第97話:沈黙の歌姫、喉に刻まれた銀の鎖
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精神の迷宮を突破し、ついに大時計塔の最上階へと辿り着いた枢たち。
そこで彼らを待っていたのは、新大陸で最も愛された歌姫、エレナでした。
しかし、彼女の喉には銀の管が打ち込まれ、その歌声は「慈悲なき賢者」によって人々の心を凍らせる兵器へと変えられていました。
少女の涙と、止まらない死の安守歌。
聖鍼師が挑むのは、ミリ単位の狂いも許されない、喉の奥への「極限往診」です。
本日最後の更新。夜の静寂に、魂の叫びが響きます。
螺旋階段を登り詰め、重厚な扉を蹴り開けた先に待っていたのは、星空を背景にした巨大な鐘楼だった。吹き抜ける夜風が枢の髪を揺らす。その中心、時計の歯車が複雑に組み合わさった祭壇のような場所に、一人の少女が座っていた。
純白のドレスを纏い、月光に照らされたその姿は、まるで天界から降り立った天使のようにも見える。だが、彼女の首元を見た瞬間、リナは悲鳴を上げ、カザンは憤怒に表情を歪めた。
「……あ、……ああ……。なんて、……なんて酷いことを……!」
少女――かつて「ポート・レオンの至宝」と謳われた歌姫エレナの細い喉には、数本の銀の魔導管が直接刺し込まれ、背後の巨大な蓄音機へと繋がっていた。
彼女が呼吸をするたび、管を通じて「声」が魔力的に増幅され、街中に冷たい虚無を振り撒いているのだ。エレナの瞳からは、感情を失ったはずの頬を伝って、絶え間なく涙が零れ落ちていた。
「……ようこそ、聖鍼師諸君。……最上階の特等席へ」
祭壇の影から、ゆっくりと一人の男が歩み出た。
ゼノに似た白衣を纏っているが、その纏う空気の重さは比較にならない。蛇の秤最高幹部、通称「調律師・フォルテ」。彼は指揮棒のように細長いメスを弄びながら、不気味な笑みを浮かべていた。
「……見ての通り、……彼女は素晴らしい楽器だ。……恐怖、悲しみ、そして絶望……。……それらの負の感情を『声』として抽出し、……新大陸の魔力と共鳴させることで、……世界で最も効率的な『安楽死の旋律』が完成する。……彼女も本望だろう? ……自分の歌で、……世界から争いを消せるのだからね」
「……本望なわけがあるか、……この外道が!」
カザンが槍を突き出すが、フォルテは指先一つ動かさずに、音の壁でそれを弾き返した。
「……不用意に近づかないことだ。……彼女に繋がれた管は、……心臓と直結している。……物理的に引き抜けば、……その瞬間に彼女の命は尽きる。……この『演奏』を止められるのは、……彼女自身の意志で歌を止めるか、……君がその鍼で、……彼女の喉に刻まれた魔力回路を『無傷で』解体するか、……どちらかだ」
「……いいでしょう。……受けて立ちます」
枢の声は、静かだが鋼のような意志を秘めていた。
彼はフォルテを無視し、震えるエレナの元へと歩み寄った。
「……枢さん、危ないです! ……彼女の周りには、……負の気が渦巻いています!」
リナの静止を制し、枢はエレナの目の前に膝をついた。
「……エレナさん。……聞こえますか。……あなたの歌は、……人を殺すための道具ではありません。……私が、……その喉を解放します。……どうか、……ほんの少しだけ、……私を信じて耐えてください」
エレナの虚ろな瞳が、微かに揺れた。
枢は往診バッグから、髪の毛よりも細く、しなやかな「極細金糸鍼」を取り出した。狙うのは、銀の管が突き刺さった、喉の最深部にある**『天突』**。
ツボとしての『天突』は、喉仏の下、胸骨の上の窪みに位置する。ここは気の通り道であり、発声や呼吸を司る「天への窓」だ。フォルテはこの『天突』を銀の針で物理的に封鎖し、彼女の気を魔力へと強制変換していたのだ。
「……聖鍼流、極微術――『天突・静寂の開門』!」
