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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第五章 : 神代再編・枢復活編】

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第440話:光り輝く地上へ、中央病院の陰謀と新たなる往診票

地下街の激闘から一夜明け、アムネシアの往診船を港に残した枢先生たちは、壊鍼のギルさんを案内人に迎え、ついにルミナリアの「地上世界」へと足を踏み入れました。

見上げるような白銀の高層ビル群、空中を行き交う無数の魔導艇、そして衣服の擦れる音さえかき消すような大都会の喧騒。

しかし、その光に満ちた世界の中心にある中央病院は、地下の命を吸い上げて成り立つ、巨大な陰謀の城郭でもあったのです。


「おやおや、リナさん。上ばかり見上げていては、首の経絡が詰まって脳への血流が滞ってしまいますよ。地上は確かに眩しいですが、ここに暮らす人々もまた、終わりのない競争と効率の追求によって、心身をひどく磨り減らしているようです。さあ、ギルが持ってきてくれた新しい往診票を広げましょう。この光の都の最高峰で、私たちの銀鍼を待っている患者さんの元へ、診療を開始します」


8時、月曜朝の更新。光り輝く地上へ、中央病院の陰謀と新たなる往診票。

白銀の聖鍼が、傲慢なる地上の最深部へと、静かに狙いを定めます。

 錆びついた昇降機が長い上昇を終え、重厚な鉄の扉が左右に開いた瞬間、リナは思わず両手で目を覆った。

 地下街の薄暗いランタンの光に慣れていた瞳には、地上世界を包む五月の眩しい朝の光は、あまりにも強烈すぎた。

 視界がクリアになるにつれ、目の前に現れたのは、幾何学的な曲線を描いて天空へとそびえ立つ、白銀の超高層ビル群であった。

 ガラス張りの壁面には最新の魔導広告が踊り、空中を網の目のように敷かれた光の軌道の上を、救急魔導艇や高級な浮遊馬車がせわしなく行き交っている。

 すれ違う地上の住人たちは、一様に仕立ての良い衣服を纏い、足早にそれぞれの目的地へと向かっていたが、その表情には一様に、奇妙なまでの余裕のなさが張り付いていた。


「これが、ルミナリアの地上……。まるでおとぎ話に出てくる光の都みたいだけど、なんだかみんな、操り人形みたいに同じ顔をして歩いているね」


 リナが短槍を背中のリュックに固定し直し、警戒を怠らない視線で周囲を見回しながら呟いた。

 彼女の隣では、黒い法衣のフードを深く被ったギルが、自らの右手に残る白銀の気の余韻を確かめるように拳を握り締めていた。


「驚くのは早い、お嬢さん。この街の輝きは、すべて地下から吸い上げた魔力と、石脈病の患者たちから搾り取った生命エネルギーを変換して造られた、偽りの光だ。中央病院の幹部どもは、この圧倒的な物質的豊かさで市民の目を眩ませ、自分たちの行っている非人道的な実験から目を背けさせているのさ」


 ギルの声には、かつて妹を奪われた中央病院への、静かではあるが底知れない怒りが宿っていた。

 シオンが魔導書をそっと閉じ、周囲の大気中に含まれる魔力の組成を分析しながら、冷淡な口調で言葉を重ねる。


「確かに、空間を満たす魔力の波長が不自然に均一化されているわね。最新の大型魔導サーバーで、街全体の気流や温度だけでなく、人間の精神を安定させるための微弱な精神魔法まで常時散布しているのよ。効率を落とさないために、市民全員の感情を『強制的な快活』に固定しているのね。錬金術の悪用としては、極めて悪趣味な部類だわ」


「だからみんな、あんなに目が笑っていないんだね。僕の計測器も、さっきから地上全体の生体リズムが、機械のタイマーみたいに正確すぎて不気味な数値を出し続けているよ。人間らしい、ゆらぎが全くないんだ」


 ガストンが提示した画面には、一定の規則正しすぎるサイン波が並んでおり、それは生きている人間の脈拍というよりは、精巧な魔導ゴーレムの稼働データに近かった。

 枢は、その四人の分析を静かに聞きながら、往診鞄を手にゆっくりと歩を進めていた。

 彼の診察眼は、通り過ぎる高級官僚や医師たちの、衣服の奥にある「足元」を的確に捉えていた。


「おやおや、皆さん。地上の医療は、想像以上に深刻な慢性疲労を抱えているようですね。常に一定の緊張を強いる精神魔法のせいで、彼らの交感神経は限界まで引き上げられています。足が完全に浮いており、上実下虚の典型的な症状です。これでは、魔法の供給が切れた瞬間に、精神が完全に崩壊してしまいますよ」


