第62話:魔王の眷属、不信の槍
お読みいただきありがとうございます!
境界の雪原で、魔導汚染に苦しむ魔族の少女を救った枢。
少女に案内され、二人が辿り着いたのは、吹雪に隠された魔族の隠れ里でした。
しかし、そこで待ち受けていたのは、人間への激しい憎悪を抱く魔族の戦士たち。
「穢れた人間が、我らの聖域に足を踏み入れるな!」
突きつけられる鋭い槍、一触即発の危機。
だが、枢の翡翠眼は、戦士たちの強靭な肉体に隠された「ある異変」を見逃しませんでした。
支溝、陽池……。敵意さえも治療の糧にする、聖鍼師の独壇場。
金曜日の朝、1,900文字超の衝撃展開をどうぞお楽しみください!
魔族の少女――名は「ミナ」という――に導かれ、枢とリナは『断絶の山脈』のさらに奥深く、猛吹雪が作り出した天然の迷宮へと足を踏み入れていた。
先ほど枢が打った霊台の鍼のおかげか、ミナの足取りは驚くほど軽く、先ほどまでの死に体だったことが嘘のようだった。
「……ここ。……わたしたちの、むら」
ミナが指差した先。雪の断崖を抜けると、そこには巨大な結晶体に囲まれた、幻想的な集落が広がっていた。だが、そこを満たしている「気」は、お世辞にも健やかとは言えなかった。
バッ――!!
村の入り口を抜けた瞬間、頭上から三つの影が舞い降り、枢たちの行く手を阻んだ。
それは、ミナよりも一回り以上大きく、漆黒の角を誇示するように突き出した、魔族の戦士たちだった。
「……人間か。……なぜ、この地を穢しに現れた。……ミナ、そ奴らに何をされた」
先頭に立つ筋骨隆々の戦士が、魔力の宿った長槍を枢の喉元に突きつける。殺気。それも、帝都の兵士たちとは比べものにならないほど濃密で、暴力的な気の噴出だ。
「やめて、カザン! この人は、わたしの命を救ってくれたの! すごいお医者様なんだよ!」
ミナが必死に庇うが、カザンと呼ばれた戦士の疑念は晴れない。
「……フン、人間の医者だと? ……我ら魔族の体は、人間のような脆弱な肉体ではない。……お前たちの浅ましい薬も、まじないも、我らには毒にしかならぬ。……即刻立ち去れ。さもなくば、その首を氷壁に飾るぞ」
リナが恐怖に身を竦ませる中、枢は突きつけられた槍の穂先を、まるで邪魔な枝を払うかのように指先で軽く押しのけた。
「……脆弱、ですか。……その言葉、そっくりそのままお返ししましょう。……カザンと言いましたか。……あなたのその槍、先ほどから震えていますよ。……寒さのせいではありませんね?」
「……何だと?」
カザンの眉間に皺が寄る。枢の翡翠眼には、カザンの隆起した筋肉の裏側で、行き場を失った熱気が爆発寸前の火山のように渦巻いているのが見えていた。
「……魔族領の魔導汚染は、帝都よりも深刻だ。……大地の経絡が滞れば、そこに住む強靭なあなた方の体は、その強すぎる魔力を処理しきれず、自らを内側から焼き殺すことになる。……今のあなたの腕、痺れが止まらないはずだ」
「……な、なぜそれを……」
カザンの動揺を見逃さず、枢は一歩踏み込んだ。
「……腕の外側、手首から少し上のあたりが、異常に熱いでしょう。……そこは**『支溝』**。……三焦の気を巡らせ、体内の熱を排出するための重要なバイパスです。……そこが詰まっているから、あなたの気は暴走し、槍を握る握力さえ奪われている」
枢は往診バッグから、これまでとは違う、太く長い「金鍼」を取り出した。魔族の強靭な皮膚を貫くために、彼は密かに用意していたのだ。
「……リナ、教えたはずです。……**『陽池』**を冷やすなと。……カザン、あなたの陽池は、すでに魔力の滓で塞がっている。……私が今ここで『掃除』して差し上げなければ、あなたのその腕は、明日には壊死して使い物にならなくなるでしょう」
「……戯言を! 死ね、人間!」
カザンが怒りに任せて槍を突き出す。だが、痺れのせいでその一撃は精彩を欠いていた。枢は紙一重でかわすと、カザンの太い腕を掴み、電光石火の速さで金鍼を突き刺した。
「……支溝、開放! ……さらに陽池の門を穿ち、溢れた魔力を大地へと還す!」
ドォォン! と、カザンの腕から青白い衝撃波が放たれ、周囲の雪が吹き飛んだ。
瞬間、カザンの顔から苦悶の色が消え、槍を握る手の震えがピタリと止まった。
「……あ、……あぁ……。……力が、戻ってくる……。……いや、前よりも、ずっと軽い……?」
カザンは呆然と自分の手を見つめた。他の戦士たちも、その圧倒的な光景に言葉を失っている。
「……言ったはずです。……私はこの世界を往診しに来た。……魔族であろうと、大地の病に苦しむ患者であることに変わりはありません」
枢は鍼を拭うと、集落の奥、さらに巨大な魔力の渦が巻く中心部を見据えた。
「……カザン。……あなたたちの里を救いたければ、案内なさい。……この病の根源、**地脈の『正穴』**の状態を確認する必要があります」
カザンはゆっくりと槍を収め、枢に対して深く頭を下げた。
「……失礼した、聖鍼師殿。……我らの誇りを救ってくれたこと、感謝する。……里の長が待っている。……どうか、我らに力を貸してほしい」
枢は皇帝の赤いマントを翻し、魔族の戦士たちを引き連れて集落の奥へと進んでいく。
第2部・中盤戦『不浄の盟約編』。
種族の壁を越えた枢の医術が、魔族領という未知の患者の心をも、少しずつ治療し始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
魔族の戦士・カザンとの対峙! 圧倒的な「気」を誇る魔族をも、枢さんの銀鍼(今回は金鍼!)一本で屈服させるシーンは、書いていて非常に爽快でした。
今回登場した**『支溝』は、腕の外側にあり、便秘や脇腹の痛みだけでなく、体内の「気の停滞」を取り除くのに非常に優れたツボです。
そして前話でも触れた『陽池』**。魔族のような強靭な種族でも、この急所が詰まれば本来の力が出せなくなる。医学の力は、種族を問わず共通の真理であることを、枢さんは証明してくれました。
次回、いよいよ里の長が登場。
そこで語られる、ヘイズ博士と魔族が交わした「本当の契約」とは……?
「魔族の戦士を圧倒する枢さん、マジで格好いい!」
「金鍼の描写に気合が入ってて最高!」
と思っていただけましたら、ぜひ**【評価(☆☆☆☆☆)】**やブックマークをお願いします!
次回、第63話は本日**2月27日 金曜日【12:00】**に更新予定。
魔族の長との対面、そして世界の淀みの「正体」が明らかに!?
お昼休みの更新もお見逃しなく!




