第419話:月の影の訪問者、因果の歪みと枢の決意、そして「絶望の真理」との対峙
かつて紫電が荒れ狂った「サンダー・ゴースト」の廃都は、枢先生の奇跡の復活によって、穏やかな星影に包まれていました。
しかし、大気が静まり返ったその瞬間、夜空に浮かぶ銀月が不自然に「欠け」、地表に巨大な「影の柱」が降り立ちます。
そこから現れたのは、これまでの往診先で枢先生が完治させてきた「因果の残滓」を身に纏い、白い仮面で素顔を隠した謎の男――『因果の執行者・ゼロ』。
彼は、枢先生が人を救えば救うほど、世界の「病」の総量は変わらず、むしろバランスを崩して崩壊へと向かっているという、残酷な真実を告げにきたのです。
「おやおや……。月が、……。……。今日は、……。……少しばかり、……。……泣いているように見えますね。シオン、……。……。ガストン。……。……。リナさんを連れて、……。……。下がっていなさい。ゼロ、……。……。あなたは、……。……。治癒という名の希望を、……。……。罪だと言うのですか。……。……。私が繋いできた命の輝き、……。……。それを歪みだと断じるのなら、……。……。あなたのその『冷たい正義』、……。……。今すぐ私が完治させてあげましょう」
枢先生の瞳に宿るのは、いつもの慈愛ではなく、世界の理に挑む「覚悟の炎」。
21時、夜の往診。因果の歪み、月の影の訪問者。
聖鍼師・枢。ついに、物語の「核心」を穿つ一刺しが放たれます。
サンダー・ゴーストの夜は、あまりに静かすぎた。
瓦礫の隙間で、正気に戻ったボルト元将軍が、自分の手で作った焚き火を囲み、リナやガストンに温かいスープを配っている。それは、枢がもたらした「完治」の象徴のような光景だった。
だが、その安らぎを切り裂くように、天頂の月が真っ黒に染まり、廃都の中央に音もなく、漆黒の巨大な鍼が突き刺さった。
「……来たか。……。……。この禍々しい『無』の気配。……。……。枢、……。……。やはり君が地脈の力を使って復活したことで、……。……。奴らの監視網に触れてしまったようだな……」
シオンが黄金の杖を構え、震える手で空を指差す。
光を吸い込む影の中から、純白の法衣を纏い、顔を滑らかな白い仮面で覆った男――ゼロが、音もなく降り立った。
彼の周囲では、空間が歪み、かつて枢が倒してきた教皇の断末魔や、伯爵の執着の叫びが、呪詛のノイズとなって響き渡っている。
「聖鍼師・枢。……。……。お前が成し遂げた『救済』は、……。……。この世界の熱量を不当に奪い去る窃盗に等しい。……。……。一人が癒えれば、その分の『苦痛』は消えるのではない。……。……。地脈の底へと沈み、澱み、……。……。今やこの世界を内側から腐らせる巨大な『膿』となっているのだ。……。……。見ろ、お前が救ったはずのこの都を。……。……。お前が去った後、ここには救いようのない『虚無』が訪れる。……。……。生気のない安らぎ。……。……。それは死と同義だ」
ゼロの声は、感情を一切排したクリスタルのように冷徹だった。
彼は右手を軽く振るだけで、枢が再生させたばかりの草花を一瞬で灰へと変え、広場に再び絶望の影を落とす。
「おやおや。……。……。ゼロ。……。……。あなたの理屈は、……。……。あまりに寂しい。……。……。病を、……。……。世界を維持するための必要な犠牲だと、……。……。本気で信じているのですか。……。……。私が診てきたのは、……。……。因果の数値ではなく、……。……。今、目の前で苦しんでいる一人の『生きたい』という意志ですよ」
枢は、リナを庇うように一歩前へ出た。
彼の足元から、実体化した銀色の気が同心円状に広がり、ゼロが放つ虚無の波動を押し返していく。
「先生、……ダメだ! 計測不能だよ! この『ゼロ』っていう男、……。……。生体反応がない! まるで、……。……。世界そのものが服を着て立っているみたいだ! 先生の鍼が、……。……。刺す場所なんてどこにもないよ!」
ガストンが計測器を床に投げ出し、恐怖で歯をガタガタと鳴らす。
リナもまた、かつて自分を支配していた「黒い鍼」以上の圧力を感じ、枢の服の袖を強く握りしめた。
