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臨死恋愛  作者: 叶狂
9/10

8:役に立たない虚無


「……っ」


自分の変化に癒弥は一瞬だけ顔を歪める。

また、あの症状が出てきた。

月に何回か来るこの症状。

最近では滅多に出ないようになったと思っていたのに…。

こんなことでは、皆に不快感を与えてしまう。

そんな一瞬の変化に気付いたのか、エレナが話しかける。


「どうかしたの?癒弥」

「いや、何でも無い。検査を続けて…」

「…わかった。ユキ、続けていいわ」


再び不思議な、見たことも無い機械が動き始める。

それを無表情で癒弥は見つめている。

何もかもを見下したような、感情の無い表情で、見つめている。

やっぱり様子がおかしい。

いつもの癒弥なら何かしらの表情があるはず。それなのに、今日に限って恐ろしいくらい無表情なのだ。

エレナは少し緊張した面持ちで癒弥の様子を見守る。


あぁ、どうしてなんだろ。

いつも自分はこんな素っ気ない態度をとってしまう。

泣き叫びたくなる程、胸が、心が締め付けられる。

それでも、なるべく見表情を保つように努める。

そう、いつものこと。いつものことなんだから、いつものように放置しておけばいずれ戻るはず。

しかし、その考えとは裏腹に、どんどん、どんどん。

苛ついて、苦しくて、痛くて、悲しくて、叫びたくて、泣きたくて。

そんな感情ばかりが心の中を埋め尽くしていく。

これだから自分が大嫌いなんだ。

これだから、消えたくなるんだ。

そう思った刹那。

ふっ、と意識が遠のいていく。

それは、眠気のように、とても心地よく。

癒弥はそのまま意識を手放してしまった。



ヴー、ヴー、ヴー。

急に危険信号を発し始めたSEに3人は驚きの表情を浮かべる。

さっきまで正常値だったはずのSEが、今では14しかないのだ。


「おい、一体何があった!?」

「よ、よく分からないわ。いきなり無表情になったかと思ったら…」


消えてしまった。

その言葉に、SEを操作していたユキとミールは目を見開く。

消えただと?

今まで正常だったはずなのに、どうして今消える必要がある!?

ユキは必死に冷静を保とうとするが、疑問が疑問を生み出し、とても冷静ではいられなかった。


「と、取りあえず癒弥を探しにいくぞ!!」

「ええ。私は学校に行ってくるわ」

「それじゃ、僕は秋の家に行ってくるから。もしかしたらここに帰ってくるかもしれないからユキはここで待機しといて」

「分かった」


そう言って2人は部屋を飛び出していった。

ユキは癒弥が消えてしまった原因を探る為に、SE値の状態を観察することにした。





————in 学校


「〜〜〜〜♪」

「鎖梨乃さん、今日は何か良いことでもあるの?」

「えぇ、少し待ち遠しくなってしまって」

「へぇ〜、そうなんだ」


いつものように自分を慕ってくれている少女が話しかけてくる。

それに鎖梨乃サリノ ユミは笑顔で返事をする。

彼女が上機嫌な理由、それは、今日の放課後、いよいよ彼を傷つけるため。

それが待ち遠しくて、楽しみで仕方が無かった。



〜そして、放課後〜

HR終了後、いつも通り靴を履き替えるべく靴箱を開ける。すると。


「ん?なんだこれ??え〜っと…放課後屋上に来てください、か。なんだ、ラブレターか??」


秋はきれいな字で書かれたその手紙を見て、少し困ったような顔をした。

きっと昔の俺ならOKしてたかもしれないが、今は違うのだから。

しかし、こういうのは断っておかないとだめだよな…?

秋は取り出した靴をそのまま元入れてあった場所に戻し、屋上へ向かった。




階段を上がってくる足音がする。

もうすぐ彼が私の元に…。

そう思うだけで、胸が高鳴って来る。

さぁ、彼を愛しましょ?



