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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼】

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254/271

第254話:無力の聖者、銀鍼一本で穿つ「解剖の真理」

夕暮れ時。朱に染まった聖域の残骸から、物語は新たな局面へと突入します。


第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼、第十五話。


愛弟子ミナを救うため、神をもしのぐ「翡翠の力」をすべて使い果たしたくるる

右腕は感覚を失い、魔力も因果を書き換える権能も、今の彼にはありません。


そんな絶望的な状況を嘲笑うかのように、アルキメスの残党――「因果の残滓(残りカス)」たちが、飢えた狼のように押し寄せます。

「……カカカッ、……魔法も使えぬ、……ただの目無しが! ……その娘共々、……記述の塵にしてくれるわ!!」


絶体絶命。

しかし、枢は静かに一本の「古びた銀の鍼」を手に取ります。

魔力がなければ、骨を知ればいい。

翡翠がなければ、経絡を穿てばいい。


聖鍼師・枢、技術のみで神域を屠る「真の無双」。

どうぞ、最後までその目に焼き付けてください。

 翡翠の輝きが、くるるの右腕から完全に失われていた。

 かつて神の万年筆を奪い取り、大陸全土を救ったあの神々しい光は、今やミナの心臓を繋ぎ止めるための「蓋」となり、彼女の体内へと深く沈んでいる。

 

 枢の右腕は、血の通わない死人のように冷たく、ただ重く肩からぶら下がっているだけだった。

 

「……はぁ、……はぁ、……はぁ……」

 

 枢は、自身の左手で、自身の腰にある**『腎兪じんゆ』**を、自身の崩れ落ちそうな精力を無理やり奮い立たせるために、親指で強く抉るように圧迫した。

 

 心眼の視界は、もはや因果の糸を捉えていない。

 あるのは、ただの盲目の男が見る、真っ暗な闇と、微かな「音」の反響だけ。

 

「……クケケッ、……見ろよ。……あれほど傲慢だった『聖鍼師』が、……今や……ただの……薄汚れた不審者だ」

 

 闇の向こうから、不快な金属音と共に、数十の気配が歩み寄ってきた。

 それは、アルキメスの崩壊に立ち会えなかった、出来損ないの「因果の残滓ざんさい」。

 彼らは、主を失ったことで暴走し、世界から「意味」を剥ぎ取ることだけに特化した、記述の獣たちだった。

 

「……枢、……逃げて……。……私は……もう大丈夫だから……」

 

 背後で、意識を取り戻したばかりのミナが、掠れた声で呟く。

 彼女の魂は救われたが、肉体はまだ拒絶反応の余韻で激しく震えている。

 

「……ミナ。……座っていてください。……少し……掃除を……するだけですから」

 

 枢は、自身の左指で、自身の額にある**『印堂いんどう』**を、自身の乱れる呼吸を強制的に鎮めるために、爪を立てるように強く押した。

 

 翡翠の力はない。魔法も使えない。

 だが、彼には、この数十年、何万、何十万という肉体を触り、その「構造」を理解してきた、剥き出しの技術わざがある。

 

 枢は、懐から一本の、錆び付いた銀の鍼を取り出した。

 それは、彼がまだ修業時代に使っていた、魔力も何も付与されていない、ただの細い金属の棒。

 

「……ハハハッ!! ……そんな細い棒で、……我ら……因果の獣を……どうにかできると……思っているのか!? ……死ね、……ゴミめ!!」

 

 先頭にいた、体長三メートルを超える巨漢の残滓が、黒い大鎌を振り上げた。

 空間を断ち切る一撃。

 

 枢は、動かなかった。

 

 鎌が彼の首元に届く直前。

 枢は、自身の左足を、自身の重心を極限まで低く保つために、一歩だけ横へと滑らせた。

 

 ――ガシャンッ!!

 

 大鎌が石畳を砕く。

 その衝撃の隙間。枢は、死神の腕の中に潜り込むように、音もなく懐へと入り込んだ。

 

 彼の左指に挟まれた銀の鍼が、閃光のように走った。

 

 狙ったのは、巨漢の右腕の付け根。

 

 ――『極泉きょくせん』。

 

 魔力を持たない銀の鍼が、巨漢の強固な鎧の隙間を、髪の毛一本の精度で通り抜け、その深部にある「神経の結節点」を正確に穿った。

 

「……ぁ、……が……ッ!?」

 

 巨漢の右腕が、突然、糸の切れた人形のようにダラリと垂れ下がった。

 魔法障壁も、因果の盾も関係ない。

 生物として、あるいは記述体としての「構造上の弱点」を、物理的に遮断されたのだ。

 

「……身体の……自由が、……きかない……!? ……貴様、……何をした……!!」

 

「……何も。……ただ、……滞っていたものを……止めただけです」

 

 枢は、自身の左手で、自身の脇の下にある**『大包だいほう』**を、自身の全身の経絡を一点に集中させるために強く圧迫した。

 

