第32話:英雄の帰還と、癒やしの宴
お読みいただきありがとうございます!
ついに呪いの発信源を叩き潰した枢。
王都に朝が訪れ、死の淵から生還した王が彼を「救国の英雄」として迎えます。
合谷、曲池、三陰交……戦いの後の「癒やしのツボ」と共に、束の間の休息をお楽しみください。
1,600文字超の濃厚回でお届けします!
地下祭壇を包んでいたどす黒い霧が完全に晴れ、静寂が戻った。
枢は往診バッグの口を閉じ、最後に一度だけ、砕け散った「黒き蛇」の偶像を一瞥した。それは単なる石像ではなく、人々の負の感情を吸い上げて増幅させる「病的な依代」だった。それを破壊した今、王宮を覆っていた死の気配は、朝露が消えるように霧散している。
「……終わりましたね、王女様」
「……はい。枢様、本当に……何とお礼を言えばよいか……」
セレスティアラ王女は、まだ興奮と安堵で胸を震わせながら、枢の傍らへ歩み寄った。地下の冷気で冷え切った彼女の顔色は、決して良いとは言えない。
枢は歩き出しながら、彼女の手首をそっと取った。
「王女様、少し立ち止まってください。……あなたの気が乱れています。長時間の緊張と地下の寒気で、腎の気が弱まり、血の巡りが滞っている」
「あ、いえ、わたくしは大丈夫ですわ! 陛下が助かったのですもの、これくらい……」
「ダメです。患者を救って医者が倒れたら、それは『治療』とは呼びません。……手を出してください。親指と人差し指の付け根、骨が合わさる手前の窪み……ここです」
枢が彼女の手の甲にあるツボ、**『合谷』**を親指で優しく、だが力強く押圧した。
「……っ!?」
「ここは『万能のツボ』と呼ばれ、顔周りの血流を改善し、精神的なパニックを鎮める効果があります。さらに……」
枢はそのまま、彼女の肘の曲がり角にある**『曲池』**を刺激した。
「ここは熱を逃がし、自律神経を整える要所です。……どうですか? じわじわと、指先まで温かくなってきませんか」
「……不思議です。あんなに震えていたのに、枢様に触れられている場所から、陽だまりのような温かさが広がって……」
王女の頬に、ようやく薔薇色の赤みが戻った。彼女は枢を見上げ、その翡翠眼に宿る深い慈愛……あるいは医家としての厳しさに、改めて心を奪われていた。
二人が地上へ戻ると、そこには夜明けを待ちわびていた近衛騎士団と、意識を取り戻した国王の側近たちが整列していた。
「聖鍼師殿、万歳!」
「救国の英雄、枢様に栄光あれ!!」
割れんばかりの歓声が、朝の王宮を揺らした。パンデミックの恐怖に怯えていた騎士たちも、今は涙を流して枢を称えている。
だが、枢はそんな喧騒をどこか他人事のように受け流しながら、真っ直ぐに国王の寝室へと向かった。
そこには、上体を起こし、穏やかな表情で白湯を飲んでいる国王の姿があった。
「……枢殿。よもや、私の命だけでなく、この国の未来まで救ってくれるとはな。……私は、君をただの風変わりな医者だと思っていた。……謝罪させてくれ」
「陛下。謝罪よりも先に、すべきことがあります」
枢は王の前に膝をつくと、王の足首の近く、内くるぶしの頂点から指四本分上にあるツボ、**『三陰交』**を指し示した。
「ここは肝・脾・腎の三つの経絡が交わる、生命力回復の最重要拠点です。呪いによって削られた精を補うには、ここを毎日温めることが肝要です。……騎士団長、陛下が休まれる際は、必ずここに温熱の魔導具を当てるように」
「は、はっ! 直ちに手配いたします!」
騎士団長が、まるで神託を受けたかのように深く頭を下げた。
「……フフ、相変わらずだな、枢。……皆の者、聞け! 今宵、この王宮にて『浄化の宴』を執り行う。パンデミックを打ち破り、闇を払った聖鍼師枢を、我が国最高の賓客として迎えるのだ!」
再び沸き起こる大歓声。
だが、枢は心の中で静かに溜息をついた。
(……宴、ですか。……苦手なんですよね、そういう騒がしいのは。……それよりも、もっと静かな場所で、現代の医学書とこの世界の魔導理論を照らし合わせる時間が欲しいのですが……)
枢の願いとは裏腹に、彼は王女の手を引かれ、華やかな光に包まれた大広間へと導かれていく。
一時の平穏。
だが、枢の翡翠眼は、宴の影に潜む「次なる歪み」を、すでに予見し始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
枢さん、王女様への指圧がちょっとエッチ(?)というか、距離が近くてドキドキしますね。
『三陰交』は、現実でも冷え性や体調不良に効く「女性の守りツボ」としても有名ですが、今回は陛下の生命力回復のために使ってもらいました。
「枢さんに指圧されたい……!」
「王様とのやり取り、威厳があるのにどこかコミカルで好き!」
土日祝は気合の**【1日6回更新】でブーストをかけます!
次回、第33話は本日(土曜)の【10:00】に更新予定。
宴の席で、枢の「聖鍼」を狙う新たな影が動き出します。
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