第467話「雲海を裂く光の航路!天空総本部を包む絶対防衛結界」
雲海を突き抜け、地球の経絡たる「気の奔流」に乗って天へと駆け上がる往診チームの魔導船。
しかし、全人類の命の選択権を独占する「闇の医療ギルド本部」が、ただで侵入者を迎え入れるはずがありません。
雲の上の要塞を囲むのは、あらゆる物理・魔導治療をも遮絶する、ギルドの科学と魔導の粋を集めた絶対防衛結界。
「おやおや、実に立派な結界です。ですが、どれほど強固な盾で身を包もうとも、中身が『病巣』であるならば、内側から噴き出す歪みを完全に隠し通すことはできません。シオンさん、魔導船の全出力をあの結界の『歪みの支点』へと集中させなさい。リナさん、ガストン、衝撃に備えて。ハクさん、ここからが本当の、命の最前線です!」
21時、金曜夜の定期更新。最終決戦大長編「ギルド本部総力決戦編」、怒涛の第二幕!
天空に浮かぶ巨大な要塞の門を前にして、枢先生の白銀の瞳が、無敵と謳われた防衛結界に隠された「致命の滞り」を鋭く見抜きます。
氷河医療城から噴き上がった白銀の光の柱――地球の経絡を逆流する「気の奔流」は、凄まじい轟音を立てて魔導船の船体を天空へと押し上げていた。
ガガガガ、と激しく震える甲板の上で、ガストンが両足を踏ん張りながら操舵輪を必死に抑え込んでいる。
「おいおい、こいつはとんでもねえスピードだぜ! 速度計が完全に振り切れてやがる!」
窓の外には、猛烈な速度で下へと流れ去る雲の海と、どこまでも青く、そして黒く染まりゆく成層圏に近い天空の景色が広がっていた。
地上であれほど激しい死闘を繰り広げた氷河城が、今や遥か彼方の小さな白い点へと変わっていく。
「シオン、魔導障壁の出力を維持して! 摩擦熱で船体が持たなくなるわ!」
リナが愛用の魔導銃を背負い直し、計器の数値を睨みつけながら叫ぶ。
「分かっています! ですが、この気流に含まれる『生のエネルギー』が、魔導炉の効率を通常の三百パーセント以上に跳ね上げている。船体の強化呪言は完全に安定していますよ!」
シオンが魔導書を広げ、全身から青い魔力を放ちながら涼しい顔で答えた。
その緊迫した船内の中で、ハクは往診鞄から取り出したいくつかの未完成の薬瓶を、驚異的な手練れで固定器具へと並べていた。
「ナノウイルスの変異を遮断する基本骨格は、あの最高総帥の通信音声から抽出した周波数で特定した。あとは、現地の環境に適応した媒介物質が何かだ……」
ハクの十指は、前話で枢が穿った「太淵」と「合谷」の残熱を未だに帯びており、以前よりも遥かに正確で、淀みのない速度で動いている。
薬師としてのプライドが、次なる未知の戦いに向けて激しく脈打っていた。
「皆さん、そろそろ地球の気の奔流が、天空の経穴へと到達します。……見えてきましたね」
往診鞄を静かに傍らに置き、船首で腕を組んでいた枢が、白銀の瞳を細めて前方を指差した。
雲海を割って、一行の目の前に現れたのは、もはや一つの「大陸」と呼ぶべき巨大な人工の浮遊要塞だった。
中央天空浮遊総本部。
白亜の美しい装甲で覆われたその巨大建築物は、周囲に無数の魔導衛星を従え、世界の頂点から全人類の命を見下ろすように冷徹に鎮座している。
しかし、その美しい外観とは裏腹に、要塞の周囲は大気すらも拒絶するような、どす黒い半透明の「絶対防衛結界」によって完全に包まれていた。
「何よ、あの禍々しい結界は……。普通の魔導防壁じゃないわ。触れただけで、こちらの生命力が吸い尽くされそうな嫌な予感がする」
リナが窓越しにその結界を見つめ、不快そうに眉をひそめる。
