てるてる坊主
残酷な表現があります。
―――信じる?―――
そんな言葉さえ僕は意味を知りたいくらい、目の前の惨劇に吐いた。
―――ねぇ、知ってる?―――
そうやって始まる都市伝説。
そんなの生温いほど、狂気にかられ、手に媚びりついた生暖かくドス黒い血と嘔吐物は混じり合わず、混じり合わない事でさえ謎に思うことで混乱を増幅させていた。
ケラケラと鳴り響く。まるでひぐらしが日の入り知らせるように…………。
…………ことの始まりはいつだったっけ。
あぁ、そうだ。
あれは、双子の妹と1週間先の遠足を楽しみにてるてる坊主を作っていた時だった。
「ねぇ、かっちゃん! みんなの分も作ろうよ!」
楽しみにしていた。ボクも、妹のキヨも。
何故かって?
祟りの子って呼ばれていた僕たちが学校行事に始めて参加できるからだ。
遠足用のバックにはもうしおりに書いてある持ち物はお弁当以外入れた。しおり、雨具、タオル、戦隊もののレジャーシート。
バックの上にはその日被る暗い青の帽子。それと防犯ブザーも取り付けた。準備は完璧だった。
ただ、天気予報はその日、雨という予報を出していた。
だから僕たちはてるてる坊主を作っている。クラスは僕たち含めて全員で13人。13人分分のてるてる坊主を作っている。そして、出席番号13なのがキヨだった。
「できた!」
キヨが13体目のてるてる坊主に顔を書き終えた。ボクはキヨの楽しそうに微笑んでいる顔を見て嬉しく思った。
何年ぶりだろう。僕たちがこうして笑ったのは。
「吊り下げよう!」
「うん!」
てるてる坊主の首に紐をくくりつけ、窓際に吊るした。顔が外に向くように、13体吊るした。
―――知らなかった。僕らは知らなかった―――
「はれるかなぁ」
吊るしたばっかのてるてる坊主の間から空を眺めた。
それは皮肉にも晴れていて、雨なんて降る気配もなかった。白い雲は優雅に流れ、暑い日差しはさんさんと降り注いでいる。
「晴れるよ」
僕は期待を乗せてそう言った。祟りなんてそんなものないのだから。
そんな今日は土曜日だった。学校は休み。気温は26度を越えていて少し蒸し蒸ししていた。家のなかは節電のため照明系統は全て消されていたが、クーラーは稼働させていた。節電とは名ばかりの家計である。
まぁそのお陰で快適に過ごせているのだが、なにせ家の中でもやることがない。テレビゲームはどうしてか全て壊れているし、トランプはハートのカードが全部なくなっているし、今時の遊びなんてできなかった。いや、誰もさせてくれなかった。
「ねぇ、勉強教えて」
キヨはそう僕に言い、僕は、あぁそうだったね、と言ってカバンからA3の大きさくらいの教科書と、普通のノートと、動物がいっぱいかいてある筆箱を取って、部屋の真ん中にある丸机に置いて、キヨが座っている隣に座った。
「じゃぁね、まず算数だけど……」
同い年の僕たちが運命をねじ曲げられたのは何時だろうか。
キヨは学校から登校をしないように言われている。
祟りの子。
キヨの事をそう呼ぶのは大人たちだった。
毎年ここでは12人の子どもが生まれる。必ず。これはどうやら天命(?)だとか風習(?)だとからしい。謀らずも必ず12人になる。
ただ、極稀に13人目が現れる。それは必ず双子の女の子らしい。国語の授業で読んだお話しには、その13人目が他の12人を殺して、肉を食って、そして、石像、僕たちはトキノカミと呼んでいる、それを破壊するらしい。
トキノカミはここの守り神らしくて、飢饉(?)やら災害やらから守ってくれてたらしい。
昔、同じことが1回あったらしい。
何年前かは知らないけど、13歳になった途端に不気味なことを言い出して12人の同い年を喰らい、石像を壊し、そのあとにその子が包丁と彫刻刀を持って道を徘徊し、出会った人を次々に殺していったらしい。
最後には鏡を見て自分自身の首を切り落としたらしい。
そのあと直ぐに、大きな地震があったらしい。
今では完璧な状態であるトキノカミ様の石像は学校の校門付近にひっそりと緑に囲まれた山々を眺めている。
「終った!」
問題集数ページ分をやり終えたようで、キヨはそう叫んだ。考え事をしていた僕としては驚くことであった。
「ホントだ。ちゃんと終わってる」
パッと答え会わせをして全てが丸に囲まれたのを、キヨは喜びながら見ていた。
「へっへーん。キヨ天才」
「そうだね」
僕は笑顔で頭を撫でた。
「かっちゃん」
キヨが急に顔に影を落とした。
「晴れるよね?」
