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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第三章:異界の病根と共鳴する銀鍼】

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234/271

第234話:光なき翡翠、闇に響く「指先の拍動」

本日も朝早くからお読みいただき、誠にありがとうございます。


土日ブースト2日目、運命の4月5日(日)08:00。

物語は、かつてないほどの静寂と絶望の中から幕を開けます。


自らの意識を封印し、右腕に宿った「少年の虚無」を強引に鎮めたくるる

夜が明け、街道に朝日が差し込む中、カザンとミナが必死に呼びかける声で、彼はゆっくりと瞼を開けました。


「……枢先生! ……あぁ、よかった……。……目が見える? ……私のことが……分かる?」


しかし、枢の翡翠眼ひすいがんには、もはや「光」は宿っていませんでした。

少年の言った『一番大切なもの』。

それは、鍼灸師にとって最も残酷な形で奪われていました。


五感の一つを失い、闇の中へと沈んだ枢。

それでも、彼の指先が「救済」を諦めることはありませんでした。

第234話、不完全な体で挑む、執念の再起劇をお楽しみください。

 鳥の声さえも、どこか遠く、薄い膜を通したように響いていた。

 

 アザレアの村を離れ、街道の傍らに設営された簡易的な野営地。

 焚き火の爆ぜる音が、パチリ、と静寂を切り裂く。

 くるるがゆっくりと体を起こしたとき、最初に感じたのは、自身の肉体が「世界から切り離された」ような、異様なまでの軽さだった。


「……枢、……気がついたか?」

 カザンの声が、すぐ傍で聞こえる。

 いつもなら、その声と共に、焚き火の揺らめく赤や、ミナの心配そうな顔、街道を包む緑の色が目に飛び込んでくるはずだった。


 だが、今の枢に見えるのは、完全な「無」だった。

 暗闇ですらない。

 色彩も、輪郭も、光の粒子一つさえ存在しない、絶対的な虚無。


 枢は、自身の左手を目の前に翳した。

 だが、そこに自分の手があるという視覚的な確信は得られない。

 ただ、皮膚を撫でる風の冷たさと、微かな筋肉の緊張だけが、自身の存在を証明していた。


「……枢先生、……あの……。……私の、……この指、……見えますか?」

 ミナが、枢の目の前で手を振っている気配がする。

 彼女の吐息が震え、今にも泣き出しそうな絶望が、空気の振動となって枢の肌を叩いた。


「……いいえ、……ミナさん。……何も、……見えません」

 枢の声は、驚くほど冷静だった。

 

 昨夜、自らの脳にある**『印堂いんどう』**に鍼を打ち込み、少年の侵食を止めた代償。

 アルキメスの『最初の没案』は、枢の肉体から視神経を司る因果のラインを、丸ごと「消しゴム」で消し去ったのだ。

 それは一時的な麻痺ではない。

 枢の物語の中から、「視覚」という記述そのものが失われたことを意味していた。


「……そんな、……嘘だろ。……鍼灸師が……目が見えねえなんて、……そんなの……」

 カザンが言葉を失い、拳を地面に叩きつけた。

 

 鍼灸師にとって、患者の顔色を診る「望診ぼうしん」は、治療の第一歩。

 そして、数ミリ単位でツボを狙う指先の精度は、視覚による補助があってこそ成り立つもの。

 目を失うということは、彼から「医師としての生命」を奪うことに他ならなかった。


 しかし、枢は動じなかった。

 彼は、自身の左指を、静かに自身の足の甲にある**『太衝たいしょう』**へと運んだ。

 肝経の原穴であり、目に直結するこの経穴を、彼は視覚に頼ることなく、寸分の狂いもなく捉えた。


「……っ、……ふ、……ぅ……!!」

 

 枢は、自身の指でそのツボを、骨を砕くほどの力で圧迫した。

 

 一瞬、脳裏に火花が散る。

 見えたのは光ではない。

 自身の経絡を流れる、激流のような「気の拍動」だった。

.

「……見えなくとも、……聴こえます。……私の中にいる……彼らの声が。……そして、……この世界の……苦しみの音が」


 枢が、ゆっくりと立ち上がった。

 その視線は虚空を向いているが、彼の右腕――漆黒に変貌し、数万の怨嗟を封じ込めたその腕は、まるで意志を持つ蛇のように、周囲の空気の流れを鋭敏に察知していた。


 枢は、さらに自身の耳の後ろにある**『翳風えいふう』**を、指先で弾くように刺激した。

 聴覚を研ぎ澄ませるこの処置により、風の音は立体的な地図へと変わり、カザンの心音は彼が抱える「怒り」の波紋として可視化される。


「……カザン、……骸。……準備を……してください。……私たちは、……このまま……王都へと……向かいます」


「……本気かよ、枢。……今の状態で……王都なんて……魔窟に乗り込んで……何ができるってんだ」

 骸が、冷徹な声で問いかける。

 自身の義手を点検しながら、骸は枢の「失明」が、このパーティーにとって致命的な弱点になることを理解していた。


「……見えないからこそ、……見えるものがあります。……アルキメスが……遺した、……光では照らせない……『本当の綻び』が」


 枢は、往診鞄の中から、一本の「長鍼」を取り出した。

 それは、もはや黄金の輝きを失った、くすんだ鉄の鍼。

 だが、枢がその鍼を構えた瞬間、彼の周囲の因果が、一斉に彼を避けるように渦巻いた。


 枢は、自身の左手で、自身の喉にある**『水突すいとつ』**を、軽く撫でた。

 呼吸を整え、闇の中での「静寂」を味方につけるための作法。


「……目が見えないのなら、……指先で……世界を読み解くだけのこと。……私は、……まだ……死んでいませんから」


 枢が、迷いのない足取りで、一歩を踏み出した。

 

 視覚を失ったことで、枢の他の感覚は、もはや人間としての領域を超え始めていた。

 地面を伝わる微かな振動から、数キロ先にいる魔物の気配を察知し、空気の湿度から、誰かが流した「未練の涙」を診る。


 第234話。

 光を失った翡翠眼に、宿ったのは「不屈の暗闇」。

 

 五感の一つを神に捧げた代償に、枢は世界の「裏側」を読み解く、真の再記述者リライターへと覚醒しようとしていた。

 

 闇の中を進む、不完全な聖鍼師。

 その指先が、今、新たな物語の1ページ目を、血を持って書き記す。

本日も、朝の更新を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


土日ブースト2日目、その幕開けは「失明」という、あまりに過酷な試練でした。

少年に『一番大切なもの』を奪われた枢ですが、彼は絶望することなく、その不自由ささえも自身の武器へと変えようとしています。


ツボ(太衝、翳風、水突)を使い、失った視覚を他の感覚で補完する枢。

彼の「望診」は、今や物理的な形を超え、魂の揺らぎを直接捉えるものへと進化しました。


次回の第235話は、本日**【10:00】**に更新予定です。


視覚を失った枢たちの前に立ちはだかるのは、音もなく忍び寄る「影の刺客」。

姿が見えない敵に対し、闇を味方につけた枢の鍼が、見えない軌跡を描いて空を裂きます。


本日も全6回、圧倒的な熱量でお届けします。

どうぞ、10時の更新もお楽しみに!

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