第522話「深層の熱と眩暈!世界の経絡を揺るがす内風」
哭先生の鮮やかな刺針『黒燕・風断穿』によって、大気の『風門』が封鎖され、魔導船を阻んでいた巨大な竜巻は一瞬にして霧散しました。
しかし、体表の嵐が収まったのも束の間、世界の経絡の乱れはさらに深い部分へと侵入し、今度は海域全体が不気味な熱を孕んで脈動し始めます。
掴みどころのない風邪が、ついに外側から内側へと侵入し、より凶悪な『内風』へと変貌を遂げる、 clinical な新展開の始まりです。
吹き荒れていた半透明の竜巻が消え去り、視界は一瞬の静寂を取り戻したかのように見えた。
だが、魔導船の進む海面は、鏡のような平穏とは程遠い、別の異常事態を示し始めていた。融けた氷の海から、ポコポコと泡立つ生温かい気泡が無数に立ち昇り、大気には妙に湿った、肌にねっとりと絡みつくような熱気が満ち始めていく。
「……何だこれ、視界が……世界が、ぐにゃぐにゃと回って見えるぜ……」
ガストンが舵輪を掴んだまま、大きな頭を左右に激しく振った。
先ほど哭の風針によって皮膚の痒みと発疹は完全に消失したはずだったが、今度の異変は彼の「内側」から生じていた。彼の視界は大きく歪み、まるで激しい船酔いに襲われたかのように、その巨体が左右に大きく傾く。
「ガストン! 舵から手を離さないで! 船が傾いてるわ!」
リナが叫びながらガストンの腰を支えようとするが、彼女自身もまた、額にじっとりと嫌な汗を浮かべ、不意に強烈な「めまい」に襲われてその場に膝を突きそうになった。
足元が急にフワフワと浮き立つような、地面の感覚が消失していくかのような奇妙な感覚。それは、魔導船に乗る全員の神経を内側から狂わせ始めていた。
「天球儀の数値が……さっきの暴走とは違う。今度は、円を描くように波形がのたうち回っているんだ……! 船の動力炉の血流そのものが、異常に逆上せ上がっている!」
ハクが操舵室の計器を叩きながら、焦燥の声を上げる。
彼の言葉通り、魔導船の心臓部である魔導エンジンは、不規則な高熱を発しながら、まるで心室細動を起こしたかのように不気味な高音の不整脈を刻んでいた。
東洋医学において、外から侵入した『風邪』が体表の防御を破り、あるいは体内の激しい陰陽の乱れによって内側から発生する風の病態を『内風』、または『肝風内動』と呼ぶ。
それは、脳ののぼせ、激しいめまい、痙攣、そして意識の混濁を引き起こす、極めて重篤な臨床的局面であった。
「……キチキチ、外の雑風を払ったと思えば、今度は自然界の『肝(かん・自律神経系)』の気が完全に昂ぶり、体内の熱を上へと突き上げさせたか」
哭が腕を組み、不快そうに顔を顰めた。
彼の風針は外からの風を遮断することには成功したが、すでに世界の肉体の奥深くへと侵入してしまった「のぼせの熱」と「内なる風の揺らぎ」は、表面的な刺針だけで抑え込めるほど生易しいものではなかった。
「はい。寒邪の極限の冷えが急激に融解したことで、大気の下層に溜まっていた水分が熱を帯び、それが一気に上空へと突き上げて、世界そのものが『上熱下寒』のめまいを起こしているのです」
枢が往診鞄の金物へと手をかけ、一歩前へと進み出た。
彼の長い髪が、海面から立ち昇る生温かい上昇気流によって不規則に逆立っていく。その白銀の瞳は、世界のエネルギーが頭部(上空)へ向かって異常に 衝逆(しょうげき・突き上げ) している様を正確に捉えていた。
「この内風を鎮めるには、上へと暴走している『陽気(熱エネルギー)』を、元の正しい場所へと優しく引き引き下ろしてあげる必要があります。哭先生、風の起点となったあの霧の最奥へ、この船を真っ直ぐに突入させます」
