やさしい祟り神の作りかた
五年もパーティーを組み、背中を預けてきた仲間と喧嘩別れした。
原因は馬の隊列が乱れたとか、つまらないことだった。
まあ、何年も溜まった不満が爆発したのが今日だったというわけだ。
あいつらが王都の冒険者ギルドに行くって言うから、俺は正反対の方角へ馬を走らせた。
日が暮れた頃にやっと頭に上った血が下がってきたはいいものの、気づくと随分と遠くに来ていた。
残照に地図を照らして見てみると、大きな遺跡やダンジョンなどがない田舎だった。
「ここはどこだ?」
見渡す限りの大草原に夕焼けという光景に焦る。
早く宿を見つけなければ野宿だ。
野宿には慣れているが、なるべく避けた方が翌日の体力が温存できる。
馬を宥めながら周囲を見回すと、人工的な明かりがいくつも灯っているのが見えた。
それなりの規模の村がある。暗くなってきたし、丁度いい。
俺はそこに一泊するつもりだ。
「こんにちは、いや、こんばんはかな」
「えっ、よその人だ」
村の入り口にいた若い女は目を丸くして、野菜を入れた籠を持ったまま硬直している。
「俺はギルス。お嬢さん、宿屋まで案内してくれるかな」
「……」
排他的な田舎に来てしまったかと残念になるが、他に町などなさそうな遠いところまで馬を飛ばしたのは俺だ。
「宿屋はないけど、うちが一番大きいから泊めることはできますよ」
はにかむ彼女の反応が新鮮で、つい王都の美しいがすれからしの女たちと比べてしまう。
「私は……エレン。よろしくね、ギルスさん」
年の頃は二十を少し越えたくらいか。顔立ちはかわいらしいが、化粧気がなく、民族衣装が野暮で垢抜けない。
「お願いするよ」
「は、はい。ご案内しますね」
初な反応ーーこれは処女だな。もしも王都の女に言ったらビンタされても仕方ないこと考えてしまうが、決しておくびにも出さない。
案内された家は部屋数が多いが、所詮は田舎屋敷だ。平屋建てで、貴族の都屋敷と比べると小さいものだ。
しかし厩舎は馬がちゃんと休めるように厩務員がいるし、屋敷の内部は古くてもよく手入れされた調度品が多数あって、品が良い雰囲気が漂っている。
若手から老人まで召使いが何人もいるあたり、地元の名士の住居なのだろう。
風呂では王都の共同浴場のように自分で身体を洗うつもりでいた。
王都の共同浴場では追加料金を払えば、湯女が垢すりなどをやってくれるサービスがあるが、こんな田舎じゃ望めない。
まさか、家の主人であろう彼女ニ頼むわけにはいかない。
流れに身を任せて、下男の爺さんに背中を流してもらう。
「ギルスの旦那」
爺さんが囁いてきた。
「お嬢が気になるなら、夜更けに扉の前でこう言ってみてくだせぇ」
「なに?」
「あんたの家に林檎の木はあるか、と」
ちょっと意味がわからないが、爺さんはこちはに構わず言ってくる。
「ありますとお嬢が答えたら、俺が登っていいかと聞く。どうぞと返ってきたら、めでたく閨に入れてもらえるというわけだ」
「わかったが、それがなんだっていうんだ?」
爺さんは、にやりと笑った。
「夜這いだよ。こんな田舎にゃ、まだその風習が残っているんだ」
王都や俺の故郷の町では聞いたことがない風習だった。
*
風呂まで使わせてくれて、入浴している間に食事の準備を整えているという段取りのよさときたら。普段安宿を利用している冒険者として充分に感激できることだ。
意外なことに田舎料理がおいしかった。ほうれん草のポタージュ、セージのサラダ、魚のパイ、塩漬けにした豚肉を焼いたの、黒パン、三種類のチーズ、イチジクの砂糖漬け、赤ワイン。
田舎にも良いところがあるんだと感心しても、これだけは忘れちゃいけない。
「宿代? 結構ですよ、そんなもの」
「だが」
「お客様をもてなすのは、お家の名誉ですから」
「……ありがとう」
うーん、やっぱり一夜の旅人止まりだな、普通は。
彼女は召使いたちがちょくちょく指示を仰ぐので、付け入る隙がない。
爺さんが言っていた合言葉を言う暇がない。
そうこうしているうちに消灯時間が来たとかで客室に通された。
客人をもてなそうとがんばる、若い女。
夜這いの風習が残っていることを教えてくれた爺さん。
寝付けない。
俺だって男だ。強すぎる刺激を受けて興奮しないわけがない。
やがて後片付けの物音もやんで、そろそろ召使いたちが部屋に引き上げる頃合いだ。
いよいよ待ちかねた静けさが屋敷を包むと、俺は忍び足で彼女の部屋へ行った。
爺さんの言ったとおり、扉の前出問いかける。
「あんたの家に林檎の木はあるか?」
しばらくの間返事が来なかったので拒まれたと判断すべきか。しかし彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。これが未練というやつか。
客室に戻った方がいいとわかっているが、足が動かない。
「あんたの家に林檎の木はあるか?」
もう一度問いかけるが、やはり返事はない。三回目で返事がなかったら、きっぱりと諦めよう。
「あります」
今、なんて?