「その直感は正しいですよ、リナさん。あれは純粋な防御壁ではありません。……ギルドに搾取され、命の選択権を奪われた地上の患者たちの『絶望と未練』、すなわち悪質な死気を術式に組み込んだ、最悪の『生体拒絶結界』です」
枢の声から、いつもの穏やかさが消え、一人の医者としての深い憤怒が微かに滲む。
「地上のパンデミックで死んでいった人々の怨念を、そのまま本拠地の盾にしているというわけか……! どこまで腐っていやがる、闇の医療ギルドめ!」
ガストンが歯噛みし、拳を操舵に叩きつけた。
「ふっ、ならばその盾ごと、我が魔導で消し飛ばして見せましょう」
シオンが前線に立とうと呪文を唱えかけるが、枢は静かにその手を制した。
「いいえ、シオンさん。あの規模の生体結界を外側から力任せに破壊しようとすれば、結界に囚われた無数の『死気』が爆発的に反転し、地上の無関係な人々へと呪いとなって降り注ぎます。奴らはそれすらも計算に入れて、あの盾を張っているのです」
「なっ……! じゃあ、手出しができないっていうの!?」
リナが驚愕の声を上げる。
強大な魔導も、最新鋭の武器も、人質を取られた状態では無力。
まさに、全人類の医学を裏から支配するギルドならではの、冷酷極まる防衛システムだった。
誰もがその「命の盾」の前に動きを鈍らせる中、枢だけは一歩も引くことなく、懐からこれまでになく太く、そして深い鈍色の光を放つ「巨鍼」を抜き放った。
「ハクさん、あの結界の表面をよく見てください。ドス黒い死気の流れが、一箇所だけ、不自然に渦を巻いて滞っている場所がありますね」
ハクは枢の指し示す方向へ視線を凝らし、薬師としての鋭い観察眼でその構造を見抜いた。
「……あるな。まるで、巨大な生体の『関節』が無理に曲げられているような、不均等な圧力の集中点だ。まさか、あれが……」
「ええ。東洋医学において、どれほど強固な邪気(病気のエネルギー)であろうとも、それが物質化して存在を維持するためには、必ずエネルギーの通り道である『絡脈』が必要となります。そして、流れが急激に変化する場所には、必ず歪みが蓄積する」
枢は巨鍼を両手で構え、全身の「陽気」をその先端へと一本の細い光の糸のように集中させていく。
「あれは天空総本部の結界における、気の滞りの拠点――すなわち『天突』に相当する要穴です。この巨鍼で、結界の気の流れを強制的に『順気(正常な循環)』へと導き、呪いを無害な光へと還して、中に風穴を開けます!」
枢の身体から、まるで天空の太陽そのもののような、圧倒的な黄金の生命オーラが膨れ上がる。
「ガストンさん、魔導船をあの渦の真芯へと直進させなさい! シオンさん、船首の魔導障壁を私の鍼の軌道と完全に同期させるのです!」
「おうよ! 先生を信じて突っ込むぜぇ!」
「了解です、枢先生! 私の魔力、すべてあなたに預けます!」
ガストンが操舵輪を限界まで回し、魔導船は上昇気流の勢いをそのままに、ドス黒い絶対防衛結界の渦へと向かって一直線に突撃を開始した。
衝突まで、あと数百メートル。
結界から放たれる圧倒的な死気のプレッシャーが、船体の装甲をバリバリと軋ませ、リナたちの肌を刺すような寒気が襲う。
「邪悪なる医の傲慢によって歪められし天空の気よ、本来の健やかなる流れへと戻りなさい!」
枢は叫ぶと同時に、船首のガラス壁を突き破るかの如き鋭さで、巨鍼を前方の空間へと突き出した。
神速の刺入。
枢の放った巨鍼の波動は、シオンの青い魔導障壁と完全に融合し、一本の巨大な光の槍となって、結界の要穴「天突」へと完璧な深度と角度で突き刺さった。
ドッ、という、世界の底から響くような鈍い衝撃音が全空間に轟く。
