第500話「黒岩島の異変!拒絶の門と蔓延(まんえん)する毒気」
新しい一週間の始まり、月曜日のお昼休みにお届けするのは、本作の大きな節目となる第500話です。
皆様の毎日の大切な息抜きの時間に、確実な物語の続きをお届けしてまいります。
前回の21時更新では、体内に猛烈な「熱毒」を抱え瀕死だった白銀の鷹に対し、枢先生が翼の要穴「手五端」へ刺絡を施し、見事にその命を繋ぎ止めました。
そして本日正午、魔導船はついに、SOSの発信源であり、未知の疫病が渦巻くという謎の孤島『孤高の黒岩島』へと接岸します。
島に一歩足を踏み入れた一行を待ち受けていたのは、鼻を突く異臭と、生きる活力を失った人々の姿でした。記念すべき第500話、往診チームの新たなる壮絶な闘いの幕開けを、お昼のひとときにどうぞお楽しみください。
不気味な黒い岩肌が、まるで海から突き出た巨大な牙のように、行く手を阻む。
月曜日の正午。往診チームを乗せた魔導船は、重苦しい灰色の雲に覆われた目的地――『孤高の黒岩島』の天然の港へと入港していた。
「……ひどい匂い。サン・バルサ島の爽やかな柑橘の風が、まるで遠い昔の出来事みたいに思えちゃうね」
ネネが真っ白な街着の袖で鼻を覆いながら、顔を顰めてデッキから港を見下ろした。
港に漂っているのは、腐った硫黄と、何かが焦げ付いたような、ねっとりとした不快な異臭。海面には油のような膜が浮き、行き交う他の商船の姿は一隻もない。完全なる「隔離」の空気が、島全体を支配していた。
「ふん、これは単なる自然の霧や潮の匂いじゃないね。空間全体の『気』が完全に腐敗している。天球儀の針も、さっきから不規則にブレ続けているよ」
ハクが片眼鏡の度数を調整しながら、警戒を露わにして周囲を鋭く見回す。
「気をつけてください。島を覆う魔力の防壁が、内側からの『熱毒』を外に漏らさないよう、異常な形で閉じられています。これでは、島内の悪い気が外へ抜けず、中で循環して濃縮されていく一方です」
シオンが魔導書を胸に抱え、冷徹な分析を口にした。
一行がタラップを降りて寂れた桟橋に足を下ろすと、奥の木造の防壁から、数人の男たちが槍や古い魔導銃を構えて、血走った目で飛び出してきた。
「止まれ……っ! どこの者だ! この島は今、原因不明の『黒熱病』によって外部との接触を一切断っている! 命が惜しくば、今すぐ船を反転させて立ち去れ!」
男たちの顔は一様に土気色で、目の周りには赤黒い大きな隈が浮かんでいる。その呼吸はハアハアと浅く、銃を握る手は激しく震えていた。
「おいおい、そんな震えるおもちゃを俺たちに向けるんじゃねえよ。暴発したら危ねえだろうが」
ガストンが一歩前へ出て、男たちの前に立ちはだかった。その大戦士の体躯に男たちは一瞬怯んだが、必死の形相で武器を構え直す。
「私たちは、怪しい者ではありません。この子からSOSを受け取り、往診に馳せ参じた医療チームです」
枢が静かに声をかけ、一歩前へ出た。その腕の中には、ゆうべ命を救われ、すっかり元気になった白銀の鷹が収まっている。
「あ……! その鷹は、領主様が放った伝書鳥……っ! 生きて、戻ってきたのか!?」
男たちの間に動揺が走る。
「ええ。この子は途中で猛烈な熱毒に侵され、命を落としかけていましたが、私たちの医療によって体内の毒を排出し、こうして無事に戻ることができました。この子の身体を蝕んでいた病因は、今、皆さんの島を襲っている病と同じもののはずです」
枢は穏やかでありながら、一切の妥協を許さない真摯な瞳で男たちを見つめた。
「通してください。これ以上、この閉鎖された空間に熱を籠もらせ続ければ、患者だけでなく、健康なあなた方の命まで、内側から焼き尽くされることになります」