予報は雨だった。でも、てるてる坊主があれだけあるのであれば……。安直な考えをしていた。
「晴れるよ。絶対」
僕は強く言葉を呟いた。
簡単なことだったんだ。その時に気づくべきだったんだ。
―――トリガーを―――
僕たちが一緒に学校に行くのは次の木曜日だった。
あからさまな期待をキヨは体で表現しながらその日を待っていた。
今日も快晴。
今日も快晴。
今日は怪しい雲があったけど雨は降らない。
今日は快晴。
今日は、木曜日は雨が降っていた。
僕は青い傘の青い長靴で、キヨは赤の傘の赤い長靴でとことこと学校に向かっていた。
スキップして水溜まりの水をぴしゃぴしゃ跳ねさせながら、キヨは楽しそうに鼻唄を歌っている。
それはてるてる坊主で、ずっと、明日天気にしておくれ、としか言っていない。
僕もつられてその部分だけ歌う。もうすぐで遠足だ。それだけを楽しみに。
学校の校門の前に着いた途端、僕は異様な光景を見た。
トキノカミ様の石像が大人たちによってその姿を隠されていた。
当て付けにも程がある。
僕はキヨの手を握り、足早にその前を過ぎようとする。
「かっちゃん!」
大人たちの手にはバットに鉈、ノコギリにハンマー。まるで壊される前に殺そうとしているのではないか。
怖くなった。殺されるんじゃないかって。
さらに、足を早める。
大人たちがキヨを凝視してる。
持たれているそれを確り握った。
「ねぇかっちゃん!」
大人たちの前を通りすぎ、振り返らず、もはや走っているような速さで校舎に向かう。
「かっちゃんてば!」
校舎に入って、その声に気づいた。振り替えるとキヨがゼイゼイ言いながらびしょ濡れになっていた。
赤い傘は大人たちが拾ってこっちに近づい来ていた。
「手、痛いよ。かっちゃんどうしたの?」
恐怖。
僕はまた手を取り、教室に向かう。
教室に中に入った途端、クラスの皆の視線が集中した。
「出た。祟りの子」
「うわ、こわ」
「びしょびしょだわ。台風でも呼び込んだのかしら」
「台風? じゃぁ遠足も中止? そんなの嫌だよ」
僕はキヨの方を見た。うつむくその顔に影よりも暗い闇を見た気がした。
「まじ死ねよはやく。迷惑だっつうの」
僕はキヨから手を離し、離した手を強く握った。
「しーね」
一方的に放つその言葉は1人から始まり、段々と大きくなっていく。
僕は我慢できないで、殴りに掛かろうとした。
「うるせーぞ! 誰だ死ねとか言ってるやつは! 言った奴が死ね!」
僕の腕を大きな手が止め、教師らしくない暴言を吐いた。
直ぐにシーンとなり。みんなはキヨから目を反らした。
「そら、座れ。説明だけするから二人はそのあと帰ってもいいぞ」
僕は小さく頷く。
キヨはなんの反応もしなくなってしまった。僕は手を引き、僕の席にキヨを座らせた。
キヨの席は、もうすでに使えないほど落書きや、罠などが張り巡らされていた。
僕の席は一番前で、誰の席も隣接していない。
「よし、じゃぁ、遠足の説明をする」
そう切り出して黒板に白のチョークで色々なことの注意などを書き説明していく。
先生だけが僕たちの味方だった。
キヨが遠足に行けるようになったのも先生のおかげだ。
「で、当日雨の場合、来週に延期する」
と言ったところで、質問はないかと聞く。
特にないようで、遠足の説明は終った。
僕たちは席を立った。
「当日、楽しもうな」
にっこり笑った先生の顔に頭を撫でられたキヨは、笑顔を見せた。
僕以外に笑顔を見せるなんて、見たこともなかった。
僕たちは直ぐに家に帰るよ。
赤い傘はボキボキに折られていた。僕の傘は平気だったので赤い傘を学校に置いて相合い傘して帰ることにした。
まだ見張っている大人たちの前を足早に抜け帰る。
鍵を開けて家に入ると雨が止んでいた。カーテンを開けてその事に気づいたんだ。
僕だけじゃない。キヨもその事を知ってしまった。
「ねぇ、かっちゃん。やっぱり遠足行かない」
僕の袖を弱々しく引いてキヨはそう呟いた。
消えそうだった。僕のたった1人の家族が。
「キヨが行かないなら僕も行かない」
僕はそう返して、キヨに抱きついた。
おかしな話だ。
なんで僕たちは、
―――死ぬことを期待されなきゃいけない―――
いじめなんかじゃない。迫害だ。
神様がいるならなんでこんな、世界を創ったんだろう。
僕は先生に電話をして、遠足は行かないと伝えた。
「なんでだい? あんなに行きたがってたじゃないか」
電話越しの優しい声。僕は僕たちの思っていることを言った。