屋上の扉を開けると、そこには見知った女子生徒の姿があった。

鎖梨乃 弓

学校内のアイドル的存在の彼女が一体凡人に何のようがあるんだ、と秋は彼女に話しかける。


「んで、俺に何の用?」

「私、あなたのことが好きなんです」

「…ごめん、それは…」

しかし、その声は遮られ、彼女は続ける。

「あなたが私を見てくれていないことなんて、とっくに分かっていますよ?それとも、あなたは私をそんなに見くびっていたんですか?」


彼女はそう言うと同時に、手を振り上げ、言った。


「さぁ、皆さんやってください」


すると、秋とは反対方向の扉が開くと同時に、4、5人の男子生徒が現れる。

一瞬身体を強ばらせた秋だったが、すぐに状況を理解して逃げようとする。

が、


「逃がしませんよ?」


鎖梨乃がそう言うと、いつの間に後ろに回り込んでいた男子生徒に腕を掴まれ、あっさりと捕まってしまった。そして、そのまま腕を手錠を使って後ろで固定される。


「なっ!?一体何を…」

「何って…決まってるじゃないですか。あなたを愛して差し上げるんですよ」

「愛すって…」

「強姦、と言ったら…理解していただけますか?」

「っ!?」


強姦って、普通女にするもんだろ!?

混乱している秋を面白そうに鎖梨乃は観察している。

6対1ではとても太刀打ち出来ないだろう。

あぁ、俺はこのまま童貞奪われんのか…

秋は諦めきった声でそう呟いた。

その瞬間。

笑い声にも似た、悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。


「だ、誰ですか!?」

「ははっ、あっはははははははははははは!!」

「笑っていないで出てきなさい!!」

「あはは…成る程、この症状の原因は、もしかするとこれの所為だったりするかもしれませんねぇ?」


その声は、とても聞き覚えのある声だった。

少し低めの、澄んだ声。

それが何時にも増して低音の響きを帯びている。


「人様のモノを犯そうとしたこと、今ここで後悔させてあげますからそんなに警戒なんてしなくてもいいですよ」

「な、何を!?あなた一人で私たちに勝てるとでもっ…!?」

「がっ!?」


不意に秋を拘束していた男が勢いよく吹っ飛ばされる。

それに続いて、2人、3人とどんどん同じように吹っ飛ばされ。

あっという間に鎖梨乃だけが残った。

呆然と立ち尽くしている鎖梨乃と秋の間に、彼女は突然、何の前触れも無く姿を現した。

夕日に当たって茶色気を増したセミロングの髪に、鋭く細められた瞳。

そして、漆黒のセーラー服をを身に纏っている少女、癒弥だ。


「さぁ、お仕置きを始めましょうか?」


そのまだ幼さの残っている可愛らしい顔に似合わない淡々とした声で、一歩ずつ鎖梨乃に近づく。

こんな癒弥の姿を秋は見たことが無かった。

いつも眠い、眠いと言って寝てばかりのやる気の無い癒弥に姿は今は微塵も感じることが出来ないくらい、彼女は怒っていた。


「貴方に秋を傷つける資格などない」


と、癒弥は勢い良く鎖梨乃に殴り掛かる。

しかし、腕は鎖梨乃をすり抜けるだけで、決して当たることは無かった。

きゃっ、と悲鳴を上げ、鎖梨乃はへなへなと地面に座り込んでしまう。

その時の癒弥の顔には、表情が無かった。

癒弥は座り込んでしまった鎖梨乃の前に差が見込むと、そっと顔に手を差し伸べる。

鎖梨乃は小さな悲鳴を上げるが、癒弥はそんな事を気にする様子も無く、静かに頬に触れた。


「秋を愛していいのは私だけ、他の女には一切手出しさせない。それは貴方も例外ではなく、私より格が上でも例外ではない」

そして、癒弥は続ける。

「あなたは容姿端麗、成績優秀のお嬢様。私とは比べ物にならない程のものを兼ね備えている。それでも、あなたが秋を傷つけるというのならば、私はあなたを決して許さない。私の存在理由は彼、私の存在意義も彼、彼がいなければ私は唯の……」


