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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第五章 : 神代再編・枢復活編】

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第448話:深緑の霊峰、幻の霊薬と孤高の薬師との出会い

医療都市ルミナリアに別れを告げた枢先生たちが新たに足を踏み入れたのは、周囲を分厚い雲海と巨木に囲まれた、峻険なる「深緑の霊峰」の麓でした。

そこは、地上の最先端科学を以てしても決して栽培できないという、幻の霊薬が眠る聖域であり、同時に、容赦のない寒湿の邪気が登山者の肉体を凍らせる、大自然の試練の場でもあったのです。


「おやおや、リナさん、ガストン、そんなに身を縮めていては、山の冷気が一気に肺の経絡へと侵入してしまいますよ。シオン、防寒の調剤を。……どうやら、あの霧の向こうの山小屋で薬草を煎じている孤高の薬師さんは、私たちの鍼術の腕を、山の厳しさを使って試されているようですね。一人の往診鍼師としての私の銀鍼が、この霊峰の冷気をも、一刺しで春の陽だまりへと変えてみせましょう」


12時、水曜昼の定期更新。深緑の霊峰、幻の霊薬と孤高の薬師との出会い。

新たなる大自然の舞台で、白銀の聖鍼が、命の防壁を呼び覚ます究極の穿刺を敢行します。

 近代的な白銀のビルが立ち並んでいたルミナリアの光景は完全に過去のものとなり、一行の眼前に広がっていたのは、見上げる空を黒緑色の巨木が覆い尽くす、圧倒的な大自然の壁であった。

 深緑の霊峰、リュミエール。

 標高数千メートルを誇るその山脈は、一年中が濃厚な霧と、五臓を内側から凍らせるような悪質な「寒湿の邪気」に満たされており、地上のいかなる医療組織も開発に失敗したという、幻の霊薬「翡翠冬虫夏草」が自生する唯一の聖域として知られていた。

 麓から数時間ほど急斜面を登っただけで、周囲の空気の密度は急激に低下し、山の冷気が容赦なく一行の衣服の隙間から侵入してくる。


「はぁっ……、はぁっ……。ねえ、先生……、なんだか急に、胸が苦しくて、空気がうまく吸えないの……。頭の奥も、締め付けられるみたいに痛くて……」


 リナが短槍を地面に突き立て、激しく肩を上下させながら、その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。

 彼女の健康的な唇は、急激な高山病による酸素欠乏と寒さのせいが、紫色のチアノーゼを起こして微かに震えている。

ガストンもまた、最新の計測器を握りしめたまま、その場に四つん這いになり、猛烈な目眩と吐き気に耐えるように激しく咳き込んでいた。


「大変だ……。この山の空気、ただ酸素が薄いだけじゃないよ。気圧の急激な変化に加えて、山全体から、人間の肺の細胞を収縮させる特殊な天然の毒素が微量に混ざっているんだ……。僕の防護バリアじゃ、この大自然の圧迫を防ぎきれない……」


 シオンがすぐさま往診鞄から携帯用の薬瓶を取り出し、二人に吸入させようとしたが、彼女自身の指先もまた、寒湿 of 邪気によってカチカチに硬硬しており、蓋を開けることすら満足にできない状態であった。

大自然が侵入者を拒むために仕掛けた、無言の洗礼。

三人の意識が朦朧とし始めたその時、濃霧の奥から、一本の古びた煙管キセルを燻らせ、全身に薬草の匂いを纏った一人の青年が姿を現した。

彼の名は、ハク。

この霊峰の過酷な環境にただ一人で住まい、幻の薬草を管理している「孤高の薬師」であった。

ハクは冷徹な薬草色の瞳でリナたちを見下ろすと、煙管から紫煙を吐き出し、突き放すように冷たく言い放った。


「おいおい、地下の文明に慣れきった軟弱者が、何の覚悟もなく我が霊峰に足を踏み入れたものだな。山の神が放つ寒湿の毒に耐えられず、その程度で肺を潰しているようでは、霊薬を追う資格など万に一つもない。命が惜しければ、その子供たちを連れて、今すぐ麓の泥の中へ転がり落ちるがいい」


