第84話:新大陸の呼び声、深淵の依頼人
お読みいただきありがとうございます!
帝都に平穏を、そしてかつての敵に「医の心」を残した枢。
ついに物語は、海を越えた未知の領域「新大陸」へと舞台を移します。
第2章・第2部の開幕です。
そこで枢を待っていたのは、人間に化け、必死に助けを求める一人の少女でした。
新たな旅の始まり、どうぞお楽しみください!
帝都の東に位置する「曙光の港」は、復興の活気に満ち溢れていた。かつて魔導薬の輸出入で莫大な富を生んでいたこの港は、今や各地から届く救援物資の集積地となり、人間と魔族が共に汗を流して荷を運ぶ姿が日常の風景になりつつある。潮騒の音に混じって、人々の笑い声が風に乗って運ばれてくる。
枢は、自身の往診バッグのベルトを締め直し、桟橋の先端で水平線を眺めていた。カザンが手配した巨大な魔導帆船が、波に揺られながら出航の時を待っている。その帆には、帝都の紋章ではなく、リナが手縫いした「一刺しの鍼」をモチーフにした小さな旗が、誇らしげに翻っていた。
「……枢先生、本当に行ってしまうのか。……君がいなくなれば、ここの医療改革のスピードは半分以下に落ちてしまう。……せめて、あと一月だけでも残ってくれないか」
見送りに来たバルトスが、名残惜しそうに声をかけた。彼はこの数日で随分と痩せたようだが、その瞳にはかつての傲慢さの代わりに、未知の医術を学ぼうとする純粋な学徒のような輝きが宿っている。
「……バルトス先生。……もう、私の助言がなくても、あなたは正しい診断を下せるはずです。……患者さんの指先の冷え、呼吸の浅さ、そして心の曇り。……それを見逃さなければ、帝都は二度と以前のような『病』に冒されることはありません。……私は、私にしか届かない場所へ行く必要があるのです」
枢はそう言うと、穏やかな笑みを浮かべてバルトスの差し出した手を取り、力強く握り返した。
「……お大事に、バルトス先生。……次に会う時は、あなたに私の知らない『症例』を教えていただけるのを楽しみにしています」
船が港を離れ、帝都の姿が水平線の彼方へと消えていく。
海を越え、数日間の航海。カザンが言っていた「不吉な死の気」は、船が東へ進むにつれて、より濃密に、より冷たく肌を刺すようになってきた。
「……枢さん、見てください。……海の色が、……あんなにどす黒くなっています。……聖なる加護を張っていても、……何かが心の中に染み込んでくるような、……嫌な気配です」
リナが船の手すりを握り、不安げに前方を見つめる。カザンも槍の柄を強く握りしめ、野生の勘を研ぎ澄ませていた。
「……ああ、……地脈の乱れが、海流にまで影響を及ぼしている。……新大陸……。ヘイズ博士がかつて『神の医学』を構想した原初の土地。……あそこで今、……生命の根源に関わる何かが、……崩壊しようとしているのかもしれない」
枢の翡翠眼には、前方に広がる暗雲のさらに奥、巨大な「病の核」が鼓動しているのが見えていた。
やがて船は、新大陸の玄関口である霧に包まれた港町「グラウ」へと入港した。
かつては貿易で栄えたはずのその町は、今や人影もまばらで、家々の窓は固く閉ざされている。道ゆく人々の顔は青白く、まるで自身の魂をどこかに忘れてきたかのような、生気のない足取りだった。
船を降り、宿を探そうとした枢たちの前に、一人の少女が駆け寄ってきた。
ボロボロのフードを深く被り、その隙間からは、人間のものではない、透き通るような青い鱗が、首筋にわずかに覗いている。
「……た、助けてください! ……あなた、……お医者様、……ですよね!? ……私の村の皆が、……朝になっても起きないんです! ……息はしているのに、……みんな、……夢の中から戻ってこれなくなって……!」
少女は枢の白衣を震える手で掴み、必死に訴えかけた。彼女の瞳からは、涙ではなく、微かな「魔力の雫」が溢れている。枢の翡翠眼は、彼女が人間ではなく、この大陸に古くから住まうとされる「精霊族」の末裔であることを瞬時に見抜いた。
「……落ち着いてください。……私は枢。……鍼師です。……あなたの村で、……何が起きているのか、……詳しく教えていただけますか?」
「……わからないんです。……一週間前から、……村の中心にある『聖なる泉』が濁り始めて、……それから一人、また一人と、……眠りに落ちたまま、……笑いながら死んでいくんです! ……ヘイズ博士が……、ヘイズ博士が昔残した薬を飲んでも、……全然効かなくて……!」
ヘイズの名が出た瞬間、枢の瞳に鋭い光が宿った。
どうやら、帝都での戦いは序章に過ぎなかったらしい。ヘイズが捨て去った、あるいは実験の果てに放置した「医学の残骸」が、この新大陸でさらなる異形へと進化し、人々の命を蝕んでいるのだ。
「……リナ、カザン。……休息は後回しです。……どうやら、この大陸が私に最初の『往診依頼』を届けてくれたようですから」
「……もちろんです、枢さん! ……精霊族の少女を救うことも、聖女としての務めですから!」
「……フン、……笑いながら死ぬ、か。……ヘイズの野郎が遺したクソッタレな呪いなら、俺の槍で木っ端微塵にしてやるぜ」
枢は少女の震える手を、優しく包み込んだ。
「……大丈夫ですよ。……私が、あなたの村の皆さんの『夢』を、……解きほぐして差し上げます。……案内してください」
新大陸・第2章第2部。
「不眠の眠り」が支配する呪われた村へ。
聖鍼師の一本が、深い眠りの淵から命を呼び戻すための、新たな戦いが幕を開ける。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに始まりました、第2章・第2部!
帝都を離れ、霧に包まれた新大陸へと足を踏み入れた枢一行。
そこで出会った精霊族の少女と、謎の奇病「不眠の眠り」……。
ヘイズ博士が遺した影は、まだこの世界の至る所に深く根を張っているようです。
新たな舞台で、枢さんがどんな驚きの医術を見せてくれるのか、ぜひご期待ください。
次回、第85話は本日ラスト、**【21:00】**に更新予定です!
眠り続ける村、そして泉に潜む「病の正体」。
枢が解き明かす、生命と夢の驚くべき関係とは!?
「新大陸編、いきなり不穏な雰囲気でワクワクする!」
「精霊族の少女、守ってあげたい……!」
と思っていただけましたら、ぜひ**【評価(☆☆☆☆☆)】**やブックマークをよろしくお願いします!
今日の最終更新まで、あと3時間。どうぞお楽しみに!