「唯の—————。」


「…………」


鎖梨乃はそのまま動くことが出来なかった。

一方、癒弥はそんな事はこれっぽっちも気にせず秋の元へ駆け寄る。

相変わらず無表情のままだったが、秋は小さくありがとな、と言った。

そして、二人は早足で屋上から去っていった。

屋上に一人取り残された鎖梨乃はというと…


「唯の、無駄な存在…か」


その気持ちが理解出来ずにいた。





——in 旋定家


癒弥は秋の部屋に入るなり、倒れ込み——とはいっても、空中にだが——そのまま寝てしまった。


「ったく、今日は本当に頑張ってくれたんだな」


秋はそっと癒弥の頭をなでようとするが、手には何の感覚もない為もちろん触れることも出来ない。

それでも、秋はその空間をなでる。すると、癒弥は気持ち良さそうに身じろぎをする。


「さてと、俺も今日は疲れたから寝るとするかな?」


そう言ってベットに入ろうとした瞬間、部屋の扉が勢い良く開いた。

いきなりの事に秋は驚いたが、扉の方に目をやると、そこにはミールの姿があった。


「よかったぁ〜、ここにいたんだ」

「え、これ…どういう状況?」

「え〜っとね…話せば長くもないんだけどさ…」


ミールの話によると、今日癒弥を連れ帰った後、癒弥の今の状態についての検査をしていたらしい。

そして、その検査中に突然SE値と呼ばれている——まぁ、簡単に言ったら生命エネルギーってやつが急激に低下して、癒弥の存在が消えてしまったらしい。

だから、慌てて癒弥を探しまわって俺の家にくると、何事も無かったかのように癒弥がいたと…。


「んで、なんか異常あったのか?」

「ん〜…、見たところ大して異変は無さそうだけど…取りあえずユキ達を呼んでみるから少し待っててもらえる?」

「あぁ、分かった」


ミールが部屋を出て行った後、俺は少しだけ仮眠でもとろうとベッドに横になると、ほんの少しだけ寝るつもりだったのにいつの間にか完全に寝入ってしまっていた。


数分後、トントンっと軽く扉を叩く音がすると、3人の男女が入ってきた。

もちろんその3人の男女というのはユキとミールとエレナだ。


「あれ?寝ちゃって…るわねぇ」

「邪魔しちゃったかな…?」

「かもしれないな…」

「いらっしゃい、秋は寝てるみたいだからあたしが話し聞くけど?」

『って起きてたんかい!?』


3人組の息ぴったりなツッコミにおぉ〜なんて拍手をしながら癒弥はフワフワとベッドの方へ近づく。

寝ている秋を気遣っているのか、起こさないようにそっと頭をなでる。

そして、3人の方に向き直ると言った。


「話ってのは?」

「あぁ、今日のことについてなんだが…覚えてるか?」

「……いや、ごめんだけどあんまり覚えてないっぽいな」

「そうか…、なら何か自分に異変を感じなかったか?」

「異変?あぁ、それなら」

「詳しく話してくれれば助かるんだが…」

「まぁ、異変とは言っても生前からあったことなんだけどさ、なんか…時々異常にテンションが下がる時期が来るってなだけで、今日がそうだったってだけみたいな?」

「テンションが…下がる?」

「そ。全体的に思考がネガティブになっていっちゃって、最終的に自分なんか消えれば、消えてしまえばいいのに。どうせ生きてても皆を不幸にしてしまうだけの無駄な人間なんだから、存在ごと消えてしまえばいいのに。って思うようになって…あっ、これ関係あるか分かんないけど変な夢も見たな」

「幽霊でも夢って見るのね」

「うん、取り合えず説明すんの面倒だからこれで終わり!Are you ok?」

「わかったよ、それじゃ、また明日検査の続きするから、その時は抜け出さないよう気をつけるように〜」

「りょーかい♪」



「…………」

3人が出て行った後、癒弥は一人考えていた。

自分の存在理由、存在意義。

そして、あの孤独な夢のことを…。






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