第238話:再会する屍、王都の心臓に刺さる「断罪の銀鍼」
本日も、夕方の更新をお読みいただき、誠にありがとうございます。
土日ブーストも、いよいよ終盤戦。18:00の更新となりました。
地下迷宮の奥、肉の壁を沈めた枢たちを待っていたのは、死臭の漂う「実験場」でした。
そこで、新政府のエネルギー源として、全身を管で繋がれたまま、腐敗した意識を保ち続ける青年――カイル。
「……枢先生。……私は、……まだ……生きていますか?」
死ねないことが、これほどの苦しみになる。
アルキメスの『没案』として捨てられ、新政府の『電池』として利用される友の姿。
盲目の聖鍼師が、自らの過去の罪と向き合い、震える指先で「終わらせるための鍼」を構えます。
「……カイルさん。……ごめんなさい。……今度こそ、……あなたを……正しく、……連れて行きます」
涙さえ枯れ果てた闇の中で、約束の時間が動き出す。
第238話、救済という名の「引導」。
どうぞ、最後まで心して見届けてください。
地下迷宮の最深部は、不自然なほどの「熱」を帯びていた。
枢は、一歩踏み出すごとに、自身の肺が焼けるような錯覚に陥っていた。
視覚を失った彼には、そこがどのような光景であるかは見えない。
だが、肌を撫でる空気の「重さ」と、鼻腔を突く「焦げた肉の匂い」、そして何よりも――。
――ドクン、……ドクン、……ドクン。
部屋全体が、一つの巨大な「臓器」のように脈打っている。
「……なんだ、……これ。……機械じゃねえ。……人間を、……無理やり繋ぎ合わせて……回してやがるのか……!!」
カザンが、絶望に満ちた声を上げた。
紅蓮槍の炎が照らし出したのは、天井から吊り下げられた、無数の「培養槽」のような肉の塊。
そこから伸びる因果の管が、部屋の中央にある一つの椅子へと収束していた。
椅子に座っていたのは、もはや人間の形を辛うじて保っているだけの、崩れかけた死体だった。
「……あ、……あぁ……。……懐かしい、……匂いだ。……薬草と、……古い紙……。……そして、……深い、……哀しみの……匂い」
その声を聞いた瞬間、枢の体が、氷を流し込まれたように硬直した。
「……カイル、……さん……?」
枢の声が、震える。
カイル。
かつて王都で流行した「白化病」の初期、枢が不眠不休で治療にあたりながらも、因果の拒絶反応によって、その腕の中で絶命した青年。
枢にとって、それは「聖鍼師」としての自信を根底から砕いた、唯一にして最大の失敗。
「……先生。……あなたは、……私を……看取ってくれましたね。……あの時、……確かに……私の鼓動は……止まったはずでした」
カイル――かつて美青年だったその顔は、半分が石のように白く硬化し、もう半分は腐敗して膿を垂らしていた。
彼の背中には、王都全体の因果を制御するための巨大な「プラグ」が突き刺さり、そこから吸い上げられた生命力が、地上の街の明かりを灯し続けていた。
「……ひどい、……こんなの、……地獄じゃねえか……!!」
ミナが、口を押さえて座り込んだ。
新政府の正体。
それは、死ぬこともできず、再生することも許されない「廃棄物」たちの残渣を燃やして動く、巨大な焼却炉に過ぎなかったのだ。
「……枢先生。……私は、……あの日から……ずっと、……あなたを待っていました。……この痛みを、……この消えない……『継続される死』を……止めてもらうために」
カイルが、ゆっくりと右手を上げた。
その指先は、枢の「黒い右腕」を指し示している。
(……あはは、……おじさん。……ほらね、……おじさんが『救えなかった』から……この人は……こんな風になったんだよ。……おじさんの優しさが、……一番の毒だったんだ……)
脳内で少年の声が、枢の精神の傷口を抉るように響く。
枢は、自身の左手で、自身の右腕にある**『曲池』**を、自身の指をめり込ませるように強く圧迫した。
肘にあるこのツボは、体内の熱を逃がし、精神の錯乱を鎮める要穴。
