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平凡希望しかし現実苦し  作者: 澤木弘志
第一章 優しき愚者 ~朱ノ篇~
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スウェンの悪夢 後

※残酷な表現があり、若干の鬱展開です。

スウェンは身体の震えを抑えきれなかった。


恐怖による鼓動も激しさを増し、呼吸混乱にすらなりかけていた。

目視する限りでは兵士は十二人。

渋い褐色の軍服を着た恰幅の良い男が先頭に立ち蹲り死体を抱くスウェンを見つける。

下卑た笑いを浮かべ弄ぶような雰囲気で近寄ってくる。


「へぇ、まだいたのか。お前はまだ若そうだな」


“若そうだ”っという言葉にスウェンは戦慄した。

若い個体の羽耳族の男は年配の男や女よりも価値が低い。ゆえに奴隷や装飾品扱いよりも一時の“遊び”として扱われることが圧倒的だった。

兵士たちのにやついた笑みはすでにスウェンを遊びの標的と定めている。


すぐさま行動に起こさなければ嬲り殺しの未来が待っている。

スウェンは未だ引きずる悲しみと恐怖を無理に押し込み、抱きしめていた里長の体を断腸の思いでその場に置く。

震える体に叱咤して勢いよく立ちあがり兵士たちとは逆方向に駆けだした。

長の家の裏手から伸びる細い川を越え複雑に曲がりくねって木々を沿うように逃げる。兵士たちは逃げるスウェンをまるで鬼ごっこするように、さも楽しげに追いかけてゆく。

スウェンの後ろから兵士たちの笑い声と言葉が聞えてきた。


「おうおう、早く逃げろよ。追いついちゃうぜ?」


「楽しませてくれよ坊ちゃん!」


「ハハハ!!早く逃げろ逃げろ!」


恐怖に顔がゆがむ。

悪魔の声が、後ろからつかず離れず聞えて来てスウェンを精神的に追い詰める。

何度も木の根に足を獲られこけそうになりながら足は止めない。


死にたくない!!


涙にぬれた視界の先に褐色がチラリと見えた。




バン!ドッサッ!!

不意に掴まれた腕に引き寄せられ地面に叩きつけられる。

一転した視界に酔いながら状況が全く分からなかった。

目を見開き見上げた先には軍服姿の男が笑ってスウェンの頭を掴む。


「はーい終了!残念だったな?」


いつの間にか先回りされていた。

挟み打ちのように兵士たちはスウェンが逃げる方向にも居たのだ。

その気になればいつでもスウェンを捕まえられたはずなのに彼らは遊びと評し一時間近くスウェンを泳がせていたのだ。

だからか彼らは始終笑っていた。息も乱さず、確実に獲物が弱るその瞬間を待って。



最初に腹を殴られた。

せき込むスウェンを横目に体を持ち上げられ再び地面に叩きつける。その時に肋骨が何本か折れる。

次に足を蹴られ逃げないように骨を折られ鞘で殴られ、死なないように窒息寸前まで首を絞められる。

青黒く顔が変色し手が首から離れた直後は朦朧とした意識の中、なおも逃げ出そうと伸ばした手を剣で突き刺して地面に縫いつけられた。


「うわぁああ!!」


痛みと苦しみで絶叫するスウェンを楽しげに嬲る兵士たち。


「まだ死ぬなよ?遊びはこれからなんだから」


「そうそう。他の奴はすぐに死んじまったからなぁ。全然遊びたらないんだ」


次々に殴られ剣を切りつけられる。

死なないように絶妙な苦しみと痛みを絶え間なく与えてゆく。

それは飽きるまで続けられる地獄の遊びだった。







もう意識が保てない。

スウェンの体は原形を留めないほどに全身の骨を折られ、皮膚を剥がれ筋肉や内臓を撒き散らして横たわっている。顔は大きく膨れ上がり鬱血して青紫色に変色し一部は壊死したように黒くなっている。

耳の羽毛も千切られ夥しい血だまりの中微動にも動けないでいた。


まだ生きているのが不思議なほどだった。



喉も切り裂かれ声帯を取られているせいかうめき声さえ上げられず辛うじて空気の漏れる音だけが断続的に響いている。

兵士たちもすでにズタボロのスウェンに飽きてきたのかスウェンを積極的にいたぶるのは三人だけで残りの兵士は近場で座り込みタバコを吹かしてスウェンの様子を眺め見ているだけだった。


「…さてと、飽きてきたことだし、そろそろ終わりにするか」


「優しい俺達が終わらせてやるよ。有難く思いな」


そう言って兵士の一人がスウェンの頭と首を断絶させようと剣を振りかぶった。




バッシュ!

その瞬間振りかぶるように腕を上げていた兵士の首が地面に落ちる。

呆気にとられた他の兵士たちの動きが止まった。

何が起きたのかも分からず首の落ちた兵士の体が地面に倒れ込むまで誰一人として行動に起こせなかったのだ。

その隙をついて二追の矢が放たれる。

先ほどの首を落としたのは強烈な鋭さを持つ弓矢の力だった。


バシュ、バッシュ!!