「枢、……。……。行かないで。……。……。あの男は、……。……。これまでの敵とは違う。……。……。完治させるべき『心』さえ、……。……。持っていないのよ……!」
枢はリナの手を優しく解き、微笑んだ。
「いいえ、リナさん。……。……。心を持たない存在など、……。……。この世にはありません。……。……。仮面の下で凍りついているその『孤独』、……。……。私が温めてあげなければなりません。……。……。シオン。……。……。もし私が、……。……。このまま影に呑まれたなら、……。……。その時は、……。……。往診鞄を、……。……。頼みますよ」
「枢! 貴様、……。……。また自分を犠牲にするつもりか! やめろ! 完治の先に、……。……。術師がいなければ何の意味もない!」
シオンの制止を背に、枢はゼロの懐へと、流れるような足捌きで踏み込んだ。
ゼロの手から放たれる「因果の鎖」が、枢の四肢を縛り上げ、内側から気を吸い出そうとする。
だが、枢は苦痛に顔を歪めるどころか、その鎖さえも自らの「経絡」の一部として取り込み、ゼロの「存在の核」へと手を伸ばした。
「完治。……。……。……『百会・因果還流の往診』です」
枢の指先が、ゼロの白い仮面の額に触れた瞬間。
世界からすべての色が消え、白と黒の「無」の空間が広がった。
そこには、仮面を剥がされたゼロの、幼い子供のような素顔と、その背後にうごめく、これまで枢が完治させてきた数万人分の「病根」の怪物たちが、枢を喰らおうと牙を剥いていた。
「……見えた。……。……。ゼロ。……。……。あなたが背負っていたのは、……。……。世界の重みではなく、……。……。救えなかった者たちへの、……。……。深すぎる後悔だったのですね」
枢の銀鍼が、漆黒の空間に一筋の「希望の光」を穿つ。
だが、その光を飲み込むように、月の影がさらに巨大化し、枢を、廃都を、そして読者の希望を、底なしの「虚無」へと引きずり込んでいく。
「聖鍼師よ。……。……。お前の光は、……。……。ここで潰える。……。……。因果の果てに、……。……。救いなどないのだ」
ゼロの声と共に、枢の姿が影の中に消え、物語はかつてない「最大の断絶」を迎える。
つづく。
5月13日(水)21:00、執着の廃都、因果の夜間往診。
聖鍼師、暗黒の深淵へ。
翌日の往診は、第420話「因果の檻を破る鍼、聖鍼師の真実とリナの覚醒」へと突入する。
5月13日(水)21:00、世界の理を司る執行者ゼロとの対峙を描いた、衝撃の第419話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、枢先生が「無」の存在であるゼロに対して試みた術式を解説します。
まず、物理的な実体を持たない敵に対し、枢先生が選んだのは、天の気が集まる頭頂の要穴**『百会』への因果還流穿刺です。
これは敵の肉体を刺すのではなく、敵が背負っている「概念(因果)」そのものを気の回路として利用し、その奥に隠された「本音(病根)」へと直接アクセスする術。枢先生は、ゼロを「世界そのもの」ではなく、「過剰な責任感で心を閉ざした患者」として診立てたのです。
次に、ゼロが放つ虚無の波動に対し、枢先生が自身の周囲に展開した『湧泉』からの地脈吸い上げ。
足の裏から大地の豊かな生命力を汲み上げ、それを自身の銀色の気と混ぜ合わせることで、ゼロの「死の波動」を中和し続けました。
そして、ラストシーンでの仮面の破壊。
これは、枢先生が自らの存在を「光の鍼」へと変え、世界の理という名の「思い込み」を完治させるための第一段階です。
次回の第420話は、明日【5月14日(木)8:00】に予定しております。
因果の檻に囚われた枢先生。彼を救うために立ち上がるのは、かつて彼に救われ、そして彼を刺したリナでした。
「枢……。……。今度は、……。……私があなたを救う番。……。……。私のこの手は、……。……あなたに触れるために、……。……あるんだから!」
8時、朝の往診。覚醒の刻。
聖鍼師、真の姿へ。
お待ちしてます!