「……はい、……カイルさん。……私の……力不足でした。……私が、……あなたの死を……『正しく記述』できなかった。……そのせいで……あなたは……利用され続けてしまった」
枢は、膝を突き、カイルの足元へと寄り添った。
視覚はない。
だが、枢の指先は、カイルの全身を流れる「汚染された気の澱み」を、正確に捉えていた。
カイルを救う方法は、もはや治療ではない。
彼と王都を繋いでいる、この呪われた「因果の糸」を、一本残らず断ち切ること。
それは、カイルという存在そのものを、この世界の理から完全に消去することを意味していた。
「……準備は、……いいですか?」
「……ええ。……先生。……暗闇は、……もう……怖くありません」
枢は、往診鞄の底から、一本の「黒い銀鍼」を取り出した。
それは、かつてアルキメスが「死者を眠らせるため」に作ったとされる、禁忌の鍼。
枢は、自身の左手で、自身の頭頂部にある**『百会』**を、自身の気で開放した。
全神経を研ぎ澄ませ、自身の「寿命」を燃料にして、右腕に封じられた万人の怨嗟を、一本の鍼へと凝縮させる。
「……せいやッ!!!」
枢の放った鍼は、カイルの胸元――生命の最後の砦である**『膻中』**を貫いた。
――ガギィィィィィン!!!!!
因果のプラグと枢の気が衝突し、地下室全体を揺るがす衝撃波が吹き荒れる。
カイルの体から、真っ黒な煙が噴き出し、彼を繋いでいた肉の管が、悲鳴を上げながら枯れ果てていく。
「……っ、……ふ、……ぅ……!!」
枢は、血を吐きながらも、その鍼をさらに深く押し込んだ。
彼が狙ったのは、カイルの死ではない。
カイルを「生かし続けている呪い」の急所――背中の**『大椎』**から伸びる、因果の神経節だった。
「……カイルさん、……聞こえますか。……私の……右腕の中にいる……彼らが……あなたを……呼んでいます。……一人で……行かなくて……いいんですよ」
枢の右腕から、無数の黒い影が飛び出し、カイルを包み込んだ。
それは、アザレアの村で救った者たち、そして少年の魂が混ざり合った、温かな「闇」だった。
カイルの顔から、腐敗の痕が消えていく。
彼の瞳に、一瞬だけ、かつての優しい輝きが戻った。
「……ありがとう、……先生。……やっと、……眠れ……る……」
カイルの体が、砂のように崩れ始めた。
彼を核として動いていた王都のエネルギーシステムが、音を立てて崩壊していく。
部屋全体が、崩落を開始した。
「……脱出だッ!! 枢、……立て!!」
カザンが枢を担ぎ上げ、崩れる石壁を縫って走り出す。
第238話。
枢は、自身の過去の失敗を、自身の命を削ることで「清算」した。
だが、王都の心臓を止めたことは、新政府という巨大な組織を完全に壊滅させるための、最初の号砲に過ぎない。
地上へと戻る一行を待っているのは、暗闇に包まれた王都と、暴徒と化した市民たち。
救済の光は、一度消えた。
しかし、枢の心眼には、その暗闇の先に、アルキメスさえ描けなかった「新たな物語」の胎動が、確かに見えていた。
本日、5回目の更新を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
土日ブースト2日目、第5回。
枢が自らの手で「唯一の失敗」に終止符を打つ、魂の対峙をお届けしました。
「生かし続けることが、時に最大の罪になる」という、この物語の核心に触れる回となりました。
王都のエネルギー源を失ったことで、街はパニックに陥ります。
秩序が崩壊した中で、枢が最後に見せる「往診」とは。
次回の第239話は、本日いよいよ最後、**【21:00】**に更新予定です。
土日ブースト初日・2日目を通じた、この「アザレア~王都編」のクライマックス。
光を失った聖鍼師が、右腕の深淵を開放し、王都全体の『気の淀み』を一撃で貫きます。
「……皆さん、……これが、……最後の……往診です」
21時、本日最大のカタルシスがあなたを襲います。
最後まで、どうぞお見逃しなく!