放たれてた矢はスウェンの近くにいた兵士二人の脳天を貫く。

勢い余って貫通した矢は離れた後ろの木に突き刺さった。

兵士たちは仲間が殺された瞬間を垣間見て弓矢の放たれた方角に駆けだす。スウェンを置いて。

躍起になった兵士たちはスウェンの事など眼中になかったのだろう。そうでなくてもすでに虫の息で死はまじかだった。


スウェンの近くに兵士がいなくなると駆け寄る音がする。

淡い緋色の羽耳を持つ白金の髪の少女だった。彼女の片手には先ほど兵士を撃ち殺したであろう弓矢が握られている。


「スウェン!!」


マキナだった。

所々煤汚れた顔に心配そうにゆがめられる瞳がスウェンを覗く。

そっとスウェンの頬に手を触れた。マキナの手は酷く暖かかった。


「癒しの神、ハウゼンよ。どうかスウェンの傷を癒して…!!」


マキナは癒しの神に祈りながら懐に隠し持っていた家宝の秘薬をスウェンの口に含ませる。

スウェンは薬をごくりと飲み込むと痛みは引いてゆくのを感じた。


破損した四肢すら癒し、死者すらも蘇ると言われる秘薬中の秘薬として名高い“エステール”

マキナが持ち出せたエステールは僅か一滴分しかなかったがスウェンの傷を瞬く間に癒してしまう。


「マ、キナ…?」


「スウェン!あぁ、良かった!良かった…!!」


意識がはっきりしだしマキナの名前を呼ぶスウェンを強く抱きしめ泣きだすマキナ。

スウェンはマキナを抱きしめ返し声を押し殺して泣いた。


逢えた!




つかの間の邂逅。

しかし魔の手は二人の後ろ近くまで迫っていた。


「…よくもやってくれたな!羽虫の分際で人間様に逆らうとは…!!」


鬼の形相で二人に迫る兵の一人にマキナは弓を携え矢を放つ。

しかし矢は兵を穿つことなく剣の柄で軌道を変えさせられてしまった。

兵士は駆け寄りマキナの横腹を蹴りつけ、細いマキナの体は数メートルまで吹き飛ばされる。


「マキナ!!」


傍に駆け寄ろうとしたスウェンにも兵士は容赦なく剣を切りつけた。


「ぐぁあ!」


痛みに堪えマキナの傍へ走り出すスウェン

横たわるマキナが顔を上げスウェンを見据える。震える手で指差したのは東の方角


「…っく。ス、スウェン…行って…早く…!」


「!」


マキナは怠慢に立ち上がって再び矢を構えた。

彼女の口元からは血が滴り落ちている。先ほどの攻撃で内臓が破裂したようだ。

長く持たないと感じたマキナはスウェンを逃がすために最後の攻防に出ようとする。


「マキナ!嫌だ!!マキナを置いてゆくなんて…」


「駄目よ!貴方は生きるの!!」


目線は兵士に固定されたまま強い口調でスウェンを促す。

兵士に向かって何度も矢を放つ。


「…お願い…最後の我儘よ」


マキナの声は震えていた。

スウェンは声が出なかった。彼女の決意の眼差しと哀しいくらいの優しさが痛かった。




スウェンは駆けだした。

マキナを背にして。兵士は九人。マキナが足止めをしても六人がスウェンを追いかける。


途中の崖を転げ落ち、それでも奔った。

迫る兵の足音が近づいてくるたびマキナの言葉が反芻する。


“貴方は生きるの!!”


生きる、生きなければ!

その思いだけで奔ってゆく。もはやそれは洗脳に近いのかもしれない。それでもスウェンに残されたのはその言葉のみだった。








どれくらい奔っただろうか。

やみくもに東を突き進んでから昼夜を問わず逃げてきた。

今自分がどこにいるのかも、どこへ行こうとしているのかも分からない。

疲労困憊な体に鞭打ってただひたすらに足を前へと進めるだけだった。


気がつくと辺りは霧に包まれていた。

視界不良の中スウェンの足音に混じってかすかな音が聞こえる。

朦朧とした意識のスウェンはその音に気付かなかった。


ザッシュッツ!


背中に熱が奔る。

鋭い痛みと強烈な衝撃が加わり体が前のめりに倒れ込む。


スウェンの体は霧と草影に隠れていた崖下へと転がり落ちてゆく。

草木や枝のクッションで直截な転落衝撃は避けられたもののいたるところを打ち擦り傷だらけになる。

先ほど受けた背中の傷は深く熱を孕み発汗が止まらない。


ふらふらした体を立ちあがらせて進む。

すでに気力しか残されてはいなかった。










「っは!!」


陽が傾いた外は橙に染まっている。

スウェンは長い長い夢から目が覚めた。

汗でびっしょり濡れた服が肌に張り付き荒い息を吐いている。


俯くスウェンの傍らにソルは心配そうに覗きこんだ。


「随分魘されていたが…傷が痛むのか?」


ソルの存在に気付かなかったスウェンは、はっと驚きソルをまじまじと見つめ返す。


「なんだ?」


「…いえ…なんでもありません。ちょっと夢見が悪かっただけです。ご心配には及びません」


スウェンの解に違和感を覚えたソルだったが深く追求することも出来ず、夕飯まで休むようにと告げて部屋を後にするしかなかった。






スウェンの脳裏には彼女の最期の言葉が響いていた。










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