「ふん、このめまいの嵐の中を突き進むか。言うようになったな、枢。だが、船乗りどもがこれ以上使い物にならなくなれば、突入する前にこの船は転覆するぞ」
哭が顎でガストンたちを指し示す。ガストンは完全に目が回り、舵輪にしがみついたまま苦悶の表情を浮かべていた。
「大丈夫です。シオンさん、ネネ、往診チームの皆さんへ急ぎ『平肝熄風(へいかんそくふう・内風を鎮める治療)』の準備を」
「はい、先生! ――我が魔力よ、逆上せし世界の熱を鎮める冷徹なる楔となれ!」
シオンが素早く魔導書を開き、上空へと昇りゆく不規則な熱の波動を遮断するための、青白い清涼な結界を展開し始めた。
魔導船の周囲に張り巡らされたその結界が、突き上げる内風の熱を少しずつ clinical に和らげていく。
「さあ、世界のめまいを止めに行きましょう。哭先生、道を切り拓いてください」
「私に命令するなと言ったはずだ。――だが、その clinical な狂気、嫌いではないぞ」
哭が不敵な笑みを浮かべ、再びケースから次なる鍼を抜き放つ。
形を変え、内側から世界を狂わせる内風の真の病根へ向かって、魔導船はめまいの嵐を切り裂き、さらなる激闘の深淵へとその機首を向けるのだった――。
第522話「動き出す内風!生温かき突風と新たな歪み」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
外からの風邪が体内の奥深くへと侵入し、ガストンたちを襲う激しい「めまい」と、世界全体のエネルギーの突き上げ(内風)を描く、緊迫の臨床シーンをお届けいたしました。
今回は、往診チームを苦しめる「内風」の病理と、その身体への影響について解説いたします。
東洋医学において「内風」とは、外から風が吹いてくるのではなく、体内の「熱」や「血の不足」によって、内側から突発的な風(揺らぎ)が湧き起こる病態を指します。これを「肝風内動」とも呼び、ガストンやリナが体験したような、世界がぐるぐると回る激しいめまいや、筋肉のピクつき、頭部への急激なのぼせを引き起こします。今回の自然界は、哭先生の治療で表面的なバリアは守られたものの、内部に潜んでいた寒邪の融解熱が一気に上へと突き上げたため、世界そのものが巨大な「めまい(上熱下寒)」を起こしている状態です。
枢先生がこの暴走する陽気をどのように引き下げ、本治(根本治療)を施すのか、これからの展開にどうぞご期待ください。
土曜日の夜、一週間のすべての緊張から解放され、ご自宅でゆったりとしたリラックスタイムを過ごされていることと存じます。
週末を迎えて「急に頭がぐるぐる回るようなめまいがする」「フワフワして足元がおぼつかない」「目がチカチカして頭痛がする」という方は、一週間の精神的なストレスや過労によって、体内の「肝」の気が昂ぶり、悪い熱が頭部へと突き上げて内風を起こしている典型的なサインです。
そんな時は、お布団に入る前に、足の甲にある、親指と人差し指の骨の合わせ目の手前にあるくぼみ(太衝・たいしょう)を、手の親指を使って、かかとに向かってじわーっと心地よい強さで押し下げてみてください。頭部へと異常に逆上せ上がっていた余分な熱と気が、足元に向かってスーッと引き下がり、めまいや頭痛が劇的に clinical に鎮まって、心身ともに驚くほど深いリラックス状態へと導かれますよ。週末の夜を穏やかに過ごし、素晴らしい睡眠をお取りいただくために、まずは足元のツボから風を鎮めてみてくださいね。
世界のめまいの中心へと突入する魔導船。枢先生と哭先生は、この形なき内風の真の病根を討ち果たすことができるのか――。
次なる第523話は、明日日曜日の【12:00】に更新予定です。日曜日のお休みのひとときに、さらに clinical に加速する物語の続きをどうぞお楽しみに!




