第99話:歌姫の告白、賢者の仮面
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大時計塔の崩落から一夜明け、ポート・レオンに本当の朝が訪れました。
救い出された歌姫エレナ、そして彼女の喉を癒やした枢の鍼。
しかし、平穏な時間の中で明かされるのは、新大陸を裏で操る「賢者」の余りにも意外な正体でした。
物語はいよいよ、新大陸編の核心へと迫ります。
土曜日、2回目の更新。静かなる衝撃の回をどうぞ。
朝日が昇り、ポート・レオンの運河は、瓦礫の粉塵を洗い流すようにキラキラと輝いていた。
宿屋の一室。窓から差し込む柔らかな光の中で、枢はエレナの喉に、最後の仕上げとなる「養生鍼」を打っていた。
リナが淹れたハーブティーの香りが室内に満ち、昨夜の地獄のような光景が嘘のように、穏やかな時間が流れている。
「……もう大丈夫ですよ、エレナさん。……声帯の腫れも引き、……気の流れも完全に元に戻りました。……これからは、……あなたの歌いたい歌を、……あなたの意志で歌うことができます」
枢の言葉に、エレナは自身の喉を愛おしそうに撫で、小さく、だが鈴の音のように清らかな声で答えた。
「……ありがとうございます、……枢先生。……あの日、……銀の管が刺し込まれた時、……私はもう二度と、……自分の心を取り戻せないと思っていました。……先生の鍼は、……まるでお日様のように温かかったです」
エレナの笑顔に、リナも安堵の溜息を漏らす。
「……本当によかったです。……街の人たちも、……みんなあなたの歌声を待っていますよ」
しかし、その場の空気を切り裂くように、部屋の隅で腕を組んでいたサロメが口を開いた。
「……感動の再会に水を差すようで悪いけど、……ゆっくりしている暇はないわよ。……フォルテが逃げたってことは、……『慈悲なき賢者』にはもう、……私たちの手の内がバレている。……エレナ、……あいつの正体について、……あなたが知っていることを話しなさい」
エレナの表情が、一瞬で強張った。
彼女は小さく震えながら、膝の上で手を握りしめた。
「……はい。……あの方は、……自分を『全知の医師』と呼んでいました。……でも、……その素顔を見たことはありません。……いつも、……蛇を模した白磁の仮面を被っていて……。……ただ、……一度だけ、……彼が独り言を漏らしているのを聞いたんです」
「……独り言?」
枢が眉を寄せる。
「……『ヘイズが遺した不完全な魂を、……私が完璧に調律してやる』……。……そして、……『旧大陸の愚かな鍼師が来る前に、……この大陸を死なない楽園にする』……と」
その言葉に、枢の翡翠眼が鋭く光った。
ヘイズ博士の名、そして「鍼師」というキーワード。やはり、この新大陸の騒乱は、枢自身と深く関わっている。
「……サロメさん。……あなたが以前言っていた『賢者』の噂、……本当の名前は分かっているのですか?」
サロメは溜息をつき、往診バッグの中に隠していた一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
「……『蛇の秤』の最高機密よ。……賢者の名は、ヴィクター。……かつて旧大陸で、……ヘイズ博士と共に『禁忌の医術』を研究し、……追放されたはずの天才外科医よ」
「……ヴィクター……。……聞いたことがあります。……内臓の移植や肉体の改造を専門とし、……『死を克服するためには、……肉体という器を捨て去るべきだ』……と説いた狂気の医師……」
枢の脳裏に、師匠から聞かされた「医学の闇」の記憶が蘇る。
「……そう。……あいつは、……ヘイズのような個人的な復讐心で動いているんじゃない。……もっと効率的で、……冷酷な『救済』を目指している。……全ての人間から感情を奪い、……痛みを消し、……ただ生き永らえさせるだけの世界。……それを完成させるための『心臓』が、……ここから北にある聖山『アピス』の頂上にあるのよ」
「……聖山アピス。……そこに、……そのヴィクターがいるのですね」
枢は立ち上がり、自身の神鍼を強く握りしめた。
「……カザンさん。……リナ。……また、……危険な旅になります。……それでも、……付いてきてくれますか?」
カザンは槍を担ぎ直し、不敵に笑った。
「……何を今更言ってやがる。……そのヴィクターって野郎の鼻を、……俺の槍でへし折ってやるのが楽しみで仕方がねえぜ」
「……私も、……どこまでも一緒です。……枢さんの鍼が、……世界中の凍った心を溶かすのを、……一番近くで見守りたいですから」
リナの瞳にも、迷いはない。
枢は窓の外、遠く北にそびえる雲を突くような巨山を見つめた。
そこには、かつてない強大な「病」と、それを操る「偽りの救済者」が待っている。
「……行きましょう。……病を治すのに、……理由はいりません。……ただ、……そこに苦しんでいる人がいる限り、……私の鍼は止まりません!」
聖鍼師一行は、ポート・レオンの民に見守られながら、再び歩き出した。
サロメが持つ地図が示すのは、険しい岩山と、ヴィクターが放つ「死の罠」が張り巡らされた未知の領域。
物語はいよいよ、新大陸編のクライマックス、聖山決戦へと動き出す。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに明かされた黒幕の名、ヴィクター。
ヘイズ博士の盟友であり、より冷徹な思考を持つ「死の賢者」。
感情を消すことで苦しみを無くすという、歪んだ救済に枢さんがどう立ち向かうのか、これからの展開にぜひご期待ください!
今回登場した**『養生鍼』**。
激しい治療の後に、気を補い、組織を修復させるための優しい鍼です。枢さんの、患者への思いやりが詰まった技術ですね。
次回、第100話は本日**【12:00】**に更新予定です!
ついに、大台の第100話到達!
聖山アピスの麓で枢たちを待ち受けていたのは、かつて旧大陸で離ればなれになった「あの人」でした。
「100話直前で盛り上がってきた!」
「サロメさんも完全にパーティーの一員だね(笑)」
と思っていただけましたら、ぜひ**【評価(☆☆☆☆☆)】**やブックマークをよろしくお願いします!
記念すべき100回目、どうぞお見逃しなく!




