第82話:番外編:英雄の背中、戦士の祈り
おはようございます!
帝都を覆っていた闇が晴れ、数日。
本日は趣向を変えまして、一番近くで枢の戦いを見守ってきたリナとカザンの視点から、あの激闘の舞台裏を振り返ります。
仲間だけが知る、枢の「鍼」に込められた本当の想いとは。
平日の朝、少し穏やかな時間をお楽しみください。
本日も【08:00 / 12:00 / 18:00 / 21:00】の4回更新でお届けします!
帝都の象徴であった白亜の宮殿は、今やその半分が崩れ落ち、復興を待つ静かな廃墟と化している。だが、そこから見下ろす街の灯は、数日前までの澱んだ紫色ではなく、春の陽だまりのような柔らかな輝きを取り戻していた。
宮殿の中庭に置かれた石のベンチに座り、聖女リナは自身の手をじっと見つめていた。その指先には、まだあの激戦の最中に放った、渾身の治癒魔法の残光が染み付いているような気がした。
「……カザンさん。……枢さんって、本当に不思議な人ですよね」
リナがポツリと漏らした言葉に、隣で巨大な槍を磨いていた魔族の戦士カザンが、鼻を鳴らして応えた。
「……フン、不思議どころの話ではない。……俺はこれまで、数多の戦場を駆け抜け、最強と呼ばれた魔王や勇者たちを見てきた。だが……あんな風に、戦いの中で敵に『お大事に』などと言う男は、後にも先にもあいつだけだ」
二人の脳裏には、あの最終決戦の光景が鮮明に焼き付いている。
ヘイズ博士。数千人の命を吸い上げ、神を自称したあの怪物を前にした時、リナは恐怖で膝が震えるのを止められなかった。カザンでさえ、その圧倒的な質量の魔力に、己の死を覚悟したという。
だが、その嵐の真ん中に立っていた枢は、まるで静かな診察室にいるかのように、ただ一点、ヘイズの「苦しみ」だけを見つめていた。
「……私、あの時気づいたんです。……枢さんがヘイズに向けて放った最後の鍼。……あれは、彼を殺すための武器じゃなかった。……何百年もの間、自分の野望という名の毒に冒されて、助けてと言えなくなっていた老人の心を、解きほぐすための『薬』だったんですよね」
リナの声が少し震える。
彼女は聖女として、常に「善」と「悪」を区別し、悪を滅ぼすことこそが正義だと教えられてきた。だが、枢の医術はその概念すらも書き換えてしまった。
枢にとって、ヘイズは滅ぼすべき巨悪ではなく、あまりにも重い病に侵された、一人の「手遅れに近い患者」に過ぎなかったのだ。
「……カザンさん。枢さんが最後に突いた『中庭』というツボ……。あの時、枢さんの身体から溢れ出した光の中に、私が今まで治してきた人たちの笑顔が見えた気がしたんです。……あれは、枢さんの力だけじゃなくて、枢さんが信じてきた『命の繋がり』そのものだったんですね」
カザンは槍を置くと、深くため息をついた。
「……ああ。……俺たち魔族は、力こそがすべてだと思って生きてきた。奪い、奪われるのが理だと。……だが、あの男は違った。……あいつの鍼が俺の傷を塞ぐたび、俺の中の『戦わなければならない』という呪いが、少しずつ解けていくのを感じたんだ。……あいつの鍼はな、肉体だけじゃなく、魂の歪みまで矯正しやがる」
カザンは自身の逞しい腕をさすった。かつて帝都の軍勢と戦い、憎しみだけを糧に生きていた頃の自分。そんな自分が今、こうして帝都の復興を支援し、人間の少女と肩を並べて穏やかに話している。このあり得ない光景こそが、枢という鍼師が成し遂げた、何よりの「治療」の結果なのだ。
「……でも、カザンさん。……枢さん、昨日の夜もこっそり街に出ていたみたいですよ。……宮殿の戦いで怪我をした衛兵さんたちの宿舎を、一人で回って歩いていたんです。……自分だって、あんなにボロボロだったのに」
「……全くだ。……あの男には、自分の健康を管理する『主治医』が必要だな」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
枢は英雄として崇められることを極端に嫌う。感謝の言葉を述べようとしても、「私はただ、当然の処置をしただけです」とはぐらかし、すぐに次の患者の元へ行ってしまう。その背中は、頼もしくもあり、同時に放っておけない危うさも抱えていた。
「……リナ。お前、さっき言っていたな。……今度は自分が枢を支える聖女になる、と」
「……は、はい。……お恥ずかしいですけど、本気です。……枢さんの鍼が届かない場所を、私の光で照らしたい。……枢さんが一人で抱えきれない苦しみを、半分……いえ、全部私が預かれるくらいになりたいんです」
カザンは力強く頷き、再び槍を手に取った。
「……ならば、俺はあいつの往く道を塞ぐ障害を、すべて粉砕する盾になろう。……聖鍼師・枢。……あいつがこの世界のすべての病を治し終えるまで、この俺の命、預けてやることに決めたぜ」
朝日が、中庭に差し込んできた。
宮殿のバルコニーでは、夜通しの往診を終えた枢が、眩しそうに目を細めて街を眺めているのが見えた。
その背中は決して大きくはないが、どんな巨壁よりも揺るぎない確信に満ちている。
かつて無能と蔑まれ、すべてを失った青年。
彼が手にした一本の鍼は、今や二人の強き仲間を、そして滅びゆくはずだった世界を、確かな絆で繋ぎ止めていた。
「……さあ、行きましょう、カザンさん! ……枢さんがまた無理をしないように、私たちがしっかり見張っておかないと!」
「……おう。……おい、枢! ……勝手に次の街へ往診に行く準備を始めるなよ! ……俺たちの朝飯はどうした!」
賑やかな二人の声が、爽やかな朝の空気に響き渡る。
聖鍼師の物語は、彼らの揺るぎない信頼という名の土壌の上で、さらに深く、強く、その根を広げ始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日は番外編として、リナとカザンの視点から枢さんの背中を追いかけてみました。
激闘が終わった後の静かな対話……。彼らにとって、枢さんがどれほど大きな存在になっているかが、少しでも伝われば幸いです。
主人公本人が語らない「強さの理由」を、仲間たちが語る……。
こういう形で物語を振り返るのも、たまには良いものですね。
次回、第83話は本日**【12:00】**に更新予定です!
帝都の復興、そしてバルトスたちのその後。
平和を取り戻したはずの街で、枢はある「奇妙な噂」を耳にします。
「仲間の絆にホロリときた……」
「カザンさんのツンデレ(?)が最高!」
と思っていただけましたら、ぜひ**【評価(☆☆☆☆☆)】**やブックマークをお願いします!
今週も、どうぞよろしくお願いいたします。




