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もしかしたらの未来 ジル・バノル

 とある国、とある王宮にある東屋で、とある青年がとあるネコに対して熱心に、それはそれは必死に、一生懸命、土下座をしていた。

 とある青年、ことジル・バノルはその額を東屋の地面にこすりつけるように、一心不乱に土下座をして、泣き出しそうな声で言い募る。


「いつかちゃんと言うつもりだったんだよ!ほんと!お願いだから元の姿に戻ってちゃんと話を聞いてください!マジでユリ様に暗殺されちゃうからっ!!」

「にゃーぁうー(むしろそうされてしまえばいーんですーぅ)」


 東屋の椅子へちょこんと箱座りをしている毛並みの良い成猫がツンとそっぽを向いた状態で、気のない鳴き声を上げると、土下座し続けたジルが泣き出しそうな顔を上げて、ネコを見つめた。


「あーもう、そんな声出さないでよー。言ってることわかんないけど、なんとなくわかるし…。でも、本当に悪気はないから許してよー」

「にゃーっ(悪気がなければ何をしていいわけじゃないのっ)」

「もーっ、本当にごめんなさい。言い訳しません。ミヤコの望む罰も…できる限り受け入れ」

「にゃっ!?(できる限り!?)」


 ギラリ、とネコこと一条都いちじょうみやこが睨みつけると、ジルは慌てて言い直す。


「ミヤコが望むとおりの罰を受け入れます!」


 だから、と言いながらへにょりと眉を下げて綺麗な毛並みをしたネコの状態である都を、請うように見つめる。

 ふぅ、と都が大きなため息をつくと同時に、その姿が光に包まれた。

 ジワジワとネコであった姿が大きく膨らみ、光の収束と同時に真っ黒なローブに包まれた大人の女性が現れる。

 都の、本来の姿を認めたジルの表情が途端に晴れやかになり、漆黒の瞳は熱に浮かされたようにトロリととろけきった様子を見せる。


「ミヤコ…っぅぐ!」


 抱き着こうと両手を広げて立ち上がったジルの腹に、凶悪な8センチのピンヒールをめり込ませてから、都はうっそうとした笑みを浮かべ、右手を右頬に添えて小首を傾げた。


「困ったなー。許したわけじゃないのに触ろうとするなんて、由梨さんにもう一度教育的指導をお願いした方がいい?」

「けほっ…そ、それだけは止めてください…」


 優しげで美しい見目をしている麗しの王妃が、こと都に関してひどく凶悪になることを知っているものはごくわずかだ。

 主に被害(というよりも制裁)にあっているジルは顔色をうっすらと青くして、大人しく東屋の前の地面で正座をした。


「で?」


 都が不機嫌に、短く問いかける。


「浮気はしてません!」

「うわき、は?」

「…約束は、破っちゃいました」

「……私から言い出した約束じゃないよね。ジルがどうしてもっていうから、こんな暑くて重いローブ羽織ってるんだよ?」


 都の指先が真っ黒なローブをつまんで、放す。パサリ、と乾いた音を立ててローブは彼女の手から離れた。


「私はローブを着て肌を隠して、ジルは髪を触らせない。言いだしっぺは、ジルだよ?」


 お互いを束縛するための約束だったそれが、先日、言いだしっぺの彼から破られた。

 しかもジルは、あわよくば隠し通そうとして、口をつぐんでいたのだ。

 髪を触られたのは仕方ない部分もある、とアッシュから事情を聴いた都は仕方がないと納得していた。それを正直に話してくれていれば、不問に処す予定だった。人助けのために、享楽主義で他人に興味のなかった彼が自発的に動いたのだから、むしろ褒めてあげるつもりでいたほどだ。


「…ごめんなさい」


 著名な魔道師で、優秀だけど傲慢でもあるジルが、子供のようにしゅんと項垂れて、伺うようにチラチラと都を見上げる。

 きっと彼は都が腹を立てている本当の理由に、己では気づかなかっただろう。

 今回だって怒り心頭の由梨とフォロー役の王様に説明してもらって、やっと都がここ何日か猫の姿を取って彼を避けていたことに合点していた。

 そういう人だと、都は知っている。

 変なところは聡いくせに、バカが付くほど無神経で鈍感な人だ。悪いところを上げだせば枚挙に暇がなく、良いところを教えてほしいと言われたら首をかしげながら見た目?と答えてしまうだろう。

 けれどそんな人に恋をしてしまった自分も大概バカだ、と都は自嘲を含めてほほ笑んだ。


「もう、隠し事はなしだよ。」

「髪を触らせないし、都に言えないことはしない!させない!!」


 キラキラと好意と喜色を前面に押し出して輝く黒曜石の瞳に、都は見とれた。


 あぁ、そうだ。

 この瞳が私だけをこうやって見つめていて欲しい、独占欲が恋の始まりだった。

 結局、似た者同士だったんだ。


 けれどそんなことを考えたことをおくびに出さず、王妃様である由梨直伝のスマイルを浮かべて言い放つ。


「7日間は寝床を分けることで、許してあげる」


 次の瞬間にあがったジルの絶望的な声が、都の隠された独占欲をいたく満足させたことは、誰にも秘密の秘密だ。



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