第239話:星降る大広場、漆黒の右腕が放つ「銀河の往診」
本日も、深夜までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。
ついに土日ブースト2日目、最終回となる21:00。
物語は、漆黒の闇に沈んだ王都・聖アルカディアの「最期の審判」へと至ります。
地下迷宮から生還した枢たちを待っていたのは、エネルギーを失い、恐怖で狂奔する群衆でした。
新政府の権威は失墜し、人々は互いに傷つけ合い、積み上げてきた偽りの平和を自らの手で壊し始めていました。
「……聴こえますか、……この街の、……悲鳴が」
盲目の聖鍼師が、血を吐きながらも笑いました。
その右腕は、もはや人間の形を留めず、銀河のように渦巻く因果の塊と化しています。
街全体の病を、一人の男が引き受ける。
究極の「自己犠牲」と「新生」の記録。
第239話、王都編クライマックス。
「……これが、……私の……最後の……鍼です」
どうぞ、魂の震える結末を、その目で見届けてください。
王都・聖アルカディアの中央広場。
かつてアルキメスの栄光を讃えた巨大な女神像は、倒壊し、瓦礫の山と化していた。
明かりを失った街は、深い闇に包まれている。
その闇を照らしているのは、暴徒たちが掲げる松明の炎と、互いを憎み、略奪し合う人々の「欲望」が発する、濁った気だけだった。
「……殺せッ!! ……新政府の奴らを……引きずり出せ!! ……俺たちの……生活を……返せ!!」
怒号。悲鳴。
平和という皮を剥がされた王都は、剥き出しの「病」そのものだった。
枢は、カザンの肩を借り、広場の中央へと一歩ずつ進み出た。
彼の翡翠眼には、依然として光はない。
だが、彼の心眼には、王都全体を網の目のように覆う、千切れた「経絡の糸」が、鮮明に見えていた。
「……枢先生、……もういいですよ。……もう、……十分に……戦いました」
ミナが、枢のボロボロの服を掴み、泣きながら縋った。
枢の体は、先ほどカイルを解放した代償で、内側からボロボロに崩れ始めていた。
右腕からは漆黒の因果が溢れ出し、左半身は極度の冷気で白く凍りついている。
「……ミナさん。……私は、……まだ……終わっていません」
枢が、穏やかに微笑んだ。
彼は、震える左手で、自身の胸の正中線上にある**『紫宮』**を突いた。
天の星々が集まる場所。
自身の精神を宇宙の理へと繋ぎ、個体としての限界を突破するための禁忌のツボ。
「……皆さん、……静かに。……私の声を、……聴いてください」
枢の声は、喧騒の中に埋もれるはずの、か細いものだった。
しかし、その声は広場にいた数万人の耳に、直接、水が染み込むように響き渡った。
枢が自身の喉にある**『廉泉』**に気を込め、言霊に因果を乗せたからだ。
ピタリ、と暴動が止まった。
人々は、広場の中央に立つ、一人の盲目の男を凝視した。
右腕を真っ黒に変色させ、血に染まった聖鍼師。
「……この街は、……病んでいます。……それは、……エネルギーを失ったからではありません。……皆さんが、……自分たちの痛みを、……誰かの死という……偽りの処方箋で……誤魔化してきたからです」
枢の声に、群衆の中から石が投げられた。
「……うるせえッ!! ……お前に何が分かる!! ……俺たちは……生きていかなきゃ……ならないんだ!!」
石が枢の額を割り、鮮血が流れる。
だが、枢は一歩も引かなかった。
「……分かります。……私の中には、……あなたがたが捨てた……数万の怨嗟が、……今も息づいていますから。……見てください。……これが、……あなたたちが『見たくない』と願った……物語の結末です」
枢が、漆黒の右腕を天へと高く掲げた。
――ズォォォォォォォォンッ!!!!!