 彼は、次々と襲いかかる残滓たちの波の中に、自ら身を投じた。

 

 まるで、降り頻る雨を、一滴も浴びずに通り抜けるような、神懸かり的な体捌き。

 枢は、彼らの「音」を聞いていた。

 

 肉が動く音。骨が軋む音。気が流れる、微かな振動。

 そのすべてが、枢の脳内で「解剖図」として再構築レンダリングされる。

 

 一本の鍼が、突撃してくる獣の膝を打つ。

 ――『委中いちゅう』。

 獣は、自身の勢いを制御できず、そのまま地面へと激しく突っ込んだ。

 

 一本の鍼が、背後から迫る刺客の首筋を撫でる。

 ――『天柱てんちゅう』。

 刺客は、意識を刈り取られたように、声もなく崩れ落ちた。

 

「……お、……おのれぇ……ッ!! ……集まれ!! ……一斉に……噛み殺せ!!」

 

 残った残滓たちが、全方位から枢へと飛びかかった。

 

 枢は、自身の左手で、自身の腹部にある**『中脘ちゅうかん』**を、自身の最後の体力を絞り出すために、深く、深く突いた。

 

 彼は、手に持った一本の銀鍼を、空へと放り投げた。

 

 そして、落ちてくる鍼を、自身の左足のつま先で跳ね上げ、自身の右手で受け取る――はずだった。

 

 だが、彼の右手は動かない。

 

 枢は、自身の左手で、自身の右腕を「道具」として掴んだ。

 

 動かぬ右腕を、無理やり振り回し、その遠心力を使って銀の鍼を、扇状に薙ぎ払った。

 

 ――シュパパパパパッ!!

 

 一瞬の間に、空中の全方位へ放たれた銀の鍼。

 それは、枢の魔法ではなく、彼の培ってきた「投擲術」と、敵の「予測進路」を読み切った知略の結晶。

 

 全ての鍼が、空中にいた残滓たちの急所へと吸い込まれた。

 

 ――ドサッ、ドサササッ!!

 

 聖域の入り口を埋め尽くしていた化け物たちが、一瞬にして、沈黙の塊へと変えられた。

 

 魔法を使わず、翡翠も使わず。

 ただ一本の鍼と、磨き抜かれた「解剖の理」だけで、神の残党を殲滅したのだ。

 

「……ふぅ、……。……少し、……疲れましたね……」

 

 枢は、自身の左手で、自身の胸にある**『膻中だんちゅう』**を、自身の激しく波打つ鼓動を鎮めるために、優しく、しかし確実な重みで押さえた。

 

 第254話。

 聖鍼師・枢は、力を失ったことで、むしろ「純粋な技術」としての極地へと至ろうとしていた。

 

 彼は、地面に落ちた銀の鍼を拾い上げ、震えるミナの手を優しく握った。

 

「……行きましょう。……本当の……治療は、……これからなのですから」

 

 夕闇の向こう。

 力を失いながらも、その背中は、かつてどの英雄が見せたものよりも大きく、頼もしく見えていた。

本日も、夕方の更新を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


第四章の第十五話。

「翡翠の力」を完全に失い、右腕さえ動かなくなったくるるが、一本の銀の鍼だけで神の残党を圧倒する。

魔法や魔力といった「超常の力」に頼らず、彼がこれまで積み上げてきた「鍼灸師としての技術」だけで戦う姿。

これこそが、本作が描きたかった「真の強さ」の証明です。


今回、枢が自身の限界を超えた体力を捻り出すために駆使したツボの描写について、少し補足させてください。

まず、戦いの中で自身の集中力を極限まで高めるために突いた**『印堂いんどう』**。ここは「第三の目」とも呼ばれ、視覚を失った枢にとっては、周囲の微かな音や空気の流れを「図面」として脳内に描くためのスイッチとなりました。


そして、動かぬ右腕を振り回すための遠心力と、全身の筋肉を連動させるために突いた**『大包だいほう』。脇の下にあるこのツボは、全身の経絡を統括する場所。ここを刺激することで、枢は麻痺した半身さえも、物理的な「重り」として完璧に制御したのです。

最後に、激戦を終えた後に自身の精神的なショックを和らげるために押さえた『膻中だんちゅう』**。ここは「気会きかい」と呼ばれ、感情の昂りを抑える要衝。ミナの前で弱音を吐かないために、彼は静かに自身の心拍を整えたのでした。


次回の第255話は、本日**【21:00】**に更新予定です。


聖域を脱出した枢とミナ。

しかし、彼らの前に現れたのは、かつて枢に命を救われながらも、彼を「神の呪い」として追放した王都の騎士団。

「……貴様、……なぜまだ生きている。……その不吉な右腕共々、……今度こそ断罪してやる!!」


21時、本日最後の更新。

魔力なき聖者が挑む、理不尽な世界への「逆襲の往診」。どうぞお見逃しなく!

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