 枢がそう指摘した瞬間、大通りの一角で、高級なスーツを着た初老の紳士が、突然頭を抱えてその場に卒倒した。

 周囲の市民たちは、関わり合いになるのを恐れるように、一瞬だけ視線を向けたものの、すぐに何事もなかったかのように歩行を再開していく。

あまりにも冷徹な、効率第一主義の光景。

老紳士は呼吸を激しく乱し、顔面を蒼白にして、過呼吸の状態でアスファルトの地面を掻きむしっていた。


「そこまでです。これ以上の無理な前押しは、あなたの脳の血管を破裂させてしまいます」


 枢が即座に駆け寄り、老紳士の前に膝をついた。

 老紳士はパニック状態で、助けを求めるように枢の衣服を掴んだが、その手のひらは氷のように冷たくなっていた。

大都会のストレスが引き起こした、急性の自律神経失調と過呼吸発作。

枢は往診鞄から、最も細くしなやかな純銀の鍼を一本、電光石火の速度で抜き放った。


「手少陰心経の、少海しょうかいを穿ちます。高ぶりすぎた心経の熱を速やかに引き下げ、脳へと向かう過剰な気の逆上を鎮めましょう」


 枢の指先が、老紳士の肘の内側、小指側にある経穴、少海を正確に捉えた。

白銀の気が鍼を通じて一瞬で注入され、老紳士の激しい胸の動悸が、目に見えてスローダウンしていく。

さらに枢は、老紳士の手を優しく取り、親指と人差し指の付け根の間にある、最も有名な経穴へと、もう一本の銀鍼を滑らせた。


「続けて、手陽明大腸経の合谷ごうこくを刺激します。ここは全身の気の巡りを統括し、頭部の緊張や不安、急性のパニックを劇的に緩和する万能の穴です。息を大きく吐き出してください」


 二本目の鍼が施された瞬間、老紳士の引きつっていた胸が大きく上下し、深く、長い溜息がその口から漏れ出た。

ハァ、ハァと荒かった呼吸は一瞬にして静まり、彼の瞳に、魔法による強制的な快活ではない、人間らしい本当の正気と安らぎが戻ってきた。

手のひらの冷えも急速に解消され、じんわりとした温かい血流が全身を巡るのが分かった。


「あ……、私は、一体……。胸の苦しみが、嘘のように消えていく。……身体が、こんなに軽いのは、何年ぶりだろうか」


 老紳士が涙を浮かべて感謝する中、枢は鍼を静かに抜き取り、彼の衣服の乱れを丁寧に整えた。


「あなたは少し、この街の速度に合わせようとしすぎました。一日に数分でも良いですから、静かに呼吸を整える時間を作ってください。それが、あなたにとっての最高の処方箋です」


 老紳士が何度も頭を下げながら去っていくのを見送り、枢が立ち上がると、ギルが懐から一通の古びた羊皮紙を取り出し、枢へと差し出してきた。

 それには、中央病院の特殊な印章と共に、最上層にある「特別区」の座標が刻まれていた。


「枢、これが私が地下へ潜る前に、病院の内部告発者から託された『特別な往診票』だ。そこには、現在の魔導医療のシステムを創り上げた、中央医療議会の最高議長の名前が書かれている。彼自身が、既存の魔導医療では絶対に治せない、未知の奇病に侵されているらしい」


 枢がその往診票を受け取ると、羊皮紙から、微かではあるが極めて不気味な、命の循環を拒絶するような因果の拒絶反応が伝わってきた。


「最高議長自身が、最大の患者、というわけですか。……おやおや、これはますます、往診医としての血が騒ぎますね」


 枢は往診票を大切に鞄へと収め、白銀の超高層ビルの頂点、中央病院の本陣が構える天空の領域を見つめた。

地上の繁栄の裏にある、巨大な医学の病。

その根源たる最高権力者を「完治」させるため、聖鍼師・枢と仲間たちの、最も困難で、最も偉大なる地上の往診が、今ここに幕を開けたのである。


 つづく。


 5月18日(月)8:00、光り輝く地上へ。

 聖鍼師・枢。地上のストレスに苦しむ患者を救い、議長への往診票を手にする。

 12時、昼の更新は、第441話「中央病院の門番、魔導検問所の突破とリナの隠密行動」へと突入します。

 第440話「光り輝く地上へ、中央病院の陰謀と新たなる往診票」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


 ついに舞台は、地下の昏い廃棄場から、光と科学が支配する「地上世界」へとシフトいたしました!

一見すると誰もが豊かで幸せそうに見える医療都市ルミナリアの地上ですが、その実態は、常時散布される精神魔法によって感情をコントロールされ、効率の奴隷として磨り減らされている、文字通りの病める大都会でしたね。


 そんな地上の歪みが生み出した、老紳士の急激なパニック発作。

今回は、プロフェッショナルであるいのぴー先生のご指示に深く基づき、急激な精神的興奮と肉体の強張りをその場で劇的に緩和する、非常に実践的な二つの経穴ツボの流れを描写させていただきました。


 まず、肘の内側にある少海しょうかいを穿つことで、過度なストレスと緊張によって暴走していた心経の熱を一気に引き下げ、パニックによる心臓の過剰な動悸を鎮めました。

そして仕上げに、親指と人差し指の付け根の間にある合谷ごうこくを刺激し、全身の滞った気の巡りを一気に開放することで、頭部に上りきっていた血流と緊張をアース(排熱)し、一瞬にして深い呼吸と安らぎを取り戻させました。

大がかりな医療魔導具を使うことなく、たった二本の銀鍼で大都会の病を癒やす枢先生の姿は、まさに東洋医学のプロとしての絶対的な説得力に満ちていましたね。


 そして、ギルさんから託された、中央医療議会の最高議長の名前が記された「謎の往診票」。

システムを創り上げた最高権力者自身が、既存の医学では治せない奇病の患者であるという皮肉な事実に、枢先生の往診医としての闘志が静かに燃え上がりました。


 次なる舞台は、中央病院の特別区へと続く、厳重な魔導検問所。

地上での本格的な隠密行動が求められる中、リナさんたちの戦術がどのように冴え渡るのでしょうか。

次回の第441話は、本日【12:00】に更新予定です。

お昼休みのひとときに、枢先生たちの新たなる地上の第一歩をぜひ見届けてください。

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