たりはしないのか?」
すると彼女は叱責するように、
「な、な、なにをおっしゃっているのですか!
お、お兄様は素晴らしい方です!
そ、それはすこし戦闘には向いていませんけど……それもお兄様の温厚な性格があってのことです。
お兄様は誰にでも優しく、誰からも慕われております。
私はそんなお兄様が好きですし、尊敬しています!
お兄様の妹であることを心から嬉しく思っております」
言って、恥ずかしくなったのかカァっと頬を赤らめて顔を背ける。
なるほど……そういう関係だったのかと納得した俺は、
「いいお兄さんなんだな」
とつい身も蓋もないことを言ってしまった。
「お、お兄様! そんな言い方まるで他人みたいじゃないですか!
いくら記憶を無くされたとはいえ、お兄様は私のたった一人のお兄様です! そのような言い方をされては私悲しくなります……」
まるで泣きすがるように言ってきた。
「ご、ごめんなノエル……変なこと言っちゃって。
ところで、君は兵士たちのところに行かなくていいのか?」
「―――――……あ! すみませんお兄様! 私行かなければなりません。
お兄様は早く高台の方へ、どうかご無事で!」
言って、ノエルは俺の前から立ち去っていった。
……こんな別れ方でよかったのだろうか?
相手は魔物……ノエルの言葉から察するに、現在食物連鎖の頂点に君臨している奴らだ……。
そんな奴らと戦いに行くというのに、こんなあっさりとした別れ方でいいのか?
……いや、それで彼女が死んでしまったらそれも宿命ということだろうか。
そう思い黙って高台に向かう。
「おーいシグマ! おせーぞ!!」
高台の上から声がした。
見上げると金色で短髪の若い少年が俺に向かって叫んでいる。
まず、その彼のもとに行った。
「おい、おせーぞシグマ! 戦はもう始まったみたいだぞ」
「悪い……それでさ、実は俺色々あって記憶を無くしちまってさ……悪いけど君のことを説明してもらえるかな」
言うと、彼は「おいっ」と突っ込みを入れるような素振りを見せ、
「そうか……大変だな、俺はステファン。ケレル=ステファンだ。
お前と同い年で一緒に米作ってる。
……にしても、そりゃあノエルちゃんも大変だな」
「ホントだよ、最初に会ったのが彼女でよかったよ」
「お前さんは実に羨ましいよ。
あんなにお兄さん想いの妹がいて……あんな子中々いないぞ」
俺とステファンは揃ってハハッと笑った。
実際、俺はステファンと出会ったばかりなのにすぐに仲良くなっていた。
「ところで……ノエルは大丈夫なのかな?」
「んなら見に行くか?」
そして俺を展望台の反対側へと連れてった。
そこで見た光景はまるで異世界とでもいうようだった。
そこからは先程までノエルといたあの広大な草原を見渡すことができた。
そして、100人ほどの兵士と20体ほどの牛のような顔をした人の倍近くある魔物が戦っている。
人間の方は、槍、弓、剣を使っている。
一方、オークと例えた方が分かりやすい魔物はその異常なほど鍛え上げられた上腕の筋肉を駆使して、素殴りで攻撃しているといった構図だった。
ふと上空を見ると何やら鷲よりもずっと大きな鳥が5羽ほど旋回していた。
ステファンいわくあれも魔物らしい。
その時、俺が見ていた一体のオークのメガトンパンチを槍を持った兵士がくらった。
彼は10mほどふっ飛ばされたあげく、ピクリとも動かなくなった。
それを見たときまるで一瞬時が止まったように感じた。
一撃。
……これが魔物の強さ。
衝撃に驚く一方、
俺は心の中で笑っていた。
フフフ……面白いじゃないか。
殺し屋としての本能が疼きだしていた。
そう不敵な笑みを浮かべる俺のことをステファンは不思議そうに見つめていた。
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
危ない危ない、情報がまだ足りない今はあまり不審がられてはいけない……。
なんとか抑えなくては……。
すると、先ほど旋回していた鳥型魔物が急降下し、さっき殺された兵士の横に降り立った。
そして、その大きな嘴に兵士を銜えるとはるか南の空に向かって飛び立っていった。
「おい、あの鳥型魔物は何をしたんだ?」
訊くと、ステファンはボソリと、
「喰うんだ……」
と呟いた。
「喰う?」
「ああ、奴らは結構好んで人を喰うんだ。
そして、魔物にも上下関係があるらしく、より強い魔物がこいつらを使って人肉を南にある拠点に運ばせているみたいなんだ」
―――――より強い魔物。
その言葉に反応してしまいそうになったが、本能が疼きだしそうだったのであえて伏せておく。
「なかなか残酷だな……そうだノエルはどこだろう?」
言うとステファンが「あっち」といって指をさした。
そこで、またしても呆気にとられる光景を見てしまった。
戦線の右端でノエルがオークと1対1で闘っている。
ノエルはオークのメガトンパンチをいとも簡単にかわすと、剣でオークの右腕を斬りつける。
その腕はあっさりとこぼれ落ちた。
グオォォォ!!!
とでも叫んでいるようにオークは雄たけびを上げる。
―――――が、彼女はそのしぐさを無視し、容赦なく敵の首を斬る。
オークは呆気なく崩れ落ちた。
この戦闘……
―――――俺の戦い方に似ている。
ノエルの戦闘力は他を圧倒するもので、結局一人で半分以上のオークを倒していた。
死者は数人出たらしいが、ステファンいわく今回は結構易しい戦だったらしい。
初めて、魔物を見て、そして奴らとの戦いを見て俺は明らかに興奮していた。
そしてなにより……
俺は戦いが終わった後も高台の上からノエルを見続けていた。
彼女がまるで本当の妹のように見えた……。
ーーー
第2話 魔物 (完)