ふたりだけの軍隊
二人の兵士は、その茂みに身を伏せて息を殺し、待っていた。
「隊長、目標は本当に来るんでしょうか」
「必ず来る。サーを忘れてるぞ!」
「サー。失礼しましたサー」
既に一時間が経過していた。彼らにとっては決して短くない時間である。
「サー。退屈してきましたサー」
「任務に退屈もクソもあるか! 演習じゃなんだぞ! 給料分は仕事しろ!」
「サー。あの給料ではあと一時間が限度ですサー」
「贅沢言うな! まったく最近の新兵は!」
作戦の成否次第で、彼らの将来は大きく変わるはずである。
「サー。何を考えてるんですかサー」
「オレ、この作戦が終わったら……」
「サー。それはフラグですサー」
「ふらぐ?」
「サー。知らぬが仏ですサー」
「なんだよそれ! 教えろよ気になるだろ!」
二人の目前、数メートルの距離には、目標を待ち受けるブービートラップ。
「サー。あのトラップは信用できるのですかサー」
「話したろ。昨日、目標があれに引っ掛かったのをオレが見ている」
「サー。その時に目標をしとめれば良かったのではないですかサー?」
「それも話した。妨害が入ったのだ」
「サー。それで手をこまねいて見ていたのですかサー。いくじなしサー」
「うるさーい!」
更に無為に待つこと数分。部下は地図とコンパスを見比べ、眉根を寄せて質問する。
「サー、自分はこのあたりは不案内ですが、何か変じゃないですかサー」
「何を言う。オレの作戦に万事ぬかりはない」
「サー。目標が来る方向は正面で間違いありませんかサー?」
「間違いない。この時刻、この地点を北から南に向かって通過する」
そしてあらわになる、作戦のほころび。
「サー。申し上げますが……」
「ん?」
「コンパスによれば、北は正面ではなく後方ですサー」
「な……なんだと!?」
「あら。丁奈ちゃん、丙太くん。こんにちは」
よもやの奇襲! それは、待ち伏せ地点の背後から二人に訪れる。
「あっ。こんにちは乙美おねえちゃん」
「うわっ!」
「ふふ。どうしたのそんなところに隠れて。誰かを驚かそうとしてるのかな?」
「うん。乙美おねえちゃんを待ってたの」
「え? 私?」
「うわっ! バカっ」
信頼していた部下の、突然の裏切り。
「丙太が、おねえちゃんが昨日あそこの折れた電柱の跡につまずいたの見てて」
「あら」
「おいだまれっ」
「甲一おにいちゃんが乙美おねえちゃんにバンソーコー貼ってあげてるの見てて、自分もやるんだって」
「えっ。そんなとこまで見られてたんだ」
「わーっ!」
「乙美おねえちゃんと甲一おにいちゃんがいいフンイキだったから、声をかけられなかったんだって!」
「やめろぉ!」
戦場では、無能な指揮官が背中を撃たれるのはままあること。
「もーやだなあ。別に私とコウはそういうんじゃないんだから」
「そそそ、そーですよね! 甲一にいちゃんはただの幼馴染だって前に」
「サー。丙太ってほんとバカだよねサー」
「な、なんだとー!?」
「うふふ。何その『サー』って。卓球?」
「昨日テレビでやってた映画に影響されちゃったんですこのバカ。毎度付き合わされるのも楽じゃないです」
「なっ! だからレアカードやったじゃねーか!」
「サー。あんなのたいしてレアじゃないですサー」
「ふたりは本当に仲良しなのね。これ以上お邪魔しちゃ悪いかな?」
「ちっ違うんです乙美さんっ! こいつはただの部下でっ」
「サー。あんたはただのバカでしょサー」
「ばっ! バカバカ言うな!」
「サー。丙太のバカ。バーカ。サー」
そして……決定的な第三の勢力の参戦……!
「よー乙美。あれ? どうした丙太に丁奈ちゃんまで」
「あっ。こんにちは甲一おにいちゃん」
「わわっ! まずい!」
「あれ? コウ、部活は?」
「今日は顧問が急用で中止。まずいって何だよ丙太」
「あのねー丙太はねー」
「うわーっ! 撤退! 撤退!」
かくして、戦線は瓦解。全軍敗走とあいなる。
「なんなんだあいつら……そういえば乙美、転んだのこの辺だったよな。膝はもう大丈夫か?」
「うん。絆創膏はまだ貼ってるけどね。何よ。コウがあんまりやさしいと気持ち悪い」
「そりゃお言葉だなおい!」
「あはは。……でもありがと!」
数刻の後、デブリーフィング。失敗に終わった作戦についての反省検討会議。
「ちっくしょー! なんでこうなるんだよっ!」
「サー。そもそも作戦に無理がありましたサー」
「うう、いい作戦だと思ったのに……」
「サー。いくらうっかりな乙美おねえちゃんでも、毎日同じところで転ぶわけないですサー。」
「そ、そうかもしれないけど……」
「サー。だいいち、女の子が転ぶのを黙って見ておいて後から手当して気を惹こうなんてサイテーなんですサー」
「ぐっ……」
「サー。根性が曲がってるのですサー。そういう奴は永遠にモテないのですサー」
「ぐぐ……」
「サー。そもそも丙太と美人の乙美おねえちゃんとじゃ釣り合うはずがないんですサー」
「ぐぐぐ」
「サー。バカ丙太がかっこいい甲一おにいちゃんに対抗しようなんてのがだいたい百年早いんですサー。いや、永遠に早いんですサー。身の程をわきまえてくださいサー。」
「いっ……言わせておけばぁーっ!」
「わーいバカ丙太が怒った!」
ここにいたり、ふたりだけの部隊は破局を迎える。
「待ちやがれーっ! レアカード返せっ」
「ごっこに付き合った報酬で貰ったんだから返さないよーだ!」
「何をーっ! 邪魔ばっかりしたくせに!」
「手伝わせる相手は選びなさいよバーカ! 丙太の唐変木!」
「とーへんぼくってなんだよ! どーせ悪口だろ!」
「悪口に決まってんでしょバカ! 死んじゃえバーカ!」
夕暮れの街に、兵士の悲痛な叫びがこだまする。
「ちくしょおーっ! オレの戦いはこれからだ! 待っててよ乙美さーん!」
「無駄なことしてないで、しっかり周りを見て生きなさいよ! 丙太のバカバカ! バーーーッカ!!」
セガールもいいけど、たまにはスタローンも思い出してあげてください……。
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