 ハクの言葉には、自らの技術への絶対的な自負と、山を舐める者への強い拒絶が込められていた。

 しかし、そんな薬師の冷酷な言葉を前にしても、枢だけは往診鞄を右手に持ったまま、その白銀の瞳にいつもの優しい光を湛えてハクを見つめ返した。


「おやおや、ハクさん。厳しいお言葉ですが、あなたがここで煎じている薬草の香りは、とても温かく、命への深い慈愛に満ちていますよ。……ですが、私の目の前で悲鳴を上げているこの子たちの肺の経絡を、一人の往診鍼師として、このまま見過ごすわけにはいきません。大自然の洗礼がどれほど冷徹であろうとも、人間の肉体には、それを乗り越えるための素晴らしい防壁が、最初から備わっているのですから」


 枢は往診鞄の留め金をカチリと外し、中から極めて太く、中心から燃え盛るような赤金の輝きを放つ「陽鍼ようしん」を二本、神速の所作で抜き放った。

 まず彼が向かったのは、激しい呼吸不全を起こしていたリナの元であった。

枢の指先が、彼女の鎖骨の下、胸の最も外側にある、肺のエネルギーが激しく出入りする経穴へと正確に触れた。


「手の太陰肺経の、中府ちゅうふを穿ちます。ここは肺の気が集まる大元の拠点であり、急激な気圧の変化によって収縮しきった肺胞を一瞬で拡張させ、大自然の清浄な気を体内へと呼び戻す要です」


 枢の陽鍼が、リナの中府へと、衣服の上から完璧な角度と深さで刺入された。

赤金の気が彼女の胸郭へと直接注入され、凍りついていた彼女の肺が、まるで春の陽光を浴びた花のようにふわりと大きく広がり始めた。

それだけではない。枢は即座にリナの背後へと回り込み、彼女の背中、肩甲骨の間にある、風邪ふうじゃの侵入を防ぐ最大の関門へと、二の刺しを滑らせた。


「続けて、足の太陽膀胱経の風門ふうもんを刺激します。山の寒湿の邪気がこれ以上体内の深部へと侵入するのを完全に遮断し、背中から全身へと、一気に熱い本物の気血を巡らせましょう。静かに、息を吐きなさい」


 二本の陽鍼が完璧な連携をもって施された次の瞬間、リナの胸が大きく波打ち、彼女の口から「はぁぁっ!」と、肺を縛り付けていた青白い寒気の邪気が一気の呼気となって吐き出された。

紫色のチアノーゼを起こしていた彼女の唇には、みるみるうちに健康的な赤みが戻り、寒さによる手足の震えが完全に消失したのだ。


「あ……、お空が、すごく広く見える! 胸の中がすごくポカポカして、山の冷たい空気が、全然苦しくない……。むしろ、身体が軽いくらいだよ!」


 リナが元気よく跳ね起きる中、枢はその神速の身のこなしのまま、四つん這いになっていたガストンと、指先の凍えていたシオンに対しても、中府と風門への完璧な二連続穿刺を完了させていった。

ガストンは目眩が嘘のように引いて立ち上がり、シオンは温かくなった指先で自身の調剤鞄をしっかりと握り直した。

ハクは手にした煙管を落としそうになるほど目を見開き、その場に硬直していた。

最新の魔導カプセルや、彼が数時間かけて煎じる特殊な防毒薬を遥かに凌駕する速度で、ただ二本の鍼を以て、大自然の毒をその場で完全に無害化してみせた男の鍼術。


「……バカな。山の寒湿の邪気によって収縮した肺を、薬草の力も借りずに、ただの二本の鍼で、その場で完全に蘇生させてみせるというのか。貴様、一体何者だ。地下の野良鍼師が、これほどの東洋の医術を操るはずがない」