「でも、それじゃぁ二人が可哀想だ。クラスは校長先生に任せるから、二人は俺と行こう。三人だけで遠足だ」
僕は先生に待ってもらいキヨにそのことを伝えた。
「いい?」
「いやだ」
「なんで?」
キヨは少し震えていた。小刻みに、何か怖いものでも見たかのような、そんな、漠然とした恐怖に僕は共鳴した。
「わかった」
受話器を取り、先生にやっぱり行かないと言った。
「そうか。……わかった。学校に馴染めるようになればいいな」
それで、僕は受話器を置いた。
―――これが、先生との最後の会話だった―――
キヨはそろそろ晴れた外を見て、てるてる坊主の歌を歌い始めた。
―――テルテルボウズ、テルボウズ―――
―――アーシタテンキニシテオクレ―――
翌日は雨だった。
「あははは」
カーテンを少し開けて外を眺めていた僕の後ろから、掠れた笑い声が聞こえた。
「かっちゃん。このテルテルボウズ、雨を降らせるよ」
僕はその笑い方が怖かった。
室内は節電のため暗く、そのせいかキヨの目が、瞳孔が開いている気がした。
「違うよ。明日晴れにするためにエネルギー溜めてるんだよ」
すっと立ち上がりテレビをつけるキヨ。ちょうど天気予報がやっていた。
3日先まで、雨。
「ね、このテルテルボウズ、雨を降らせるよ」
真上にいるてるてる坊主を見上げた。
13体のてるてる坊主。そこには笑った顔が書かれているはずだった。
―――なんで、泣いてるの―――
「ねぇ、かっちゃん。テルテルボウズが嘘ついたらどうしなきゃいけないんだっけ?」
キヨの方を向いた。テレビは既に消されていて、僕をまっすぐ見ていた。
どうしなきゃいけない?
それはてるてる坊主の歌にあるあれなのか?
「祟りってあるのかな? 私、みんな殺せるのかな? みんなで夢の中で遠足に行けるかな?」
キヨが問いかけながら僕に近づいてくる。ゆっくりゆっくり。僕は思わず下がろうとするが、後ろは窓があってこれ以上下がれなかった。
キヨの息が顔にかかるくらい近くに寄ってきた。心臓を抉らるように、意識を奪うように、僕の目を、死んだような目がのぞきこんできた。
「かっちゃん、これ、かっちゃんのテルテルボウズ」
僕の目を見ながら上に吊るしたてるてる坊主を一体取り、僕のポケットに入れた。
「ちゃんと持っててね」
口角だけが上がり、不気味な笑顔を見せつけられた。
そのとき、電話が鳴った。
キヨは僕から離れて、部屋の真ん中に座った。
電話が鳴り響いている。
僕は動けないでいた。ポケットに入れられたそれは、異様なまでに僕に存在感を押し付けてくる。そのてるてる坊主はきっと泣いてるんだろう。雨を降らせるために。
「かっちゃん出ないの?」
電話が鳴り響いている。
なんでだろう。出たくなかった。出ない方がいい気がした。出てはいけなかった。
「かっちゃん?」
電話が鳴り響いている。
幼く首を傾げたキヨに目の光が残っている訳でなく、昨日までのあのキヨは混沌の闇に堕ちたようだった。
電話が鳴り響いている。
随分長いコールだ。いい加減に出なければ。
電話機に近づく。
電話が鳴り響いている。
キヨの横を通って電話機の目の前に立つ。
電話が鳴り響いている。
受話器に手を当て、覚悟を決め取った。
「もしも……」
「早く学校に来るんだ!! 危険だ! 早く! そこにいちゃいけない! 早く逃げるんだ!!」
受話器に耳を当てられないくらい大きな声。先生だった。
僕がその意味を考えているとキヨが受話器を僕の手ごと戻した。
「……うるさいよねぇ。虫けらみたいに。邪魔だなぁ。……あは……ははは……はははは」
渇いた笑い。
もう僕でさえ限界だった。
「き……キヨ。なんか大切な用事があ……あるみたいだからちょっと学校に行ってくるね」
「うん……」
悲しそうな顔。俯かれたその顔がぬっと僕に向けられた。
「早く戻ってきてね。でないとかっちゃんまで殺しちゃうから」
心臓を握られた。とでも言うのだろうか。苦しい。
「い、ってきます」
「いってらっしゃい」
僕は逃げるように家から出た。ある程度走って離れても苦しいから気になって振り返るとドアを少し開けてキヨが覗いていた。
僕はもうとりあえずキヨが怖くて、キヨのいない場所まで走る。
走る。
走る。
気がついたら学校にいた。ここまで全力で走ったためか息が切れて動けないでいた。
息がある程度おさまると僕は顔を上げた。
―――これが驚愕しないでいられるか―――
―――トキノカミの像の首が綺麗にちょんぎられていた―――
祟りなのか?
