第245話:聖女の拒絶、光を穿つ「無名の翡翠」
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第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼、第六話。
カザンの膝を密かに癒やし、独り街道を進む枢。
しかし、忘却の呪いは残酷にも、かつての仲間を「追跡者」へと変貌させていました。
「……止まりなさい。……その不浄な因果を纏う、……名もなき旅人」
静寂を切り裂く、清冽な声。
そこにいたのは、かつて枢を兄のように慕い、共に傷ついた人々を救ってきた少女・ミナでした。
しかし、白光の法衣を纏った彼女の瞳に宿っているのは、慈愛ではなく、異端を糾弾する「聖女」の冷徹な正義。
「……貴方の右腕、……それは世界の調和を乱す、……悪しき胎動です。……この光で、……塵に……消えなさい」
かつての愛弟子による、容赦なき神聖魔法の連撃。
言葉も記憶も届かない世界で、枢は「翡翠の鍼」一本で、聖女の光を圧倒します。
どうぞ、最後までお楽しみください。
陽光が真上から降り注ぐ正午。
街道の空気は、まるで沸騰したかのように白く、鋭く「灼け付いて」いた。
枢の心眼は、前方の空間が異常な高密度の「神聖魔力」によって歪められているのを捉えていた。
それは、並の魔導師には到底不可能な、純度の高い魔力の集束。
枢の記憶の中にある、あの優しく温かな「癒やしの光」とは似て非なる、異端を排斥するための、攻撃的なまでの「正義」の輝きだった。
「……そこに……いるのでしょう。……因果を乱す、……影の巡礼者」
朝靄を焼き払うように現れたのは、白銀の刺繍が施された法衣を纏う、凛とした少女だった。
ミナ。
かつて枢が「医食同源」を教え、共に薬草を摘み、名もなき村々の病を癒やしてきた、慈愛の弟子。
だが、今の彼女は、枢を「枢」とは認識していない。
彼女の翡翠眼――皮肉にも枢と同じ名を持つその瞳は、枢の右腕から漏れ出す『翡翠の芽』の輝きを、世界の調和を破壊する「不浄な魔」として見定めていた。
「……ミナ、……さん……。……立派な、……聖女に……なりましたね……」
枢の掠れた声は、逆巻く魔力の風に掻き消された。
ミナは一切の躊躇なく、その華奢な掌を枢へと向けた。
「……問答は不要です。……聖光弾、……一斉掃射!!」
刹那、数百の光の杭が、空間を切り裂いて枢へと殺到した。
一発一発が、巨大な岩石をも塵に帰す破壊力を秘めた高密度の弾丸。
逃げ場のない光の檻が、枢の肉体を消滅させようと迫る。
だが、枢は眉一つ動かさなかった。
彼は、自身の左手で、自身の右肘にある**『曲池』**を、自身の骨が軋むほど強く突いた。
気の巡りを一気に加速させ、右腕に宿る『翡翠の芽』を、静かに、しかし絶対的な圧力で開花させる。
――スゥッ……。
枢が、ただゆっくりと右腕を横に払った。
それだけで、殺到していた光の杭は、枢の身体に触れる数ミリ手前で「花びら」のように散り、そのまま透明な空気へと還っていった。
物理的な防御ではない。
神聖魔法という「記述」を、枢がその指先の残光だけで「無効化」したのだ。
「……そんな、……私の魔法を、……手で払った……!? ……王都を汚したあの『不純物』の力……。……これほどまでに……!!」
ミナの美しい顔に、驚愕と、そして深い「嫌悪」が走った。
彼女にとって、自身の信じる聖なる光を、理解不能な力で打ち消す存在は、あってはならない「不浄」そのものだった。
「……穢れています。……貴方の存在そのものが、……この世界の……毒です……!! ……光よ、……因果を焼き尽くし、……無へと還しなさい!!」
ミナが両手を高く掲げた。
頭上に巨大な多重魔法陣が展開され、太陽の輝きを一点に凝縮したような極大魔法――『聖裁の黄金律』が発動しようとしていた。
周囲の石畳が熱で溶け始め、大気が悲鳴を上げる。
枢は、自身の左手で、自身の胸の中央にある**『玉堂』**を、自身の肺を満たす絶望ごと強く圧迫した。
彼女に、これ以上の罪(人殺し)を犯させてはならない。
例え、その矛先が「自分」であったとしても。
「……ミナさん。……少し、……眠りなさい。……あなたの……『心の目詰まり』を……取ってあげます」
枢が、一歩、踏み出す。
その瞬間、枢の姿はミナの視界から、そしてこの世界の記述から「消失」した。
翡翠の気による因果の先読みと、究極の心眼。
枢は、ミナが放とうとした光の爆発の「隙間」を、文字通り「すり抜ける」ようにして、彼女の懐へと潜り込んだ。
「……なっ、……速……っ!? ……消え……!?」
ミナが反射的に防護障壁を展開しようとするより早く、枢の指先が、彼女のうなじにある**『風池』**を、翡翠の長鍼でそっと、しかし深く撫でた。
――チリッ……。
「……っ、……あ、……ぁ……」
ミナの全身を包んでいた凄まじい神聖魔力が、一瞬で霧散していく。
枢は、彼女を攻撃したのではない。
過剰な正義感と忘却の呪いによって「暴走」していた彼女の精神経絡を、一瞬で鎮静化させ、強制的に深い休息へと導いたのだ。
膝を突こうとするミナの華奢な身体を、枢はそっと、自身の腕で抱きとめた。
かつての、あの日のように。
「……おじ、……さん……? ……だめ、……私は……貴方を……殺さなきゃ……いけないのに……」
ミナの意識が、深い混濁に沈んでいく。
彼女の魂の深淵に刻まれた「枢」という名前が、一瞬だけ、忘却の壁を突き破ろうと激しく波打った。
だが、枢は、自身の翡翠の気を彼女の額にある**『神庭』**に流し込み、その「再会」を自らの手で拒絶した。
「……いいえ、……ミナさん。……貴女は、……光の道を……歩き続けなさい。……汚れた仕事は、……この……無名の巡礼者が……引き受けます」
枢は、眠りに落ちたミナを、街道の木陰にある柔らかな草地へと優しく横たえた。
彼女の頬を撫でる風が、彼女の記憶から、今の「不浄な男」との邂逅さえも削り取っていく。
第245話。
最も慈愛に満ちたはずの再会は、最も残酷な「聖裁」となり、枢はまた一人、思い出を切り裂いて北へと歩き出す。
彼が去った後の街道には、ミナが放った光の残滓が、まるで祝福を拒まれた花嫁の涙のように、白く虚しく降り積もっていた。
本日も、お昼の更新を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
第四章の第六話。
ミナとの悲劇的な対峙。
枢を「毒」と呼び、全力で殺しにくるかつての弟子に対し、枢はただ静かに、その魔法を無効化し、彼女を傷つけることなく眠らせました。
この圧倒的な「力の差」と、それゆえに際立つ「精神的な孤独」。
聖鍼師・枢の歩む道は、あまりにも過酷です。
次回の第246話は、本日**【18:00】**に更新予定です。
ミナを退けた枢の前に、ついに「少年のパパ」の息がかかった、第四章最大の強敵が姿を現します。
「……ほう、……我が愛娘の魔法を……指一本で払うか。……貴殿、……『名前』がないわりには……良い腕をしている」
18時、因果の真理を司る「裁定者」との本格決戦。
翡翠の鍼が、世界の虚像を暴きます。どうぞお見逃しなく!