枢の指先が、目に見えないほどの速さで動いた。
銀の管の僅かな隙間、コンマ数ミリの空間に、金糸鍼を滑り込ませる。管から逆流してくる破壊的な魔力が枢の指を焼き、皮膚を裂くが、彼は眉一つ動かさない。
「……この男、……正気か!? ……魔力の逆流を、……生身の指で受け止めているのか!?」
フォルテの顔から余裕が消えた。
枢は自身の経絡を流れる「気」を逆流させ、あえて自分を「避雷針」とすることで、エレナの喉にかかる負担を肩代わりしていた。
ドクン、という心臓の音が、時計塔の鐘のように響く。
枢の視界は血の赤に染まり、喉を焼くような苦痛が襲う。だが、彼の翡翠眼は、銀の管を固定している「魔力の結び目」を、確実に捉え続けていた。
「……今です! ……リナ! ……浄化の光を、……私の指先を通して彼女の喉へ! ……カザンさん、……時計の歯車を止めてください! ……一瞬の『無音』があれば、……回路は断ち切れる!」
「……応よ! ……このクソ重てえ歯車、……力任せに止めてやるぜぇぇ!」
カザンが巨大な歯車の間に槍を突き立て、全身の筋肉を爆発させてその回転を停止させた。
ガガギィィィッ!!
塔を揺らす激しい衝撃音。直後、街に流れていた歌声が途切れた。
その刹那を逃さず、枢は金糸鍼を深く、より深く打ち込んだ。
「……消えろ、……命を縛る不吉な鎖よ!」
枢が鍼を捻ると、エレナの喉に刺さっていた銀の管が、内側からの圧力で弾き飛ばされた。
プシュゥ、という蒸気のような音が漏れ、エレナの身体が糸の切れた人形のように前へと倒れ込む。枢はそれをしっかりと受け止めた。
「……ぁ、……あ……」
エレナの喉から、掠れた、だが温かな「息」が漏れた。それは死を招く歌ではなく、一人の少女としての、ただの吐息だった。
「……ば、……馬鹿な。……私の完璧な調律を、……力技と、……鍼一本で……」
フォルテが後ずさりする。
だが、安堵したのも束の間。時計塔の頂上にある巨大な鐘が、枢たちの意志とは無関係に、ゴォォォォンと、地獄の底から響くような音を立てて鳴り響いた。
「……ククッ、……ハハハ! ……無駄だよ、聖鍼師! ……歌が止まれば、……次は『塔そのもの』が自爆し、……ポート・レオンを瓦礫の山に変える! ……慈悲なき賢者様は、……失敗さえもデータとして利用するのだから!」
塔の壁面に、赤い魔力の紋様が浮かび上がる。
崩落へのカウントダウン。
枢たちは、エレナを抱えたまま、この絶望的な高さから生還することができるのか。
聖鍼師の物語。
金曜日の夜は、新たな危機の幕開けと共に更けていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
喉に銀の管を刺された歌姫、エレナ。
彼女を救うために、自身の指が焼かれるのも厭わず鍼を打つ枢さんの姿に、執筆しながら胸が熱くなりました。
今回登場した**『天突』**。
喉の付け根にあるこのツボは、喉の痛みや咳だけでなく、実は「想いを言葉にする力」を助ける場所でもあります。枢さんはここに鍼を打つことで、強制的な魔力の流れを止め、彼女自身の声を取り戻しました。
ですが、物語は非情にも自爆シーケンスへと突入します。
次回、第98話は明日3月7日(土)08:00に更新予定です!
土曜・日曜は更新頻度がアップします!
**【08:00 / 10:00 / 12:00 / 15:00 / 18:00 / 21:00】**の計6回更新!
崩落する大時計塔からの脱出。
カザンの「命懸けの跳躍」と、リナが起こす「奇跡の風」をお見逃しなく!
「枢さんの自己犠牲がカッコ良すぎて泣ける……」
「自爆とか勘弁して! エレナちゃんを助けて!」
と思っていただけましたら、ぜひ**【評価(☆☆☆☆☆)】**やブックマークをよろしくお願いします!
明日の朝、またお会いしましょう!