「俺が登ってもいいか?」
「どうぞ」
内側から鍵を外す音がした。俺はすかさず部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。
「林檎は熟れているわ」
「ああ」
彼女をかき抱くとベッドに押し倒した。
*
いわゆる賢者タイムに苛まれていると、ふと、彼女が俺の髪の毛を引っ張った。
「いてっ」
「私、本当はエレシャラっていうの」
「嘘ついたのか?」
「ごめんなさいね」
「あのなぁ」
「ふふふ」
エレシャラの笑顔がかわいいものだから、怒りが消え失せた。
彼女が抜いた髪の毛を床に捨てると、俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
急速に眠くなってきた。
「この人はいかがでしょうか」
エレシャラの寝言を聞いたあと、眠りに落ちた。
それ以来、俺は毎晩エレシャラを抱き、ことが終わると彼女は髪を抜き、床に捨てる。
時には首筋に噛みついてきて、口に含んだ血を床に吐き捨てた。
こんな過激なプレイがあるなんて知らなかった。
「この人なら大丈夫だと思います」
寝言の多い女だな。
明け方に客室に戻って、召使いのババアが朝食を持ってくると何食わぬ顔で頂くという生活を送った。
数日経つと、エレシャラは化粧をするようになった。
召使いたちは若い男と女が親密になり、昼間でもイチャイチャする様を目の当たりにしておきながら、見て見ぬふりをした。
一ヶ月も経つと、とうとうエレシャラが昼間でも夜の匂いを消しきれないようになった。恋する女の雰囲気を醸し出すが、なんと村人たちでさえ何も言ってこない。
夜、扉をノックしてもエレシャラは開けるのが遅い。でも熱心に行為を学んで、次には改善してくれる。
「まだ連れて行かないで」
寝言が多いことなんか気にしなくてもいいじゃないか。
二ヶ月過ぎた頃から、俺はなし崩し的にお客さんから村の重要人物の男として扱われるようになり、それは冒険者パーティーより心地よかった。
なぜエレシャラが重要人物だとわかったかというと、村人たちが敬語を使っているし、何かがあると彼女に相談するからだ。度々野菜にハーブや乳製品が届けられることもあった。
三ヶ月目には、俺も村人たちから一目置かれるようになり害獣の罠を作ったり、釣りをして持ち帰った魚を調理してもらったり、子どもたちと遊んだりなドラ人との交流が盛んになった。
馬は厩務員に任せきりになった。
スローライフを心から楽しんでいた。こんな日々がずっと続けばいいと思っていた。
だから結婚について考えるようになった。その矢先のことだ。
「頼む、仲直りしてくれ」
「いきなり言われても困るよ」
以前喧嘩別れした三人の元仲間たちが訪ねてきて、開口一番、仲直りを求めてきた。
俺は思わずエレシャラを見た。
「……」
別れの予感に不安になる彼女を見たら、俺も胸が張り裂けそうになった。
「スキア·ダンジョンにはドラゴンがいるんだよ」
「全力で戦っているけど、どうしても勝てなくて」
「おまえがいれば、きっと勝てる」
「報酬は平等に山分けしようぜ」
もしやこいつらがドラゴンを倒したらと想像すると、どす黒い嫉妬が燃え上がった。冒険者ギルドが授与するドラゴンスレイヤーの称号は、すべての冒険者の憧れである。成功したら、王様との謁見が叶うほどの大きな功績だ。
でも、あの時こいつらは……。
「悪いけど、その気はない」
「ドラゴンだぞ、ドラゴン!」
「その女に腑抜けにされたんじゃね」
「なんだとっ」
俺がついカッとなった時、エレシャラが「おやめになって!」と割り込んだ。
「冒険に行きたいなら、止めはしないわ」
「行くわけないだろ」
「でも、他人の冒険の話を聞いたら血が騒いだでしょ」
「……」
彼女は俺寄り俺のことをよく理解している。
「でも、最後だけは一緒に過ごしてちょうだい?」
「ああ、ぜひとも」
仲間たちも出来上がった仲を今すぐ引き裂くほど無粋ではない。彼らも共通だけは村に泊まることになった。
夕食の時、エレシャラは精一杯の微笑みを振りまいて終始和やかだったが、あまり盛り上がらず、早々にお開きになった。
いつものように扉をノックして、少し待たされてから部屋の中に招き入れられる。
しかし情事の最中、エレシャラはずっと黙っていた。泣いてくれる方がまだマシだ。
うとうとしてきて、いつものように寝落ちするのかと思った。
いつものように、彼女が抜いた髪の毛をベッドの下に捨てた。
なんとなく、俺はベッドの下を覗きこんだ。
「ぅ……ぁ……ぇ……」
ベッドの下から声が聞こえてきた。もちろん、これはエレシャラの声じゃない。
「い、今、誰かがっ」
目が覚めた俺は彼女に訴えた。
「見たのね」
突き飛ばされて床に転げ落ちたと理解したのは痛みを感じた時だった。
「な、何しやがる?」
エレシャラは俺に目もくれず、サイドテーブルの呼び鈴を激しく鳴らした。
「お嬢!」
燭台を持った爺さんや男の召使いたちが部屋に押し入ってきた。
「緊急事態よ! そいつを縛って!」
「へい」
爺さんや男の召使いたちが俺に掴みかかろうとするが、冒険者である俺が村人なんかに負けるわけにはいかない。
反撃して一人ずつ倒していくが、あと少しというところで後頭部に激痛が走った。
ガシャーン! と硬質のものが割れる音が響いた直後、足を引っかけられて転倒した。
「少しでいい。おとなしくしていてね」
首を動かして床を見ると、陶器の破片と薔薇の花が散らばっている。あの女、花瓶で殴りやがった。
「て、てめえ」
詰問しようとした、まさにその時、視界にベッドの下が入った。
そこに土があった。
家の中に土?