枢の右腕から、封じ込められていた万人の怨嗟、アザレアの村の絶望、そして少年の虚無が、巨大な黒い柱となって夜空へと突き抜けた。
(……あはは、……おじさん。……ついに……やるんだね。……世界を……真っ黒に……塗り潰しちゃうんだね)
少年の声が、枢の脳内で狂喜に満ちて響く。
「……いいえ、……少年。……私は、……この闇を……『鍼』に変えます」
枢は、自身の左手で、自身の右肩にある**『肩井』**を、自身の骨が砕けるほどの力で叩き込んだ。
溢れ出す全てのエネルギーを、一点へと凝縮させるための「極」。
枢の掲げた黒い柱が、一点に収束し、王都の空を覆う「漆黒の銀河」へと変貌した。
そして、その銀河の中心から、一本の、あまりに巨大な「光り輝く透明な鍼」が姿を現した。
それは枢の命そのもの。
聖鍼師の物語を、自らの血で書き換えた、究極の再記述。
「……万人の痛みを、……今……私が……引き受けます。……せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
枢が、その透明な鍼を、自身の心臓――**『膻中』**へと突き刺した。
自分自身を、王都全体の「病」を吸い取る、巨大なアース(接地)へと変えたのだ。
一瞬、王都全体が、真っ白な光に包まれた。
人々が抱えていた怒り、憎しみ、後悔、そして肉体的な病。
それらすべてが、枢という一つの器を目指して、光の帯となって吸い込まれていく。
「……が、……は、……ぁ、……ああああああああああああああッ!!!」
枢の全身の穴という穴から血が吹き出し、彼の右腕が、万人の怨嗟を吸収して限界まで膨張し、そして――。
――パリンッ。
ガラスが割れるような、澄んだ音が響いた。
枢の右腕が、粉々に砕け散った。
中から現れたのは、元の、細く白い、一人の人間の腕だった。
そして、王都の空からは、黒い雪のようなものが降り注いだ。
それは、枢によって浄化された「因果の塵」。
人々の心から刺が抜け、広場には、ただ、静かな涙を流す市民たちの姿だけが残された。
「……枢先生……」
シエラが、崩れ落ちた枢の元へ駆け寄る。
枢は、力なく地面に横たわっていた。
右腕は元に戻ったが、彼の翡翠眼は依然として閉じられたまま。
枢は、自身の左指を、隣にいるカザンの手に重ねた。
「……カザン、……見えますか。……空に、……星が……戻りましたよ」
雲が晴れ、王都の空には、アルキメスの偽りの光ではない、本物の、遠い星々の瞬きが広がっていた。
枢の意識が、ゆっくりと遠のいていく。
第239話。
王都・聖アルカディアは、一人の鍼灸師の「命の往診」によって、その根底から救われた。
だが、代償はあまりにも大きかった。
意識を失った枢の隣で、骸が自身の義手を静かに降ろした。
「……バカな野郎だ。……世界を救って、……自分は……『名前』を失っちまうなんてな」
枢の肉体から、彼を「枢」として定義していた因果の文字が、一文字ずつ消えていく。
神に背き、万人の痛みを背負った代償。
彼は、この世界の歴史から「存在しなかった者」として抹消されようとしていた。
暗闇の中、一人の少年の笑い声だけが、静かに響いていた。
本日も、土日ブースト初日・2日目を通じた全12回の更新をお読みいただき、本当にありがとうございました。
王都編、完結。
枢が自らの存在を賭して行った「広域往診」は、王都の人々を救いましたが、同時に彼自身の「存在」を世界から消し去るという、あまりに過酷な結末を招きました。
視覚を失い、さらに存在そのものが希薄になっていく枢。
カザン、ミナ、シエラたちは、彼のことを覚えていられるのでしょうか。
そして、砕け散った右腕の代わりに、枢の魂に刻まれた「新たな力」とは。
土日ブーストはこれにて一旦の幕引きとなります。
次回の第240話からは、いよいよ新章「忘却の巡礼編」がスタートします。
誰からも忘れられた聖鍼師が、自身の名前を取り戻すために歩む、新たな旅路。
次回の更新も、どうぞご期待ください。
二日間、熱いご声援をいただき、本当にありがとうございました!




