第420話:因果の檻を破る鍼、聖鍼師の真実とリナの覚醒、そして「全経絡連結」の完治
かつて紫電が荒れ狂った「サンダー・ゴースト」の跡地は、漆黒のドーム状の影「因果の檻」に包まれ、外界から完全に遮断されていました。
檻の内部では、ゼロが放つ虚無の力によって、枢先生の白銀の気が一分一秒ごとに吸い尽くされ、彼の存在そのものが「概念の塵」として消滅しかけています。
しかし、その檻を外側から素手で叩く女性の姿がありました。
リナ。
彼女の瞳には、かつて操られていた時の紫電ではなく、自らの意志で燃え上がる「黄金の慈愛」が宿っていました。
「枢。聞こえている。あなたの心臓の音が、まだかすかに、でも確かに、私を呼んでいる。ガストン。計測器を捨てて。今は数値じゃなくて、私たちの『願い』を増幅させるの。シオン。あなたの錬金術で、一瞬だけ道を作って。私が、あの人の絶望を完治させてみせる。……いいえ。私たちは、あの人を一人になんて、絶対にさせない」
リナの叫びに応えるように、彼女の右手が眩い光を放ち始めます。
8時、朝の往診。覚醒の刻、因果の檻を破る鍼。
聖鍼師・枢。そして、彼を支える「愛しき共鳴者たち」。
物語は今、全知全能の理に反逆を開始します。
世界の「因果」を司る執行者ゼロが創り出した漆黒の領域内では、物理法則さえもが凍りついていた。
中心で膝をつく枢の周囲には、これまで彼が救ってきた「数万人分の感謝」が、ゼロの手によって「数万人分の反動(歪み)」へと変換され、鋭い黒色の茨となって枢の肉体を刺し貫いていた。
「聖鍼師。理解したか。お前が癒やした者の数だけ、この世界の裏側には同量の『痛み』が積み立てられていた。お前は救済者ではなく、負債の先送りを行っていたに過ぎない。さあ、その身を以て、世界に支払うべき対価を全額精算するがいい」
ゼロが指を鳴らす。
黒い茨がさらに深く枢の経絡に食い込み、彼の意識は、果てしない暗闇の底へと沈んでいく。
だが、その冷徹な静寂を切り裂いたのは、漆黒のドームを内側から焼き切るような、強烈な「生の咆哮」だった。
「ふざけないで! 枢が繋いできたのは負債なんかじゃない! それは、明日を信じるための『勇気の連鎖』よ!」
ドォォォォォォォォォンッ!
漆黒の壁を貫き、黄金の光を纏ったリナが、空間の断層を飛び越えて現れた。
彼女の右手には、枢からかつて託された、折れたはずの「琥珀鍼」が、彼女自身の生命力と共鳴して巨大な光の剣へと再構成されていた。
「リナ。無駄だ。お前のその微かな気では、因果の総量に抗うことなどできん。お前もろとも、枢を消滅させるだけのこと」
ゼロが冷たく言い放ち、リナに向けて「因果の重圧」を叩きつける。
リナの肉体は悲鳴を上げ、皮膚から血が噴き出す。しかし、彼女の歩みは止まらなかった。
「いいえ、ゼロ。あなたは知らない。……一つ一つの命が、どれほど必死に、傷つきながらも生きてきたかを。枢はそれを全部知っていた。だから、自分の命を削ってでも、みんなの隣にいたの。ガストン! 今よ!」
「了解、リナさん! 先生の『気』の周波数を、この世界の全人類の『感謝の波動』に強制同期させる! シオンさんの触媒を……全開だぁぁぁ!」
ガストンが、半壊した計測器を「増幅器」へと改造し、シオンが投げた黄金のフラスコをその中心で爆発させた。
一瞬、廃都に集まっていた地脈の気が、リナの琥珀鍼を媒介にして、檻の中に囚われていた枢の「心臓」へと一直線に連結された。
――ドクンッ!