祟りが始まったのか?
そんなことを考えさせてもくれないらしかった。
「きゃぁぁぁぁぁあああ!!!」
校舎内から悲鳴。
行きたくなかった。
行かざる負えなかった。
走る。
一直線に悲鳴と泣き声が聞こえる行きなれた教室に入る。
それと同時に異様な光景、いや、異様なんかじゃない、地獄が目の前に広がっていた。
黒板には、折れている赤い傘が突き刺さっている。先生の心臓を抉って。
クラスメイトの半数の首がちょんぎられていて、胴体からは勢いよく血が吹き出ている。
血の海。
僕は入ろうとしたが足が上がらない。
恐怖? 絶望?
まだ生きている女の子が僕に気付き近寄って恐怖に刈られた顔で僕の肩を強く掴んだ。手は血と嘔吐物で汚れていた。
「ねぇかっちゃん助けて!! 殺される! 祟りで……」
―――殺されちゃうよ―――
最後の一言をちょんぎられて落ちていった頭が言った。
目の前に血のカーテンが吹き上がった。力なく倒れていくその体を僕は見ていることしかできない。
あと何人生きているんだろう。血でまったくわからない。
とりあえずわかるのは、今飛んだ女の子の頭が落ちた時点で、頭がついた胴体は僕と先生だけになったことだけだ。
「あ……ははは」
渇いた笑い。それはキヨではなく、先生の声だった。
ぎょっと首だけが動き僕を見つける。
「あぁ、来てくれたんだね。絶対に何処にも行くんじゃないぞ。死にたくないなら。大丈夫だよ、今大人たちが祟りの子を殺しに向かってくるから!!」
笑い声が響いた。
僕は走る。
衝動。
いや、ただまだキヨが祟りの子だと思っていないだけだ。
これは、大人たちの、
―――隠謀だ―――
走る。
気づかないうちに吐いていたらしい。吸う息が臭い。手も血と嘔吐物で汚れている。
走る。
目に入る血を拭いながら。
走る。
ただ、キヨを守りたくて。
家についた。大人の姿はない。
僕は急いで奥のドアを開けた。
―――あまりに綺麗だった―――
血もない。壊された形跡もない。ただふたつ、異様なものがある。
ひとつはてるてる坊主が全て首をちょんぎられていること。
ふたつ目は、
―――キヨが首を吊っていること―――
「オカエリカッチャン」
キヨの首がぬっとこっちを向いた。
「ねぇかっちゃん。雨降ってる?」
降っていない。降っていない。
「フッテルヨネ。ダカラ、ウソツイタテルテルボウズ、クビチョンギッタ」
あまりに異様だった。いや、気づかなかっただけ?
違う。
違う!
なんで今までてるてる坊主だったものが、クラスメイトだったものに変わっているんだ。
僕は吐く。
血の臭い。いまだに吹き荒れる血飛沫。
手に媚りついた血と嘔吐物が混じり会わない。その赤黒い色と地味な黄色がお互いを強調している。
なにが……なにが起こってるの
「ネェカッチャン」
血と嘔吐物が混じりあったころキヨはこう言った。
「カッチャンも一緒に逝こう」
吊られていた首はボトンと落ちる。
「アハハハハハハハははハハハハハハハハハハハハハハははハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハ!!」
―――その首は、僕の目の前にいた―――
読んでいただいてありがとうございます。
気分は平気でしょうか?
短めですが冷えたでしょうか?
今後も澁谷一希をよろしくお願いします!