「くっ……。だが、医師なら今まで何人も本土から呼んだ! だが、どいつもこいつも『ただの風邪だ』『流行り病だ』と強い薬を処方するだけで、結局は全員、高熱を出して血を吐いて死んだんだ! 医者など信じられるか!」
男の一人が、絶望を叩きつけるように叫んだ。
「彼らが失敗したのは、病の『名前』だけを見て、患者の『身体の現実』を見なかったからです」
枢の言葉は、冷たい岩肌に染み込むように鋭く響いた。
「私たちは、病名ではなく、あなた方の身体が上げている悲鳴を診に来ました。信じるか信じないかは、私たちの治療を見てから決めてください」
その絶対的な自信と静かな覇気に気圧されたのか、男たちは顔を見合わせ、ゆっくりと槍を下げた。
「……分かった。領主館へ案内する。だが、もしお前たちも今までのペテン師と同じなら、容赦なくこの海へ叩き落としてやるからな」
男たちの先導のもと、往診チームは重い木製の防壁の門をくぐり、島の中央へと進んだ。
石畳の路地の左右には、家々の窓が固く閉ざされ、中からは苦しげな 呻き声や、激しい咳き込みが絶え間なく漏れ聞こえてくる。
「……これは、想像以上に clinical な状況ですね」
リナが魔導銃の照準を低く保ちながら、周囲の家々から漂う魔力の歪みを察知して呟く。
「ええ。ですが、どんなに深い闇であろうと、気の滞りがあるならば、それを穿ち、流すのが私たちの仕事です」
枢は往診鞄の取っ手を強く握り直し、領主館の大きな扉を見上げた。
記念すべき第500話の節目に、往診チームが挑むのは、島一つを丸ごと飲み込もうとする未知の熱性疫病。人間の誇りと命をかけた、かつてない規模の医療ドラマが、今ここに幕を開けるのだった――。
第500話「黒岩島の異変!拒絶の門と蔓延する毒気」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
皆様の温かい応援に支えられ、本作はついに【第500話】の大台を迎えることができました。心より感謝申し上げます!
月曜日のお昼、新しい一週間の始まりにふさわしい、新章『黒岩島の疫病編』の本格的な幕開けを描かせていただきました。
島全体を覆う閉塞感、拒絶する島民たち、そしてこれまでの傷病とは規模の違う「蔓延する熱毒」に対し、枢先生たちがどのように立ち向かっていくのか、今後の展開にどうぞご期待ください。
今回は、島全体を覆う「閉鎖された環境」が身体に与える悪影響について、東洋医学の観点から少し解説いたします。
作中でシオンが「悪い気が外に抜けず、中で循環して濃縮されている」と指摘しましたが、これは東洋医学における『空間の気滞・熱籠』の概念そのものです。
人間だけでなく、家屋や島といった空間も、適切な「換気(気の入れ替え)」が行われないと、そこに住む人々の呼吸やストレスから生じた熱が空間に充満し、五臓の「肺」を傷つけ、免疫力を著しく低下させます。島民たちが「目の周りに赤黒い隈」を浮かべていたのは、熱毒によって体内の血流が滞り、悪血が顔面に浮き出ている典型的な徴候です。環境を整えること(換気と理気)が、医療の第一歩であることを改めて提示する clinical なプロローグとなっています。
現代の皆様にとっても、月曜日のデスクワークなどで閉め切った部屋に長くいると、頭がモヤモヤしたり、目の疲れや肩こり(気の滞り)が生じやすくなります。お昼休みや仕事の合間には、ぜひ一度窓を開けて外の新鮮な空気を深く吸い込み、体内の「熱」を外へ逃がす養生を意識してみてください。
ついに領主館へと足を踏み入れた往診チーム。そこで彼らを待ち受ける「黒熱病」の正体とは。
次なる第501話は、本日月曜日の【21:00】に更新予定です。
一日の仕事を終えた夜のリラックスタイムに、501歩目の新たな闘いをぜひお楽しみに!