いや、土の下にあるモノの上にベッドが置いてあるんだ!
ガリ、ガリ、ガリ、と引っかくような音が聞こえてきた。
「うちは古い巫女の家系でね」
エレシャラがベッドを指さすと、触っていないのにベッドが持ち上がって壁に立てかけられた。
魔法だ。
「母も祖母も曾祖母も、それ以前の代からずっとよその男を婿にもらって血を繋いできた」
燭台の炎が揺れながら、それ、を照らし出した。
土が自動的に横に押しのけられる。
ありえない現象だが、魔法なら説明がつく。
「私もそうするよう教育されてこの年まで生きてきて、あなたと出会った」
古い石棺が姿を現した。
「爺やがあなたに夜這いの作法を漏らすのも、手順の一つだったんだけど」
ガリ、ガリ、ガリ、と引っかく音に肝が冷えた。
なんで気づいてしまったのだろう。
それは内側から蓋を開けようとしている。
「まさか、本気で惚れちゃうなんてね」
エレシャラは屈託のない笑みを浮かべる。
俺は急いで立ち上がるが、出入り口から厩務員が飛びかかってきて押さえ込まれた。
伏兵に面喰らうが、質問している暇はない。
「放せ!」
「きえぇ!」
厩務員が意味不明な喚き声をあげるが、それ以上に何かが蓋を引っかく音が突然途切れた。
ガターン! と大きな音をたてて蓋が開いた。それは地獄の蓋が開く音と何が違うというのか。
「やめろ!」
「やめられないの。あなたは選ばれたから」
「それがなんだっていうんだ! 俺をここから出してくれ!」
「喜んでよ。ご先祖様があなたを望んでいるのよ」
「知らねーよ!」
「今です、ご先祖様」
背筋がぞっとするのを味わう間もなく、立ち上がった爺さんと召使いたちが俺に群がってくる。
「棺の中へ」
逃れようともがくが多勢に無勢、数の暴力で拘束された。
おかしい。冒険者としての経験がまったく役に立たないなんて。
こいつらは本当に田舎の村人なのか?
「ご明察。みんなご先祖様に操られているわ」
「なっ……!」
あ、棺の中から何かが出てくる。
もう遅いが、やっと理解した。
エレシャラのベッドは祭壇で、俺たちはその上で毎晩まぐわっていた。
それは儀式だった。
エレシャラは、この村人は、寝床の下に先祖の墓を作るという因習を今も続けている。
エレシャラは村人たちから持ち込まれた相談ごとを、さらに先祖に相談し、その答えを村人に聞かせていたんだ。
古い巫女の家系だという彼女が受け継いだ忌まわしい血を、さらに未来に引き継がせるため、子ども欲しさに無知な旅人を引っかける。
俺はただの種馬だったんだ。
「いいえ、尊いご先祖様の末席に加わるのよ。私のお父さんみたいに」
毎晩情事のあとに引き抜かれた髪の毛。
時々噛みつかれて吸い出された血。
俺の情報は、魂は、エレシャラを介して父親の霊に抜き取られていた。
「汚らわしい」
「聞いてよ……外から迎えた婿は、この習わしを廃止しようとしては村人たちに殺されていた。祟りを封じるためには、魂を神に祭り上げるしかないのよ」
そんなの村人の身勝手じゃないか。外から来た婿が改革するのが気に入らないから殺したうえに、死んだあとも利用するなんて。
「ひどい話よね。でも、わかってよ」
「わかるわけねえだろ」
「わからせるわ」
全力の抵抗も虚しく、村人たちの手で俺は石棺から出てきたモノに引き渡された。
捕まえる手が変わっただけで、俺の運命は最後の時を刻んだ。
「絶対に許さない! おまえら全員殺してやる! この村に災いをもたらして、おまえら全員を殺してやる!!」
おわり
最後まで読んで頂きありがとうございます。
よかったら高評価、フォローお願いします。今後書いていく励みになります。