次の瞬間、結界を形成していたドス黒い死気の渦が、枢の巨鍼による調律によって一瞬で反転し、清らかな白銀の霧へと姿を変えて周囲へと霧散していった。
怨念として囚われていたエネルギーが、純粋な大自然の気へと還元され、天へと還っていく。
「結界の気の滞り、完全に貫通(開竅)しました!」
黒い盾が消滅し、目の前に完全な「航路」が切り開かれる。
魔導船は一切の減速をすることなく、まばゆい白銀の霧を切り裂きながら、中央天空浮遊総本部の広大な外門プラットフォームへと、轟音を立てて滑り込んだ。
ズズズズ、と激しい摩擦音を立てて船体が停止したその瞬間、外門の巨大な自動隔壁が開き、中から黒い防護服に身を包んだギルド直属の「特殊医療兵」の軍勢が、武器を構えて一斉に溢れ出してきた。
しかし、往診鞄を手に甲板へと降り立った枢とハクの顔に、怯えは一切なかった。
「おやおや、手荒い歓迎ですね。ですが、往診の手間が省けました」
枢が不敵に微笑み、銀鍼を指の間に挟み直す。
「待たせたな、闇の医療ギルド。地上のすべての病の利権、今ここで、私とお前の銀鍼ですべて叩き潰してやるよ」
ハクが新薬のボトルを構え、枢の背後へとピタリと寄り添った。
二人の職人の魂が完全に一つとなり、雲の上の絶対防衛線を突破した往診チーム。
人類の命の未来を懸けた、闇の中央浮遊総本部での総力決戦が、今、ここに幕を開ける。
第467話「雲海を裂く光の航路!天空総本部を包む絶対防衛結界」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
ギルドが誇る、人々の絶望を盾にした最悪の生体拒絶結界に対し、力任せの破壊ではなく、その歪みの要穴である「天突」を見抜いて無害な光へと還してみせる枢先生の圧倒的な医の品格、お楽しみいただけましたでしょうか!
どれほど邪悪で強固な防壁であろうとも、それが命の理に基づいている以上は必ず「ツボ」が存在するという、鍼灸師としてのプロの美学と、それに応えて見事な操舵と魔導で道を拓いた仲間たちの不動の絆には、週末の夜に読んでいて本当に胸が熱くなりましたね。
今回は、枢先生が結界の気の滞りを貫通するために用いた、胸骨の上端にある非常に重要な経穴、天突の概念について解説させていただきます。
東洋医学において「天突」は、任脈に所属し、文字通り「天(頭部や上空)へと突き抜ける気の通り道」を司る最大の要所です。
ここは喉の直下に位置し、呼吸の乱れや気の逆上(気の滞りによるパニック状態)を鎮め、体内の邪気を一気に下へと引き下げて正常な循環へと戻す、非常に強力なリセットボタンのような役割を持っています。
現代における激しい咳や喉のつかえ感、呼吸困難、自律神経の極度の緊張を解きほぐす際にも多用されるこの名穴を、要塞規模の結界の歪みへと応用し、怨念の滞りを一瞬で清らかな大自然の気へと還元してみせる枢先生の職人技の冴えには、深く感動させられましたね。
見事に絶対防衛結界を突破し、ついに闇の本拠地へと足を踏み入れた往診チームですが、目の前に現れたのはギルドが誇る無敵の特殊医療兵の軍勢という、これまた一日の終わりを迎える夜に相応しい息をもつかせぬ衝撃の決戦の幕開けとなりました。
次なる戦いの舞台は、要塞の内部へと続く白亜の外門回廊。次々と襲い来るギルドの刺客たちに対し、枢先生とハクさんの最強コンビが、どのような「命の最終治療劇」を魅せるのでしょうか。
次回の第468話は、明日【12:00】に更新予定です。
週末の土曜昼のひとときに、ついに開始される中央総本部での大乱戦と、往診チームの新たなる伝説の激闘を、ぜひお楽しみに!