枢の閉ざされていた瞳が、カッと見開かれた。
彼の全身を走る「手少陰心経」と、大地を巡る「地脈」が、リナの手を介して完全に一つへと統合される。
「おやおや。リナさん。……少し、眠りすぎてしまったようですね。……待たせてしまって、ごめんなさい。……そして、ありがとう」
枢の体が宙に浮き、彼を縛っていた黒い茨が、眩い白銀の光に焼かれて霧散していく。
枢はリナの手を握り、彼女と共に一本の「巨大な光の鍼」を形成した。
「ゼロ。お見せしましょう。因果を断ち切るのではなく、因果のすべてを『慈しみ』へと変える、本当の往診を」
枢とリナ。二人の気が重なり合い、世界の理そのものを穿つ。
「完治。……『神気合一・天地因果の往診』です」
枢の指先がゼロの仮面を完全に粉砕し、その奥に隠されていた「絶望の真理」を直撃した。
ゼロの肉体から黒い瘴気が噴き出し、彼が背負っていた世界の「痛み」が、枢とリナの温かな気によって、一瞬で「浄化された記憶」へと書き換えられていく。
「な、……!? 私が管理してきた因果を、……ただの『想い』だけで上書きしたというのか! 聖鍼師、貴様、……人間の枠を、越えて……!」
ゼロの姿が光の中に溶け、漆黒の檻が崩壊していく。
朝の太陽が再び廃都を照らし出し、瓦礫の隙間からは、かつてないほど瑞々しい緑が萌え始めた。
しかし。
ゼロが消え去る直前、彼は枢の耳元で、呪いのような言葉を遺した。
「枢よ。……。喜ぶのはまだ早い。……。……私が消えたことで、……。……この世界を監視していた『最後の一人』が、……。……。ついにお前を、……『世界の毒』として認定するぞ」
天空。
青空を裂くようにして、一対の「巨大な目」が、地上を見下ろしていた。
つづく。
5月14日(木)8:00、因果の檻、覚醒の往診。
聖鍼師とリナ、運命の連結。
12時、正午の往診は、第421話「天空の監視者、審判の鐘と枢の最終解答」へと突入する。
5月14日(木)8:00、リナさんの覚醒と枢先生の復活、そして因果を書き換えた「神気合一」の往診を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、枢先生とリナさんが共同で行った、世界の理さえも完治させる術式を解説します。
まず、因果の檻を内側から破壊するために枢先生が用いたのは、自身の生命活動を一旦完全に停止させ、外界の気と完全に同化する**『大椎・帰天穿刺』です。
これは一旦「死」を受け入れることで、ゼロの因果の計算式から自身の存在を消去し、リナさんの放つ純粋な「愛の気」を受け入れるための「空の器」を作る術。これにより、枢先生は自己完結した治癒を超え、他者との共鳴による「神気」を纏うことに成功しました。
次に、リナさんが覚醒の起点とした右手の『陽池』。
ここは三焦経の原穴であり、全身の気を巡らせ、情熱を形にする場所です。枢先生がかつて彼女の経絡を整えていたことが伏線となり、彼女の「枢を救いたい」という強い想いが、この原穴を通じて琥珀鍼を光の剣へと進化させたのです。
そして、最後の一撃。ゼロを完治させた『神気合一』。
これは特定のツボを突くのではなく、リナと枢の二人の経絡を一時的に連結させ、全人類の感謝の気を一点に集中させて、ゼロが背負っていた「世界の歪み」を、本来の「生命の流転」へと還したのです。
次回の第421話は、本日【12:00】**に予定しております。
空を裂いて現れた巨大な監視者の目。それはこの世界の真の造物主なのか、それとも。
枢先生は、世界から「毒」として消されるのか、それとも世界そのものを「完治」させるのか。
「おやおや。……。……。空が、……。……。あんなに大きく目を開けて、……。……。私たちの往診を、……。……。待っているようですよ。リナさん。……。……。最後の往診鞄の整理、……。……。手伝っていただけますか」
12時、正午の往診。審判の刻。
聖鍼師、世界の理を完治させます。




