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紅い月  作者: 麻道 傾
10/15

冬のある日 9

 学校を出て、まず家に向かって歩き出したことだけは覚えている。そこから後はどこをどう歩いたのかあまり記憶にない。

 傘は持ってきていなかった。だから雨に打たれて歩いていた。

 髪の毛も制服もびしょ濡れだった。髪から垂れてきた雨と前から俺に向かって降ってくる雨粒が目に入り込んで視界が霞み、前がよく見えない。

 頭は朦朧としていて、思考がヒートしている。冷たい雨が頭を冷やすけれど、それで脳が冷えることはなく逆効果だった。

 身体は冷やされてどんどん弱っていく。

 早く家に帰らなければ、と思うが足はボロアパートに向くことはない。そもそも自分がどこにいるかすらも分かっていないのだから。

 意識は消えかけで、思考は半分以上がダウンしている。視界の端には常に黒と白の光点が点滅している。頭痛と吐き気の苦しみでなんとか意識を保っているような状況。

 パシャパシャと地面の水溜りを蹴る音が聞こえる。だんだんこちらに近づいてくる。

 ――人影が俺を追い越して走っていく。肩まで伸ばした髪、紺色のブレザー、短めのスカート。見慣れた学校の制服だった。

 人影は道の先五十メートルほどで俺に振り返るとニヤリと笑う。……アヤカ?

 気持ち悪い。吐き気がする。

 明らかに幻覚だった。この距離で雨が降って視界が悪い中、人の表情なんて見えるはずがない。

 どこまでが現実でどこからが幻覚なんだろう?

 ああ、ダメだ。こんなこと考えている場合じゃない。今にも意識が飛びそうだ。つらい辛い辛いツライつらいつらいツライ辛いつらいつらいツライツライツライツライ!!

 なんで俺はこんなところで歩いてる? もう家に着いていてもおかしくない時間だ。でも足は意思とは無関係に動いている。

 そういえばアヤカは?

 早退したって確かカツが言ってたよな。……さっきの人影、アヤカじゃなかったか?

 どうしてアヤカがこんな所にいる。そもそもここはどこだ。家は? アヤカは家に帰ったのか。違う、でもこっちは喫茶店じゃないはずだ。頭が朦朧として上手く働いてくれない。

 俺は何をしたいんだ?

 家はどっちだ。帰らないと。でも、アヤカはどこに行った。行方不明なのか。あれ? でもどうして。……とにかく探さないと。

 ああ、ダメだ。どっちに行ったかもう覚えていない。なら警察。でも警察署ってどこだ。

 頭がガンガンする。薄暗い。寒い。まだ昼なのに。俺はなんでこんなところにいる。何がしたいんだ。

 とにかくアヤカを見つけないと。でも、俺は見つけてどうするんだ。どうやって声をかける。見つけても何もできない役立たずじゃないか。

 やっぱりオーナーに相談した方が早いのかな。くそっ。喫茶店どこだよ。

 当てなんてなく、ただ歩き歩き歩き歩き歩き。雨が痛い。倒れそう。気持ち悪っ。

 それでも足は止まらない。もう下半身は冷たすぎて感覚が麻痺している。歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて。

 ―――そしてやっと。

 俺は見知った喫茶店のドアの前にたどり着いた。まだ営業時間、しかも昼間のかきいれ時のはずなのに「CLOSED」の札がかけられている。

 頭は朦朧としていて、なにが起こっているのかよく分からない。脳の中心に石を突っ込まれて無理矢理シェイクしているみたいに痛む。もう雨音もよく聞こえない。

「オーナー、あんた……真昼間になんでサボってんすか………」

 ドアを押し開けて、カランカランと来客を知らせる鈴がなる。耳の奥で反響。店内はカーテンが締め切られ、明かりも消されていて薄暗い。

 コーヒー豆の独特な臭いがどこか新鮮だった。身体は泥臭い。

 とにかくまずはオーナーを呼ばないと。コーヒーを一杯もらおう。冷やされた身体を温めないといけない。いや、でもそれより先にアヤカがいなくなったことを説明しないと。今日はバイトを休むことも言っておかないと。

 全身が冷やされているはずなのに身体は熱い。汗と雨が混じっている。蒸発してさらに体温を奪っていく。

「オーナー」

 声を出して、店の奥に呼びかける。

 喫茶店「FLOWER」は自宅の一部を店舗として使っているので、奥にオーナーはいるはずだ。

「オーナー、いないんですか」

 ふらふらとした足取りでカウンター席のイスに腰掛ける。

 寒かった。熱かった。脳みそがとろけているような気がする。

「オーナー! ッ!?」

 大声が頭に響く。

「痛ったた、オーナー」

 音量を元に戻す。

 声に反応してくれたのだろう、奥でドタドタという物音がする。そして呆れ顔でオーナーが姿を現した。

「……なにやってんだ昇。学校はどうした? というか今日はもう店じまいだ。……って、お前が入ってきてるってことは鍵閉め忘れてたのか」

 言いながら壁を探ると、電気をつけてくれる。

「おいおい。お前ずぶ濡れじゃねぇーか」

「……そんなことはどうでもいいんです、いやどうでもよくなくて、コーヒーは欲しいんですけど。それよりもアヤカ。アヤカを探さないと。いなくなったんです! ッ!?」

 勢いで出してしまった大声がまた頭に響く。

「大丈夫か?」

「俺はいいから早くアヤカを――」

「いるよ」

 オーナーはコーヒーの準備に取りかかりながらあっさりとした声で答えた。言われていることの意味が理解できない……。

「今、部屋に閉じこもってる」

「え?」

 部屋? どうしてアヤカは家にいる? ……ダメだ。頭が痛くて情報を整理できない。何が間違っているんだ?

 あっ、でも、アヤカが無事なら何も問題はないのか……。

「お前に振られて傷心のアヤカを慰めようとせっかく店を閉めたのに、余分な仕事を増やしやがって」

 オーナーの言葉は耳から脳に伝わってくれない。

 でも、とにかく安堵の気持ちが広がっていく。アヤカは家にいる。全部俺の勘違いだったんだ。アヤカが自棄になっていなくなるなんて、そんなことはなかったんだ。

 あ、ヤバッ。安心したら意識が――。

「すみませんオーナー、俺ちょっと無理っぽい……」

「はぁ?」

 オーナーが振り返る。そしてこちらを向いたオーナーが傾いていく。

 身体に力入らねぇー。このままだと頭打つかも。もうすでに痛いってのに。

「お、おい。昇!?」

 オーナーの声が遠い。音が小さくて相変わらず何言ってるか理解不能だ。

 ――ドッと大きな音。頭に激痛が走り、俺の意識はプツリと途切れた。

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