「私はただの鍼灸師ですよ、ハクさん。薬草が命の調和を促すように、私の鍼術もまた、彼らの持つ本来の防衛力を引き出したに過ぎません。さあ、山の洗礼の答えは出しました。これより、私たちが探している幻の霊薬について、あなたのその素晴らしい知識を、往診の仲間としてお貸しいただけますね」


 枢が二本の陽鍼を抜き取り、往診鞄へと静かに収めたその時、霊峰のさらに上層から、地響きのような不気味な咆哮が轟き渡った。

それは、幻の霊薬を数百年もの間守り続けてきたという、霊峰の古代守護獣が、枢の放った強大な白銀の気に反応して目を覚ました合図であった。

孤高の薬師ハクを驚愕させた枢先生の鍼術が、今度は霊峰の頂点で、大自然の化身たる巨獣との、最も神秘的なる対話の幕を上げようとしていた。


 つづく。


 5月20日(水)12:00、深緑の霊峰。

 鍼灸師・枢。中府と風門の術式で山の邪気を打ち破り、孤高の薬師ハクを心服させる。

 21時、水曜夜の更新は、第449話「霊峰の巨獣、古代の咆哮とリナの俊敏なる翻弄」へと突入します!

 第448話「深緑の霊峰、幻の霊薬と孤高の薬師との出会い」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


 医療都市ルミナリアの激闘を終え、ついに開幕した新章「深緑の霊峰と孤高の薬師編」の大第一話、お楽しみいただけましたでしょうか!

 これまでの科学的な都市空間とはガラリと変わり、濃厚な霧と寒冷な空気が行く手を阻む大自然のステージとなりましたが、そこで一行を待ち受けていた山の過酷な洗礼と、煙管を燻らせる孤高の薬師ハクさんとの出会いは、新章の幕開けに相応しい非常に新鮮で緊迫感のある描写となりました。


 今回は、東洋の鍼術において肺の機能を高め、全身の防衛力を瞬時に引き上げる、非常に実践的な二つの経穴ツボの流れを、読者の皆様へ向けて丁寧に解説させていただきます。


 まず、胸の上部にある肺経の拠点、中府ちゅうふを穿つことで、気圧の変化や寒さによって縮みきっていた肺胞を一気に内側から拡張させ、酸素の取り込み能力を爆発的に高めて高山病による呼吸困難を瞬時に解消しました。

さらに続けて、背中の上部にある風門ふうもんを刺激し、東洋の医術において「風邪ふじゃが侵入する門」とされる場所を完璧にブロック(アース)することで、体内に溜まっていた悪質な寒気を一気の呼気として排出させ、全身の血流を瞬時に温めてリナさんたちの持つ本来の躍動感を取り戻させました。

この中府と風門の組み合わせは、現代における急な喘息の息苦しさや、風邪の引き始めの寒気、呼吸の浅さなどにも非常に効果的な素晴らしい経穴であり、組織の肩書に縛られない一人の往診鍼師として、大自然の脅威すら銀鍼一本で調律してみせる枢先生のプロとしての説得力には、読んでいて本当に胸が熱くなりましたね。


 枢先生の圧倒的な技量を目の当たりにし、そのプライドを大きく揺るがされた薬師のハクさん。彼を仲間に迎えようとしたその瞬間、霊峰の最上層から響き渡った古代守護獣の咆哮という、これまた息をもつかせぬ衝撃の引きとなりました。

次なる舞台は、巨木がうねる霊峰の中層。襲い来る大自然の化身に対し、リナさんの神速の槍術と枢先生の銀鍼がどのように立ち向かうのでしょうか。


次回の第449話は、本日【21:00】に更新予定です。

一日の終わりを迎える静かな夜のひとときに、さらにスケールアップしていく「聖鍼師・枢」の新たなる大冒険の行方を、ぜひお楽しみに!


本日19時より新連載スタートです。

そちらもよろしくお願いします!

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