第55話:地下の外科医、死せる皇帝のカルテ
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帝都のエリート医師を退けた枢が次に向かったのは、地図にも載らない地下街。
そこで出会ったのは、魔導科学の限界を知り、闇に落ちた一人の外科医でした。
語られるのは、ヘイズ博士が隠蔽する「初代皇帝」の戦慄すべき容態。
生と死の境界線が歪められた帝都の心臓部で、聖鍼師は何を見るのか。
極泉、少海……心の闇を照らすツボの輝き。
1,900文字超の特大ボリュームでお送りする、お昼のひととき。
帝都の深淵を、どうぞお楽しみください!
黄金の大通りから数階層分、地下へと潜った場所にその「街」はあった。
帝都ガレリアの排熱ダクトから漏れ出す蒸気が立ち込め、カビと鉄錆の臭いが鼻を突く。そこは、光り輝く帝国の繁栄からこぼれ落ちた、浮浪者や犯罪者、そして魔導実験の失敗作たちが身を寄せ合って生きる暗黒街――『下層区』である。
「……上層の空気より、こちらの方がまだマシですね。……少なくとも、欲望を隠すための香水の臭いはしません」
枢は、自身の翡翠眼に映る、壁一面に張り巡らされた魔導配線の「淀んだ気の流れ」を不快そうに見やりながら歩を進める。
「枢さん、あそこです。カシム将軍が言っていた、地下で一番腕の良い『掃除屋』がいるという店は……」
リナが指差したのは、点滅する古びた魔導看板が掲げられた、一軒の廃病院だった。
扉を開けると、そこには手術灯の代わりに怪しく光る魔石の下で、血に汚れた白衣を纏い、黙々と義肢の調整を行う男がいた。
「……予約のない患者は帰れ。……あるいは、死体になってから来い。バラして売ってやる」
男は顔を上げず、冷徹な声で言い放つ。その左目は、機械化された魔導義眼が不気味に赤く明滅していた。
「……残念ながら、まだ私は生きていますし、売るような贅肉も持ち合わせていません。……『闇の外科医』ベルン殿とお見受けしますが、少々、診察をお願いしたい」
枢の言葉に、ベルンと呼ばれた男がようやく手を止めた。
「……診察だと? 俺を誰だと思っている。俺はヘイズの野郎が提唱する『魔導医療』に異を唱え、帝国を追われた身だ。……今の俺が診るのは、鉄屑と化した人間だけだぞ」
「……いいえ。……私が診てほしいのは、あなたの手首です」
枢の言葉に、ベルンが眉をひそめる。
「……あなたのその左腕の義肢。……接続部の神経が過剰な魔力負荷で焼け爛れている。……その痛み、腋の下から指先まで、まるで焼けた釘を打ち込まれているような感覚でしょう?」
ベルンの義眼が激しく回転した。
「……何だと? この義肢の欠陥は、帝都の最新診断機でも検出できなかったはずだ。貴様、何者だ」
「……通りすがりの鍼師ですよ。……少し、腕を貸しなさい」
枢は断りもせずベルンの傍らに立つと、彼の腋の下、心経の起点である**『極泉』**へと、翡翠の気を纏わせた銀鍼を迷いなく刺入した。
「ぬ、あ……っ!?」
ベルンの全身が大きく跳ねた。しかし、次の瞬間、彼の義眼の明滅が収まり、険しかった表情が驚愕へと変わる。
「……極泉は、心の熱を鎮め、神経の伝達を正常化させる場所。……さらに、肘のシワの内側、**『少海』**を刺激し、腕に溜まった余分な魔力を体外へ逃がします」
枢が二本目の鍼を打つと、ベルンの義肢の接合部から、バチバチと小さな火花と共に黒い煤のような気が排出された。
「……痛みが……消えた……? まるで、自分の肉体が戻ってきたような……」
「……これで少しは、まともな会話ができるでしょう。……ベルン殿、あなたがヘイズ博士の下から持ち出したという、『初代皇帝』のカルテを見せていただきたい」
静寂が流れた。
ベルンはしばらく自分の左腕を動かしていたが、やがて重い腰を上げ、診療所の奥から一冊の、黒ずんだ魔導書を取り出してきた。
「……あんた、タダ者じゃないな。……いいだろう、聖鍼師。……だが、これを見れば、あんたも正気ではいられなくなるぞ」
ベルンが開いたカルテ。そこには、人体の解剖図とはかけ離れた、異形の図面が描かれていた。
帝国の初代皇帝――三百年前の英雄。その肉体は、死を免れるために全身の臓器が魔導回路に置き換えられ、魂だけが人工的な「気の檻」に閉じ込められているという。
「……心臓は魔導炉に、脳は演算装置に……。……しかし、魂がそれを受け入れず、拒絶反応を起こしている。……ヘイズはそれを強引に抑え込むために、帝都全土から『生きた人間の気』を吸い上げ、皇帝に注ぎ込もうとしているのだ」
「……不潔だ。……あまりにも不潔だ」
枢の翡翠の瞳が、これまでにないほど冷たく、鋭く光る。
「……死者は安らかに眠るべきだ。……それを強引に動かし、挙句に他人の命を糧にするなど、医術への冒涜以外の何物でもない」
「……ヘイズは近々、その『皇帝』を神として再臨させるつもりだ。……そのための最終調整には、あんたのような『気を自在に操る者』の技術が必要なんだろう」
「……なるほど。……私の鍼を、その歪んだ神の調律に使いたいわけですか。……ヘイズ博士。……あなたの望み通り、会いに行ってあげましょう」
枢は往診バッグを固く握りしめた。
「……ただし、私が持っていくのは調律のための鍼ではない。……その歪んだ生を断ち切るための、解体の鍼です」
地下の診療所に、枢の宣言が重く響く。
帝都の中央、雲を突く白い塔。そこには、人類が触れてはならない「禁忌の患者」が、悲鳴を上げながら目覚めの時を待っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ついに帝都の闇、そして物語の核心である「初代皇帝」の秘密が明らかになりました。死してなお機械として生かされ続ける英雄……枢さんの怒りも最高潮です。
今回登場した『極泉』は、腋の下にあるツボで、心臓の疲れや腕のしびれ、さらには精神的なストレスを緩和するのに非常に効果的です。
そして肘の内側にある『少海』は、手のしびれや、それこそベルンのように「心が落ち着かない時」に効く名穴です。
現代でも、パソコン作業で腕が疲れている方は、腋の下を優しく揉むだけで、驚くほど腕が軽くなりますよ。
さて、次なる舞台はいよいよ「中央塔」。ヘイズ博士の狂気に、枢さんの銀鍼はどう立ち向かうのか!?
「枢さんの『不潔だ』ってセリフ、本当に信念を感じて痺れる!」
「地下の外科医ベルン、良いキャラしてる! 仲間になってほしい!」
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次回、第56話は本日**【18:00】**に更新予定。
中央塔への潜入。そこで枢が目にする、皇帝の「真の姿」とは……?
夕方の更新も、どうぞお見逃しなく!




